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6 魔眼

 ――問答の末、アカシは現状を詳細に知ることとなる。


 アカシの眼、クルは魔眼と言ったがそれには種類があるようだ。

 右目にある青色の魔眼はアカシの眼が青血獣の呪いによって変質した呪眼だ。

 アカシが左目を閉じると青血眼(せいけつがん)は眼としての機能を発揮せず、真っ暗で何も見えなくなる。だが、よく注視すると糸の様に細い脈の様なものが立体的に張り巡らされ、極微量の光を放つとても小さな物がゆっくりと移動しているのが見て取れた。

 クル曰く、その小さな点は『原精(げんせい)』と呼ばれる微生物であり、この世界の最初の生命と言われ、生物であれば例外なくその体内に宿っている。さらに生物の原精保有量はその生物の強さに比例する様で、生物の序列を決定づける指標となる。

 青血眼は光ではなく原精のみを目に映す特性を持った魔眼だった。右目に映る光の脈が周囲にある植生に対応している事をアカシは認識した。そして、アカシの青血眼はまだ完全ではないともクルは言っている。


 左目にある金色の魔眼、金紋眼(きんもんがん)は魔眼の中でもかなり特殊で、アカシの眼球を刳り貫いてクルの眼球を直接埋め込んだものだ。

 金紋眼は改造された視神経を通してアカシとの情報伝達をしており、視界やクルの言葉が聞こえるのはその為であり、反対に思念を伝える言わば念話の様な事が可能だ。

 さらに、クルの眼球とは核であり脳である。クルの片目とはクルの存在の半分と言ってもいいほどの存在で、クルは心臓を失い弱体化しているが、それでも強力なクルの能力の一端を行使できる力を持つ。

 説明を聞いた時、アカシは左目を破壊することでクルを殺害できないか考えたが、口にするよりも前にクルに無駄だと警告された。確かに金紋眼を破壊することでクルの自我は消滅するが、封印された肉体は残り続け、アカシの目的は果たせないし、そもそも契約を結んでいるから不可能だと説明された。


 今のアカシは人間なのか、クルは人間でなければ困ると返答した。

 現状アカシの眼球となっているクルはやろうと思えばアカシの体も乗っ取ることが可能だ。だがそうしないのは封印からの脱走を悟らせない為だ。アカシという殻を被ることで存在を誤認識させることができる。

 今は9割程度人間性を保持しているが、これが7割以下になると純粋な人間としてカウントされなくなり、5割を切ると亜人として扱われる。クルの力を行使するほど侵食が進み、正体がばれ兼ねない、故に能力の行使は限定せざるを得ない。


 もろもろの話をアカシは準備しながら聞いていた。

 茂みに隠していた献上品から持っていく物と捨てる物を選別し、不要なものは湖へ投げ捨てる。不思議な事に湖へ投げ入れた物は一切浮かない。かなりの面積があるこの湖に葉っぱ一つ浮いていない事は考えてみればおかしい事だが、とにかく今は都合がよかった。

 そして、岸辺の足跡等の脱出を疑われる痕跡を全て消す。村の頭脳は特に封印関連については厳重なので念には念を入れた。


『で、何処に向かうんだ? 心臓について当てはあるのか? 悪いけど俺は村から出たことがないから外はからっきしわからんぞ』


 アカシは夜目が利く体とはなったがそれでも暗い湖のほとりで異色の存在感を放つクルへと目を向けた。虚像であるクルは物理法則の一切を無視した挙動で、その辺を動き回ったり、アカシの体に絡みついたりとせわしない。見ているアカシが酔いそうな程である。


『心臓の在る方角は分かる。ワシの心臓じゃからな』


 クルは水面に立ち、西のやや下方向へ指を指した。


『あっちが一番近いし弱そうじゃ』


 アカシはクルの指の方向を見て少し身構えた。

 この世界は中央から外側へ離れる程過酷な環境だという通説がある。元々黒泉寺村もかなり外側よりだとアカシは聞いていたが、そこからさらに外方向である西に向かうというのはより危険な場所へ向かうということだ。


『……わかった、クルの指した方向に向かう』

『なんじゃ、この程度で怯えていては先が持たんぞ、一度そこら辺の獣を狩り殺してお主の力を知るべきじゃ』

『……ああ、そうだな』


 行き先も決まり、アカシが出発しようとした時、微かに聞こえた音をアカシは聞き逃さなかった。

 アカシは静かに赤い水晶の槍を握る。


 ――聞こえてくるのは……人の足音、かなり軽いし素人の足取りだな。


 アカシは槍を背中にしまい、最大限に音を立てずに最速で音のした方へと走る。アカシは自分の体の敏捷性に驚いた。まるで今まで背負って生きてきた重りを捨てた様な感覚だった。

