魔導汽車
公都の記者さんと、明日、農牧高等学校に行く約束をした俺は、
一応、上司の学校事務職長のエルさんに、明日、学校の仕事を休んで、出掛ける事を告げた。
エルさんは、驚いて、俺は、休んでちょっと雑貨とかいろいろと必要な物を買うんで、だから休むって事をエルさんに話し、なぜか、公都の記者さんについての話しは、
彼女には言えなかった。
俺は、まだ、彼女の心を傷付けた事を気にしているんだろうか?
しかし、今の俺には金無いし、給料もまだ先なんで、仕方無いから、二千年前のルーナから貰った金貨を、一枚、売ることにして、前に金貨を売った店に、夕方行った。
金貨は、前回と同じ、二十五万RGで売れた。
4月2日、俺は一張羅の古着を着て、8時に宿舎を出た。
途中、路上の店で、サンドイッチと、茶色い御茶のような飲み物を買い、其れを食べながら、駅に向かった。
駅からホームに入る入り口は、一つで、別に駅員がいる分けでも無く、皆、自由に乗り降りしているように見えた。
?
どういう、仕組みなんだ?
「どうかなさいました?」
えっ?
振り替えると、昨日の記者さんが、俺の後ろにいて、俺に声を掛けて来た。
彼女は、昨日のスーツ姿に右手には魔導本、左手に大きなバスケットを持って、
「あっ、記者さん、早いですねぇ」
記者さん、ちょっと怒った口調で、
「ローシィです!ローシィ・レーランド、ローシィと御呼び下さい。」
「えーと、すみません、ローシィさん」
俺は素直に謝った、まぁ、名前を覚えて無い、俺が悪いし、
彼女は機嫌を直して、
「じゃ、行きましょう、スグルさん」
行くって、
どうやって、行くんだ?
「あのー、ローシィさん、ちょっと聞いて良いですか、」
彼女は、はぁー?ってな顔で、
「何をですか?」
「あのー、此の魔導汽車にはどうやって乗るんですか?」
「はぃ???」
やべーぇ、彼女、驚いてるよ!!
「ええと、まさか、スグルさん!魔導汽車に乗った事無いとか?」
乗った事ねぇよ!俺、まだ此方来て10日だよ!!乗る分け無いじゃん!
取り敢えず、何時もの言い訳、
「俺ってさぁ、その、遥、東の魔導汽車も無い、辺鄙な島国の出身だから、本当に乗った事ないんだ。」
だいたいの人は、此の説明で納得するんだが、
「じゃ、此処まで、どうやって来たんですか?」
えっ?
「い、いやぁ、船!、そう船に乗って!!」
「その船は、何処の港に着いて、その港から、此処までは、どうやって来たんですか?」
ええええっ!!!
「あっ、そう、歩いて!俺、歩いて、此の街まで来た!!」
「歩いてですか?空を飛んだんじゃ無くて、」
えええええええっ!
俺! 汗かいてきた!
俺は、太ってる自分を指しながら、
「イヤだなぁ、ローシィさん、こんな太っちょが、空、空を飛べる分け無いじゃん!」
「・・・」
なんだ?ローシィさん、俺を見てるその目は!!
「・・分かりましたスグルさん、魔導汽車の乗り方を、貴方に説明してあげましょう。」
やっと、説明してくれるんだ。
ローシィさんは、大勢の人が集まって何かしている方を、指しながら、
「彼処で、魔乗車印を買います。」
あっ、成る程、
「何れだ、此だ!って言って魔乗車印を買うんですね!」
「・・・・」
「すみません、つまんないシャレです。」
俺、ローシィさん苦手かもしんなぃ。
ジョークが滑った俺とローシィさんは、その人だかりが出来ている駅の壁の方に行き、
壁には、大きな魔導本が幾つも埋め込まれていて、その前に立った人は、魔導本の上の方にあるコイン投入口にコインを入れて、
魔導本に触ると、そのまま、駅のホームの中に入っていった。
ローシィさんが、魔導本に表示されている文字と数字を指しながら、
「此の、農牧高等学校に行きます、下の500が運賃ですから、500RG硬貨を上の魔導口に入れます、スグルさんは500RGを持ってますか?無ければお貸ししましょうか?」
確か、朝飯買った時、500RG硬貨、貰った筈、
「大丈夫、俺、持ってますから。」
俺は、ポケットから500RG硬貨を取りだし、魔導口に入れ、魔導本に表示されている、農牧高等学校の文字を触った、
その瞬間、文字に触った、右手の甲に、青い魔導回路が浮かび、その上に15、9、3と表示された。
なんだ、此れは?
「驚いていると言う事は、スグルさんは本当に魔導汽車に乗った事無いんですね。」
ローシィさん、だから、さっきから初めてだって言ってるじゃない!
