第四十話 君は覚悟ができているか?
新たな力を手に入れても変わらないものがある。意識を変えてもままならないものは溢れている。遠い背中は加速して、増々手の届かないところに飛んで行った。
それでも肩を並べたいなら、僕は一体何をするべきか。
その答えの一つは、少女の膝に頭を乗せ眠っている。
「お疲れ様です、マスター」
ベンチに座り、膝に良二くんの頭を乗せた雪奈ちゃんは、優しく労う様に良二くんの髪を撫でる。
地面に置いたアタッシュケースに目を向ける。ケースは開けられており、中にはエーテルバッテリーといくつかのDA、そしてカードスロットが収納されている。
カードスロットには今日使ったSCカードが刺さっている。SCカードは中に込められた魔力を使って機能を発揮するため、使用後は充電しないといけないのだ。
スロットには充電完了までの時間が表示されている。
仁くんのSCカードは3時間。
二葉さんのSCカードは5時間。
正技さんと一真さんのSCカードは6時間。
そして、麗火さんのSCカードはなんと19時間だ。
その莫大な魔力はDGSのスーツにも無視できない負荷がかかる。
良二くんは見事深界獣を焼失させた。でも、その熱量と使用された魔力に彼のスーツは耐えられず、変身は強制解除されてしまった。
元々無数のレーザー照射や、高速機動からの斬撃など、DAの無理な運用で彼とディバイン・ギアに莫大な負担が発生していたことも原因だと思う。
DGSのスーツは魔力の物質化によって構成されているけど、同時に第二の皮膚のような役割を持っている。詳しいことは解らないけど、変身することで魔力の通りがよくなったり、思う通りに身体が動いたり、身体能力が向上したりするのは身体と一体化しているからこそ可能なんだと思う。
でもそれはメリットだけじゃなくて、デメリットにもなる。
スーツにダメージが蓄積し維持できなくなった時に発生する強制解除、それは自分の身体が砕け散るような感覚を装着者に与えるのだ。
僕には耐えられなかった。かろうじて意識は残ったけれど、意識を保つことが精いっぱいだった。自分の身体と、心と、意識が同時に破壊されるような感覚に、僕は恐怖した。
話に効く死亡酔いは生理的な拒絶反応だけど、強制解除はそれに加えて身体的なダメージが加わる。激しい痛みの中自分と周りとの境界線も曖昧になって、必死に自分をかき集めながら、グチャグチャになった感情と戦い続けた。
むしろ、彼みたいに気絶してしまった方が楽だったかもしれない。
「彼は……大丈夫そう?」
じっと良二くんの顔を見続ける雪奈ちゃんに尋ねる。
バブルスフィアが解除された直後は真っ青だったけれど、今はだいぶ血色を取り戻したようだ。
「はい。呼吸も落ち着いてますし。大丈夫だと思います」
雪奈ちゃんはこちらを見ずに答える。
その身体は少し震えているように見える。今彼女は何時も着ている白衣を良二くんの身体にかけている。良二くんは白衣と制服をDAとしてスーツの一部に変換していたらしく、強制解除によりズタボロになってしまったせいだ。学ランも白衣も布切れと言っていいような形になってしまっていたけれど、幸運にもズボンはほつれたり破けたりしている程度で済んでいる。
まだ春先で肌寒い。制服は着ているけど、温度調整機能がないのかもしれない。僕は制服の上着を脱いで彼女に渡そうとしたけれど、それに気が付いた彼女は首を横に振った。
着直す気にもなれず、良二くんにかけてあげる。
「驚いた?」
雪奈ちゃんは4月からDAMAに入学する。数か月前からこちらには来ているらしいから知識としては知っているだろうけど、死亡酔いしている人を実際に見たことはないだろう。深界バブルスフィアが解除されると中の人は死亡酔い状態になるけれど、初日と今日しか現場には来ていないから、その状態も見ていないはずだ。
怖がらなければいいんだけれど。
「いえ、マスターの強制解除は初めてじゃないですし、死亡酔いしている姿もよく見ますので」
「……はい?」
言葉の意味がよく解らない。
「えっと……よく死んでるの?」
「はい。先月の年度末試験の準備の時は、模擬戦で毎日何度も首を飛ばされていましたね」
「えぇ……」
本当なら校則と国で指定されている安全基準に引っかかる頻度で死んでいる気がするけれど、大丈夫なのかな。
もしかすると、死亡酔いしないタイプなのかもしれない。死亡酔いしない人は、寝落ちするような感覚で、むしろ気持ちいいらしいし。
「強制解除が初めてじゃないっていうのは?今まで深界獣にやられていないよね?」
「実験室で確認しました。
『強制解除するのは危険な時なのに、その時どうなるのかわからないのは困る』と言って、自分にDAを使いました」
「……どうなったの?」
「体中を痙攣させて言葉にならない悲鳴を上げていました。流石にまずいと思ったので、治療用DAを使って麻酔を効かせつつ、マヒと自律神経の失調を治療しました」
淡々と言う彼女の表情からは感情は伺えない。
「30分ほどして落ち着いたマスターは言いました。
『たぶん次は耐えられ気がするけど、どのみち戦闘に復帰できないから困るな』と。
私と仁くんと様子を見に来ていた麗火さんで説得して、強制解除時に自動的に気絶させ身体が治療されるように調整したDAを持たせました。
その後もDAの動作確認の際に何度か強制解除はしましたけど、そのおかげで初回のような惨劇にはなりませんでした。
……それでもマスターはアイズさんやギアさんと共謀して戦闘が続けられるように調整してると思いますけど」
雪奈ちゃんが良二さんの眼鏡をつつく。
良二さんの眼鏡はD-Segのためスーツと一体化するはずなのに、強制解除で壊れていない。戦闘継続できるように守っているのだろうか。
「……凄いね」
凄いとしか言いようがない。
きっと彼のダメージは僕の時よりも重い。それでも彼は逃げずに向かっていくことを決めた。それどころか問題は戦闘の継続ができないことだと考えた。僕は、そんなことは全く思い浮かばなかった。
……増々自分が惨めになる。
「気にしなくていいと思いますよ?」
雪奈ちゃんがこちらを見ずに言葉を紡ぐ。
「誰にも得意不得意があるし、どこまで耐えられるかも個人差があると、マスターは言っていました。
だからできる範囲で構わないと」
「できる範囲で……
でも、それでもやらないといけないこともあるよね」
「そうですね。だから私も聞きました。できる範囲を超えるにはどうすればいいのかと。
マスターは答えました。根性で乗り切るか、知識と技術と工夫で乗り越えると」
「根性と知識と技術と工夫……」
僕に足りないのはどれだろうか。
考えるまでもない、全部だ。
雪奈ちゃんは悩む僕に気づかず、自身の体験を続けて語る。
「だから私は濃いめのコーヒーをお砂糖抜きで飲みました。
10分後には寝ていました」
「睡魔の話!?」
しかも超えられてないんだけど!