 アカシは対象が反応するよりも速く走る勢いのまま飛びつき、後ろから口と体を抱きしめる様に押さえて、対象を庇うように地面へと倒れた。

 拘束された対象は少女のようで、拘束を抜けようともぞもぞ動いているが全く意味をなしていない。

 アカシはその少女を知っていた。


「ユキミちゃんだよね、アカシだよ、静かにできる?」


 アカシの腕の中で蠢いていた少女ユキミはアカシの声を聞いてピタリと動くのを止めた。今度はユキミの対応が急上昇しているのがアカシの手に伝わり、息が荒くなっているのがわかる。

 アカシは拘束を解き、ユキミを膝の上に座らせた。

 アカシの家の近くに家がある2つ下の少女ユキミは髪を後ろで結い、おでこと小さな耳が見えていて、キリリとした目は合わせるのが恥ずかしいのか泳いでいる。そして、とても赤くなっていた。


「ユキミちゃん、どうして夜にこんな所に?」

「あ、あのね、……アカシおにいちゃんに言いたいことがあるんだけど……。その、……お父様たちアカシおにいちゃんが儀式に行っちゃうのずっと黙ってて……。えっと、でも……、どうしても伝えたくて」


 しどろもどろに言葉を紡ぐユキミは今にも泣き出しそうな声だ。

 アカシはユキミを落ち着かせようと頭に手を置いた。


「よしよし、焦らなくていいからね。ゆっくりでいいから」

「う、うん。えっとね……ずっと前から、その……アカシおにいちゃんのこと、す、好きでした……」


 消え入りそうな程だんだんと力を失っていく声をたしかにアカシは聞いた。それは離別するアカシへの気持ちの告白だった。

 一体どんな事情かと身構えていたアカシは予想外の言葉にぽかんとなってしまった。だが、アカシには年上としての矜持がある。勇気を出して想いを伝えに来たユキミを蔑ろにする訳にはいかない。


「ありがとう……ユキミちゃん、とても嬉しいよ」


 アカシはユキミを抱き寄せ、頭を優しく撫でる。

 一瞬肩を震わせたユキミもアカシの胸に顔を埋め、静かに嗚咽を漏らし始めた。


 ――そんな中でもアカシの冷徹な思考は回り続ける。


『不味いな、接触せずに逃げた方が良かったか?』


 恐らくこのままユキミを帰しても問題はない、だが最悪の事態、アカシの脱出が露呈する可能性も僅かながら存在する。


『消すしかなかろう』

『駄目だ、俺が許さないし契約内容を忘れたか?』


 アカシはそれだけは譲れないし、『恒久的に黒泉寺村へ危害を加えないこと』という契約内容に反するとアカシは反論する。


『……んむ、たしかにそうじゃな』

『何か方法はないか?』


 木の枝に逆さに立っているクルが回りながら言う。


『あるにはある、少し強引な手法じゃがな、金紋眼を使う』

『……それはユキミに悪影響があるのか?』

『ある、少々自己同一性に狂いが生じる。じゃが消すより何百倍もマシじゃろう?』


 アカシはこの時初めて気付いた。魔眼とは武器であり、目を合わせるとは武器を突き付けるも同然ということに。


『具体的には……?』

『我が権能は【同化】じゃ。娘の精神の極一部を我が精神へと同化させる、それで保険を施せる』


 アカシはクルの意見を吟味する。懸念点はあるが契約により危害を加えることを禁じられている以上、クルの言葉は信ずるに値すると結論付けた。


『わかった、どうすればいい?』

『目を合わせよ、それだけじゃ』


 そうこう考えている内にユキミは落ち着きを取り戻していた。

 アカシは添えていた手を離す。

 ユキミは少し名残惜しそうに埋めていたアカシの胸から体を離した。後になって泣いていた自分が恥ずかしくなったのかユキミはしどろもどろになっている。


「あ、えと、恥ずかしい姿を見せてしまって……ひゃッ!?」


 全然目を合わせようとしないユキミに業を煮やしたアカシはユキミを押し倒し、ユキミとアカシは嫌でも目が合う距離になった。


「アカシおにいちゃん、目がへん……? …………あれ……??? え……?」


 ユキミの焦点が次第に合わなくなっていく。その原因が金紋眼であることは明らかだ。


『娘に命令せよ』

「おにいちゃん……?」

「……ユキミちゃん、ここで会った事は誰にも言わないで」

「わかった……」


 ユキミは虚ろな瞳で小さく頷く。

 明らかに正気ではないユキミにアカシは胸の痛みを覚えた。


『これで娘はお主の言うことに一切逆らえん』

『……邪神の名に相応しい力だな、ユキミの虚ろな状態は治るのか?』

『目を合わせるのを止めれば直ぐに治る』

『そうか……』


 アカシはユキミを抱えて起き上がった。ユキミの髪や衣服に付着している葉や土をアカシは払ってあげる。


「ユキミちゃん、見つからないように帰って」

「わかった……」


 アカシはユキミの頭をそっと一撫でし、踵を返す。

 アカシは駆け出した、目的となる西方向へ。

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