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逢魔が刻

匂い

作者: 名月らん

人は記憶の底に忘れられない匂いがあるという。

例えば赤ちゃん独特の匂い。

すごく甘くてなんとも言えない懐かしい匂いである。

だが、私の記憶の中にある匂いは・・・

何かが焦げるような匂い・・・いや、臭いだった。


私はとりわけ嗅覚が良いわけではない。

普通の嗅覚の持ち主である。

そんな私が異臭を感じたのはあの公園に行ってからだった。


私が子供の頃からある家の近所の何の変哲もない公園


ある夏の日、私は珍しくその公園の水飲み場の蛇口をひねった。

子供の暑さしのぎにタオルを濡らそうと思ったからだ。

日陰に休ませ濡らしたタオルを子供の首に当てスポーツドリンクを渡すと、息子がしかめっ面をして


「ママ、なんかクサい」


私は不思議に思いドリンクをにおったが変わった臭いはしない。

すると息子が


「違うよこっち」


とタオルを首から外した。

私は不思議に思いながら臭ってみたが何もにおわない。


「そう言えば」

「ねっクサいでしょ」

「そうね、でもこの臭い何処かで…」


私はタオルを濡らした水飲み場を見た。すると男の子が容器に水を入れている。


息子は嬉しそうに男の子に走り寄っていった。私も慌てて走り寄ると男の子は


「そのタオルかして」


と手をさし出した。私が不思議に思いながらタオルを手渡すと男の子は手際よくタオルを洗い息子に手渡した。

息子はタオルの匂いをかぎ


「クサくないスゴイや」


と男の子をキラキラした目で見ていた。

その男の子は私に向かい


「もう大丈夫だからね」


といい去っていった。

その日の夜サイレンが鳴り響いた。

私が慌てて外に出ると近所のおばさんが


「火事ね一筋向こうの家みたいよ、風向きが逆だったらこっちに来てたから本当に助かったわ」


と言われた私は


「本当に良かったですね、そう言えば私が小さい頃お寺にお参りに行って直ぐ側まで火が…」


と言い口籠った。おばさんは


「ああ、上の山寺の護摩供養のときでしょ、もう三十年近く前よね。あれ凄かったわね雨が振らなきゃお寺が燃えてたわよ」


そうだ私はご本尊を拝んだあと外がザワついていたので母と外に出たのだ。

本堂を見上げると裏山に炎が見える。

私は母にしがみつき


「お寺が燃えるよぉ」


というと母が


「大丈夫お墓にいるじいちゃんとばあちゃんとご本尊さんが火を消してくれるから」


と強い口調で言う。私はそれを信じて


「ご本尊さんおじいちゃんおばあちゃん守ってください」


と手を合わせていた。


ポタッ


何かが手にあたった。


「雨だ〜」

「助かったぞ」


駆けつけていた消防団員や護摩供養に来ていた檀家の皆が口々に言う。

突然の大雨が山火事を消してくれたが危機一髪だった。

なんせ火は本堂の直ぐ側まで来ていたのだから。

母と私はご本尊さんと祖父母に


「ありがとう、ありがとう」


と手を合わせた。ふと顔を上げた母が本堂の荒山に駆け上がる男の子を見て


「お兄ちゃん?」


と呟いた瞬間男の子の姿は消えた。


「お兄ちゃんが皆を呼んで助けてくれたんだね」


と微笑んでいた事を思い出した。

公園であった男の子はその子ではないのか?と…今頃になって思い出した。


母の兄は結核で5歳で亡くなっている。

生きていれば家の跡継ぎになっていたはずだった。


息子も5歳…


「おじさん?」


ポタッ


と何かが頬にあたった。


「雨だ」

「雨が降ってきた」


皆が口々に言う。私は


「また助けて貰ったなぁ」

「ママ?」


夫の声がした。振り返るといつの間にか帰ってきた夫が息子を抱えていた。


「雨だから家に入ろう」


と言われ私は皆さんに挨拶をし家に入った。


「何?残業じゃなかったの?」

「それが急に明日でいいってことになってさ、帰ってきたら近くで火事って言うから焦ったよ」


という夫に息子が


「お兄ちゃんがね大丈夫って言ってたんだ」


という。


「え?」

「お兄ちゃんがね、お家なくならないようにするからねって言ってたんだ」


私が驚いていると夫が


「お兄ちゃんって誰だ?」

「公園のお兄ちゃん」


私はポロポロと涙をこぼした。夫が慌てて私に


「どうした?大丈夫?」


と聞くので私は


「うちのご本尊さんが守ってくれたの」


というと夫は


「ご本尊さん…」


と聞こうとしたがそれを遮り息子が


「眠いよぉ」


というので


「寝かしつけた後でゆっくり話してあげるね」


といい狐につままれたような夫をのこして私は息子を部屋に連れて行った。


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