魔導教練棟
「あっ、スグル、そこ、もう少し右に魔導線を貼って、」
「えーと、此処ですか?アルバート先生。」
「うん、そっ、オッケ」
「すみませーん、アルバート先生、此方は此方で良いんですかー?」
アルバートは、凄く嬉しそうに、
「あっ、エルさん、ちょっと待って、直ぐに行きまーす♪」
えっ?
なんだ?
アルバート、
何、浮かれてんだ?
4月7日 火曜日
俺を含めて、事務方は、明日、開催される魔導格闘技の全国大会個人戦、選抜試験の準備で、大忙しだった。
魔導教練棟の床に5メータ、真四角の魔導格闘技の競技区画を、アルバート先生が持ってきた、魔導線で作る。
アルバート先生が言うには、此の、魔導線には緩衝用の『力』が発生するようになっていて、生徒が競技中、飛ばされても受け止める役割をするんだそうだ。
俺と、エルさん、マーキとローラで、4区画一組、其れに50センチの通路を空けて、アルバートの指示に従い、60個の区画を作る。
彼がエルさんの方に行った時、マーキが俺の横に来て、魔導線を貼り始めた。
そして、不機嫌な声で、
「スグル!何故、エル姉を振ったんだよ!!」
えっ、振ったって、
何、言ってんのコイツ、
「エル姉を、アルバートみたいな、嫌な奴に取られて良いのかよ!!」
あのなぁ、マーキ、
お前、アルバート先生は、凄く好い人だと、今の処は、思うぞ。
俺は、仕方なく、
「大人には、大人の事情が有るの、」
マーキは、下を向きながら、
「・・・好きな奴がいんのかよ、」
お前に答える義務はない!
俺が黙っていると、
マーキは、拳を握りながら、
「そうか、分かった!・・・俺は、スグルなら、身を引いても良い、そう思ってた、」
えっ?
身を引くって、お前、
自分の立場、分かってんの、
マーキは、立ち上がりながら、
「しかし、あいつには、遠慮しない!あんな奴に、エル姉を渡さない!!」
おぃ!
ちょっと待て、マーキ!
と、俺は、俺の心の中だけで、マーキを止めた、
マーキは、エルさんとアルバート先生の処へ、走って行った。
さぁ、仕事、仕事、沢山、魔導線を貼らなくちゃいけないしね、
ゴッチーン!!!
教練棟に、エルさんがマーキに拳骨を落とす、音が響き渡った。
うん、実に、良い音だ。
しかし、彼奴も懲りないなぁ、確か、俺の時も、エルさんに拳骨貰ってた。
御愁傷様。
「エル姉さん!魔導防護服が届いたよ、此処に運んで良い?」
「ええ、運んでって、ローラ、貴方、何、防護服を着てんのよ!」
えっ、俺は顔を上げて、ローラを見た、
あれが、魔導防護服、
ヤバイ、ありゃ、スグルの世界の漫画で、確か、ロボットに乗る時に着る服だ!
体のラインがまるわかり、
此方が照れる、
青少年には、ちぃっと、刺激的過ぎんじゃないの、
大丈夫かよ。
服には、魔導回路が書き込まれていて、胸に、ロートス社のロゴが入っている。
アルバート先生が言うには、先生の国の北方共和国連合の高校生は、この魔導格闘技は、必修科目なんだとか、
この国では、選択科目で、魔導格闘技は、防魔大学に進学を目指す生徒以外は、選択しない、
その理由が、この魔導防護服にある、
高校生が使う、魔導防護服でも、魔導回路が組み込まれているので、結構な値段がするんだとか、
北方共和国連合の高校は、入学料、授業料等が有料だから、ある程度、収入の有る家庭の子供達が、高校に進学する、
だから、高価な魔導防護服も購入可能だけど、
しかし、この国は、基本、教育は無料だ、その分、好きな高校、大学には進めない、
すべて、才能と審査で決まる。
そんな学校制度だから、魔導格闘技を必修科目にすると、政府は高価な魔導防護服を、税金から支給しなくてはならなくなるので、選択課目としている。
勿論、収入の有る、豊かな魔導高等学校は、学校が魔導防護服を購入し、全校生徒に支給して、魔導格闘技をさせている。
でも、この学校は貧乏なうえ、魔導格闘技を教える先生もいなかったので、殆どの生徒が魔導格闘技をした事が無い、
アルバート先生が、入学式で、魔導格闘技の全国大会を目指すと宣言し、その場にいた、教魔省の役人が、
世界企業のロートス社が、新しく販売する予定の魔導防護服の最終試験に、実際に試着する高校生のモニターを探している事を知っていて、その事を、我が校の学長に伝え、
それを聞いた魔導皇の学長が、ロートス社と掛け合って、この学校の生徒の人数分の魔導防護服を支給して貰った、と言うことらしい。
勿論、今、魔導教練棟の床に貼っている、この魔導線も、ロートス社の支給品だ。
そして、明日の大会には、ロートス社の技術者も沢山来るんだそうだ。
ローラは、エルさんに怒られて、更衣室に魔導防護服を脱ぎに行き、
アルバートは、そのローラが着ていた魔導防護服を見て、感心していた、
「凄いなぁ、此れはプロ仕様の魔導防護服だ! 流石、ロートス社、こんな凄い製品を、一般に販売するって、一体、幾らで売るつもりなんだ?」
と、呟いたので、俺は、彼に近付き、
「アルバート先生、あの服、何がそんなに、凄いんですか? 」、と聞いてみた。
「ん、スグル君、君は、魔導防護服の事、知らないのか?」
まぁ、俺、魔導格闘技の事も、魔導防護服も、はっきり言って、知りません。
「先生、俺って、遥か東の辺境の地の出身で、俺の国じゃ魔導格闘技じゃなく、スモウって言う、スポーツが盛んだから、ほら、」
アルバート先生は、びっくりして、
「そっ、そうなのか?驚いた、魔導格闘技の無い国が有るんだ、そりゃ、貴重だ!」
貴重?
