異能士って嘘つき
あの日の俺が隠れていたのは、廊下にあった掃除道具入れだったと思う。子供が遊びごとにしないように鍵をかけられるタイプで、俺はたまたま鍵を持っていた。昼休みの後、掃除が始まる前だったから。
「ハァ……! フッ……!」
必死に息を殺していた。手で自分の口を抑え、逆の手で今にも泣き出しそうな下級生の肩を抱き寄せていた。
ロッカーの隙間から、人間の怒号と悲鳴が絶え間なく聞こえてくる。凄惨で気持ちの悪い音。皆んな皆んな、上へ上へと走っていく。
だがその時、誰かがこちらに逃げてきた。上履きの音。走り過ぎておかしくなった呼吸音がして、そして、
「や……っ! いやぁ! 助け、やめ、やだぁ!!」
少女の金切り声が何かに引き摺られるようにして小さくなっていった。吐きそうになる音が、廊下の向こうで鳴っている。しばらくして、ズリュ……ズリュ……と、柔らかくて重い物がこちらへ這いずってきた。
音が、ロッカーの目の前で止まった。俺も下級生も、息を止めた。心臓が耳の隣にあるんじゃないかと思うほど脈打っていて、それが「外」に聞こえないよう願った。そして、どれくらいの時間が経っただろうか、遂に目の前の何かは動き出し、どこかへと消えていった。俺達は静かに胸を撫で下ろし、俺は外を確認するためにロッカーの空気穴に目を近づけた。
そこにあったのは、血走った赤黒い瞳。無機質な感情で俺を見つめていた。瞼が、下から上へと閉じられた。
「うわぁ!!」
「っ!? だ、大丈夫ですか!?」
「はぁっ……! はぁっ……!」
「めちゃくちゃ魘されてましたよ」
制服の襟元が脂汗でベットリと濡れている。過呼吸になりそうなほど荒く息をしているのに、全身に酷い寒気があった。
「多分、ライナーもこんな感じで寝てたんだろうなって思って見守ってました」
「そこは起こして下さいよ……」
全く。変な所でサディストなのは誰からの遺伝だ?
「シャワーでも浴びてきたらどうです? そんな汗ビッショリじゃ気持ち悪いでしょう」
「いえ、少し待ってください。先にこのメールを共有しておかないと……」
「やだ。汗まみれの野郎と顔付き合わせて仕事の話とかしたくねぇ」
「気持ち悪いってそっちの意味ですか」
今日の士長のキレは千賀のフォーク並みだなと思いながら、シャワールームに追い立てられた。だが、脱衣室に綺麗に折り畳まれた状態で置かれたバスタオルを見て、一応は気を遣ってくれているのだと察した。
最低限度の広さのシャワールームで、頭からお湯を浴びる。肌がビリビリするような熱さのお湯が、俺の心を冷ましていく。湯気で曇るガラスを拭いて、一瞬だけ自分と目を合わせた。あの日よりも伸びた身長と、刻み込まれた恐怖心がやけにアンバランスで、酷く歪んで見えた。
異能士事務所は必ず一台以上のパソコンを所内に設置し、異能士協会からのメールを受信できるようにしておかなければならない。速やかな情報伝達と意思の共有は、命の現場で働く異能士には何よりも大切なことだからだ。
そのため、もちろん我が山田異能士事務所にもパソコンがある。普段は動画投稿サイトを閲覧する時くらいにしか使われていない可哀想な備品なのだが、昨夜、久しぶりに異能士協会からのメールを受信した。
「第四霊脈と第十三霊脈が合流、ですか。どっちも景気の悪い数字ですねぇ」
眠気覚ましのコーヒーを一発キメながら呟く。すると、士長が悪戯っぽく笑いながら肘掛けに腰掛けてきた。
「こらこら。四は幸せのシだし、十三は護廷十三隊の数字ですよ」
「前半はともかく、後半は無理があるでしょ。死神ですよ」
「心を明るくする理由はこじつけてでも見つけるべきです」
「なるほど。それは仰る通りです」
