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21歳の女子が色々あったけど前向きに生きてみようとしている話

作者: 梅夢

【21歳の女子が色々あったけど前向きに生きてみようとしている話】


 私は田舎で暮らす平凡な女子大学生です。たった21年の人生ですが自分の中では辛い時期が最近まで続いていました。



 辛い時期、ただひたすら耐えることしかできなかったあの時。




 支えになるものがあったらもう少し早く抜け出す事ができたかも、と思います。




 ただ、辛い時って本当に無気力で、好きなことにも興味がなくなる程落ちてしまっていました。




 今辛い思いをしているあなたが、少しでも早くその時期を抜け出す事ができたらいいなあと心から思います。



※敬体と常体が入り混じっております。( ; ; )





【今まで会ってきた「先生」の話】


 差別をしない先生なんて存在しない!と思う・・・。

少なくとも私がこれまで担任をしてもらった先生で差別をしない人などいなかった。


 私の初めての先生は幼稚園の年中さんの先生だ。その先生は私をはっきり差別した。物心が付いたばかりの淡い記憶の中でもはっきりと覚えているのは差別をされた瞬間の出来事である。

 私は年中さんから幼稚園に通い始めた。同じ組には年少さんから通っている子もいたため、幼稚園に入園して初めの頃、園での生活に慣れていない私は少しおどおどしていたと思う。ただ、当時スーパーの子どもが遊ぶコーナーで初対面の子に「一緒に遊ぼう?」と声をかけることに慣れていた私は友達と遊ぶことは楽しくこなしていた。

 ある日、保育室の壁に飾る季節の制作物を作成するときのこと。みんなで一斉に作るのではなく先生が名前を呼んだ人から飾り付けをしていった。その間制作をしない子どもは保育室で自由に遊んでいたのだが、早く名前を呼んでほしかった私は友達と遊びながらも近くをうろちょろして存在を示していた。

 しかし、私の名前が呼ばれる事はなかった。正しくは、私の名前だけが呼ばれずに制作活動は終わった。入園して間もなく、先生との信頼関係も築くことが出来ていない状態で「私、呼ばれてない。」の一言を伝える事はできなかった。保育室の壁にはみんなの制作物が貼られた。

それから数日して私は担任に呼び出され一対一で話をした。

「先生、〇〇ちゃんなら自分から作りたいって言ってくれると思ってた。みんなの貼ってあるのに〇〇ちゃんのだけないよ?どうするの?」

と、怒られた。そのとき何と答えたかは覚えていないが、私は悪いことをしたのだと思った。


 それでも、家とは違う環境で同い年の友達がいっぱいいる環境で遊ぶことは楽しかった。もちろん遊んでいる中でトラブルはある。幼稚園生活にも慣れてきた頃、私は一人の女の子から「へんなかおー。」と言われたことを親に話した。その女の子は全く悪くなく、おそらく私が当時ハマっていた変顔を披露したのだと思う。ただ、子どもの園での生活を知らない親はとても心配してくれたのだろう。連絡帳で先生に相談したのだ。そんな先生も、親への対応は丁寧にしていたのだと思う。両親は先生が対応してくれると知り安心しただろうし、私は自分が悪いことをしたと親に知られたくない一心で先生のことを親に話さなかったため、先生への不信感は一切なかったと思う。

 その時の先生の対応を紹介しておくと、私とその女の子を呼び出し、彼女を自分の膝に乗せてぎゅーっと抱き締めながら、「意地悪しようとしたわけじゃないんだもんね?」

と彼女に確認するものだった。


 お遊戯会の季節、私の組は白雪姫をすることになった。白雪姫役は三人。白雪姫役を勝ち取るには全女子がライバルだった。そんな中先生は真っ先に私に声をかけた。

「他のじゃダメ?」

 ただ、どうしても白雪姫のなりたかった私は取り敢えず首を横に振った。役決めは長引き、ほとんどの女子が白雪姫になりたがっているままだった。そこで先生が女子たちにある話をした。

「先生は魔女役をしたんだよ。はーはっは、ってかっこよく笑ったらみんな褒めてくれて楽しかった。」

そしたらなんと素直なことに、ほとんどの女子が魔女役を希望して白雪姫は二人だけとなり定員割れした。そのおかげで私は白雪姫になることができた。お遊戯会へ向けての練習は私が注意される回数が明らかに多く苦痛だったが、白雪姫になれたことは嬉しかった。本望ではないかもしれないがありがとう、先生。


 今思い返すと先生に差別された理由の一つに、幼稚園に入園してすぐ大好きな先生に出会ったからというものがあるかもしれない。登園してすぐに担任でもないその先生に挨拶をするために先生を探すことから一日を始めていた。

その先生が私の人生の二番目の先生である。

その先生も私をはっきりと差別した。皆んなが挙手する場面では私を呼んでくれることが明らかに多かったし、組の中でたくさん活躍する場面を作ってくれた。当時ピアノを習っていた私は保育室にあるオルガンをよく弾いていたため、それを取り入れてみんなで遊んでくれたりもした。また、先生に「私も幼稚園の先生になる」と宣言していたため先生ごっこをよくさせてくれた。絵本の読み聞かせや、給食の食べ残しチェックは本当の先生になれたみたいでとても楽しかった。だから先生が大好きだった。ただ、他の子どもがどう感じていたかは当時の私にはわからない。


 私は幼稚園生活のたった二年間で、先生の一番の気に入らない立場と、一番のお気に入りの立場の二つを経験した。


 小学校六年間はどちらにもなることはなかったが、担任が変わるごとにお気に入りが誰か、また、逆は誰かを見抜くことはできた。恐らく「どちらでもない」立場の児童は私同様に見抜いていたと思う。

 中学校三年間も先生に関しては似たような感じだったが、中学二年からの学年主任には好かれていないと感じ取っていた。その人は私のピアノを馬鹿にしたし、私に集中的にセーターの袖の長さを注意してきた。皆んなと同じくらいなのに。その中でも一番悔しかったのは受験の時期に志望校についての説明を受けに行った時だ。その前日、担任から、

「学年主任に話を聞いてみた方が良いから私がお願いしておく。明日行って来て。」

という説明を受け、その通りに職員室へ入り、学年主任に挨拶をすると、

「なんで昨日のうちに来ないんだ。そんなんで受かるわけがない。」

と怒られた。一瞬時が止まったが、担任の話とずれていたため説明しようとした。

「えっと、〇〇先生から、」

まで言いかけたところで

「先生のせいか!言い訳じゃないか!」

と怒られた。その後すみませんと謝罪をし、志望校についての話を聞いたが何も覚えていない。ただ、帰り道に悔しくてボロ泣きしながら帰ったことと、その高校に行くのを止めると決めたことは覚えている。

