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逆光の影法師  作者: 冬瀬
17/18

参03・基本


 

「戻りました〜」


 鍛錬が始まって二時間ほどして、シウが庭に帰ってくる。

 芝の上で胡座をかき、鎧をキープする修行をしていたイオルは目を開けた。


「もう三周したのか?」


 自給自足の割合が高く畑や牧場がある里だ。

 人は少ないが、それなりに広さはある。


「うん。身体強化っていうか補助? を覚えれば、速さと持久力は上がるよ」


 本当に準備運動だったらしく、シウは余裕の表情だ。


『遅かったな。鈴を鳴らした回数は?』


 ハクは課題の成果を問う。

 

「一番3回、二番2回、三番5回」

『簡単すぎたな。明日はもっと小さくて似ている音の鈴にするか』

「はーい」


 シウは慣れた様子で返事をした。

 里の周りを走って来たと言っていたが、この位置で鳴る鈴を聞き分けるなど普通ではない。

 影の伸ばせる範囲を考えると、シウの耳は特別なものだとよく分かる。


「すごいな。影に頼らなくても、索敵がそこまで詳しくできるのか」

「……まあね。これのお陰で助かることはたくさんあるよ」


 彼女は苦笑した。

 イオルからすれば羨ましい能力だ。

 もっと自慢してもよい力だが、シウの物言いはどこか含みがあった。気になったが、気のせいかもしれない。


「それより、初日からすごいハードだったみたいだね。顔、切れちゃってるよ」


 シウは自分の頬を指で軽く叩いて、ここと示す。


「これくらい別に平気だ」


 イオルは指摘されたところを、手で拭った。

 血が固まった部分を触っても、全く痛みはない。

 すると、シウが気がついた。


「傷が、ない……?」

「え?」


 緑の目が見開くのを見て、イオルはハッとする。

 傷が痛まないのではない。

 血が出て確実に切れたりはずの肌に、傷そのものがない。


『【地天の涙】の効果だ。一度飲めば死ぬまで自己修復能力が上がる。疲労にはあまり効果はないが、かすり傷なんてすぐに治るぞ』


 一匹だけ動じずに、淡々と説明をするハクに二つの目線が向かう。

 そんな恒常的な効果まであるとは思ってもみなかったイオルは言葉が出ない。


「流石、霊薬って名乗れるだけのことはあるね……。びっくりした」


 シウは大きく目を瞬き、不思議そうにイオルの顔を見つめる。


「打ち身とかは? どこも痛くない感じ?」


 彼女に問われて、イオルは袖をまくった。

 鎧が維持できずに打撃を生身でガードしたはずの腕は、無傷でである。


(――……八億じゃ、安いくらいだろ、コレ……)


 とんでもない代物を飲まされたものだ。

 超人にでもなってしまった気分だ。


『致命傷はすぐに治らねぇから、自分の身は大事にしとけ。――にしても、小僧には驚かされてばかりだな。まさか感覚だけで、影を操れるとは』

「わたしもびっくりした」


 もちろんまだ拙いが、イオルは影の鎧も作るし、その鎧を変形・伸縮させることもできる。袖口から伸ばした影の腕で、ハクから逃げ切って見せた。

 あまりにも物分かりが良すぎる。教えなくてもできるのは、果たして見ていたからという理由だけで片付けられるものなのだろうか。


「……いや、みんな普通にやってることだろ」


 イオルの応えに、シウとハクは思わず顔を見合わせた。

 全く普通の成長速度ではないのだが、きっとそれを言ってもイオルは納得しないのだろう。

 彼の表情を見てそう察する。


「そうだ。今、色々と整理してて気になったことがあるんだ」

『言ってみろ』


 何もせずにとにかく鎧を長く維持する修行だったので、イオルはその間にハクから教わったことを振り返っていた。


「さっきは無意識に鎧を伸ばして実体化の腕を使ってたけど、技は同時にどれくらい使える? そもそも影ってどこまで大きさを持つんだ?」

「師匠、一番根本的な問題を後回しにしたの……?」


 シウのじと目がハクに注がれる。


『小僧があまりにも普通に光影術使ってるから、忘れてたな』

「えぇ……」


 珍しくシウがハクに対して呆れ気味である。


「鎧と身体強化の分は服で補える。というか、一番効率がいいから普通そうする。自分の肉体に一番近い影を利用できるからね。接触面の影が一番硬いのは聞いた?」

「自分に近い影が濃くて強いって聞いたから、それは理解できる」


 ハクは服着ないからな〜と言うので、今度はシウが睨まれたが無視している。


「光影術が適応できるのには、ふたつの対象がある。ひとつは自分の影の身体そのもの。そして、もうひとつが自分に属している影。自分に属しているっていうのは、自分が触れているものってことね」

「ああ、だから違和感があったのか。接触面から影を操る感覚はわかったけど、それは自分の影とは違うものを操作している感じがしてた」

「うん。別物だね」


 シウはこくりと首を縦に振った。


「あくまで、光影術っていうのは“影の身体”を使ってるに過ぎないんだよ。自分の身体に属している影を【従影】って呼ぶんだけど、【従影】は道具。影の身体が干渉してその道具を使うってスタンスなの」