こう言う、自分の精神を上向きに管理しようとする士長の姿勢は、本当に凄いことだと思う。つくづく異能士向きだ。だが、続けてこうも言う。
「仕事が増えそうで、やだなぁ」
「なぜ? 仕事がないのが我々の悩みじゃないですか」
「霊脈の合流は話が違うよ」
霊脈とは、この星に流れる力の血管であり、また力そのものでもある。霊脈は国内だけでも万を越えて存在し、それらは独立している。だが、時折それらが合流することがある。そうすると力の方向や質が変わり、大なり小なり乱れが発生する。乱れは澱み、膿み、呪力となって地上に噴出してくる。
そして今回、協会が合流予測を発表した第四霊脈と第十三霊脈は国内最大級の特級霊脈だ。特級霊脈同士の合流は約二百年ぶりで、それが一体どれほどの規模の乱れを起こすのか、正直予想が出来ない。かつてない程の大呪害が、日本中で起こるかもしれない。そしてそうなれば、うちのような事務所にも任務と言う形で仕事が回ってくる。これはその前兆だと言えた。
「呪害に、呪具。それに……呪獣も出るでしょう」
「それはそうでしょうね」
「……ねぇ。君がさっき」
「大丈夫ですよ」
「……」
「貴方が気にする必要なんてありません。そんなことより、ほら、もっと気合いを入れてください。今回活躍すれば、貴方もB級に上がれるんですから」
士長の実力はC級なんてものではないのだ。仕事さえあればB級は軽い。A級にだって届くかもしれない。昇級に必要なポイントを計算していると、士長が俯いて何か言った。
「……もん」
「はい? 何か言いました?」
「うるせぇハゲ!」
「は、な!? ハゲてねぇし、別にうるさくもないでしょう!」
「うるさいの! 存在が!」
「な訳ない! 学校じゃいないことにされて……ないですけどぉ!?」
また唐突に士長の反抗期が始まった。最近になって頻発するようになったこれのおかげで、全国のお父さんの苦労が身に染みてよくわかるようになった。予兆は無いわ、一度始まると何を言っても怒るわで、対処のしようがない。ギャンギャンと言う効果音がピッタリの士長の罵声が事務所に響く。
「おい。ガキども」
最近になって出来てきた左後頭部の十円ハゲを気にしている俺としては、毛髪の話は心の逆剥けみたいなものだ。そんなふうに軽々と踏み入って欲しくはない。自然と視野が狭くなり、返す語気も荒くなる。ゆえに、自分達以外の人間が事務所に居ると言う異常事態に気がつけなかった。
「ぅあっつぅ!?」
「え!?」
件の後頭部にぶっかけられたのは、洗面桶に溜められた熱湯だった。
「休日の朝っぱらから呼び出しておいてシカト決め込むたぁ、良い度胸だな、おい。ハコにされてぇのか?」
「あ……」
「槌土さん……」
仰天しつつ振り向いた先にいたのは、若草色の着物の上に白衣を羽織った小柄な男だった。拳ほどの二頭身の人形が男の肩の上で洗面桶を担いでいる。
「俺様を苗字で呼ぶなって、言ったはずだが?」
「「す、すみません!」」
槌土光宗A級異能士が、顰めっ面でタバコのふかしていた。黒いブーツの踵を鳴らしながら、来客用のソファにどかっと座る。眼鏡の奥の切れ長の瞳で一睨みされれば、背筋がツーっと凍りつく。光宗さんは、異能士界屈指の名家、槌土家の中でも三十年に一人の逸材と評される実力者だ。そしてその実力以上に、気難しさと偏屈さで有名な人なのだ。怒らせたら大変マズイ人なのに、肘に怒りっぽく、怒る理由も理不尽なため、はっきり言って業界全体から嫌煙されている。俺も苦手だ。と言うより、この人が近くにいて緊張しない人間などいない。
「霊脈の件は知ってるだろう。わかってると思うが、これから鬱陶しいくらいに忙しなくなる。お前らみてぇなガキに仕事を回さなくちゃならんほどにな。だが、俺様は俺様の用事で忙しい。興味の無ぇことで俺様の手を煩わせるな。さっさと終わらせろ」
