新学期
魔導暦2035年4月1日
ウェルド公国は春を迎えようとしていた、草花は花を咲かせ、木々にも花が咲き、その花弁は白、赤、緑等、華やかな色彩で咲き誇り、そして、風が吹くたびにまるで、色鮮やかな、雪のように舞い上がっていた。
バルセリアから西の街道の木々も、同様に美しい花弁を道に撒き散らしていた。
此の、街道はゴードバーレン大自然渓谷からバルセリアを抜けて、東のポワジューレ共和国迄続いている。
かっての王国の繁栄の象徴として、通称、王国への道と呼ばれ、
大型魔導機関による魔導汽車が開発される迄は、街道沿いの村落が生産する産物を荷馬車等で王都バルセリアに運ぶ為の重要な街道だった。
現在は魔導汽車に沿って、多くの街々が造られ発展しているが、まだ、僅かだか王国への道沿いにも村落は残っている、
その一つの村、ナルセリア村は家具職人達の村で、アースダコタから良質な木材を仕入れて、家具、民芸品、工芸品等に加工して、バルセリアの市場から世界に出荷していた。
時刻は早朝、一台の赤い魔導二輪車が、王国への道をナルセリア村からバルセリアに向かっていた。
この赤い魔導二輪車には最新のサイドカーが付いているうえ、小型魔導機が前輪、後輪、サイドカーに三つ装着している、三魔筒、三魔力のロートス社の最新型、ロートス3000
運転しているのは、灰色のバルセリア魔導高等学校、二年生の制服を着ている、背は百七十前後、優しい顔の、髪は黒く、パッチリした黒い瞳、
ハルチカ・コーデル
サイドカーに乗っているのは、同じく灰色の制服の赤毛をツインテールで纏たそばかすの美人って言うよりも、少し可愛い女性って言うより、少し幼い娘っ娘
エミリア・ドルネッサ
エミリアは、魔導二輪車を運転しているハルチカに絶えず愚痴っていた。
「学校!行きたくない!!」
ハルチカは二十回を越える愚痴に、
はぁ、
小さなため息を付いた。
ナルセリアのハルチカの家は、一応、家具を造る工房で、彼の父はウェルド公国では多少人気の有る職人である。
エミリアの家は、その隣に工房を持つ塗装職人でハルチカの両親が造る家具の塗装を一手に引き受けている。
エミリアの両親の塗装技術は卓越していて、ハルチカの父が造る家具の人気も、この上品で気品の有る塗装加工が有るからだ。
だから、二人は幼い頃から知ってはいたが、二人共、お互い近すぎて、男女と言う関係をあまり意識する事は無かった。
そして、二人の関係に変化が起きたのは、ハルチカが中学生の二年生、彼が魔導術を使えるようになった時だ、
ハルチカの両親は魔導術が使える、特に父親は木材を『錬』、『炎』、『力』の応用魔導術、『切』を使って細かい造形が施された家具を造る。
ハルチカも、両親から才能を受け継ぎ、思春期が始まった直後に魔導術が使えるようになった。
そうなると、進学はバルセリアの魔導高等学校になる。
エミリアは、その時始めてハルチカを意識した、ハルと別れる。
ハルと同じ高校に行けない、胸が痛んだ。
勿論、魔導工学士の道も有る事は有る、しかし、魔導工学士は頭が良くないと成れないし、難しい、そしてエミリアは頭が良くはなかった。
エミリアは進路を、農牧高等学校の工芸学部に決めていた、工芸学部は魔導機の技術で芸術品を作成する古典的な学部だ。
工芸学部は難しく無く、エミリアは手先が器用だったので、彼女に向いていた。
だが、エミリアも三年の秋に魔導術が使えるようになり、進路を魔導高等学校に変えた。
結局、ナルセリア村から、魔導高等学校に進学したのは、ハルチカ、エミリアも含めて七人、エミリアとハルチカ以外は寄宿する事にし、
ハルチカは、親の手伝いをする事にして、憧れの魔導二輪車を、中古ではあるが買って貰い通学する事にした。
エミリアは、迷ったが、ハルチカから一緒に通わないか、と言われた時、
彼女は直ぐに、そうする事に決めた。
ハルチカとエミリアは一緒に通学する事で、二人の高校生としての生活が始まり、親公認で二人は付き合うようになった。
しかし、直ぐに二人は魔導高等学校に失望する事になる。
高校は荒れていた。
一昨年に公都から来た新任の学長は、公都では有る意味、有名な魔導士で、世界に七人しかいない『魔導皇』の称号を持った人だった。
問題はある意味で有名な事だった。
その年に公都で就職、進学しようとした三年生の先輩達は、学長の推薦状を高額で購入した結果、其が紙屑以下で有る事を知り、その推薦状を見せる事が他校の生徒より遥かに、自分達に不利に成る事を経験してから、
