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4 邪神少女

更新再開します

 邪神クル。そう名乗った少女は肉塊に足を組み腰を下ろす。ふわりと舞った藤紫色の長髪がこの薄暗い空間が水中であることを示していた。


「人間と話すのは久しいのう。貴様、先ずは名を述べよ。礼儀じゃぞ」

「……俺はお前を殺しに来たんだぞ?」

「名を述べよと、そう言ったはずじゃが? 貴様は己が立場を理解しておらぬようじゃ」


 クルは苛立たし気にそう言うと右目を一度瞬いた。開かれた眼が煌めいたと思ったその瞬間アカシの左目を襲ったのは痒みや灼熱を孕んだ強烈な痛み。


「あぐッッ!」


 瞬きも悶絶も許されず、痛みを逃がすこともできない灼熱の時間は数秒後クルが再び瞬くことで終わりを迎えた。


「痛みは左目だけのようじゃな。ふむ、その右目は青血獣の呪いを浴びたとかそんなとこかの。であれば狂化せぬのも合点じゃ。して貴様、立場をわきまえたかの? 我は寛大じゃ、機会を与えてやる。次は保障せぬがの」

「げうッ……お、俺は黒泉寺村シキマキ家長男アカシだ」


 思考より先にアカシの口が動いた。


「物分かりの良いやつは嫌いではないぞ。いやしかしお喋りなぞ何百年ぶりかの」


 クルは首を傾けながら妖艶に子供らしく微笑む。


「貴様が我に喰われたのは理解しているな? 否、咀嚼はしておらぬ。飲まれたと言った方が正しいかの」


 この空間そのものがクルの腹の中であるとアカシは理解した。しかし、いつどのタイミングで飲まれたのか、それはいくら考えども答えは出ない。


「何そう難しい話でもなかろう。貴様が我が口へと押し入った、それだけのことじゃ」

「……この湖そのものが?」

「然り、クハハッ、愚かなものよ、クハハッ」


 事態の予想外のスケールと最悪さをアカシは告げられる。だが、生死の決を握られた予想外の盤面でさえも、まだアカシの予定範囲内。


「クハハッ、クハハッ――嗚呼可笑しい、こんなに笑ったのは久方ぶりじゃ。そうじゃな……」


 クルは何か思いついた仕草で肉塊から立ち上がり、人形の様な足取りでアカシの眼前に迫りくる。そして、両の手でアカシの頬を包み、特殊な様相を纏うまん丸の瞳が急接近した。


「ふむ、面も悪くない。アカシと言ったな貴様、我の眷属にしてやっても良い」

「誰がお前なんかの――」

「断れば即殺すぞ。我の施しを無下にするつもりか?」

「やれるものならやってみろッ」


 アカシとクル、互いの熱い視線が激突する。

 数秒の交錯の末、クルは白い膝を思い切りアカシの腹に叩きこんだ。


「おえェ!」


 アカシが胃液と一緒に吐き出したのは茶色の革袋だ。

 クルは掴んだ革袋に噛み付き、無造作に破り捨てる。革袋の亀裂から溢れた群青の液体が水中に霧散し、薄れていった。


「クハハッ、端から食われる算段じゃったな? まっこと面白いやつじゃ、クハハッ」


 アカシは今度こそ予定を逸脱した事態に陥った。どうやって見破られたか、それはこの際どうでもいい、問題は今からの選択。アドリブの奇策をひねり出そうと頭を回す。


「事前の策は終いのようじゃな。 しかしその目、まだ諦めておらぬなクハハッ、まっこと気に入った。 お主、何故我を殺さんとする」


 アカシは時間稼ぎに嘘を語ることを思案するが、先程の策が見破られたからくりを鑑み事実を語るのが最善と考えた。


「ナズナという盲目の少女をお前に食わせない為だ」


 クルはアカシの行動原理を聞き、ますます口角を上げた。


「おなごの為に命を張るか。 うむ、お主、我と契約を結ぶことを許す。 我は簒奪された三つの心臓の奪還を求む」


 『契約』その言葉にアカシは戦慄した。それは魂を縛る絶対の鎖であり、生命ある者は例外なく違えることのできない呪いだ。村の教えでは絶対の禁忌とされる手法であり、増して邪神と交わす等即極刑だ。

 だがアカシは村の教えを捨て、ナズナの命を選んだ身。本当にやっていいのかという思案に答えは出ない。だが、最善ではないとしても選択は最速であるべきという思考がアカシの口を動かす。


「俺は恒久的に黒泉寺村へ危害を加えないことを求める!」


 言葉に出すことを禁じられた呪文を今詠唱する。


「「鎖神召結」」


 唱えると同時、クルとアカシ二人の間に輝く球体の穴が発生し回転する多重の環が展開する。それはまるでおとぎ話の様なそんな感覚を思わせる超常現象。束の間、中心から伸びる鎖が二人の胸を貫いた。

 事態の非現実さにアカシの思考は驚愕に飲まれる。対面のクルは鎖で体が貫かれた事を気にも留めず、眼を閉じ顔を近づける。アカシの唇をこじ開けられ舌が侵入してくる。


「んくっ……」


 クルが喉を鳴らした直後、口内へ濁流が押し寄せた。未知のヘドロは否応なく喉を通り、身体が深層の面から侵され濁って行く。視界は黒の斑点に浸食され潰されて行き、クルの片方だけ開かれた眼光を最後に黒は完全に覆った。



 ――冷たい。朧げな意識で感じたのは冷水の冷たさだ。

 アカシは手をつき状態を起こす。手には湿った砂の絡みつく感触が伝わる。

 不気味な程に静かなこの場所は一つの波も立たない漆黒の湖、その岸辺だった。


「契約は成立じゃ」


 悪寒の走る機嫌の良さそうな美声が先の件が夢ではないとそう物語っていた。

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