今になっても時々その出来事を思い出す。その度に言い返せば良かったーと後悔する。妄想の中では何度か言い返しに成功しているため、その瞬間に戻ることが出来たら完璧な流れに持っていくことができるだろう。


「えっと、〇〇先生から、」

「先生のせいか!言い訳じゃないか!」

「あ、あなたの話は聞く価値もないし、その高校、そこまで行きたくないので大丈夫です。失礼します。」

これが最高の流れだが、もし「待ちなさい!」と引き止められたらどうするかは決まっていない。どうしたらこちらが100パーセントスカッとする形で返せると思いますか?もしも過去に戻ることが出来たときに参考にしたいので宜しければあなたの案をお聞かせ下さい。


 高校三年間は(のちに記述するが)、とても濃い経験をしたため先生の記憶は薄いが、青春ドラマのように人生を変えてくれるような先生に出会うことはできなかったことは確かだ。しかし、カウンセラーの先生と、生物の先生と、警備員のおじちゃんと、保健室の先生は好きだったと思う。


 こんな経験をズラズラダラダラと書いて、「先生だって人間だ!」「先生だって完璧じゃないだろ!」と思う人もいるだろう。その通り。ごもっとも。私は自分が辛い、不幸だ、と感じることを人の所為にする傾向があった。

 そんなんだから不幸自慢が大好きになってしまうんだ。よくない傾向だ。しかし、判断力のない子どもはどうしても先生に頼りたい時がある。先生の言っている事だからやってみようと思うことだってある。

 私は今、大学生をしている。そこで保育を学んでいる。同じ学部のコースで小学校の先生を目指している人もいる。「教育」について詳しく学んでいる今思うことは、私が出会って来た先生は「先生」と言う立場を利用して子どもを自分の良いように扱っていた。(全員ではない!)それがいかに悲しいことかは理解して欲しい。ただ、そうなっても仕方ないと思うこともある。それは「教育」を学び「先生」になろうとしている同級生を見ていれば分かる。先生だって一人の人間だ。「先生」になった瞬間に自分を変えることなどできない。「先生」が悪口を言わないと思ったら大間違いだ!「先生」が授業をサボらないと思ったら大間違いだ!「先生」にだって好みはある。「先生」だって生徒として色々な経験をしている。(良くも悪くも)

だから、「先生」を一人の人間として見た時に苦手だったらそれでいい。私にだって好みはある。ただ、先生があなたに向ける態度に対して落ち込む必要などない。先生は神様でも仏様でもその他諸々の〇〇様でもない。

「この人苦手だわー。」

くらいに割り切って見て欲しい。

ある先生が言っていた。

「善い先生に出会うのは宝くじで当選するより難しい」

その通りだ。例えにするくらいだからその宝くじの当選額を勝手に一億円としよう。まあ、一千万円でもいい。いや、百万円でもいい。当たった事ありますか?私はありません。

うん。そう言う事なのです。



【今までしてきた「バイト」の話】


 初めてのバイトは高校一年生の時。飲食店の厨房でひたすら食器洗いとお米とぎ、玉ねぎスライスをして、平日の暇な時間はサラダの作り方やスープの作り方などを教えてもらった。人が足りていなかったこともあり、休日の混雑時に一人で食器洗いを担当するのはものすごく身体的にキツかった。しかし、私にとって初めてのアルバイト。アルバイトはどれもこのくらい大変だと思い込んでいた。それから少しして美人な主婦が入ってくるとおばちゃんたちはあからさまにその人を嫌い、大変な仕事を全部押し付けた。私は、新人さんが入ったことで混雑路の皿洗いを分担できる!と期待していたのだが、皿洗いはその人の仕事となった。その美人主婦はいつの間にか辞めていた。そんなタイミンングで店長が代わり今だ!と思った私も「腰が痛くてお医者さんに安静にするように言われた。」と理由をつけてやめた。

 次のアルバイトも高校一年生の時。次は混雑時に雰囲気が悪くなる焼き鳥屋でバイトをした。全員では無いし優しい人もいたが、気持ちを伝える手段に「大きな声でキレる」という方法を使う人がいて常にビクビクしていた。このアルバイトも店長が変わったタイミングでやめた。

 次のアルバイトも高校一年生の時。スーパーのレジをした。仕事内容は今までで一番楽だったが、シフト強要おばさんがいた。入れないものは入れない。それにもかかわらず入ってもらわないと困る。入らないと言う選択肢はないと脅してきた。

私はその日、友達と楽しく食べ放題でひたすら焼き鳥を食べていた。そんな時一本の電話がかかってきた。

「〇〇さん、お正月休みになってるんですけど入れますよね?」

「えっと、その日は家の用事があるので入れません。すみません。」

「いや、その日は他に入れる人がいないので入ってもらえないと困ります。」

(いやいやいや、私もその中の一人なのですが、)

「シフトに入れておくので確認してください。」

「え、あ、はい。」

ブチッ。

はい?ん?は?社員で補えよーーーーーーーー!

と思ったが、それを伝える勇気は当時の私には(今の私にも・・・)なかった。

後日、シフトを確認してみるとお正月に私の名前は無かった。流石に電話の内容を覚えているだろうと思い、

「〇〇さん、私お正月入らなくて良いんですか?」

(シフトを確認したのですがを省いて。)

と聞くと、

「だからー、」

とものすごく眉間に皺を寄せた顔で言われたため、

「シフトに名前がなかったのですが。」

と伝えると、

「あ、そうだった。〇〇さんがその次の日入れなくなったからあなたと交換したんだった。」

と言ってきた。

は?こっちは家族の予定に参加することを諦めてクローズに入ることにしてやったのにふざけるなー!と言いたかったが案の定言うことはできず、

「わかりました。」

で、その会話を終えた。

そのスーパーは自分のことを神様だと思っている客もよく来た。

客1「お箸はお付けしますか?」

「箸がなかったら何で食べろって言うんだ?手で食えってか?舐めんなよ!」

(は?)


客2「あれ?袋は?」

  「有料ですがよろしいですか?」

  「良いけど。手に袋もバッグも持ってないんだからこっちから言わなくても付けてよ。」

  (は?)