学校は荒れだした。
ウェルド公国では、進路、進学において、学長の人脈、人望が大事であり 学長の地位は高い。
だから、同じような学歴の学生を採用する場合、結局、学長推薦状の序列で決まってしまう事が多い。
何故なら、学長は教魔省が決める重要なポストで、普通の民間人には成れない。
その学界で名前をあげた人や、有る程度の成功者や人格者が推薦されて、学長のポストに就く。
そう言う人達の推薦状だから、価値が有る。
しかし、『魔導皇』の推薦状は公都では価値が無かった。
そして、更に学長は学校作業員を解雇した。
学長は、学校作業員が高校において、本当に重要である事を知らなかった。
本来、学校作業員は人生の全てを知り、多くの事を経験してきた年長者が成る、
時に、若者の知る世界は狭い、若者は自分の廻りだけが、世界の全てだと勘違いしやすく、
特に、思春期の高校生には、その現象が堅調に現れ、暴走しやすい。
魔導高等学校の魔導術を知ったばかりの学生は、危険と隣り合わせの存在で、仮に、彼等が暴走しても彼等と対等に渡り合える人材が必要であり、
高校においては、其が、
学校作業員
の役割だった。
其ゆえに、高校の学校作業員は荒事に馴れた魔導省の退役者が多く、
だから、給金もそれ相応に支払う必要があった。
そして、子供達の抑止力である、学校作業員を解雇した事が何を意味するかを、学長であるジェルダ・ルーバッハは知らなかった。
彼女は『嵐』にしか興味が無かった。
学生達の事を知ろうとは、しなかった。
新入生のハルチカとエミリアは、学校が荒れて行くのを、先輩が荒れて行くのを、ハッキリと見てきた。
此の一年間で、年長者の暴力行為や、嫌がらせが日常茶飯事の学校に愛も期待も無くなり、
そんな、学校が嫌なエミリアだから、真面目なハルチカに愚痴を言い続けるのであった。
ハルチカも気持ちは同じでは有るのだが、彼は、自分が魔導術を使える事を知って喜び、勉強してやがて自分達の後を継いでくれると期待している両親の手前、
学校が嫌いだと、エミリアのように素直に言えない、ハルチカであった。
「だいたい、ハルはずるい!!こんな高い魔導二輪車を魔導省に買って貰って!」
「エミだって、ポワジューレの服を弁償して貰ったじゃないか。」
「だぁーって、あのビルトンのワンピース、学校に着ていけないじゃない、ハルは、此の魔導二輪車、見せびらかせるじゃない!」
いや、そんな事しないから、とハルチカは必死に心の中で否定した。
ハルチカは考える、あの出来事を、
思い返すと、大変な春期休暇だった、スグルさんとの出会い、その直後の魔導船の事故、そしてルーナ殿下。
まるで、他人事のような気がする、あの時、魔導船の落下に巻き込まれた自分達は、絶対死んでいた。
必死に、エミリアだけは、エミリアだけは助けたい、そう星に向かって叫んでいた気がする、
覚えて無い。
気が付いたら、魔導船の医務室だった、そしてルーナ殿下と出会い、ルーナ殿下にその事を話した。
僕もエミリアも、あの時、僕達を救ったのは、魔導士のスグルさんだと思った。
その事もルーナ殿下に話したら、殿下は僕達が事故に巻き込まれた事、スグルさんの事を他の人、両親や友人等にも話さないでくれと言われ、
その代わり、壊れた魔導二輪車を弁償すると言われた、
そしたら、エミリアは自分の破れた服もと騒いでいたけど、
そしたら、次の日、此の魔導二輪車が自宅に届いた、
此れって、
口止め料だよって、言う事だよなぁ、
一応、親にも誰にも、あの時の事は言って無いけど、言ったらどうなるんだろう?
魔導省って良い噂は聞かないし、ルーナ殿下が、絶対、秘密にしてくれって言ってたし、
けど、大丈夫なのかなぁ、エミは口が軽いし、
世間では、あの事故が大惨事に成らなかったのは、ルーナ殿下の奇跡の力だと騒いでいるけど、
違う、
船は牧場に向かって引っ張られるように落下した、そして、あの牧場にいた魔導士はスグルさんだった。
何故、魔導省は、ルーナ殿下は、スグルさんの事を秘密にしようとするんだ?
「ストーーップ!!!」
えっ?
街道を一人歩く、白い男性用の魔導高等学校の制服を着た人影が、ハルチカの瞳に写り、
「わぁあああああああああ!!!」
ハルチカは必死にブレーキを掛け、車体を斜めにしながら、魔導二輪車を止めようとして、
ギギギギギギギギギギギギ!!!!
