公女の勤
「準備は御済みですか、ルーナ殿下。」
「ああ、サーンディ上級魔導士、しかし、歩いて行ける場所に、態々、高価なポワジューレ共和国製の魔導四輪車で行かなければダメなのか?」
サーディは厳しい瞳で、私を見つめながら、
「警備上、移動は早く済ませるべきであり、また、此の魔導四輪車は特殊魔導装甲ですから安全ですし、殿下の父上、姉上もお使いになられています。」
確かに父上も姉上もポワジューレ共和国製の魔導四輪車は良く使ってはいるが、此の国では魔導四輪車は超高級品だ、私はどうも、こいつを見せびらかすようで、あまり好きになれない。
しかし、此処でサーディと争っても時間の無駄だから、私は諦めて魔導四輪車に乗った。
時は、魔導暦2035年4月1日
此の国の、学生達の新学期は4月1日から始まる。
私は今、我が国の東の最果ての街、バルセリアにいる。
一週間前、私の乗る魔導巡洋艦が謎の怪物に襲撃を受け、此のバルセリアの近郊に不時着した、
その怪物の正体も目的も分からない、我々は第二、第三の怪物の襲撃に備えて、不時着した巡洋艦の改装を決断した。
改装期間は一月、その間、公民には怪物の事を隠すために、私は、一月の休暇という名目で、魔導省の業務から離れ、公女としての責務を果す事にした。
その最初の仕事が、バルセリアの魔導高等学校の入学式での講和。
彼処の学長は、確か父上と昔、いろいろあった、魔導皇のジェルダだ。
此は偶然なのか?
ジェルダとあの化け物は何か関係があるのだろうか?
・・・
いけない、疑心暗鬼になってる。
此こそが、父上の怖れている事だ、
此の疑心暗鬼のせいで、二百年前の、違法魔導士の『魔導大戦』では多くの魔導士が無実の罪で死んだ。
あの悲劇を繰り返してはならない、実際、魔導省の実動部隊も動いている。
私が取り乱したら、終わりだ。
落ち着こう。
直ぐに四輪魔導車は、魔導高等学校の南門に付き、其処で教魔省のクレイド・ホルガンとキャリー・ベネディア、あと学校の学校事務職長、エルデシィア・ガーランドが私を待っていた。
エルデシィアの案内で、彼等と一緒に学園に入り、其のまま校舎に入った私は、
えっ!
校舎の廻廊に入った瞬間、私はウェルドの、ゴードバーレンの大自然の景色が目の前に広がり、
「こっ、此は、」
エルデシィアを除いた、他の二人も同じような幻影を見ていたのか、呆然と立ち尽くしている。
魔導術の『心』?
違う、色!色だ!!
壁や天井に風景画が描かれている分けでは無い、しかし、見た瞬間の錯覚は、私、自信の過去の記憶!!
其を思い出す程の色使い!
天井の薄い蒼色に白い雲、光の当たり具合でまるで、雲が流れているように見える、
壁も同じだ、美しい白い壁面に薄い上品な翠が森に見える!!!
凄い!!!
「あぁ、・・・エルデシィア事務職長、・・此の学校は凄いな、此の壁面や天井、其に美しい床、見事だ。」
エルデシィアは嬉しそうに、
「有難うございます、ルナリィア殿下。」
教魔省のクレイドが、
「エル君、此の壁面の色は、相当な画家に描かしたのか?」
と、エルデシィアに聞いたが、彼女は首を振りながら、
「いえ、異国の学校作業員が、壁や天井が少し汚れていたので、掃除してもらったら、彼が色を塗ってくれて。」
えっ!!
また、異国人!!
まさか!