「いや、本当に乗った事無くて、冗談だと思った?」
ローシィさんは、何か納得したような表情で、
「はい。」
当然か、普通は冗談だと、皆、思うだろうし、
「でっ、ローシィさん、此の数字の意味は何なんです?」
「其れは、『光』の魔導術で、9時15分発、3番ホームを意味します。」
「あっ、そう言う事、」
何か、ローシィさん、説明が少し丁寧になってない?
彼女は、改札の方に向かいながら、
「じゃ、スグルさん、もうホームに入れる筈ですから、行きましょう。」
そう言う仕組みなんだぁ、しかし、此の魔導術を真似して魔乗車印を作ったら、魔導汽車は乗り放題なんじゃないの?
俺は、其の事を彼女に聞いてみた、
ローシィさんは首を振りながら、
「魔導工学で作られる、此の国の魔導本は、全て魔導省が管理しています、ですから偽造は出来ませし、したら、魔導省が動きます、逸んな危険な事は誰もしません。」
「其れに、魔導術で、複製するには、上級魔導士じゃないと無理ですし、上級魔導士は協会から無料の魔乗車印を支給されているので、逸んな事をする意味が有りません。」
ローシィさんは、そう言いながら、改札を通り、俺も其の後に続いて、改札を通った。
あれ、そう言えば、ローシィさん、魔乗車印を何時買ったんだ?
俺の考えを予測したのか、
「ちなみに、私は、記者協会の年間乗り放題魔乗車印を会社の経費で購入しています。」
彼女は、そう言って、俺に右手の甲を見せると、右手の甲に赤い魔導回路が浮かび上がった。
そう言う事か、記者さんだから、直ぐに乗ったり降りたりするし、
確かに、車が無い、此の世界では乗り放題魔乗車印は便利だし、記者さんにとっては、必需品だ。
3番ホームには、既に一両の客車が繋がった魔導汽車が待機していて、その姿は、昔の小説の未来列車のようなデザインをしていた。
「ローシィさん、乗らないんですか?」
彼女は、頷きながら、
「ええ、私は、一応、記者なので、車内で仕事をする事を考えて、個室にしてます。」
個室?
「魔乗車印の売上で客車数が決まるんですが、今日の此の時間は農牧高等学校に行く人が少ないみたいですから、客車は一両だけですね。」
ローシィさんが、俺に説明した後、魔導汽車の後ろに車庫からきた客車一両と貨車三両が接続され、
ローシィさんは、後からきた方の客車に乗りながら、
「魔導汽車は客車数が決まったら、個室専用の客車と貨車を連結してから、出発するんです、そうですねぇ、此の部屋にしましょう。」
個室専用客車は片側通路タイプで、窓の反対側に個室がならんでいる、個室のドアの脇にスリットが有り、
ローシィさんは、右手に持っている魔導本を、其のスリットに差し込むと、個室のドアが壁に引き込まれた。
開いた入り口から彼女は個室に入り、俺もローシィさんの後から個室に入った、
その時、俺の右手の甲の魔乗車印が光った。
「此れは?」
ローシィさんは、対面型の上品なソファに座りながら、
「此の部屋が、貴方と私の魔乗車印を記録したんです、だから、私達だけが、此の部屋に出入りできます。」
そう言う仕組みなんだ!
俺は、もう1つ、彼女に聞いた、
「さっき、何で、あのスリットに魔導本を差し込んだですか?」
彼女は簡単に、
「個室の使用料を払ったんですけど?」
えっ?
魔導本で、金払えんの、知らなかった。
「その様子だと、御存知無いようですね、失礼ですが、スグルさんは魔導本をお持ちですか?」
これ、ウェラさんにも聞かれたな、
「俺、東の辺鄙の出身だから、持って無くて、買おうかなぁと思ってます。」
その時、右手の魔乗車印が光、
ゴトン、ガタン、ゴトン、
魔導汽車が、発車し、窓の景色が動き出した。
「取り敢えず、スグルさん、座りません、此の個室は、『錬』で作る、御茶が飲めますし、」
ローシィさんが、俺に対面のソファに座るように勧めてくれて、テーブルには、御茶が入ったカップが置かれていた。
「あっ、どうもすみません。」、
俺は、そうローシィさんに言って座った、
彼女は、バスケットをテーブルに置いて、そのバスケットを開くと、中にサンドイッチや俺の知らない食べ物が沢山入っていた。
えっ?
どう言う事だ?
「お腹空きません?一つどうですか、」
この人、一体、何考えてるんだ?