タイヤと車体が、悲鳴を上げながら、
ズズズズズズズズズズズズ!!!
ピタッ!
「ふぅ!!・・・止まった、良かった。」
ハルチカは安堵して、前の新入生を見た、
「ハル!何、よそ見してんのよ!新学期早々から、新入生を跳ねちゃうところだった・・・えっ!」
目の前に、ブラウンの髪にメッシュが入っていて、ヘアスタイルをポワジューレで流行っているマッシュルームカットにしている、少年のような、少女?がドングリ眼で、此方を見ていた。
ハルチカはゴーグルを頭の上に上げながら、
「君、うちの高校の新入生だよね、何で、王国への道を一人で歩いてるの?女の子の一人歩きは危険だよ。」
エミリアはハルチカに呆れながら、
「バカ、ハル!彼、男の子よ!あれが、今、ポワジューレで流行ってる、ヘアスタイルなの!」
流行に疎いハルチカは、驚いて、
「えっ!そうなの!ゴメン!」
そんな会話のやり取りを聞いて、少し落ち着いたのか、少女のような少年は、
「すみません、先輩、僕、アルベスト・デューレエード、アルって呼んでください。」
其から、三人の挨拶が始まり、
そして、
サイドカーにアルベストが、ハルチカの後ろにエミリアを乗せて、三人は王国への道をバルセリアに向かって走行する。
「じゃ、アルは一週間前に魔導術が使えるようになって、其で急遽、うちの学校に変更したって分けね。」
魔導二輪車を運転するハルチカにしがみつきながら、風切り音の中で、此の可愛い後輩に興味津々なのか、あれこれとアルベストに聞いていた。
彼も、此の最新型の魔導二輪車に乗せて貰えたのが嬉しくて、エミリアの質問に対して気軽に答える、アルベストだった。
「はい、うちドルセリアで、肉の加工をしてるんですよ、だから農牧高等学校に決めてたんですけど、魔導術が使えるなら、魔導高等学校に行けって言うし、」
「そうなんだぁ。」
「ですが、農牧高等学校は寄宿代がタダなんですけど、魔導高等学校は結構するから、御袋が、僕のこづかい減らしたんですよ、酷くないすか、先輩。」
ハルチカは思い出す、自分も中古の魔導二輪車を買って貰った時、半年間はこづかいが無かった。
「ほら、お洒落にも、金掛かるでしょ、だから、節約の為に魔導汽車を途中下車して歩いてたんですよ、そしたら、」
「あたし達のロートス3000に引かれそうになったって事ね。」
あたし達のロートス3000って、何時のまに、ハルチカは苦笑した。
アルは、やっぱりって顔で、
「此の魔導二輪車、ロートス社の最新モデル、3000なんだ、すっげぇ、先輩っちって、金持ちなんですね、確か100万RGはしますよね、」
エミリアは驚いて、
「えっ!ハル!此の魔導二輪車ってそんなにするの!!」
・・・知らなかったんだ、エミは、
「さっすが、ルーナ、
やばっ!!!
ギギギギギギギギギギギギ!!!
ハルチカはエミリアのお喋りを止める為に、おもいっきりブレーキを掛けて魔導二輪車を急停車させた!
ゴチン!
エミリアのおでこが、ハルチカの背中に、
ハルチカは、アルベストを見ながら、
「バルセリアの街に入ったけど、此処まででいいかい、僕達は、親父が持ってる倉庫にこいつを置いてから学校に行くから。」
アルベストは嬉そうに、
「えっ、先輩、僕も一緒に行きますよ。」
ハルチカは首を振りながら、
「いや、新入生は入学の手続きや説明が有るから早く行ったほうが良い。」
「そうっすか、そうですよね。」
彼は納得してサイドカーを降りながら、
「じゃそうします、先輩」
アルベストは嬉そうに、ハルチカ、エミリアに向かって手を振りながら、魔導高等学校の方向に歩いて行った。
エミリアはおでこを擦りながら、
「私達にも、可愛いい後輩が出来たんだよハル!、其に、今年の後輩は特に可愛いって噂だったけど、本当だね。」
ハルチカはエミリアに向かって、
「エミ、此の高価な魔導二輪車って・・・たぶん、口止め料なんだ、だから、僕達は簡単にあの事を他人に話しちゃ駄目だ。」
エミリアは驚いて、
「えっ、ハル!・・・其って・・・」
「あの殿下が、僕達に、あの事を家族にも誰にも言わないでくれって言ったんだよ!普通じゃ無い。」
エミリアは驚いて、
「ハル!其って、」
考えすぎじゃ無い。
本当に男の子って、そう言う設定好きなんだから、
と、呑気に考えている、
お気楽な、エミリア・ドルネッサだった。