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第四十一話 私は覚悟の結果を知っている

「私からの依頼は一つ。

 ディバイン・ギア・ソルジャーとしてこれからの2週間ギア:アルスとギア:ナイツをサポートし、共に戦ってほしい」


 あの日、剣聖生徒会生徒会室で、私と良二さんは元ディバイン・ギア・ソルジャーの鳳駆さんから依頼を受けた。


 今回の依頼はヒーローとして悪のモンスターと戦うこと。

 私はDGSに憧れることはなかったけど、キューラーには憧れていて、今でもなってみたいとちょっとだけ考えるくらい好きなので、大役を任された良二さんのことが誇らしく、そしてちょっとだけ羨ましかった。


「そしてそのためには一つ、重要なことを伝えておかないといけない」


 鳳駆さんの雰囲気が温和なものから、厳しいものに変わる。水色の空のような瞳は細められ、良二さんを射貫く。


「『深界』属性に穢されたバブルスフィアは特性が変わり、泡が弾けるときの結末は2パターンに分けられる。

 深界獣の撃破に成功した場合、『深界』属性を持つ人物以外は記憶を含めてロールバックされる」


 通常バブルスフィアが解除されると、中にいたときの怪我や物の損壊はバブルスフィアに入る前に戻されるけど、中の記憶は残ったままだ。

 でも深界バブルスフィアだと記憶が消えてしまう。だから襲われた人がいてもその話は広まらず、七不思議になってしまったんだろう。


「そして『深界』属性を持つ人物は部分的にしかロールバックされない」

「部分的?」

「うん。バブルスフィアが深界世界側に引っ張られて、単なる世界の複製から外れてしまうんだろうね。『深界』属性を持っていると複製として扱われなくなる」

「つまり……記憶が消えないだけじゃなくて、怪我も治らないということですか?」


 鳳駆さんが重々しく頷く。


「あくまで、部分的にだ。3割くらいかな。帰ってきても傷が残ってる。

 ディバイン・ギアは治癒能力も促進してくれるし、致命傷でもない限り数時間で消える程度さ。

 でも四肢や指の欠損、確実に死に至る傷だと……」


 鳳駆さんはそこで言葉を止めたけど、何が言いたいかは伝わった。


 聖剣剣聖は命を賭けるお仕事だ。

 お父さんやお爺さんの世代では、比喩じゃなく実際に命をかけてモンスターと戦った。何人も死んだし、正確な犠牲者の数は解ってすらいない。

 でもそれは昔の話で、今はもっと安全で、確かに毎年犠牲者は出てるけど、それは凄い危険な仕事についている人だけで、私たちみたいな学生とは無縁の話で――


 揺れる心で良二さんを見ると、良二さんは真剣な顔で鳳駆さんの言葉を聞いている。

 辞めるように良二さんに脳内チャットを送ろうとしたところ、鳳駆さんが話を続けた。


「でもそれはマシな方なんだ。

 深界獣の撃破に失敗し、深界獣がバブルスフィアを取り込んでしまった場合、あるいは深界獣の魔力によりバブルスフィアが弾けた場合、内部の惨状はそのままとなる。

 君の怪我は一切治らない。


 そして、襲われた被害者の死亡は確定する」



 倒した場合に被害があるなら、倒せなかった場合の被害はそれよりも大きい。

 襲われた人はどうなるのか、戦って力尽きたヒーローはどうなるのか。想像は難しくない。

 そしてその想像は戻らず現実になってしまう。


 鳳駆さんは真剣な瞳で、でも口の端に悔しさで歪んでいるのがわかる。ずっとその恐怖と責任を背負って戦ってたんだろう。

 その隣では麗火さんが顔を伏せている。麗火さんの気持ちは、きっと私の想像通りだ。でも、襟をつかんで文句を言ってやりたかった。


 そして良二さんは、潤んだ瞳と、青ざめた唇に、うっすらと笑みを浮かべていた。

 私はこの表情を知っている。

 良二さんの答えを知っている。

 止められないのが、解ってしまう。



「依頼を受けましょう」





「大怪我するかも――死ぬかもしれないのに?」


 輪之介さんの言葉に良二さんの頬を撫でる手が止まる。


「―――」


 私はその問いに答えられない。

 あの時良二さんが何を考えていたのか、私には解らない。

 だから、良二さんの代わりに応えるなんてできなかった。


「雪奈ちゃんは、それで平気なの?」


 輪之介さんの声は優しく、私の気持ちを案じてくれているのがわかる。


「私に、止めてという資格はないんです」


 どれだけ辛くても、悲しくても、嫌でも、それだけは言っちゃいけない。

 だって私は――


 言葉もなく私を見つめる輪之介さんに見えるように、良二さんにかけた白衣をめくり彼の右腕を手に取る。

 戦闘直後は真っ赤だった腕はだいぶ色が納まってるけど、それでも熱が籠っている。

 白衣とギアさんが頑張って治してくれてるんだろう。今日のお風呂上りには、日焼け痕のように薄皮がめくれるかもしれない。