えっ、
この話し、アルバート、信じてる!
東の辺境って設定、
案外、行けんじゃねぇの?
となると、
やっぱ、ローシィが特別って事?
俺は、そう、思いながら、アルバート先生の話しを、聞いていた。
高校生や、一般の人が使う魔導防護服は、頭、胴、腕、足に別れている、甲冑のようなタイプで、
魔導回路も複雑な回路じゃないから、万が一、魔導術が発動しなくても、ある程度の物理攻撃を防ぐように、なっている。
頭はお鍋のような形で胴、腕、足は筒型、其々に簡単な魔導回路が書き込まれていて、合計、五つの魔導防護服が一組になっている。
このタイプの利点は、プロ仕様と違って、安価である事、パーツに別れているので、壊れた場合、パーツ事に交換が出来る事、
欠点は、動きにくい、だから、一瞬の動作で勝敗が決まるプロは、此を使わず、さっきローラが着ていたような、一体型を使う、
で、一体型の欠点が、兎に角、高額な事、トッププロだと、軽く、一着、数千万RGするんだとか、
もう、桁が大きくてよく、わからんけど、家が一軒、買えるんだそうだ。
えっ、
て、事は、ローラちゃんは、家、一軒を着ちゃった分け、
「いや、だからね、スグル、そこが世界企業のロートス社なんだよ、」
「ロートス社?」
「まさか、家、一軒の値段で売る分けないから、たぶん、プロ仕様よりは性能は低いんだろうけど、我々が普通に買える一体型の魔導防護服を、ロートス社は開発したって事なんだ、凄いだろ、彼等は、」
よく分からんけど、
成る程、ロートス社が凄いって事は、
分かった。
そんな、凄い魔導防護服が入った箱を、配達屋達が、どんどん魔導教練棟に運んで来る。
エルさんは、箱に着いてる名札を見ながら、どんどん、クラス事に箱を仕分けていった。
俺も、近付いて、魔導防護服の箱を見ると、確かに名前が入っている。
「なんか、サイズとか、あんですか、一人一人指定しているみたいですけど?」
アルバートが、不思議そうに、
「サイズ? あぁ、大きさの事? どうだろ、ローラ君が試着したから、彼女なら、分かると思うけど、一体型は、動きやすさが重要だから、たぶん、魔導防護服の大きさは『錬』の回路で調整する筈なんだが。」
俺は納得した。
「あっ、だから、あんなに、ピッタリなんですね、でも、あれ、ちょっとピッタリ過ぎて、恥ずかしくないすか?」
アルバート先生は驚いて、
「えっ、恥ずかしい、 そうなのか?」
いやぁー、普通に恥ずかしいでしょ、
だって、着るのは、思春期の高校生達だよ、
ヤバイって、アルバート先生、
「でも、ローラ君は、普通に着てたよ。」
嫌、彼女は、別格だから、彼女に羞恥心って言葉は無い!
「スグルさん!ちょっと、なんか失礼な事、考えてません!!」
おっと、驚いた!
ローラが、更衣室から、制服に着替えて戻ってきたよ。
「あっ、ローラ君、ちょうど良かった、どうだい、ロートス社の新型魔導防護服は、恥ずかしいってスグルが言うんだけど、」
ローラは、小悪魔的な笑顔で、
「へぇええ、スグルさん、そう言う目で、あたしを見たんだぁあ、」
俺は、慌てた、
「ちっ、ちげぇよ! おっ、俺の国じゃ、普通の高校生は、あんな格好したがらないから、だから、心配したんだよ!!」
普通は、
体の線、見せるの嫌がるんだよ!
太ったり、痩せたりしてんの、凄く気にすんだよ!!
子供達は!!
ローラは、俺を弄るのを止めて、真面目な顔で、
「うーん、大丈夫だと思いますよ、アルバート先生、農牧高等学校の高校生だったら、嫌がると思いますけど、うちの高校生は、皆、スタイル、良いし。」
えっ、
皆がスタイル良い?
ちょっと待て、
其れって、
どう言うことだ?
「ん、知らないのか? スグル、魔導術を使う子は、君のように、醜い、体形にならないって事」
えっ!
そうなの、って、ちょっと待て、
アルバート!
どさくさに、今、俺に対して酷いこと、言わなかったか!!
「あっははははは、スグル、君も、少しは、体を動かさないとな、確かに、その醜い体つきは恥ずかしい!!」
「ちょっと、酷くないすっか、アルバート先生」
「あっはは、兎に角、残りの魔導線を、頑張って貼れば、君も少しは、痩せるよ。」
「はいはい、」
俺は、この先生を、相手にするのを止めた。
「あっ、処で、君の国で、流行っていると言う、その、スモウって奴、今度、僕に教えてくれないかなぁ、スグル」
俺は、即座に、
「御断りします!!!」
マジに、アルバートとガチの抱き合い、くんずほぐれずなんて、
絶対ヤダ!!!
俺は、魔導教練棟の床に魔導線を貼りながら、もう一度、魔導防護服の箱を見る、
一人一人の名前が入っている。
明日、ロートス社の技術者が、この魔導防護服のデータを取るって言ってた、
彼等は、三百人近い高校生のデータを個別に取るつもりか?
俺は、スグル時代のサラリーマンの経験から、其れが何れ程、大掛かりで、大変な事であるかを知っている。
ロートス社ってのは、
俺が、思っているよりも、
凄い企業なのかも知れない。
その時の俺は、漠然とそんな事を考えていた。
漠然と、