偽りの世界
「先輩、そんなに落ち込む事は無いと思いますよ、練習なら何処でも出来ますよ。」
「アルベスト・デューレエード、君は、一年生だから、知らないが、団体戦の練習には、迷宮戦場が作れる、施設が必要なんだ。」
「知ってますよ、確かに、迷宮戦場が作れる魔導機は、魔導教練棟にしか有りませんが、ほら、うちにはその迷宮戦場の専門家がいるじゃないですか。」
「専門家?」
「フォーダン・ラデコスタ先生ですよ。」
「フォーダン・ラデコスタ!・・・『合成魔導学』の、確かに・・・彼なら、」
「成る程、迷宮戦場か、そうだな、あれは、錬と心の『合成魔導術』で出来ている、その事は有名だから、君達も知ってると言う分けだ。」
あの後、私と一年生のアルは迷宮戦場の事を相談しに、フォーダン先生の研究室に行った。
フォーダン先生の欠点は、本当に話し好きな事、私達、二人が相談しに来てくれた事が嬉しいのか、直ぐに、合成魔導の講義が始まってしまった。
「迷宮戦場を発見したのは、ニ百年前、ノーガン・オレガナが、病弱な娘に、世界を見せたいと思って、使った『心』の魔導術が最初だ、」
彼の講義を聞かないと、相談に乗ってくれない事は有名で、私達は、じっと我慢して、彼の話しを聞いていた。
「君達も『心』の力は魔導本で知ってるだろ、知らない世界も見る事は出来る、彼の娘も、最初は、見るだけで満足していた。」
「しかし、彼女は、花に大地に木々に触りたいと言い出した、当然の欲求だ、しかし、『心』では其処まで出来ない、」
正確には違う、『心』で、五感に訴える事は出来ない事じゃない、只、凄く危険な事だと習った、
『心』は凄く危険な魔導術だ、五感に迄、及ぼす世界を『心』で作ったら、その世界に入った者は帰って来れなくなる。
其が、私達が教えられた事だ。
「其処で、彼、ノーガン・オレガナは考えた、彼女の触る部分だけを『錬』で作り、触った後は、消す、其なら、『魔素』の消費量は少ないし、可能じゃないか、と、」
フォーダン先生は、もう私達を見ていない、講義の世界に入っている。
「問題は、2つの魔導術の同調率だ、2つの魔導術を同時に操作するのは平行処理では一般的だ、だから、その点については問題は無い、」
先生は、言葉を句切って、
「だが、此の場合は、物体に触った時に、その触感が無いと、直ぐに『心』の世界は崩壊する、その為、2つの魔導術は完全に相互に関連性を持つ必要がある、」
「具体的に言うと、『心』で、彼女に千の花が咲いている花畑を見せたとする、千の花を作るのは無理だが、一本だけなら作れる!」
「其はつまり、彼女が『心』の世界で、どの物体に触るかを予測し、『錬』が発動しなければならない。」
先生は、真っ直ぐ、私達を見て、
「一体、どうやってだ? 彼女の世界は彼女しか分からない、誰が、どうやって、彼女の世界で、彼女が、物体に触る事を予測し、『錬』の魔導術を発動するんだ?」
「彼は考えた、そんな魔導術が、有るのかと?」
先生は問う、
そして、私は、答える。
「『合成魔導術』ですね。」
先生は、嬉しそうに、私を指しながら、
「そうだ! その時、彼は、長い研究の結果、『合成』と言う手法で書かれた魔導回路なら、2つの魔導術を完全に同調し、更に、単一の魔導術である『錬』の特性が変化し、『心』と連動して『錬』が発動する事が可能であることを発見したんだ!!」
「そして、世界で最初の『合成魔導術』で作られたのが、『錬』による、中身の無い張りぼてと、『心』による見せ掛けの世界、『偽りの世界』だ!!」
フォーダン先生が、大袈裟に手を振りながら言い、
「そして、君達に、その『合成魔導術』の概論を教える事が、私の仕事だ。」
やっと彼の講義は、終わった。
私は、身を乗り出して、
「先生、先生の講義を聞けば、直ぐに私達でも、『偽りの世界』で、迷宮戦場を作れますか!」
先生は暫く、考えた後、
「無理だな、大学の専門過程迄、往かねば、初歩の『合成魔導術』ですら使えない、まして君達は、・・・魔導術の基礎しか、使えないし、無理だ。」
先生は断言した、
無理、
私達には、迷宮戦場は造れない、
私は、たぶん、失望したのだろう、
私の、失望した顔を見た先生は、
気の毒に思ったのか、
「そんなに、ガッカリするな、まぁ、簡単な迷宮戦場ぐらいなら、週に一・二時間、二・三日程度なら、君達の為に、作っても良いぞ。」
えっ、
隣の、一年のアルも、嬉しそうに、
「有難う御座います!フォーダン先生!」
先生は、ニコリと笑いながら、
「で、何を作れば良いんだ?」
えっ?