客3「いやちょっと、それの上にこれ置かないでよ。」

  「申し訳ございません。」

  「ちょっと、それの隣にこれ置かないで。」

  「申し訳、ございません。」

  (それでしたらセルフレジのある店舗に行ってください。ここから車で五分もあれば着きます。)


 そんなこんなでバイトに向かう足はどんどん重くなり、ある日のバイトで私は体調を崩し、早退した。それをきっかけに「やめたい」と強く思うようになり、電話をかけた。シフト強要おばさんが出て止められたり嫌味を言われたりしたが私の意思は固かった。後日店長からも電話が来た。すんなりやめられることが出来ないバイトは初めてだったため、ものすごく疲れた。

 しかし、このバイトをきっかけに一つ自分の中のルールを決めることができた。それは、高校生と大学生で時給に差があるバイトは絶対にしない。というルールだ。クローズにも入り、アルバイトを始めた時期も同じで、全く同じ仕事をしているのに時給が違うという現実はとても悔しいものだった。次のバイトは高校生でも時給が同じところ。そう決めてこのバイトをやめた。

 次のアルバイトは高校二年生の時。賄い付きの焼肉屋。このバイトは面接の際に話をした受験が始まるまで、を成し遂げた。店長が代わってもやめなかった。今まで何個かのアルバイトをしてきた私は、「アルバイト」に慣れていたため「出来る子」として迎えられた。そこはレジを社員か歴の長いアルバイトかパートさんしかしないという決まりがあったため大きなミスをする事もなかった。おばちゃん方もさっぱりとした感じで付き合いやすかった。やはりアルバイトが続くかどうかは「人」が大切だと思う。


 大学も決まりアルバイトでもするかーと思って次のバイトに選んだのは、ショッピングモールのフードコート内のカフェだ。例の如く「出来る子」として迎えられた。そこの店長さんはアイデアが素晴らしく、新作を作るたびに尊敬した。廃棄も捨てない人だったし、お店を良くしようと常に行動していた。一緒に働く主婦の方々のこともとても大好きだった。高校生の私とも世間話をしてくれたし、ラテアートがとても上手だった。辞める理由など少しも見つからなかったため、大学生になっても続けた。

 しかし、じわじわと芽を出し始めていた問題がある日爆発した。店長と本社のバトル。大人の世界は分からないが、店長は急にやめる事になった。ブラックと言って良いほど大変なシフトで働いていた店長はやめると言ってからほとんど有給を消化する期間になってしまい、一緒に働く事ができなくなった。そのタイミングより少し前に旦那さんの転勤で一人の主婦がやめていたため、お店の雰囲気がガラッと変わった。大好きだったアルバイト先が消えてしまった。そのバイトを辞める理由も無かったが、やめない理由も特に無かった。そして私はそのアルバイトをやめた。


 そして現在。私は最後のアルバイトをしている。きっと大学を卒業するまでやめないと思う。小規模な店であるため私は長らく一番歴の浅いアルバイトをしていた。そうすると他店舗から移動してきた社員がここの職場で自分の地位を確立するための手段として私に厳しくしてきたり、別に良いだろ!と思うことを店長の目の前で注意してきたりする。それはもう慣れた。しかし、それよりも尊敬できる大人が沢山いる。マニュアルも多く常に成長しなければならないことは大変だが、その分「やりがい」を感じることができる。また、ここまで尊敬できる人が揃っているアルバイトは未だかつてない。やめてしまってはもったいないと思うほどだ。今後も尊敬できる人が多い職場で、自分も成長できるように頑張ってみようと思っている。



 私は周りの友達に比べると経験したアルバイトの数が多い。よく同じアルバイトを〇〇年続けていると自慢する人が居る(もちろん素晴らしいことである)が、私は自分の経験からアルバイトはやめたいと思った時にやめれば良いと思う。辛い思いをしてまで続ける必要はないし、むしろアルバイトがいないと営業できない会社に貢献しているのだからすごいことだ。

しかも学生の皆さんは学業と両立するのは本当に大変ですよね。特にシフトを入れる為のスケジュール管理。大学さん、お願いです。急に補講を入れたりガイダンスを入れたりしないで下さい。

 ただ、勘違いしてはいけないのは、私たちは、「お給料を頂いている」という立場だということだ。シフトに入っている時は最善を尽くして仕事をし、雇っていただいている立場として誠意を持っていてほしい。

 私が今まで一緒に働いた学生アルバイトで「ばっくれる」「無断でやめる」という選択をした人を何人か見てきた。それだけはやめてみてほしい。しっかりやめますと伝え、契約を切って貰った方がスッキリすると思う。

 アルバイトを何個もやめてわかったことがある。それは、世の中は狭いということだ。面白いほどに元バイト先の人と遭遇するし、その時働いているところに客としてやってくる。とても気まずい。それが本当に嫌な人は次のバイト探しを慎重にしてみると良いと思います。

最後に、学生アルバイトの皆んな!その他アルバイトの皆さん!偉い!頑張ってる!すごい!かっこいい!




【友達関係で自分を見失った話】


 高校三年間は学園ドラマに出てくるような女の人間関係の代表的なものを当事者として一通り経験した。それらを紹介させて頂きます。

※読んでいて辛くなってきたら適宜休憩を挟んで下さい。


「バクバク、バクバク」高校初日の私の心臓は周りに音が漏れてしまっているのではないかと心配になるくらい高鳴っていた。同じ中学の人も知り合いも居ない女子クラス。果たして友達はできるのだろうか。そんな心配をしていたものの、行動を共にする友達ができた。(安定するまで入れ替わりは何度かあったが・・・)最終的に三人グループになり大きな問題もなく高校生活を楽しんでいた。

 しかし、そのうちの一人に違和感を感じるようになり始めたのは私が二人に「好きな人」を発表してからである。

 私は勇気を出して彼のTwitterをフォローした。その時彼女は私も協力すると言ってくれて一緒に彼のTwitterをフォローした。二人とも彼からフォローが返ってきた。私はそれでもう満足して喜びを噛み締めていた。

後で知ったのだが、彼女はその時に「何組の〇〇です、よろしく」とダイレクトメッセージを送っていたらしい。数ヶ月が経ち、携帯電話を新しくした私はTwitterの新しいアカウントを作り、もともとフォローしていた人のほとんどをフォローした。もちろんその中の一人に彼も入っている。またフォローが返ってきて喜んでいたところ、彼の方から自己紹介のメッセージが来た。意味がわからないくらい嬉しくなった私はすぐさま二人に報告をした。そうしたら何故か、彼女は彼の既読スルーにより終了していたメッセージのやりとりを再開した。その後、私と彼女は彼とLINEを交換したが、一言を送るのにも悩みに悩んでいた私は、変なことを送って嫌われることを避けるために自分から会話を終わらせた。そのことも二人には報告していた。すると彼女は彼に、「〇〇男の子と話すの苦手だから話してあげて。」「〇〇とちゃんとLINEしてる?」という内容のメッセージを送るという、頼んでもいないことをした。それが本当に嫌だったがやめてと言うことはできなかった。そのような行動から彼女に違和感を持ち始めてしまうと様々なことが気になってしまった。

