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2 人身御供の儀

 木造家屋の一室。目が覚めたら布団に横たわっていた。

 視界に違和感がある。右目を抑えると包帯が巻かれていることがわかった。目元に触れても痛まなかった。


「お、起きたかいアカシ君。左目は見えているかい?」


 へらへらとしたおじさんの声だ。アカシはその声に聞き覚えがある。

 起き上がると畳に胡坐をかいている中年の男と目が合った。

 着物姿のその男は今まで読んでいたであろう書物を置き、無精ひげを摩る。


「大丈夫です、センジョウさん。センジョウさんがいるってことはここは薬屋の?」

「ああ、そうだよ。何時間か前にナズナちゃんと一緒に運び込まれたんだ。いやいや大変だったね――」

「ナズナも運び込まれたのか⁉ 無事なのか⁉」


 先に逃げたはずのナズナが薬屋に運び込まれた事を聞いて嫌な想像がアカシの脳裏を過る。


「命に別状は無いさ。それは僕が保障しよう。……ただね、アカシ君。ナズナちゃんの両目は手遅れだった」


 生きていることを知りホッとしかけたのも束の間、続いた言葉に思考が止まった。


「ま、待ってくれ、ナズナは先に逃げた筈だ。なんで俺の左目が無事でナズナの両目が駄目なんだ」

「それはねアカシ君、君を途中まで運んだのがナズナちゃんだからさ。ナズナちゃんはアカシ君の命令を無視して引き返したんだよ。君を助ける為にね」

「そんな……」


 逃げた筈のナズナは視力を失ってしまった。たしかにそれは悲痛なことだ。しかし、ことこの黒泉寺村においてはその意味合いが大きく異なる。

 『人身御供の儀』、それは黒泉寺村に代々伝わる生贄の儀式。基本年に一度、最低でも三年に一度行われるその儀式は、村に隣接している湖に封印された邪神を封じ込め続ける為に、人一人を捧げる儀式だ。生贄に選ばれる対象は様々だ。病気や老衰により命短き者、事情により志願する者、そして体の一部を欠損し村の枷になる者だ。

 今現在この村には生贄に選ばれそうな人はいない。次の儀式で視力を失ったナズナが選ばれるのは容易に想像のできることだった。

 


「アカシ君が考えていることはわかるよ。けどそれは後でいい。まずは二人共生き残った事を喜ぶべきさ。立てるかい?」

「……はい、大丈夫です」

「ナズナちゃんは奥の部屋でヨシ婆が看てるよ」


 布団から出たアカシは着物を整え、教えられた部屋の前に来た。


「失礼します。アカシです」

「お入りなさい」


 障子を開き中へと入る。

 中には布団に入っているナズナとその傍らに凛とした佇まいで正座しているヨシ婆が居た。


「アカシ……?」

「あぁ」



 返事をしたアカシはナズナの隣に座り、そっと手を握った。突然の手の感触にナズナは少し驚いた様子だったが直ぐにその手を強く握り返した。

 アカシは何を言葉にしていいのか考えども定まらず、ただ手に伝わる熱に応え続けた。

 ――そうしているとナズナはか細い嗚咽を上げながら泣き始めた。


「アカシ……、ごめんね……」


 アカシは何故ナズナが謝ったのか理解できなかった。しかし、その言葉の真意を、ナズナの死後のアカシを気遣っていると悟ったアカシは胸の内の葛藤を押し殺しとある決心をした。


「大丈夫だ。俺がナズナを守る」





 数日後、村の中央に在る広場には二百を超える村人たちが囲う様に集っていた。各世帯ごとに広げられた茣蓙に座り、シシホタルという発光するふさふさした長い鬣が特徴の猫たちが放し飼いされ辺りを照らしている。

 広場の中央には壮年の如何にも武人といった趣の男、村の長コクセンジゴクジロウが仁王立ちしていた。その立ち姿は聳え立つ大岩を想起させる程のものである。


「村の狩人シキマキアカシの大偉業。村へと災いをもたらす害獣、マナコオロシを見事に屠ったぁッ!」


 ゴクジロウの図太い声に村の者、特に狩人集団は怒号の雄叫びを上げた。


「よってぇ、その功績を称え、祭りを執り行うッ!」


 ゴクジロウの声に対して今度は酒杯と共に雄叫びが上がり、それが祭りの始まりの合図となった。

 アカシのマナコオロシ殺しは村の長老会ですら太鼓判を押す程の英雄的評価を受けた。仮定の話、アカシが敗北しマナコオロシが村へと接近したとしても、村の狩人連中はマナコオロシを狩り殺すことはできる。しかし、その場合青色の霧による被害は人命、家畜、食料、土壌汚染と甚大になっていた可能性がある。そしてそれを阻止したアカシの活躍は特別の祭りが開催される程であった。

 広場の上座に座るアカシとそのアカシを救ったとして一定の評価を受けたナズナは化粧を施され、今まで着たことの無い上等な衣装を纏っていた。


「ナズナよく似合ってる」

「うん、ありがと」


 お揃いで着けているシロスナヘビ革の眼帯でナズナの目元は見えないが耳が赤くなっているのは隠せていなかった。

 談笑している二人の前に美形の青年を先頭とした一団がやってきた。


「お熱い所失礼するよ。黒泉寺家当主代理として参った、コクセンジタツウミ也。……アカシ、ナズナ、よく生きて帰った。そしてよく村を護ってくれた」

「ああ、ありがとうタツウミ。急な祭りでいろいろ大変だったろ」

「祭りの主役はそんなことを気にするな。それにこの程度の事で慌てている様では村の長は務まらない」

「意識高いの相変わらずだな」

「当然だとも」


 アカシたちの前にこうして当主が家の者を引き連れ挨拶にやって来るのはこれで十数度目。締めとして村長の家系である黒泉寺家が来ていた。

 これまでにアカシは順が進むに連れ増えていく献上品に囲まれ、毎度の如く発生する年頃の娘を紹介されるイベントの度にナズナから漏れ出る殺気を感じつつ相手の面目を潰さないためにも玉虫色の返答を続けていた。


「アカシ、当家からは村の規則に違反しない範囲で一つ要望を聞こう」

「ああ、言いたいことはわかってる」


 タツウミの含みのある言い方は暗にナズナの儀式への免除は無理だと言っているのだとアカシは読んだ。

 アカシは懐から一枚の封筒を取り出し、タツウミへと手渡した。


「頼んでいいか」

「ああ、任せてくれ」


 真剣な表情のアカシに対し、タツウミは封筒の中身を確認すらせずに、そう断言した。


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