「ですから、迷宮戦場を、」
先生は、困った顔で、
「いやいや、迷宮戦場は一般的な名称だ、確か、地区予選には、其々に、その舞台となる、課題が有る筈なんだが?」
課題、
確かに、アルバート先生は、そんな事を言っていた、
あの時、課題の意味が、分からなかった、
アルが、思い出したように、
「確か、今年の一年は、ポワジューレ共和国のアルカナオースト砂漠です。」
先生は、頷きながら、
「アルカナオーストか、彼処は、私も、知っている、あの砂漠なら、校庭に再現できるかも知れない、で、ダン君、君の課題は?」
私も、思い出した、
「確か、『星の遺跡』です。」
フォーダン先生は、困った顔で、
「『星の遺跡』? 済まんな、ダン君、私は、その『星の遺跡』の事は、何も知らない、」
「其は、つまり、」
フォーダン先生は、頷きながら、
「まぁ、私には、その、『星の遺跡』に行った事も、見た事も無いから、『星の遺跡』の、迷宮戦場は作れない。」
・・・先生が、作る事が出来ない、
「そう、ガッカリするな、資料とか模型とか有れば、なんとか成ると思うんだが、そうだな、メルティスト先生に相談してみたまえ、彼女はその手の専門家だ。」
メルティスト・ブーレンダ先生、
三人の交換派遣教師の一人、
専門は魔導考古学、
彼女は自由都市同盟の出身だから、あまり、身だしなみにも気を使わない、学者肌の先生だ、ボサボサの赤茶の髪に銀の眼鏡を掛ながら、絶えず考え事をしている先生。
私はまだ、メルティスト先生の講義を受けた事は無いから、今の私には、魔導歴史学と魔導考古学の違いが分からない、そんな私が突如先生の研究室に訪問して、はたして、相談に乗ってくれるのだろうか、
私は、凄く心配だったのだが、
兎に角、なんとかしなければいけない、そんな、焦る気持ちが、私の足を、メルティスト先生の研究室に向かわせた。
「残念ね、え~と。」
「2年C組のクラスリーダ、ダンバード・グラスタです、メルティスト先生」
先生は微笑みながら、
「あら、そう、じゃ、ダン君で良い?」
「ええ、構いません。」
先生は、ちょっと首を傾げて、
「フーン、ダン君、貴方って、随分、礼儀正しいのね、公国の家柄ってやつ?」
ふぅ、自由都市同盟には、公族、領主、家柄は存在しない、あくまでも、人は自由であり、平等であると言う思想のもと、政治、経済が成り立っていて、
都市ごとに代表が選ばれ、その代表が、同盟大会議に出席して、同盟の重要な方針を決める。
私が、自由都市を訪れた時、同盟の人々は、彼等にはカリスマ的な指導者がいないので、私がウェルド公国の出身だと知ると、彼等は、直ぐに公族の話題を持ち掛けてきた、
特に、三人の公女達の関心は高く、私が、公女の話しをすると、見知らぬ人とも仲良くなれるので、
私は、このカードを良く使った。
取り敢えず、自己紹介、
「私の家系は、公族とは直接は関係有りませんが、七百年前、ウェルド大公に認められ、東方領の一部、ベルスタークの領主を任命されてから、今に至っています。」
歴史ある、古い家系は、自由都市の人達には憧れらしい、先生もちょっと赤い顔で、
「そう、貴方は、私達で言う、貴族って家柄なわけね!」
