第1話
大韓民国 ソウル特別市 青瓦台
この日、大統領はこの国が今抱えている問題に頭を悩ませていた。
2008年のリーマンショック、新型肺炎ウィルスのパンデミックの影響による世界規模の経済不況は韓国にも影響し、大打撃を受けた韓国経済は企業の雇用情勢が劇的に悪化。
また、第二次世界大戦中に日本の統治下にあった朝鮮における日本企業の募集・徴用で労働した元労働者とその遺族達による徴用工訴訟問題で、韓国の最高裁にあたる大法院が日本企業に対して損害賠償を命じたことに対して、日本側は国際司法裁判所への提訴も視野に入れ、韓国から企業を撤退させるという思いきった対応を取った。これにより韓国現地での日本企業に勤めていた韓国人スタッフ達は職を失い、街の至るところで失業者が溢れていた。
財閥や富裕層は国外へ次々と脱出していったが、残された民衆は生活が困窮し、各地で暴動・放火・略奪が相次いだ。
この混乱が1年近く続き、警官隊と軍隊による鎮圧を図るも未だに収まる気配がなく、日米中露の各国に援助を求めたが、日本とアメリカは断り、中国とロシアは援助を口では約束したがその姿勢は消極的だった。
万策尽きて頭を抱えていた大統領のもとへ国防部長官が訪ねてきた。長官が持ってきた計画書にはこう記されていた。
『韓国軍によって日本の対馬を占領し、国威の発揚を図る』
独島(竹島)と共に韓国の領土であるはずの対馬を取り戻し、過去の歴史を反省しない日本に対して謝罪を求める。そうすれば国民の不満は解消され、大統領の支持率は回復される。これが国防部長官の考えだった。
「しかし、そう上手くいくものなのか?第一、アメリカが黙っているはずがないだろう」
大統領が訊ねる。
「ご心配には及びません。米軍が介入すれば、中国、ロシア、北韓(北朝鮮)を刺激することになり、全面戦争へと発展することとなります。彼らもその事態は避けたいでしょうし、所詮は無関係な『対岸の火事』です」
彼の言葉にも一理はあると大統領が頷く。
「アメリカから押し付けられた“平和憲法”によって腑抜けとなった日本など簡単に捻り潰してやれます。過去の侵略の歴史の反省しない奴らに今こそ懲罰を与える時です」
日本に対して過激な発言をする国防部長官は、独立闘争家でもあった初代大統領の李承晩を崇拝する反日主義者であり、かねてから対馬についても「軍事行動によって取り戻すべき」と唱えてた強硬派であった。
「分かった。直ぐに閣僚を招集しよう」
座して死を待つよりも、死中に活を見出だすのも悪くないだろう。大統領は軍による対馬侵攻作戦の着手を長官に命じた。