ep75 思惑
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フロワース警部はスチュアート夫人を家まで送ると、同市内にあるアパートの一室に帰宅した。
その部屋には最低限の物しかなく、ひどく簡素な上、妙に小綺麗で生活感がまるで無い。
「あ、あの...!」
「なに?キース君」
「えっと...僕はいつまでここにいればいいんですか!?」
「うーん、そうだなぁ、事が落ち着くまで?あるいは事が始まるまで?」
「事って、一体何のことですか!?」
「まあ、君は今は何も知らなくても大丈夫だよ。君のお母さんも、お友達も、ボクに任せてくれればね。とにかく、ここにいればとりあえず君は安全だから。
そして、君が知っている事のすべて......そう、ブラックファイナンスの事、彼らと出会うきっかけ、ビジネスパートナーの事......そのすべてをボクに教えてくれればいい」
「あの...フロワース警部は、何をしようと......本当に警備局の捜査なんですか?」
「キース君。ボクにはねぇ?重要な任務があるんだ。とても重要な、ね?」
「は、はあ」
「まあ、君は何も心配せず、ボクの言う通りにしていればいいよ」
「......」
部屋には簡単な結界が張られ、容易に脱出はできなくなっている。
すなわち、キースは軟禁されていた。
フロワースは、一点を見つめながら顎に手を当てて、低く呟く。
「さて、仕込みはした。あとは事態がどう動くか......」
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数刻前。
タペストリ市内の某屋敷。
「ユイリス?」
「ええ。こいつが可愛いツラに反してクソ生意気なオンナで、さっきはマジでムカつきましたよ!」
「金色の長髪の女剣士。名前はユイリス。白い羽織に軽装の青い防具。魔犬どもをあっさり倒した冒険者......」
「どうかなさいましたか?ブラックキャット社長」
カイソーは不思議そうに訊ねた。
「......ゲアージ。そいつが破滅の黒猫を探ってたんだよな?」
妙に深刻そうな顔でブラックキャットは問うた。
「あ、そうっすけど?」
ブラックキャットはすっくと立ち上がり、ただならぬ剣幕でゲアージににじり寄る。
異様な圧が篭っている。
彼はすっと拳を振り上げた。
「え?えっと、社長?」
バキィッ!!!
ブラックキャットの拳がゲアージの顔面に振り下ろされた瞬間、彼は車に跳ねられたように後方へ吹っ飛び、部屋の壁にドガンッ!と激突した。
ゲアージの体がめり込んだ壁からは、土煙と共にバラバラと破片が崩れ落ちた。
「社長!?」
慌てて叫ぶカイソー。
ブラックキャットは憤怒の表情で吐き棄てる。
「おまえはバカか!!ゲアージ!!」
「しゃ、社長......?」
頭から血を流して崩れ落ちながら声を溢すゲアージ。
ブラックキャットは脅すように問いかける。
「ゲアージ。そのオンナは、東の街の宿にいるんだな?そしてあの物件がらみの坊ちゃんのお友達の猫娘と繋がっているんだな?」
「は、はい......」
「なぜ奴が!?いや、まだ奴と決まったわけではないが。だが......」
「社長?そのオンナを知っていらっしゃるのですか?」
カイソーは冷や汗まじりに質問する。
ブラックキャットはギロリと恐ろしい目つきで二人を睨んだ。
「しゃ、社長!?」
「社長......」
「お前ら!今すぐ部下全員に伝えろ!その女の同行を絶対に見逃すな!そして逐一報告しろ!いいか!?」
「え!?とおっしゃいますと!?」
カイソーは真意が全く汲み取れず訊き返す。
「おい?カイソー?私に向かってなんだ?今すぐ死にたいのか?」
ブラックキャットの声は残虐な響きを帯びている。
「い、いえ!!か、かしこまりました!!ゲアージ!行くぞ!」
カイソーは慌ててゲアージを引きずりそそくさと退室した。
「しゃ、社長はどうしたんだ?ゲアージわかるか?」
「わ、わからねえっすよ......」
「まったく何なのだ?そのオンナのせいなのか?ゲアージ、そのオンナは一体どんな奴だったのだ?」
「どんなもなにも......さっき説明したとおりっすよ。
ただのクソ生意気なムカつくオンナっすよ。
チクショウ...なんだってんだ。
......そうだ、これもあのオンナのせいだ......そうだぜオイ。
あのオンナ、マジでブッ殺してやる...!!」
部屋でひとり、ブラックキャットは表情険しく思案する.....。
ーーーなぜ神童の聖騎士が?
いや、まずは一度確認せねばならない。
そして、本物であるならば......誰かの差し金なのか?
まさか賢者エヴァンスか?いやそれはないか?
いずれにせよ、本物であれば......手を打たねばなるまいーーー
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