「「はい!」」
「今日はどこで、何の仕事だ」
今朝の四時ごろに協会から届いた仕事は、出現が予想される呪獣の確認とその討伐だ。場所はここから約2キロ離れた山中で、うちの事務所が一番近い場所にあったから割り振られたらしい。呪害脅域は「二」から「三」。
「じゃ、いつも通り、私達は自転車で向かいます」
「相変わらず締まらねぇな……。まぁ良い。俺様は別件を片付けてから合流する。それまでテメェらで判断して勝手にやってろ。あぁ……。それと東雲。後始末が面倒だから死ぬ時は呪象にならないように死ねよ」
物凄く投げやりな雰囲気で何とも返事のし難い指示をされた。だが、これがこの人の通常営業なのだ。他人にほとんど興味がない。俺が死のうが生きようが、ってことだ。だが、
「で、すばる。お前はコイツが死んだら逃げろ。バカに付き合うなよ」
士長にだけはちょっと態度が違う。人が本来持っている優しさの十分の一程度だが、光宗さんがこんな柔和な態度を取るのは士長くらいだ。柔和とはなんぞやの話になるが。曰く、光宗さんは所長と古くからの友人で、士長が幼い頃から色々と面倒を見ていたらしい。他人を虫だと思っているような人でも、士長にだけは愛着を持っている。それゆえに、士長は光宗さんに反抗できる数少ない人間なのだ。
「……」
「返事は?」
「……」
「……おい。東雲。死んでも死ぬんじゃねぇぞ」
「はい」
こんな感じのやり取りを、これまで何度か行ってきた。俺は光宗さんを見つめて確認する。
「私が死ぬ時は、貴方に殺される時です」
「この俺様を煩わせるようなことはするなよ」
俺は異能士資格を持たない。だが、呪獣に関わる任務の時だけ、異能を行使することが許可されている。但し、その絶対条件として、俺を確実に行動不能に出来る異能士の監視下にいなければならない。
俺は、「呪獣使役」と言う特に危険で扱いの難しい異能を持ちながら、この身に余る呪獣と契約をしてしまっているのだ。
「そんな話、もう良いから。早く……準備してください」
士長が事務所を出ようとして、
「あ、その前に」
軽快なUターンで戻ってきた。
「頭拭いてください。馬鹿は風邪ひかないってのは迷信だからね」
「知っとるわ」
手渡されたタオルで頭や肩の水気を拭う。士長は俺の髪がおおよそ乾くまで待っていた。そして、光宗さんに一言断ってから、任務に向かっていった。俺は、頭を下げた後も射貫いてくる光宗さんの視線を感じながら、士長の背中を追った。
任務の前に、呪獣について幾つかのことを話しておきたい。
呪獣とは、霊脈の澱みによって発生した擬似生命体の総称だ。霊脈で澱んだ呪力が地上に洩れ出し、生命体の持つ悪意や憎悪、恐怖や萎縮など、負の感情に汚染されることで発生する。その影響によるものなのか、殆どの呪獣が凶暴で、生命体に対する強い敵意を持っている。そこに見境はなく、家畜や野生動物はもちろん、人間にも襲いかかってくる。呪獣に抵抗する術を持たない一般人にとって、呪害とは基本的に呪獣のことを指している。
長くなってしまうが、もう少しだけ知っていて欲しいことがある。呪獣の特徴と、その危険性についてだ。
呪獣にはその危険度に応じて呪害脅域と言うものが割り当てられており、一、二、三、四、五、五強、六、六強、七、七強の十段階がある。呪力が強い呪獣ほど大きな数字になり、より甚大な被害が予想される。また、脅域五以上の呪獣は発生の瞬間に呪力爆発を起こすことがある。その威力は凄まじく、半径数十メートルが木っ端微塵に吹っ飛ぶ。かつて脅域「五強」の呪力爆発が住宅街のど真ん中で起こり、百二十五人の死者を出した呪害があった。この事件以来、異能士協会と政府は霊脈の監視を担当する人員を三倍に増やしている。今回の特級霊脈の合流を早期に知れたのも、呪獣の発生前に俺達に仕事が割り振られたのもそう言う経緯があったためだ。