「まぁ、大体のことは一朝一夕ではどうしようもないですね!」
「あ、雪奈ちゃんもやっぱりそう思うんだ」
「はい。だから頑張ってみて駄目そうなら、無理せず周りの力を借りようと思っています。
実際マスターも同じようなものですしね。そのための私とアイズさんです」
雪奈ちゃんは良二くんの髪を撫でながら、うっすらと笑う。
「自分には才能がないとマスターは言っていました。
たぶんそれは正しくて、マスターが一から造れたものは何もないです。
何時もアイズさんに頼んで論文や設計書をひっかきまわして、ごちゃごちゃにつなぎ合わせて、私に造るのを手伝ってくれってお願いするんです。
きっとそれは誰にでもできることで……だから私は輪之介さんが羨ましいです」
「僕が?」
羨ましいだなんて、初めて言われた。
「はい。輪之介さんは自分だけの技能があって、それをマスターに期待されて、それで本当にDAまで開発しちゃって……
深界バブルスフィアに入ってマスターのお手伝いができるだけでも羨ましいのに、嫉妬しちゃいます」
雪奈ちゃんが目を細める。
雪奈ちゃんは戦闘に参加しないし、それどころか現場に来ることもほとんどない。きっと、もしものことを考えて遠ざけられているんだと思う。
「でも、僕はほとんど役に立てていない。
今日だって……」
模倣属性で改造した拳銃型DA。試験を終えて今日初めて実戦導入したけれど、有効な攻撃は出来なかった。せいぜいが牽制程度だ。
牽制にもなっていなかった以前よりはマシだけど。
「見ていましたけど、輪之介さんはちゃんと役に立てていました。
取り込まれた人も守り切りましたし、何度もマスターたちを助けてくれました。
……もし、それでも満足できないなら、輪之介さんの出来ることは――」
「わかってる。わかってるんだよ」
結論は出ている。僕にできることは、一つだけある。
昨日僕の魔力器官の解析の結果が出た。
僕の魔力器官は心臓にあった。今はそれがディバイン・ギアと融合している。本来ならそんなことはありえないんだろうけど、僕を治療しようとしたディバイン・ギアと、僕の模倣属性が相互干渉した結果だろうと良二くんは解析していた。
僕が変身できるのも、深界バブルスフィアに入れるのも、模倣属性の特性じゃなくてディバイン・ギアと一体化したからだった。きっと模倣属性を解析しても魔力器官の属性を変えることは出来ないだろう。
それどころか、変質してしまったディバイン・ギアは僕専用となっており、ショートだと使えないだろう。
だから、僕にできる最後のことは――
「……ねぇ、雪奈ちゃんと良二くんはどうしてイノベーション・ギルドなんてやっているの?」
前から気になっていたことを尋ねる。
選ばれてしまった僕のように、彼にも何か重要な理由があるのだろうか。
「私は――断れる立場にもなかったので。
マスターは実績を積むためと言っていましたけど、たぶんそれは言い訳で、本当は――」
雪奈ちゃんは頭を撫でるのを止めると、今度は良二くんの頬に優しく触れる。
「本当は単純に楽しいことと、面白いことと、挑戦することと、誰かの助けになることが大好きなんです。
今回の依頼はマスターに取って全部満たすものなんだと思います。
DGSに変身するのが凄い楽しそうで、深界獣の謎に挑戦することと、専用DAを開発するのが面白そうで、誰かを助けて笑顔になっています。
だから断ることもできたのに、マスターは気にせずに依頼を受けました」
「大怪我するかも――死ぬかもしれないのに?」
深界バブルスフィアにはいくつかの特徴がある。
中には特定の人しか入れない。
『深界』属性を持たない人は中の記憶を失う。
そして、『深界』属性を持つ人は中で受けた傷が治らない。
深界獣が倒されると消えてしまうのはこれが理由だ。
僕の深界獣に殺されかけた時の胸の傷が治らず、ディバイン・ギアが入ったままなのもこれが理由だ。
寝ている良二くんの喉が負荷により赤くなっているのも、右腕が火傷しているのも、これが理由だ。
中での死亡は実際の死を意味する。
僕たちは死を背にして戦っている。
Beyond x Death - 了
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