「えぇと、エルデシィア、」
「エルデシィア事務職長、殿下と打ち合わせもしたいので、早く、講堂に案内してくれませんか。」
「は、はい、キャリー監督官、直ぐにご案内します。」
私は・・・その学校作業員の事を聞きたかった。
だが、教魔省の二人は、私と話し合いたいようなので、此の場で、その異国の学校作業員の話しを聞く事は諦めた。
講堂の貴賓室で、教魔省のクレイドが私に、講話の後、ジェルダ学長を壇上に読んで握手をして欲しいと言い、
「・・・次官のマークスか、」
次官と魔導皇の関係は有名だ。
クレイドは、苦笑いを浮かべながら、
「確かに、次官の要望でもありますが、教魔省としても、公民にとっては公都を除いて、魔導皇の称号の人気は絶大ですし、まぁ、本人は自覚して無いようですが、我々としても其の人気を利用したい分けで、」
・・・此の男、随分、はっきりと言う奴、確か、マークスの片腕だったか、
その部下のキャリーが、
「一応、魔導新聞社の記者も呼んでます、ディ・プラドゥのローシィ・レーランド記者も来ていますから、今日の夕方の魔導新聞には殿下と魔導皇の記事は全国に配信されます。」
ディ・プラドゥのローシィ・レーランド、彼女の創作のお陰で、公民の目が魔導艦の墜落事故を故障にすり替える事が出来、その為、私は一月の休暇を取ることになった、
ふぅ、私はため息を付きながら、
「分かった、兎に角、魔導皇ジェルダを壇上に呼んで、公家と魔導皇が対立していない印象付けに協力しよう、どっちみち、父上も其を望んでいた、只、父上の場合、取り巻きが煩いから、出来なかっただけだし、」
クレイドは笑顔を浮かべながら、
「有難うございます、殿下、まぁ、殿下なら元老院も文句は言わないと思いますし、」
元老院、父上の影の御意見番達、
当時、私は学生だったから知らないけど、魔導皇ジェルダが公都に嵐を発生させ、彼女は父上と元老院等を震え上がらす程、脅したと彼等は言ってる、
彼女が父上や元老院を脅した、
公都では、皆がそう思っている、
だが、あの事件以降、ジェルダは二度と嵐を呼んでいない。
今は、あの事件は偶然だとか、ジェルダには魔導皇の実力が無いんじゃないか等、いろいろと言われているが、彼女は何を言われても決して反論しない。
結局、我々は魔導皇ジェルダの事は何も分かっていない。
たぶん、彼女の事を一番理解しているのは、教魔省のマークスだけだ。
キャリーが私の顔を見ながら、
「殿下、もう一つお願いがあります、ジェルダ学長と和解した後、『継承の義』に参加していただけませんか。」
「『継承の義』か、懐かしいな、そのくらいなら。」
後ろに控えている、サーンディが厳しい表情で、
「其は、警備上問題が有る、理由を聞きたい。」
サーンディの怖い言い方にキャリーが、ちょっと怯みながら、
「はい、その、記者の方から殿下が直ぐに引き下がったら、魔導皇との関係がわざとらしいので、『継承の義』に一緒に出席した方が良いと、アドバイスを受けまして、」
記者のアドバイス?
「その記者って?」
「はい、ディ・プラドゥのローシィ・レーランド記者です。」
ローシィ・レーランド!
また彼女か、
噂では、彼女は各省庁の隠れた演出家と言われているが、確かに記事に対する演出には拘りが有る、
まぁ、その演出に魔導省も私も助けられたのだが、
「サーンディ、出席は難しいのか?」
サーンディは少し考えた後、
「大丈夫だと思います、一応、舞台の袖に私が待機しています。」
「そうか、有難う、サーンディ」
こうして、教魔省の二人と打ち合わせが終わって、私は、講堂の貴賓席に向かった。
明日は、農魔省のイベントで、上級野牛を飼育している農牧高等学校の高校生と歓談するらしい、
こんな事が一ヶ月続くのか!
・・・
本当に気が滅入る。
入学式は普通に行われ、魔導皇ジェルダの講話は『嵐』で始まり、『嵐』で終わった、彼女は本当に『嵐』が好きなようだ。
彼女が新しい先生を紹介した後、新しい学校事務員の話しをした時、本人は不在なのに学生の中から拍手が起きた。
学生に人気が有るのか?