「先生、今日は、私の事では無く、聞きたい事は、『星の遺跡』について、聞きたいんです。」
先生は、ちょっと驚いて、
「『星の遺跡』?」
「そうです、資料とか、何か有れば、教えて貰えませんか。」
彼女は首を振りながら、
「残念ね、私はこの国の『星の遺跡』については、何も知らないし、資料も持って無いのよ、だから、この学校に来たの、『星の遺跡』の資料が欲しくて。」
・・・
私は、言葉を失った。
先生は、困った表情で、
「本当に残念よね、この学校の図書館にも無いのよ!おかしくない、」
「はぁ、」
「司書のジェラルダ先生が言うには、国が盗掘を心配して、情報の規制してるって言ってた、本当に盗人のせぇで、学門が邪魔されたのよ、酷くない!」
・・・確かに、残念、
「でも、そんなに、ガッカリする事ないわよ、うちの研究室は夏季自主講座に、『星の遺跡』の発掘研究旅行を企画するから、ダン君も是非参加してね。」
先生は、夏季自主講座で、『星の遺跡』に行くと言う、
夏季自主講座
此は、先生達の研究資金を回収する為に、夏期休暇期間中に開催される、金持ち向けのイベントだ。
他の先生達も、夏期休暇は稼ぎ時だから、いろんな、夏季自主講座を企画する、その全てが有料で、結構、高い。
しかし、この学校の三分の二の家庭は、金持ちで有り、子供の教育には熱心だから、良い内容の夏季自主講座は人気が高く、直ぐに定員オーバになり、
また、この国の先生達にとっても、夏季自主講座は重要な資金集めだから、殆どの先生が新学期が始まると直ぐに、その準備に取り掛かる、
特に、旅行系は人気が高い、
だからメルティスト先生も、夏季自主講座に『星の遺跡』廻りを企画して、その準備の最中のわけだ。
だが、夏期休暇には、魔導格闘技大会の全国大会がある。
私達の目標は、その全国大会への参加、
その前に、6月の地区大会、
だから、練習をしなければならない、
その為に、『星の遺跡』の迷宮戦場が必要だ、
夏期休暇では、間に合わない。
私の失望した、顔を見た、メルティスト先生は、
「そんなに、『星の遺跡』が気になるなら、明後日、私と一緒に行く?」
えっ?
「明後日、私、講義が無いから、魔導船に乗って、『星の遺跡』に、下見に行ってこうかなって考えているのよ。」
下見、
『星の遺跡』に、先生が行く、
私達も、
行けるのか?
でも、
行けたとしても、練習が出来なくちゃ意味が無い、
その時、今迄、黙っていた、オルが、
「ダン、ちょっと話そう、」
と、言いながら、私達は、メルティスト先生の研究室を後にした、
「なぁ、ダン、練習は何も、『偽りの世界』じゃ無く、本物の『星の遺跡』でも良いんだろ、」
私は、首を振った、
「オル、僕達全員が、『星の遺跡』に行くのかい、其れは無理だ、絶対に高校の許可が出ない、」
オルは、考えながら、
「いや、そうじゃ無くて、此処から一瞬で、『星の遺跡』に行ける人、いるじゃないか、其の人に、私達を連れてって貰うんだよ、ダン、」
私は、オルが言いたい事に気付いて、
「・・・スグルさんか!」
オルは、頷きながら、
「そうだ、ダン、明日、あの人に頼もう、」
オルは、そう私に言った。