発生するだけで地上を破壊し、生命体を殺傷するために存在する呪獣。奴らは異能士が倒すべき敵であり、呪獣を倒すことが異能士の本職とも言える。
「呪獣討伐は異能士の華、か」
「何です、その独り言。どうしました? 君、普段からそんな辛気臭い顔をしてましたっけ?」
「いえ。実際はそんな華やかなものじゃないと思いましてね」
「よくわかりませんが……まぁ、お天気の朝からツーリングしてるんですから、もう少し楽しげな顔をしても良いと思いますよ。ふと思ったんですけど、ツーリングと通勤って似てません?」
「だから何だよ」
士長は時々、こうして「ふと思う」のだが、大体が本当に下らないことなので、わざわざ口に出さなくて良いと思う。あと、言うほど似てない。
「おや」
「?」
目的地に到着した。ちょっと古めのナビ風だと、「目的地付近です。ナビを終了します」くらいは離れているが。
「あれは、隣町の異能士事務所の人たちですね」
「えぇ、やだな。そんなの、面倒くさいことにしかなんないでしょ」
「同感ですが、これも仕事ですよ」
今回の呪獣出現予測地点は、俺達が自転車を停めた山中橋の下を流れる山中川の上流だ。ここからの移動は自転車では難しいので、徒歩で川沿いを上がっていく予定だったのだ。だが、何やらその橋の上に二人のイカつい男と一人の少女が立っており、こちらを睨んできている。同業者なのはすぐにわかった。
「どうも。山田異能士事務所の者ですが」
俺から声をかけると、三人はヒソヒソと相談をしている。彼らが俺を強く警戒していることもよくわかった。その視線に、侮蔑と恐怖の感情が含まれていることも。
「俺は早乙女異能士事務所の所員で、B1級異能士の長谷川だ。後ろの二人はB2級とC級」
一際頑丈そうな大男が、威圧的な声でそう言った。彫りの深い外国人みたいな顔付きで、鼻がとにかく横にデカい。
「なるほど。それでまさかとは思いますけど、うちの仕事の横取りをしに来たとかではないですよね?」
「えぇ……何でケンカ腰ぃ……?」
俺の後ろの士長が凄く嫌そうな声で呟いている。だが、他事務所とのバッティングで弱気から入るのは良くないのだ。
「横取りだぁ? ここらはずっと俺らが管理してたんだよ!」
もう一人が怒鳴ってくる。まぁ、立地的にはおかしくないし、実際そうなのだろう。霊脈の管理を協会に任されている事務所はある。所員の数や質など、基本的に事務所として体力があるところが行なっている。
「私達は発生が予測される呪獣の討伐に来ました。管理と討伐は別件のはずです」
「確かにそうだが、そこでハイそうですかで引き下がっちゃメンツがもたないんだ。悪いが、俺達に任せて貰う」
「協会への報告は?」
「こちらでやっておく」
協会からすれば、こんな田舎の呪害、どこの事務所の誰が仕事をこなしたかなんてどうでも良いことだ。事前に確認するならまだしも、事後報告なんてされたらそのまま処理されてしまう。現場で仕事を奪われても、誰も助けてはくれない。だからこそ当然、こんな横暴には応じられない。
「受け入れられません。士長、行きましょう」
このまま話を続けられると、大人の圧で押し切られる。俺も士長も所詮は未成年。士長は意外と内弁慶だし、俺だって気が強い方ではない。
三人の横を強引にすり抜けようと士長の腕を掴んで引く。その時、
「また暴走されたら困るんだよ」
「っ!」