・コンビニの店員さんに聞こえるように私に文句を言ってくること。(ハラハラする)

・コンビニのお会計で金銭トレイにお金を投げること。(ちょっと怖い)

・私が、すれ違った可愛い子を見て「可愛い・・・」と言うと、「え?どこが?ブスじゃん」と百発百中で言ってくること。(うーん・・・)

・自分に好意がある男子からのメッセージが迷惑だと言ってくるから「既読スルーしたら?」とアドバイスをすると、「うーん、でもまだ遊び足りない」と言ってきたこと。(まあこれは個人の自由か、)

・私の事故画を許可なくSNSに晒す。(これは彼女に限らないが・・・)

・その他etc・・・

 そんなこんなで学校に行くのが苦になっていった私は学校をサボろうとした。しかし、ギリギリのところでビビり、結局登校した。ただ、その日は学校までの道沿いにある池で泳ぐ鴨を見ていたら知らないうちに時間が過ぎていたため本当に遅刻する可能性はあった。

 もうダメだと限界になった私は三人グループから抜けると言う選択をした。方法は、何も言わずに距離をとるというものだ。

 ただ、安定しているグループが解散するということはクラス中の注目を集めるし、少しながらクラスの雰囲気も変える事になる。そして二人からそれぞれLINEが来た。

例の彼女は、

「私何か悪いことした?〇〇を傷つけたなら教えてほしい。」

このメッセージを送ってくる時点でわかっているだろうと思ったが、自分のために人を変えようという気持ちになることができない私は、

「そんなことないよ!」

と言う旨の文章を送りつつも変わらず距離をおいた。

もう一人の彼女は、

「三人で居続けたい」

と言う旨の文章を送ってきた。彼女への罪悪感があった私はLINEで話し合いを続けたが、どうしても自分の選択を曲げようとは思えずさらに悩むこととなった。

ある日、対面での会話が減っていた彼女が私の席に向かってきて少し強い口調でこう言った。

「〇〇は無理しなくて良いから。」

クラスの誰かが彼女に私の相談内容を良かれと思って伝えたのだろう。少し怒った表情の彼女から威圧感を感じた。まあ、私が我慢すれば三人グループは続く訳であり、中立の立場の彼女も疲れていただろう。そこに人づてに自分達のせいで私が悩んでいると言う内容を聞かされたのであればイライラしないわけがない。

 しかし、その言葉を投げつけられて処理していくうちに、私の頭と視界は真っ白になり過呼吸を起こした。とても苦しかった。幸い次の授業が移動教室だったため彼女にその光景を見られることはなかった。まだ教室にいたクラスの子が背中をさすってくれたり、先生を呼んでくれたりして保健室で休む事になった。目撃者がいる限り私が過呼吸を起こしたということはクラス中に伝わるわけで、次の時間、授業があるにもかかわらず彼女が一人で保健室にやって来て二人で泣きながら本音を話し合った。私がグループにいない間に彼女ももう一人の彼女に違和感を感じ、私と一緒にいたいと思うようになったらしい。そうして私たちは二人で行動するようになった。二対一の形になる事は不本意ではあったが、その時の私は力尽きていた。

幸い、もう一人の彼女も一緒にいる人を見つけたため、浮くということにはならないで済んだ。


 二年生になりクラスも変わり、このクラスでは楽しくやっていこうと意気込んでいた。

のだが・・・

高校二年生はよく耐え抜いた!と自分を褒め称えたいほど辛いものだった。


 一年生で本音を語り合った彼女は別のクラスに中学からの親友がいた。二年生はその子を含む三人グループでスタートした。一年生の頃からその子とも仲良くしたため、難なく仲良しグループになった。しかし、同じジャニーズグループを愛していて、会話がほとんどそれの彼女たちに少しずつついていけなくなり、休日に二人で遊んでいることをインスタグラムのストーリーで知っても、二人は中学からの親友なんだし仕方ないと気にしないように努めた。そんなタイミングで他の二人グループが喧嘩をし、そのうちの片方が私を頼ってきた。一人になるまいと必死の彼女の気持ちは痛いほど分かり、その期間彼女は私たちのグループに入った。しかし、彼女とは全く仲良くなかったふたりと彼女の間で私はどうして良いかわからなくなり、二人から距離を置かれる結果となった。そのタイミングで私を頼ってきた喧嘩中の二人は仲直りをして私はポツンと一人取り残された。

 しかし、仲直りした二人は気まずくなることも多く、片方は学校を休むことも多かったため、私は保険として頼ってきた彼女と一緒にいることができた。休日にカフェに出かけたり、カラオケに行ったり、プリクラを撮ったりしてだんだん仲良くなれたと思っていたが、そうではなかったみたいだ。特に修学旅行は私にとって我慢旅行だった。修学旅行の班決めは、私がまだ三人グループの時に行われたため、その二人と、彼女と、その喧嘩相手と私の五人。初めて行く奈良、京都、広島を班行動とはいえど一人で歩く時間が多かった。彼女の気分には波があり、私と居る時間もあった。帰りの新幹線は「あいつ彼氏の話ばっかりでウザイ」と私の隣にきた。

 ある日の昼休み、彼女は私にこんなことを言って来た。

「最近人のこといじめたりてないわー。」

正直、ものすごく引いた。

「どういうこと?」

「中学の時とか、いじめっ子だったんだけど最近は全然だからなんかつまんない。」

「そう、なんだ。」

なぜここで私は彼女から離れなかったのだろうか。一人にされることも多かったのに。それでも私は彼女が一緒にいてくれる、一人じゃない時間を失いたくなかったのだ。

 彼女に貸したものは基本的に私の元に返っては来なかった。

ルーズリーフも、シャープペンも、服も、お金も。

 初めにお金を貸してと言われたのは彼女と買い物に行った時のお会計の時のこと。彼女が自分の買い物をするために財布を出そうとするとかばんに財布が無かったらしい。トイレに忘れたとのことで私にとりあえず払っておいてと言い残し、彼女はトイレに向かった。私がお会計を終え、彼女に購入品を渡すと、