「なるほど、わかりやすい」


 もうひとつの身体を動かしているだけ。

 シンプルだが、これ以上にわかりやすい説明もないだろう。


「それで、影の大きさのことなんだけど。操れる影の大きさはもちろん決まってる」


 シウが足元に集中した。


「これがわたしの影の身体、全部」


 地上に現れたのは、シウの肉体を模した真っ黒な影の身体。もうひとつの身体だった。


「この身体を変幻自在に操ってるんだよ」


 シウは創り出した影の形を変えて、盾や棒、影使い特有の紐のような鞭のような形状の武器にして見せる。


「粘土みたいだよね。この影の身体をどれくらい使って、それにどれだけ厚さを出すのか。その見極めこそが、光影術の極意なのさ!」


 彼女は全ての説明を終えて、自信いっぱいに笑う。


「すごい納得できた。ありがとう」

「いーえ。少しだけ先輩だから、気になることがあれば遠慮なく聞いてね。ハクは狼だからちょっとわかりにくいところあるし」

『ほぉ。お前もなかなか言うようになったな……?』

「うわっ!」


 シウの頭に、ぐりぐりと影の拳が押しつけられる。

 ひどい〜と唸る彼女たちを前に、イオルは今学んだことを咀嚼していく。


(マントを着ている旅人が多いのは、そういう理由だったのか)


 思ったより、服で出来る影の使える幅が広い。

 影法師にとっては、服そのものが鎧のようなものだったらしい。ますます薄着でいる流れ者たちには、疑問が浮かぶばかりである。

 実際に力を得ると納得できることが増えて、イオルはきちんと理由があったことに感心していた。


「盾を作るなら、どれくらい伸ばせるんだ……?」


 レッドゾーンを抜けるべく、自分の身を守る術を優先して覚えなくてはいけないイオルは、シウがやったように影の身体を作ってみることにする。


「……ムズ……」


 そうして目の前に表出したのは、泥人形のような影。

 彼女のように人間の形を作り出すことはできなかった。自分の身体ときちんと向き合ったことがない証拠だろう。

 とりあえず、人型にできないことは無視して彼は盾――というより壁を作ってみることにする。

 身体の正面をカバーできる大きさはまずクリアできた。そこから徐々に広げていく。

 盾の理想型は前方位をカバーできる球体。

 大きさは、腕の長さを半径にするくらいあればいいだろう。


「おお! 早速できててすごいね。日の角度がもう少しあれば、完全体だったね」


 気がついたシウが歓声を上げた。

 イオルの周りにできたのは、灰色で少し歪だが球体を維持したバリア。


「あ、そうか。今の時間だと、絶対領域が狭いのか」


 シウの声が聞こえて、イオルはなるほどと思う。

 太陽が天辺に登り、自然にできる影はたぶん一番短い。

 絶対領域が腕の長さで作ったこの球の範囲をカバーできれば、一番硬いバリアになっていた。

 

「でもこれ、完全に作れたとしても前が見えないのか……」

「あっ、気がついちゃった?」


 しかし、イオルは完全に完成させるより前にその弱点に気がついてしまった。

 影は透けない。これだと外のことは何もわからない。


「完全な球体のバリアは前が見えないし、長引くと窒息死するから使い所は考えないとね」


 シウは注意点を付け加える。


「イオル、シウちゃん。あなたたちお昼は――――え――?」


 するとそこに大きな籠を片手にやって来たのは、昨夜シウと喋っていたヤヨイで。

 彼女はバリアを張るイオルに気がつくと、声を上げた。


「イオル、あなたもう影をそこまで!?」


 どうやら昼餉を差し入れしに来てくれたらしいヤヨイは、信じられないものを目にして何度も瞬きを繰り返す。

 影を変形しただけの基礎的な技だが、少なくとも修行を初めて一日で覚えるものではない。

 イオルは影を元に戻すと、ヤヨイに目を向けた。


「ヤヨイさん。おはようございます」

「…………おはよう、イオル……。シウちゃんも」

「おはようございます」


 黒髪でマスクをしていないイオルに挨拶されて、ヤヨイは状況の整理もできないまま、とりあえず挨拶をした。


「お、驚いたわ。もうそんなに上達しているなんて……」

「イオルは飲み込みがすごく早いみたいです。土台がよかったんでしょうね」

「そう、なのね……」


 信じられないことだが、実物を見ては認めざるを得ない。ヤヨイは呆然と頷いた。

 少し考えている様子だったが、彼女は何か決心したようで、凛とした面持ちでイオルの前に足を踏み出す。


「……こ、これ、お昼ご飯よ。ふたりともしっかり食べなさいな」

「ありがとうございます」

「わぁ! 私の分まで、いいんですか!」


 籠を渡されてイオルは礼を言い、シウは目を輝かせる。


「これから毎日お昼は持ってきてあげるから。修行に専念しなさい。早く強くなって、たくさん外の世界を見てこれるようにね」

「……はい」

「じゃあ、あたしはやることができたから。仲良くやるのよ」


 ヤヨイは目尻にシワを寄せて笑うと、来た道を戻って行く。籠は明日返せばいいらしい。


「いいね〜こういうの。差し入れかぁ〜」


 シウはにこにこして、イオルが受け取った籠に目を奪われている。

 イオルがちらりとハクを見れば、狼は影の長さを見た。


『昼餉にするか』

「うん。そうしよう!」


 シウはその日一番嬉しそうに頷いた。





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