「山の向こうには『学校』だってあるんだぜ。小学生を危険に晒すのは……なぁ?」
取り巻きの男が言う。ニヤニヤ笑うその男と、俺は目を合わせてしまった。そのせいで調子づかれる。
「てかさ、お前、何で捕まってねぇの? 死人が出てないってだけで二回は暴れてるんだろ。異能士資格も持ってねぇくせに、あんましゃしゃり出て来るなよな」
「そもそも、東雲……くんは監督官がいないと異能の行使は認められてないはずだ。槌土光宗はどこだ? そっちのC級一人で呪獣の対処ができるとは思えないし、リスクを考えろ」
「槌土さんは少し遅れているだけです。それに、士長の異能は私の異能対策として有効です」
「俺達が対処すれば、そんなリスクすら発生しない。君もそうだが、そっちの子はまだ15にもなっていない子供だろう」
残念ながら、俺は彼等の言ってくることを、何一つ否定できなかった。仕事を横取りしてくる点は根本的な筋が通っていないが、それ以外は概ねマトモなことを言っている。
だが、それでも、一つだけ間違っていることがある。
「確かに、士長は若いかもしれませんが、異能士としては一人前です。実力と年齢は関係ない。彼の事件解決能力をあなたがたに疑われるのは不本意ですね」
「はっ! 所詮はC級だろ! ド新人のコイツと同じじゃねぇか!」
男が少女をどつく。どうやら下に見た者にはとことん傲慢な態度に出る男らしい。
「仕事が回ってこないせいで、ポイントが足りないだけです」
「だからぁ、ヘボだから仕事がねぇの。順序が逆なんだよクソガキが」
堂々巡りに入った。こうなってしまえば、この不愉快な男に延々と煽られるだけ。俺だけならまだしも、所長から任された士長を虚仮にされて穏やかでいられるほどの堪え性はない。
「東雲君。もう良いです」
血が沸騰する直前、士長の声が俺を冷ました。
「士長……! ですが!」
「良いから。ちょっと下がっててください」
「……」
声を荒げないだけって感じで黙る俺を見て、士長は困ったような笑みを浮かべた。
「……君は普段はスカしてるくせに意外と煽り耐性無いんだよな。某Yahooニュースに書き込みとかしちゃダメなタイプだ。さて」
小柄な士長は、倍くらいありそうな大男の眼前に踏ん反り返って立った。
「そんなに仰るなら、ここはお任せします」
「そ、そうか! よかった。わかってくれたか」
大男が少しホッとしたように言う。後ろの男は一層腹の立つ顔でほくそ笑んだ。その瞬間、
「ま、嘘ですけど」
士長の異能が発動した。俺を含めた四人の呪力が大量に奪われる。
「なっ!?」
「そんな様子じゃ、呪獣討伐なんて無理でしょ?」
「ふ、ふざけんな!」
ほんの一瞬だけだったが、男達は心の底から士長に騙された。その後の落差の幅を考えても、総呪力の三割は削られたと言っていい。低級の呪獣討伐とは言え、かなりのリスクを負ったことになる。
「じゃ、先に行きますよ。東雲君」
「し、士長……! やっぱり貴方は……!」
感動で胸が震えた。が、
「ま、もちろんこれも嘘ですけど」
「あ」
またガッツリ吸われた。結構マジで嬉しかったから、それはもうガッツリ吸われた。
「お互い、頭冷やしてください。別に、どっちかだけでやらなくちゃいけない訳じゃないでしょ。協力したって良いんですから」
「……」
「……」
俺や大男も、さっきまで小馬鹿にした態度で盛大に煽ってきた男も、俯きがちに押し黙った。
「協力できるなら、呪力は返します。どうします? 私はトイチですよ」
「わ、わかった。協力する」
「わかりました」
結局、俺達は情けなくもそう言わざるを得なかった。士長は満足そうに笑う。
やはり、この人は一筋縄でいかない人だ。俺の中での士長の評価は青天井に上り続けるのだった。