「ありがとう」

という言葉だけが返ってきた。

次は彼女が他校の友達と遊ぶ時。お財布にお金が入ってないのだが通帳を忘れて下ろすこともできないから千円を貸して欲しいとのことだった。その遊ぶ予定の友達に借りれば良いのにと思いつつ、私は快く千円を貸す事にした。

返ってこなかった。

食事代も何度か立て替えたが返ってくるはずがなかった。

高校二年生ももうすぐ終わるころ、彼女から春休みに二人で旅行に行こうと誘われた。意外な誘いが嬉しく、二人で計画を立てた。夜行バス代とホテル代、それからテーマパークのチケット代。合計で一人三万円強の値段だった。私が代表で予約をする事になったため、LINEで、

「支払日の〇〇日までにお金準備できる?」

と送った。(この文を送るのもかなり緊張した。)

当然大丈夫だろうと思っていた、なぜなら当初日帰りだった旅行を彼女の提案で二泊三日にしたからだ。お金に余裕がなければこんな提案はしてこない。

しかし、彼女からの返信は想定外だった。

「ごめん、今お金なくて立て替えてくれない?これからアルバイト入れまくって返すから!」

ここで私はようやく我に返った。ああ、騙されていたんだ。

ここまで読んだ皆さんは私のことを馬鹿だと思うだろう。なんでもっと早く気づけないんだ!普通気づくだろう!と。しかし、精神的に弱っている時には、このようなことでも意外と気づかないものなんです。そして彼女は飴と鞭を巧みに使い分けるんです。

「〇〇がいなかったら私絶対楽しくなかったわ。」

「〇〇といると本当に落ち着く。」

皆さん気をつけてくださいね。あなたの周りにも意外とこのようなタイプの詐欺師が潜んでいます。

そこで我に返った私は旅行をキャンセルし、その翌日から彼女とは一切関わらない事にした。彼女も使えなくなった私には興味がないだろうと思っていたが意外としつこかった。

そして決まり文句、

「私何か悪いことした?」

を私に向かってぶん投げてきた。失うものがなくなった私は全部言ってやろうかとも思ったが、既読スルーをした。

この経験から、お金の貸し借りはたとえ小さな額でも慎重になったほうが良いと思うようになった。自分でアルバイトをして貯めたお金を他人から一瞬で奪われるのはとても悔しいことである。

 私が小学生の頃、何人かでバスに乗って映画を見に行った。初めて子どもだけで乗るバスはとても新鮮なものだった。その後、スーパーのゲームコーナーでメダルゲームをした。夢中になった私は全百円を使い切ってしまった。そこで、帰りのバス代を払うことができない事に気がついた。友達に事情を話すとほとんどがちょうどのお金しか持ってきていなかったったが、幸いなことに一人だけ多めにお金を持ってきていた。これでバスに乗れると安心したのも束の間、

「私、親から人にお金かしちゃダメって言われてるからごめん。」

そうして私以外を乗せたバスは帰っていった。

うん。彼女のご両親の教えは正しい。きっと彼女は今後お金に困ることはないであろう。

 私はその後も何度か友達にお金を貸したり立て替えたりしている。そのほとんどが返ってきていない。「返して」と伝えれば済む話なのだがどうしてもこの言葉が言えない。私の中の言えない言葉トップスリーに入るかもしれない。ただ、自分から「お金かして」と言ってくる人は大抵お金を借り慣れている人である。よって、お金を借りることが当たり前となっている。きっとルーズリーフを借りる感覚でお金を借りているのだろう。だから皆さんはその人にお金を貸すかどうかの判断は本当に慎重にしてくださいね。特に「返して」が言えない人!その言葉を言えない限り、大半は返ってきません!



 当時広く浅く友達と関わっていた私は、誰かが喧嘩をした時に頼られることが多かった。しかし、どうしても中立の立場になることができなかった。もし、自分が喧嘩している相手と中立にいられたら不安になると思ったから、仲がいい方のケアを全力でしようという方針のもと片方の見方をしてしまう。しかし、そのような喧嘩をしている人達は大体仲直りをする。そうした時に私は見方をしなかった方と気まずくなり一人になる。そう分かっていてもそうしてしまう。ただ、一人になった時に私は道具でしかなかったのだと再認識する。



 そして私は人間不信になった。人の言葉や態度を信じることができなくなった。

褒められても心の中で何を思っているのだろうと怖くなり、仲良くしてくれる友達に対してはどうせ穴埋めだろうと思うようになった。

 常に周りの目が気になり、なんでもない会話が自分へ向けられた悪口に聞こえるようになる。負の連鎖が私を支配した。


 そして、負の連鎖を断ち切ることができないままつい最近まで生きてきた。人間不信になるとちょっとした事で悩み、落ち込み、病む。

 高校三年生で仲良くしてくれた友達とは前から仲が良く、今までのクラスでのことを相談していた。相談を聞いてくれる存在がいる事は心強かった。彼女には全部打ち明けることができた。しかし、彼女は私を苦しめた人と私の目の前で平気で話をした。なんなら、遊びに行ったりもした。とうとう何も信じることができなくなった。



そして、大学生になり、私は人との距離を縮めるために「不幸自慢」をするようになった。



 というのが大きな出来事の一連の流れである。「不幸自慢」は本当にお勧めしない。面白おかしくネタにできれば良いのだが、私の場合「可哀想な自分」に浸りまくって話をしたし、「辛かったことをあなただから打ち明けた」的なニュアンスで伝えた。

 自分が人からこのような「不幸自慢」をされたら共感して、じっくりと話を聞いて、もしかしたら感情移入して一緒に泣くことができるかもしれない。それは自分がこの辛さを経験して、どれだけ辛いものかを分かっているからである。しかし、このような経験をしたことがない人に話をしてもあなたの辛さを想像する事ができない。分かろうとしても無理な話なのだ。それに関して、話を聞かされた相手は全く悪くない、分からなくて当然なのだから。

私は人生で一度も骨折をした事がないから骨折した時の痛さを知らない。同様に虫歯の痛さも知らなければぎっくり腰の痛さも知らない。だが、花粉症の辛さは知っているし、インフルエンザもよくかかるのでどれだけ辛いかわかる。

何かの分野に対して「辛さ」を知っているのは人間関係において大きな強みだと思う。

私は「見た目」をイジられるのが本当に不快だから人の見た目は絶対にイジらない。それから花粉の季節に花粉症の人と遊ぶ時は屋外の提案はしないし、ブックカバーをつけて本を読んでいる人に「何読んでるの?」とは聞かない。


「辛い」経験をして自分が不幸だと思っているそこのあなた、ほんのちょっとだけ考えを変えてみませんか?