俺は、ちょっと警戒し、
「ローシィさん、此れは、どう言う事ですか?」
彼女は表情を変えず、
「・・・スグルさんに、ちょっと、お願いが有りまして、出来るなら食事をしながら、穏やかにお話をしたいなぁ、と思いまして、」
・・・彼女は、今の俺が食い物に弱い事を、知ってるって言いたい分けか?
俺は、バスケットの中のサンドイッチを一つ取って、其れを口に入れながら、
「その願いってのは?」
彼女は身を乗り出しながら、
「スグルさん、私が、公都の魔導新聞社の記者である事は話しましたよね。」
「ああ、最初に其れを聞いた。」
俺は返事を返しながら、もう一つサンドイッチを手にし口に入れた、
「記者は、記事になる元に飢えています、そして、私が見たところ、貴方は、私に良い元を提供してくれる気がします、」
俺が、ローシィさんに記事に成るネタを提供する?
「勿論、只とは言いません、御礼に貴方が此の世界で不足している知識を、私は貴方に提供します、」
確かに、俺は此の世界の事、魔導術の事等、知らない事が多すぎるし、多分、此のままじゃ、何れ俺の、この世界での生活に問題が起きる事は間違い無い、
だから、ある程度俺の事を理解した上で、俺に色々な事を教えてくれる協力者は欲しい。
さてと、どうする、俺。
「・・・多分、君は、俺の話が余りにも荒唐無稽だから、信じないと思うんだが、」
ローシィさんは、真っ直ぐ、俺を見ながら、
「貴方の話を信じるか、信じないかは、私が決めます。」
兎に角、話をしろって事?
ならば、逆に、
「仮に、その提案を俺が承諾しても、俺の話す内容が、嘘だったら、」
ローシィさんは、表情を変えずに、
「嘘か本当かも、私が判断します。」
・・・
成る程ねぇ、此が、プロの記者って奴ね、
俺はもう一つサンドイッチと鳥の股肉のような物を食いながら、
「分かった、但し、一つ条件が有る、」
「条件ですか?」
「記事を発表する前に、その記事を俺に読ませてくれ、そして万が一、俺の知っている人に迷惑が掛かるような記事なら、発表は止めて欲しい。」
ローシィさんは、暫く考えた後、
「良いでしょう、私も揉め事は避けたいですし、その条件で構いません。」
そう言いながら、彼女は魔導ペンで魔導本に、何かを書き込んだ後、魔導本を俺に差し出しながら、
「此れは、貴方と私が、お互いの情報提供に関する条件の契約書です、字は読めますか?」
契約書?
「一応、簡単な単語なら、分かる、ええと、『結婚に関する同意書』」
彼女は真っ赤な顔で、
「ちぃ、ちぃ、ちがあああああああああううううう!!!結婚じゃねぇ!情報だ!!」
えっ、そうなんだぁ、確かに、おかしいと思った、
「お前え、態と間違えたな!」
おっ、此が、彼女の地か、
「嫌だなぁ、ローシィさん、俺、東の田舎の出身だよ、ちょっと間違える事、有るって。」
彼女は、赤い顔で、
「良いから、早く読め!!!」
契約書には、俺が彼女に情報を提供する事に対して、彼女は其れを記事にする事が出来る、その記事は、必ず、事前に俺が内容を確認する、
その内容に、俺が同意出来なければ、お互い、話合いをする。
そう言う、内容だった。
・・・成る程、そう言う落とし処って分けだ、彼女は記者だから記事にはしないとは言えない分けで、だから話合ね。
「分かった、話合いで行こう、で、どうするんだ?」
彼女は魔導本を指しながら、
「その文に触るんだ。」
彼女は、あれから、地のままだ、
俺は黙って魔導本に右手で触った。
「えっ?」
魔乗車印と同じように、右手の甲に魔導回路が浮かび上がった、色は緑、
「其れは、個人と個人が簡易的に契約をする魔導印だ、其で、此の同意書は改変も破棄も、その魔導印が無ければ出来なくなった。」
此れは、後でローシィさんから聞いたんだが、大きな契約等の場合はお互いが、専用の契約用の魔導本に魔導印をするそうで、
簡易の場合は、お互い普通の魔導本を使うんだが、相手が魔導本を持って無い場合は、その相手の体の一部に魔導印が付くんだそうだ。
だから、魔導本を持って無いと、体中に魔導印が付く、
ちょっと、嫌だ、やっぱり、早く俺専用の魔導本を持ちたい、
そう、ローシィに相談したら、魔導本の購入は、魔導省の登録等、手続きが必要だから、一緒に購入しようと言ってくれた。
結構、好い人だ。
まぁ、逸んな分けで、俺は、此の世界で始めて、俺を支援してくれるかもしれない人と出会った事になる。
しかし、彼女との契約は、果たして良かったのか、どうかは、今の俺には分からなかった。