ep88 ユイの決断
東に国境を超え一キロ地点。
指定のポイントでアミーナの引渡しを待つ二人。
二人の四方には囲むように警備隊員が立ち、ロナルドのみ、やや外れた位置にいる。
月明かりのみの荒涼と広がる大地は、夜闇に紛れ遠近感が失われている。
吹き抜ける夜風がユイの美しい金髪を冷たくなびかせる。
おもむろにロナルドが遠くを見ながら口を開く。
「......そろそろですね」
ユイは疑念の表情で返す。
「そろそろ?まださほど時間は経っていないけれど......」
「いえ、そろそろですよ。勇者ユイリス様」
「......えっ?あ、あの、ユイリスさんって?」
「...そう。それが私なの。私は勇者ユイリス」
「勇者!?」
「どうかしましたか?」
ロナルドがユイ達の方へ振り向く。
「......いや、それよりも今の声、お前......あの男じゃないな?誰だ?」
「あ、あの、ユイリスさん......」
「もういいわ。キース君」
ユイは男の頭の辺りに軽く触れると、彼の黒かった髪は栗色に変わり、キース青年の顔が現出した。
「お前!キースだったのか!」
ロナルドは鋭く叫んだ。
「貴方達のボスほどではないけれど、中々の変装ぶりでしょう?」
ユイは挑発するように言い放った。
ーーーまさか闇の魔法迷彩の応用でこんなこともできるなんて。やっぱりコーロはすごい。
さて...ここからね。予想通り、どうやら大人しくアミを引き渡してくれるなんて訳にはいかないようねーーー
ロナルドはすぐに落ち着きを取り戻すと、勝ち誇ったような表情を浮かべる。
「ということは、スヤザキさんが一人で猫娘さんを取り戻しに?
それは絶対に無理でしょう。
そもそもその場所すらわかりっこない。まあ、無駄に足掻いてください。
そして、偉大なる勇者様。貴女はここで死んでいただきます。
大変心苦しいですけどね。我が社に逆らう者は仕方がないのです」
...この時、ユイはまだ気づいていなかった。
夜闇の奥に何やら蠢く大量の影が、わらわらと彼らを取り囲むように近づいて来ている事に...。
「それでは我々は失礼します。キース、残念だけど君ともお別れだよ」
「ロ、ロナルド!僕は君を信用していたのに......ブラックファイナンスの悪事に加担していたなんてショックだよ......」
「こっちこそショックさ。君が勇者なんかと関わっていたなんてね」
ロナルドと四人の警備隊員は、手に持った灯りをガシャっとその場に捨てると、そそくさと彼らから離れて遠ざかっていった。
......
俄かにひしひしと空気が張り詰める。
何かはわからないが、明らかに何かが起ころうとしている。
「何をするつもりかしら......。ん?あれは?」
ユイの視線の先に別の灯りがチラと映った。
その灯りはじりじりと真っ直ぐ彼女に近づいて来る。
「よーよーよー!!元気そうじゃねえか!」
灯りの方向から声が響く。
「お前は......!!」
灯りの先に、一人のガラの悪い男が、複数のガラの悪い部下どもを引き連れる姿が現れる。
「よおよおよお!クソオンナ!この間は調子くれやがったなぁ?」
「......ゲアージ!」
「ゲアージさん!?」
「おっ?なんだなんだ??キースくんか?こんなところで何やってんだぁ?ん?あん時のにーちゃんがいねえな?」
「ゲアージ!何しに来た?」
「おいクソオンナ。テメェに呼び捨てにされる覚えはねえ。すぐに殺してやるから大人しくしとけやゴミが」
「貴方一人で?...ではないわね」
「クソオンナ。かわいそーに。おまえさ?肉も残らねえよ?」
「どういう意味......ん?何?あれは...」
夜闇に蠢く大量の影が、ユイの視線の先にその姿を露わにする。
「あれは......野犬!?」
「これは野犬じゃねえ。魔犬だ。そうだなぁ?ざっと千頭はいるかな?」
「!!」
「勇者だかなんだか知らねえが、丸腰でアレに囲まれちゃタダじゃ済まねえよなぁ?あーでも安心しな?トドメはおれが刺してやっから。いいか?楽に死ねると思うなよ?たっぷり可愛がってから殺してやっからヨォ!!」
ゲアージはベロっと舌を出してニヤけながら、これでもかというぐらいに憎たらしい表情で吐き棄てた。
ヘラヘラと悪態をつきながら、彼は部下達と共に魔犬がいる辺りまで後ろに退がり、ユイ達と距離を空ける。
気がつけば、ユイ達の四方三十メートル辺りを、千頭以上はいるであろう魔犬集団が円形に囲んでいる。
彼女らの退路は完全に断たれた。
丸腰のユイと戦う力のないキース。
絶対絶命である。
「あ、あの、ユイリスさん!ど、どうすれば!ぼ、僕達......こ、殺されて...しまうんですか...??」
恐怖で気がおかしくなりそうなキースは、ガクガク震えながらユイの羽織を引っ張った。
「キースは絶対に私のそばを離れないで!でもそれは掴まないで?動けなくなるから」
ユイは怖がるキースに凛々しくも安心させるように軽く微笑んで注意した。
「あっ...す、すいません!」
ユイは構えながら取り囲む魔犬達に目をこらしていると、ある事に気づいた。
それは、ユイ達をさらに追い詰める事実。
「......何か、おかしい」
「どどど、どうしたんですか?」
「魔犬達の動き......統制が、とれている!?」
ゲアージは余裕しゃくしゃくにいやらしくニヤけながら、懐から笛を取り出した。
「この魔笛のおかげで、魔犬どもは今までテメェが退治してきたのとは訳が違うぜ。確実にテメェを地獄に送ってやんぜクソオンナぁ!!」
猶予なき危機的状況!
ユイは瞬時に思考を巡らす。
ーーー彼を守りながら素手であの数を相手にするのは......
さらに今の私には力のリミットがある。
どうする?......使うしかないわね。
魔王と戦って以来使っていないけれど。
果たして今の私の状態でどこまで使えるのか......
でも、もう迷っている暇はないーーー
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