私は「自分がされて嫌な事は人にしない」を体現できるちょー最高な人間だ!と。

これ、履歴書の特技の欄に書きたいですよね。だって、これができる人って意外と少ないんですよ!?




【私を困らせた「大学の友だち」の話】



 題名の「困る」は、私にとって新鮮な、いい意味での「困る」であった。

彼女たち二人とは大学生活を過ごす中でだんだん仲良くなっていった。彼女たちといるときは緊張していない自分でいる事ができた。

そんなある日、三人で食事に行った時のこと。彼女たちは私を困らせた。テーブル席に座るときに前を歩いていた二人が向かい合わせで座ったのだ。

「どうしよう」

その時の私はものすごくハラハラして焦った。なぜなら、この、どっちに座ろうか悩むという場面を長らく経験していなかったからである。三人組になると一人になる事が多かった私は、自分から「一人になりに行く」ことで悲しくなることを避けた。また、それをしなくても一人になる事が多かった。

困っているとちょうど良いタイミングで店員さんがお冷を持ってきてくれたため、邪魔にならない方に座る事にした。一人席になった彼女は大丈夫だろうかと心臓がバクバクしたが気にしている様子は一切なかった。

 また、三人で歩いていると私が列の真ん中を歩く事があった。両端に誰かがいることはとても新鮮だった。後々彼女たちともっと打ち明けてからこの話をすると笑って聞いてくれた。こんな人たちもいるんだと思った。二対一の三人組ではなく、一対一対一の三人組でいる事ができているような気がした。


 ここで大好きな彼女たちにについてもっと紹介させていただきたい。

どこにご飯を食べに行くか決める場面。私はこの場面がとても苦手だ。「何でもいい」は本当に良くない解答だと思うが、それを使ってしまうようになったのには理由がある。違うグループでは、

「どうする?」

「どうする?」

「うーん。何系がいい?」

「何だろう?」

と探り合った後、勇気を出して、

「うーん、〇〇は?」

と意見をだすと、

「あー、どうする?」

「どうする?」

のループに戻る。意見を出しても決まらないのだ。

 しかし彼女たちは違う。本当に食べたいものがある時は「〇〇がいい!」と積極的に意見を出すし、「〇〇行かない?」と提案した上で誘ってくれることもある。なんて素敵なのでしょうか。彼女たちによって、私も彼女たちとの食事では自分の意見を段々と言えるようになった。

それから、

・お互いを否定し合わない。

・見た目イジリをしない。

・お互いに依存していない。

・怖くない(威圧感がない)。

・お勧めしたものを本当に試してくれる。

・いいことを褒め合う事ができる。

・くだらないことを楽しむ事ができる。

・その他たくさん!



 彼女たちに出会えたことは私の考えを大きく変えるきっかけとなった。

そんなときに気づいた事がある。私が高校生のとき、辛かったとき、どん底だと思っていたとき、そんなときにも周りに人がいなかった訳ではなかった。気を利かせて話しかけてくれた子もいれば、心配してLINEでメッセージをくれた子もいた。授業でグループを作るときに誘ってくれる子だっていた。私は一人ではなかった。それなのにも関わらず、目の前しか見えていなかった私は一緒にいる子から外されている不幸な自分にしか目を向ける事ができなかった。

少し考えを変えれば負の連鎖に陥ることはなかったのかもしれない。しかし、その余裕がなかったことは確かだった。だから、今、自分が不幸だと思っている貴方には「不幸な自分以外の自分」にも目を向けてほしい。難しいことかもしれないけど、少しでいいから。忘れちゃうかもしれないけど時々思い出してみてほしい、そして他人の優しさに触れたときには心から感謝の気持ちを持つとともに、自分の気持ちも優しくなっていることに安心してほしい。

 貴方は優しすぎるから、他人の気持ちを考える力がありすぎるから、人一倍自分の痛みにも弱いかもしれない。だから自分には人に優しくする以上に優しくしてみてください。きっと貴方は優しい人だから、自分には相当優しくしないといけませんよ?

自分まで自分を傷付ける必要はありません。貴方が人に優しくするように貴方も優しさを受け取る権利があるのです。




【「SNSをやめてみた」話】


 私は中学生の頃からSNSに依存していたと思う。中学生の時はLINEのタイムライン。高校生になるとTwitterとInstagram。いいねを多くもらうことで承認欲求を満たしていた。

写真を撮るためにおしゃれなカフェに行き、何枚もの写真を撮り、角度や写りの良いものを厳選して、更に系統が揃うようにしっかりと加工をして投稿した。投稿したら、いいねが来るのを何回も確認した。

おしゃれなものを見つけるととりあえず写真を撮っていたし、写真を撮るためにさまざまな場所へ行った。

完璧に依存していた。いいねとフォロワーの数に執着していたし、フォローしている人の投稿にはほとんどいいねを押した。会話についていけなくなる事が怖くてストーリーも絶対にチェックした。

 そうしているうちに何かを心から楽しむ事ができなくなってしまっていたと思う。かなりの時間をSNSに費やしていたのだから他が疎かになるのも当たり前だ。また、友達が許可なく載せる自分の写真や動画を見てものすごく落ち込んだ。

SNSを利用していると芸能人の投稿のコメント欄で見た目についての誹謗中傷をよく目にする。また、ストーリーで落ち込んでいるような文を載せたり、私が絶対に載せないでほしいだろうなと思うものを載せられたりしている友達を見ることで、自分のことでもないのに落ち込むようになった。

しかし、私はSNSを開き続けた。依存している物を手放すことは簡単ではなかった。気がつけばSNSを開き、更新される画面を確認し続け、一度閉じた画面を無意識で一秒後に開いている事もあった。

ベッドに入って携帯を見て、時計を見ると朝の三時になっていた。とりあえず携帯を閉じて眠ろうとしてもなかなか眠る事ができず、ぼーっとしていた。気がつくと両目からボロボロと涙が出ていた。欠伸で出る量の涙ではなかった。このままでは本当にダメになる。やっと気付く事ができた。携帯を開いてinstagramのフォローとフォロワーを全て解除した。


 スッキリした。そして、大丈夫だった。


 今まで私が執着していたものは、そこまで私に必要の無いものだったのだと気がついた。友達の投稿もストーリーも「見れない」環境を作ってしまえば気にならないし、知らないうちに晒されている自分の事故画に落ち込まなくてもいい。SNSで察する他の女子グループの問題に感情移入して落ち込む事もなければ、自分が投稿するものへの他人の目を気にしなくていい。

 そうすることで気持ちが楽になったことの他に、ご飯を美味しく頂けるようになった。写真を記録程度に一、二枚撮れば気が済んだから、運ばれて来た料理をすぐに食べ始めるようになった。また、お出かけしたところの景色や風景を心から楽しむ事が出来るようになった。カメラ越しではない景色は記憶の中でより綺麗に思い出す事ができた。

 ただ、Instagramで洋服を見つけることや、観光地を見つけることは好きだった。また、好きな芸能人の投稿は見たかった。だから、Instagramを完全にやめるのではなく上手に使う事を意識した。それでもかなり利用時間は減った。



 皆さんはどうですか?きっとSNSを利用している人が多いと思いますが、SNSを楽しむ事ができていますか?