 その時は優しく剥がしてあげよう。


 でももしかするとこの右腕の治りが早いのは別の理由があるのかもしれない。



「良二さんの右腕の肘から先は二本目なんです」


 右腕を撫でながら、輪之介さんの方を向き笑いかける。


「一本目は私を助けて無くなりました。これは生体義腕なんです」




 きっと忘れない。

 ううん、絶対に忘れない。


 あの雨の日、突然現れた小さな竜を。助けてくれたあの人を。


 でもあの人は竜と戦えるくらい強くはなくて、走ることもできない私と一緒だと彼が死んじゃうから。

 他人に迷惑をかけることしかできない私なんかのために、誰かが犠牲になるのなんて嫌だったから。

 お母さんはきっと悲しむけど、お父さんもきっと悲しむけど、弟も妹も泣いちゃうけど、いっそ消えてしまいたかったから。

 だから私は「私を置いて逃げて」て言ったのに。


「自分の命より他人を優先する子なら、命を賭けて守るに値する」


 その言葉は忘れない。

 泣きそうな目も、青くなった顔色も、精いっぱい虚勢を張る笑顔も忘れない。

 聖剣を握って竜の口に手を伸ばす、彼の姿は絶対に忘れられない。




「私は助けてもらったのに、他の人は助けないでって、そんなこと言えるはずないじゃないですか」


 私の言葉に、輪之介さんが顔をくしゃくしゃにする。


「だから私は、良二さんの右腕としてこれからもずっと」

「いいから、いいんだよ、そういうのは」


 私の言葉を止めた輪之介さんは、なぜか泣いていた。


「そんなのは求めてないんだよ。きっと、良二くんも。

 変な気を回さないでも、元気でいてくれれば、僕は……」


 それきり輪之介さんは黙ってしまった。


 輪之介さんと昇人さんの間に何があったかはよく知らない。

 どうやってディバイン・ギアが昇人さんの手に渡ったのか。想像は出来るけど……きっとそれは――


「……ままならないですね」

「……うん」


 二人とも無言のまま俯く。


 私は、良二さんの頭や腕を撫で続けた。




「あ、そろそろ目覚めますね」


 良二さんの長いまつげが微かに動いた気がする。


「解るの?」

「わかります」


 体温とか表情とかで、なんとなくわかる気がする。


「ショート達の方も落ち着いたみたいだ」


 昇人さんと一真さんは、少し離れたところで巻き込まれた四人の生徒を介抱していたけど、無事四人とも目が覚めたようだ。

 D-Segで見てみると、昇人さんと一真さんがきゃあきゃあと騒ぐ女生徒たちに迫られている。

 二人とも顔がいいからね。助けてもらって好意を抱いたんだろう。

 良二さんは迫られたことないみたいだけど。


「今日はありがとうね。話ができて、少し楽になった。

 やるべきこともわかった気がする。

 覚悟も――たぶん決まった」


 少しだけ赤い目で、輪之介さんがにこりと笑う。


「私もお話できて良かったです。私も、ちょっとだけ楽になりました」



「これで明日は気兼ねなくDSJアミューズメントパークに遊びに行けますね!」



「え?」


 輪之介さんが目を丸くする。


「私、明日は中学のクラスメイトと一緒にDSJに遊びに行くんです!

 前から誘われていて、楽しみだったんですよね」


 実際は良二さんが勝手にDSJ行きを受けちゃったんだけど。

 でもさすがに申し訳ないので、一泊する予定を私だけ日帰りにさせてもらった。


「さっきまであんなこと言ってて?」

「あんなこと言っててもです。

 ……私が遊びに行かないと、マスターが悲しそうにするので」


 もし私が行かないと言っていたら、良二さんは無理にでも今日中に全て片付けてしまうために死ぬ気で頑張っただろう。

 私が折れるしかなかった。

 私が今日現場に来たのは、最後にマスターが戦う所に居たいというお願いを受けてもらったからだ。

 結果は散々だったけれど、それでも今日ここに来れて良かったと思う。


「だから、明日はマスターをよろしくお願いします。

 できる範囲で、構わないですから」


 輪之介さんに右手を出す。

 輪之介さんは笑って握手に応えてくれた。


「うん。全力でサポートするよ」


 あと、最後にこれだけは伝えておこう。

 私の決意。変わらない意志。



「あと、やっぱり私はマスターの右腕です。

 右腕になりたいです」


 良二さんが助けてよかったと思えるような、周りが良二さんの右腕分の価値があると認めてくれるような、そんな存在に――


「……うん。頑張って。

 きっとなれるよ、ヒーローの右腕に」




「ありがとうございます!」





 Sacrifice x Arm - 了


お読み頂きありがとうございます。


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