私は、学校事務員が、あの彼のような気がするのだが、
気になる。
その後、ジェルダが私を紹介して、私が壇上に上がり、学生達に話しをする。
話す内容は何時も同じだ。
言いたい事は、一つ、此の国の未来は若者に掛かっている、古い慣習や馴れ合いではダメだ、こんな話しをするから、私は防魔省の参謀官や元老院の爺共に嫌われる、だが、変わらなければ、此の国の発展は無い。
此の国は、東の隣国、ポワジューレ共和国のように売って外貨を稼ぐ技術も無い、北の北方共和国連合のように豊かな資源も無い、
威張っている軍人が多い此の国では南の自由都市同盟のように、観光と言うサービス産業も育たない。
売れるのは民芸品と、牛と武器を外した軍艦。
金持ちの国が、我が国から武器の無い軍艦を買って、自国の軍艦に改装する。
その金で、我が国は更に新しい軍艦を作る。
軍艦を作る事しか出来ないから、需要は限られている、だから需要を作る為に紛争を起こし、軍艦の需要を喚起する、
公民が決して豊かにならない負のスパイラルだ、父上も此の負のスパイラルにメスを入れようとしたが、
上手く行かなかった。
私の代で、此の国が変わるとは思っていない、だから、私達より若い世代に私は訴える!
諦めてはいけないと!!
そして、自分の可能性を信じて欲しい!!
そうすれば、必ず道は開かれる!!
と、説いて、私の講話は何時も終る。
そして、私は、ジェルダ・ルーバッハの名前を呼び、彼女もクレイドから話しを聞いていたのか、直ぐに壇上に上がり、手を差し伸べながら私の前に来た、
私は、その手をしっかりと握り、
「魔導皇ジェルダ、お久しぶりです。」
彼女は笑顔で、
「ルーナ殿下、本当に久しぶりね。」
そうだ、私は、昔、まだ私が小学生の時、彼女が働いている研究室に見学に行き、彼女を紹介された事を思い出す。
彼女は、まだ二十代後半で若かった、しかし、当時の彼女も、また天候の魔導論を発表した、若き秀才として有名だった事を覚えている。
あの当時の私は、この人に憧れた。
・・・
私は、ジェルダに語り掛ける、
「ジェルダ、貴女と父上の間に、いろいろな事があった事は知っている、だから、父上は何時も後悔しているし、貴女に謝りたいと私に言っていた、・・・その、・・・どうか父上の事を許してはくれないか、ジェルダ」
ジェルダは首を振り、そして私の手を握り締めながら、
「ルーナ殿下、失礼な事をしたのは私だ、私こそ、公皇に謝るべきだった、あの時の私は、『美しき嵐』を、公皇に見せられる、そう思って失敗してしまった、申し訳なかった。」
・・・美しき嵐?
なんだ、其は?
「魔導皇ジェルダ、私には、その、貴女の言う、『美しき嵐』の意味が分からない、だが、もし、貴女がその、『美しき嵐』を起こす事が出来るようになったら、必ず、私にも見せてくれないか。」
ジェルダは、微笑んで、
「私が、その深淵の境地に到達した時は、必ず、貴女に見せる事を約束しよう、ルーナ殿下」
彼女が、そう私に言った瞬間、
会場は、割れるような拍手に包まれた、
此の時、公家と魔導皇の対立は解消された、世間はそう思ってくれる、
そう思えるような、暖かい拍手だった。
そして、『継承の義』
懐かしい、
私は、公女だったから、特に魔導術の才能が無くても、学年代表として、『継承の義』をしなくては成らなかった。
才能の有る者に取っては、ずるい事かもしれない、しかし、才能の無い私には迷惑な事だった。
才能が無くても、しなくてはならない事が有る、私が公女と言う肩書きを生まれながらにして、持っているからだ。
此の重さは、誰にも理解してもらえない、
本当に努力して、練習して、やっと出来た、小さな『玉』。
先生達は、その『玉』を大きくして、私に返してくれた、
私自身も、その『玉』と同じ様に、大きくなった、そんな気がした。
舞台上では、三年生の女子学生が、ジェルダに『雷玉』を投げている。
ジェルダは、その紫の雷光で輝く『玉』を、より大きな白い雷光の『玉』にして返した。
白い雷光!
会場は騒然となり、私も目を見開いた、
魔導皇!
此が、魔導皇の実力の一端!!