 楽しんでいるつもりが、知らないうちに辛い思いをしていませんか?



 話が少しだけ逸れますが、SNSにはお節介さんが多く存在します。コメントで教えてくれなくてもいいことをわざわざ教えてくれる人です。「この人のためだから」と思っているのであればそれはお節介です。やめてあげましょう。

逆に、良いことはたくさん教えてあげましょう。感謝も伝えてあげましょう。

自分が「お節介さんかも」とドキッとしたあなた!それに気づく事が出来たことは大きな一歩です。私は「コメント」を中々しないので助言することは難しいのですが、コメントを送信する前にお節介ではないか五秒は使って確認してみるのはどうでしょうか?

もしも送信してしまった後にお節介だったと気づいたのなら、そのコメントは削除しましょう。本人に届いてしまってからでは遅いと思うかもしれませんが、気付いたことで今後の自分を見直しましょう。SNSを楽しんでいる人の妨げとなる行為はご遠慮ください。





【他人に「期待する事」をやめた話】



 これをやめるには相当の時間がかかった。まだ、無意識のうちにしてしまう事がる。そもそも「期待しない」なんて悲しいではないかと思う人がいるだろう。それはその通りであるし、完全に「期待しない」というのは私にとって無理な話である。だから「期待しすぎる」事をやめた。

 私が他人に期待をしてしまうときは、私が他人に何かをしてあげた過去があるときだ。完全に見返りを求めていた。しかし、これまでの経験で、どれだけ自分が他人に至れり尽くせりしても同等のお返しは返ってこないという事がわかった。

 悩み事を親身になって聞き、長電話に何回も付き合った彼女は、私が辛いとき音信不通だった。カフェで誕生日サプライズをした彼女は、私の誕生日にはLINE一通だった。遊びに出かけたときに車の運転をするのが私でも、駐車代は全額私が払った。は?こいつ細かいこと覚えてるなー。ケチくさい。と思う方がいらっしゃると思いますが、自分でもそう思います。そもそも、こんなこと気にならなければいいのに!と何回も思いました。でも、だけど、気になってしまうんです。見返りを求めてしまうし、期待してしまうんです。

 ただ、それをやめる努力をしてみたとき、ほんっとうに楽になった。

まず、悩み事を人に話さなくなった。前にも書いた通り、他人には私の辛さを理解できない。だから、自分のことは自分で解決するようにした。また、相談程度に話をしてもそれについての反応に期待しないようにした。

 次に、誕生日。今までは、お互いの誕生日を祝い合う関係の友達がいたが、彼氏ができてから大変みたいで、私の二十歳の誕生日を境に自然消滅した。それが丁度良かった。その歳からの誕生日は「誰かに祝ってもらう日」ではなく「自分を見つめ直す日」として大好きな人通りの少ない町の、大好きなカフェで本を一冊読み切るというルールを作った。一年目は、「女の子が生きていくときに、覚えていてほしいこと」。二年目は、「樹木希林120の遺言」。それから、二十歳の誕生日になった瞬間には初めてのお酒を飲んだ。酔うというより、気持ち悪くなった。初めてなのに強めのものを選んでしまったみたいだ。そして、十年後の自分へ手紙を書いた。お酒の力で頭痛に襲われていったため、内容は全く覚えていない。届くのが楽しみだ。

 その他いろいろの細かい事。もう、気にしないように努力している。それしかない。自分の当たり前が他人の当たり前だと思わない事が大切だ。「ああ、こういう人もいるのか。」「なるほど、こういう考えもあるのか。」と緩い気持ちで他人の考えに触れ、肯定してみると、細かいことを気にしてしまった後の自分の気持ちの整理が上手に出来る。

 もちろん、今後様々な出会いがある中で「期待したい人」に出会ってみたいという願いはある。そのときに、違ったと思っても「期待するのをやめる」方法を知っているのだからきっと大丈夫だ。初めから全部諦めるのではなく、少しは自分の直感も信じてみたい。




【他人軸から自分軸へ】



 私の人との関わり方の基本は「気をつかう」ことだ。いや、「気をつかいまくる」ことだ。どうしようもなく他人の気持ちが気になり、他人の当たり前が自分の当たり前でない事が怖くなり、常にハラハラしている。そうなってしまったのは私が生きてきた中で経験した様々なことが原因であるため、無意識のうちにそのハラハラは発動している。

 「他人」である以上私が気を使う人リストの対象であるため、どれだけ親しい友人でも少しは緊張感を持ってしまう。いつの間にか「〇〇といると気を使わなくていいから楽〜♪」と思える他人はいなくなっていた。

 しかし、生きている以上は他人と関わらなければならないし、「学校」というのは私の中でそう簡単に辞めるという決断をできる場所ではない。他人と関わることで疲れて、自分が徐々に弱っていく。こんな状態で一生生きていくのだろうかと不安な日々を過ごした。

 どうしようもなくどんよりとした時期を少し超えたあたりで、大好きな本を読んだり映画を見たりしてみた。また、一人の時間を極力増やすようにした。誘いを断ることはできないから、自分からは誘わないようにして自分のために時間を使ってみた。

 今まで頭を何度か過った、

「なんで私は他人にここまで気を遣っているのだろう?」

「なんで他人に勝手に気を遣って勝手に疲れているのだろう。」

という疑問の答えはきっともう出ている。

「他人はそこまで私に興味がない。」

そんなことは分かっているが気を遣わずにはいられない。

「私はそういう人間なんだ。」


 そう自分の中で決定付けた時は気持ちが楽になった。気を遣う事で疲れていたのは自分に余裕がないのにも関わらずそれ以上に他人に気を遣っていたからだ。

もっと自分を大切にしよう。


 他人に気を遣い過ぎているなあと感じた時はその人とのこれからを想像してみよう。「こんなに気を遣ってどうなるの?」







【これからの私】


 今後、また辛い時期がやってくるかもしれません。そんな時のために「自分を知る」というのはとても大切な事だと思います。今でも完全に自分のことを知ることはできていません。ただ、自分について「知る」事で「自分で自分の機嫌をとる」事ができるようになってきます。