そして、二年生の男の子が大きな『炎玉』をジェルダに投げ、彼女は簡単に、その『玉』を直径一メータの白い炎の『玉』にして返した!
白い炎!
またしても、彼女は色を消した!
此は、一体、どれ程の技術なんだ!!
魔導術の才能の無い、私でも、此の魔導術の凄さが分かる!
其をジェルダは簡単にやってしまう。
更に、彼女自身は自分が凄い事をしている自覚が無い、
だから、魔導皇なのか!!
魔導士協会は、彼女に皇の認定を与えたのは間違ってはいなかった。
会場からは、魔導皇、魔導皇の言葉が聞こえてくる。
これ程の実力があるジェルダは、私に、まだ自分は深淵に到達していないと、私に言う。
彼女が目指す深淵とは、一体何れだけ深い世界なんだろう
・・・
私は漠然と、そんな事を考えていると、壇上に可愛らしい女の子が登場した。
?
確か、アルベスト・デューレエード、
アルベストだから男の子だよね。
・・・
そうか、あの髪型か、あの髪型が我が国の価値観からすると、彼を女の子のように見せているのか、
あれは、確か、ポワジューレで流行っている髪型だ。
成る程、
若い子達が、ポワジューレのファッションを好んでいると聞いていたが、
そう言う事か。
確かに、ちょっとお洒落に見える。
我が国にも、新しい価値観が生まれようとしている、
彼は、初々しく、私達に御辞儀をした瞬間、
ドックン!!!!!!!!!
えっ!
何だ!此の嫌な気持ちは!!
『心』か!!
私は、直ぐに、舞台の袖に入る、サーンディ・アーランドを見たが、彼女に変化が無い、彼女は、今の異変に気付いていない、
と言う事は、今のは『心』じゃ無い!
私が新入生に目を戻した時、彼の右手には、
黒い、『玉』
あれは!
あれは!!
そんな、
新入生が、私に向かって、
暗黒の『玉』を投げつけ、
私の体は、動かない、避けられない!
時は、ゆっくりと動く、
黒い、暗黒の『玉』が私にゆっくりと近付いて来る、
サーンディがその場で手を差し出し、
私の前に、『力』の壁が出現し、
『玉』が壁と接触した瞬間、
スコーォン!!
壁が『玉』に吸い込まれた!!
此は、魔導術じゃない!!
此は、
此は、
『大丈夫ダ、』
えっ!?
『右手ヲ出シテ』
此の声は!
あの人の声!
あの人が、
『右手ヲ、』
私は、右手をゆっくりと持ち上げた、
その瞬間!!!
スコォオオオオオオオオンン!!!
小さな白い流星郡が、
暗黒の『玉』に流れ込み!
続いて、翠色の星々が暗黒の『玉』の中心で光輝く白い星に取り込まれながら、『玉』は私の右手の上で回転を始めた!
そして、白い光輝く星が暗黒の『玉』を打ち消し、その大きさが、二倍になった瞬間、
会場からは、盛大な拍手が起こった!
えっ!
拍手?
拍手って、
そうか!
会場は、会場の人達は、
此を、此を、私の演出だと、
思っているのか!
白く光輝く『玉』は、ゆっくりと新入生に向かって移動し、
フゥワアアアアアア
『玉』は新入生に届く直前で消えた!
ドサッ!!!
ダッ!!!
新入生が崩れ落ちて、舞台の袖にいた、サーンディが駆け寄り、
バタバタバタバタバタバタ
先生達も駆け寄った。
サーンディは、先生達を左手で制止しながら、
「大丈夫だ、気を失ってるだけだ、タンカで医務室に運ぶんだ!」
舞台で先生達が、慌ただしく動き、サーンディは私の近くにきて、耳元で、
「殿下、彼は、魔導術を発動する前から意識が無かった。」
私は、サーンディを見詰めながら、
「そうか、分かった」
と答え、
そして、自分の右手を見た、
その、右手には、
彼が、持ち去った、
『星のピアス』が有った。
『星のピアス』!!!
彼が、
彼が、私に、
私に、
『星のピアス』を、
サーンディが、驚いて、
「殿下!?」
その時、私は、
自分が泣いている事に、
始めて、
気が付いた。
始めて、