 私は自分を知るためにノートを二つ準備しました。

一つ目は、なんでも記録して良い日記。

二つ目は、楽しいこと、嬉しいこと、その他とにかくポジティブなことだけを書くハッピーノート。

 この二つのノートは書きたい時に書きます。今まで何度か日記に挑戦した私は、一日でも書くことを忘れたり、サボったりすると日記を続ける意欲がなくなってしまっていたため、今回は毎日書くということをやめてみました。

 まず一つ目。日記になんでも記録することで、文字に起こしている瞬間や読み返した時に自分を知るきっかけになります。

「この時、こんな事があったな。」

「こうすればよかったな。」

と、ネガティブな感情になることもありますが、逆に、自分はこういう時に落ち込んでしまう等と知る事ができます。

 二つ目のハッピーノートはとにかくポジティブなことだけを書きまくります。

「今日食べたアイスが美味しかった。」

「髪のセットがうまく行った。」

「新しい本を買った。」

「ベッドで一日を過ごした。」

その他色々。

今、実際に読み返してみたらとてもハッピーな気持ちになると共に、自分はこんな些細なことで幸せな気持ちになれるのかー。と思いました。


こんな時、ポジティブって健康的!と感じます。

 今までの私はとことんネガティブでした。ネガティブを謙虚だと勘違いしていました。ネガティブと謙虚は全くの別物だと理解した時、今後の考え方を改めようと思うようになりました。

 「運が悪い、ついてない。」と感じた時、「このくらいで済んでよかった。」と無理矢理でも置き換えるようにすることを始めてみました。自分でもびっくりする程スッキリします。



 自分の生き方を楽にするために何をしたら良いのかを考えたときに、「完璧主義」はやめようと思いました。自分は怠け者だし、意志が弱いし、すぐにクヨクヨするし、完璧主義なんて程遠い・・・と思っていましたが、客観的に見てみると意外と完璧主義でした。

 それも全部人からの評価を気にしすぎることから始まっているのですが、やっぱり疲れますし、大変です。

 完璧に振る舞おうとしすぎて、ちょっと注意されただけでもものすごく落ち込みますし、引きずります。優しく言ってくれても引きずります。

 少しのミスでも自分を責めまくります。そしてその場に居た堪れなくなります。

例えば、

前を歩いている友達の靴の踵を踏んでしまった。

 ↓

一度謝る

顔色を伺う

 ↓

もう一度謝った方が良いか、謝りすぎてもしつこいと思われるだろうか悩む

家で思い出してハラハラする


こんな感じです。以前、授業中に伸びをしたとき、後ろの席の飲み物をこぼしてしまった時はこの世の終わりだと思いました。


 この解決方法はまだわからないのですが、自分だったらどうかを考えてみたときに、本当にわざとではないミスに対して怒りの感情が芽生えません。

ですので、「うん、大丈夫」と言いながらも顔は笑ってないとか、「うわー〇〇だわ」と明らかに嫌な感じを出すとかは絶対にしません。むしろ逆に私の方が気にして、できません。


 皆さんはどうですか?世の中のほとんどの人が気にしないと言うのならなるべく気にしないようにしてみようと思います。それか、何か良い解決策があればお聞かせください。


 先ほど書いた、他人に期待することをやめたように、人間関係においての完璧主義をやめようと意識しています。他人と自分の不完全さを受け入れ、むしろその部分を愛そうと思います。

 そもそも「完璧」って何? と考えたときに答えが見つかりません。それなのに完璧を追い求め、完璧に追われています。こわいこわい。

 人間って全員が違う人なのに完璧ってあり得るのでしょうか?

自分の思う完璧は他人とはずれているかもしれません。だから完璧ではなく唯一無二でいましょう。

他人の目を気にして完璧でいよう、よく振る舞おう、嫌われないように気をつけようと自分をすり減らしている人が多くいると思いますが、貴方が関わる全員から好かれるということは恐らく無理です。

また、あなたの事を好きではない人のことはあなたもきっと好きではないはずです。だから、自分を苦しめる完璧なんてどっかに捨てちゃいましょう。

「せーの、ポイっ!」





なんだかこれから先、もっと前向きに生きることができそうな気がしてきました。


 

 私は今まで何人かに辛い思いをさせられてきました。その時の出来事をよく思い出してしまい、この先の自分が不安になります。こんな私を作り上げたこの人たちに対して今までは怒りと悔しさの感情しかありませんでした。た。

 なんなら、不幸になってほしいとまで思っていました。しかし、人の不幸を願っている自分は大嫌いです。辛い経験があったからこそ今の自分がいるのは確かで、だからと言ってそのことに感謝することはできませんが、私を苦しめたあの人も、この人も、私の知らないところで幸せであれば良いと思います。私も私であなた方とはこの先一生関わらずに幸せになろうと思っています。

「いじめられる方にも問題がある」

こんな事を言う人がいますが、私はこの考えを否定し続けます。当然人間同士ですから、合う・合わないはあります。ただ、合わないのならば離れればいい。自分と合わない他人をわざわざ傷つける必要はありません。



様々なものに邪魔をされて、自分が自分のままで生きることが難しい世の中ですが、自分は一番自分を好きでいようと思います。









 ここまで読んでくれた皆さん。ありがとうございます。


皆さんが今、どんなことで悩んでいるかは分かりませんがきっと本当に辛い状況の方もいるでしょう。そんな中、最後まで読んでいただけたことを嬉しく思います。



皆さんが、自分を見直す「きっかけ」になる事ができていたら幸いです。




私もまだまだ未熟ですし、きっと今までの人生よりこれからの人生の方が長いのでこれからも色々な経験をするとともに、色々な感情とも出会うと思います。




そんなときに「過去」を意識するのではなく「未来」「これから」を優先した考えをしてみようと思います。





皆さんも自分をいっぱい愛してくださいね。







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[良い点] めちゃくちゃ繊細で小心で気が使えるんですよねきっと。 人からしたら小さいことでも本人にとっては一大事件ですもんね。 めっちゃ共感しました。 あと誕生日に本を一冊読みきる、というのはすごく素…
[良い点] はじめましてこんにちは! なんか色々言いたすぎて、とても長いのでもう読まなくていいです笑 でも一応読んだ証拠として、残しますね。 まず、まだ大学生なのに、色々経験されてきたんですね…。 …
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