教育者
「私が、魔導高等学校の学長?」
魔導通信からのマークスの声は、私に、すまなそうに謝るように響いていた。
「ジェル、本当に済まない、『魔導皇』の君に、高等学校の学長のポストしか用意が出来なくて、」
マーク、私に、謝らないでくれ、私の行く場所が無いのは、公王に嫌われている私を受け入れたら、自分達も公王に嫌われる事を、皆知っているからだ。
「ジェル! 其は違う、公王は、貴女を嫌って無い、逆に信念を持ってる貴女を尊敬さえしている、公王はグラフスタ翁に研究所の後継者に何度も貴方を薦めてくれたんだ。」
公王が、私を、では何故、研究所は閉鎖され、何故、私は解雇された。
「聞いてくれ、ジェル、グラフスタ翁は、貴女が此の研究所にいたら、決して貴女の求めている答えが見付からないと言っていた、翁は貴女は外へ出るべきだと、だから研究所を閉鎖する事を翁は決めた。」
・・・そうか、グラフスタ翁が、私に研究所から外に出ろと、
外に、私の答えを見付けに行けと、
「だから、僕は、翁から頼まれて、貴女の行く先を探したんだけど、その、・・・」
はっきり、言ってくれ、マーク。
「・・・あの事件で、皆は、貴女を恐れているんだ、もし、貴女を怒らせたら、だから、公都では、・・・」
・・・
そうか、皆は、私が怖いのか、・・・だから、グラフスタ翁は、私に研究所を継がせなかったのか。
「ジェル、バルセリアの魔導高等学校は確か、君の母校だった筈だ、其に、バルセリアなら、君の事はあまり知られてないから、きっと旨く行く、だからお願いだ、ジェル、此の話を受け入れてくれ。」
・・・マーク、私には、今、諸外国から色々と話が来てる。
「ジェル、分かってる、だから、僕は君に此の話を受けてくれと、お願いしている、頼む、ジェル、外国には行かないでくれ!」
・・・マーク、その言葉は、公人としての立場から出ている言葉なのか、其とも、個人としての話なのか、
「ジェル、・・・僕は、・・・両方だ。」
・・・両方、
マーク、・・・貴方は本当に変わらないな、此処は、僕の為にと言う処だぞ、
「ジェル、僕は、僕は、君に嘘は付けない、」
・・・そうだな、マーク、貴方は嘘が下手だった、昔から、其で、良く次官に成れたもんだ。
「ジェル、」
彼と別れて、十五年、私達の関係は変わっていなかった、
あの時の彼は優しかった、優しすぎて、私の前から距離をおいた、
そして、今の彼も優しかった。
我儘なのは、私だ、
分かっている、
私が、凄く、我儘な事を、
そんな彼が、私に、
初めて、行かないでくれと、
言ってきた、初めて、
マーク、
こうして、私は、バルセリアの魔導高等学校の学長に成る事を決め、魔導暦2033年の4月に学長となった。
だが、私は甘かった、世間を余りにも知らなかった。
学長は学校の経営者だ、五十人以上の先生と職員、六百人以上の生徒、そして設備、その維持費、学校を運営していくのには莫大な金がかかり、其に対して、国から支給される資金は圧倒的に少く、人件費で無くなってしまう程度だ。
赴任すると、直ぐにその現実に直面した、私は、当時の学校事務長のガーリックス・コールセンに、今まで、どうやって此の学校を運営してきたのかを聞いた。
「学校債?」
ガーリックスは、私に丁寧に教えてくれた、此の国の教育法は寄付を禁止している、しかし、学校が何かを販売する事は許可している、其処で、『学校債』を売る学校が多いんだそうだ。
此の学校の生徒の親は金持が多く、子供に結構な金を平気で出すんだそうだ。
「学長の推薦状?」
「はい、公都で仕事を捜すにしても、進学するにしても、学長の推薦状が有ると有利なので、『学校債』の特典として、普通に推薦状を付けます。」
・・・私の推薦状、
・・・公都で、嫌われている私の推薦状が果たして、役に立つのか?
「・・・仮に、私の推薦状を、私が嫌いな人が見たらどうなるんだ、ガーリックス。」
ガーリックスは首を傾げながら、
「『魔導皇』の学長を嫌うんですか?」
「仮に、仮にだ。」
「・・・まぁ、私だったらそんな学生は採用しませんね。」
・・・たぶん、そうなる。
「じゃ、其を知った生徒の親は、其でも『学校債』を買ってくれるのか?」
ガーリックスは首を振りながら、
「いゃー、其を知ったら、誰も買わないんじゃ無いんですか。」
・・・
「そうなったら、此の学校はどうなるんだ。」
ガーリックスは暫く考えた後、
「此の学校は終わりますね。」
・・・終わる。
ガーリックスは笑っていた、そんな事は起こりませんよと言って、
だが、夏期休暇が終わり、秋季学習が始まる頃には、その問題が現実となった、
私の推薦状は紙くずになって、三年生の親達は激怒して、私にくってかかってきたが、私は相手にしなかった。
その結果、冬季学習が始まる頃には、本来、二年生の親が買う『学校債』が殆ど売れず、
本当に学校の経営は苦しくなった。
此の学校の生徒も親も、別に此の学校を愛してるわけでは無かった、また、私も、此の学校を愛してるわけでは無い、
マークとの約束の任期が終わったら、此の学校を去ろうと思っていた。
だから、経営が苦しいなら人を減らせば良いと考えて、学校作業員を解雇し、
学校事務員の給与を下げた。
そしたら、学校事務員の三人が此の学校を止めた。
答えは単純だ、
・・・人は他にもいる。
新しく給与の安い人を雇えば良い、
学校事務長がいなければ、他の人にその役職を任命すれば良い。
此で、学校の問題は解決する。
簡単な答えだ。
学長と言う肩書きだけの私は、生徒も、先生達にも興味を持つ事無く、『嵐の魔導回路』の研究に没頭した。
季節は春、魔導暦2034年の4月、学校の経営は依然苦しかった。
そして、その頃からだ、学校が荒れだしたのは、
研究に没頭していた、私でも、流石に気が付いた。
学校の至る所で落書きが散乱し、私の悪口も多かった、たぶん、卒業した3年生が書いたのか、
私は、先生や生徒の誰かがやがて消すと思っていた。
だが、誰も消す事はしなかった、そして落書きは増え、校舎や教室はどんどん汚れていった。
新しい学校事務長のエルデシィア・ガーランドは、学校作業員が来てくれたら学校は綺麗になると言うが、
勿論、仕事紹介場で募集はしている。
だが、何故、こんなにも学校は荒れて行くんだ、こんな汚ない学校で先生も生徒も勉強が出来るのか?
私は、彼等に興味を失い、余計、研究に専念する事にした。
そして、その年度の終わりの春期休暇、3月29日の夕方に山から降りて、アースダコタの自宅に戻ると、マークから魔導通信が入った。
ルーナ殿下が視察!
「ああ、何とかお願いして、君の高校を、君が学長として働いている処を見てくれと頼んだ、世間は君と公家が対立していると思ってる、殿下と君が仲良くしている記事が出れば、君のイメージも変わる筈だ。」
マーク、だが、殿下は北方だぞ!
「?そうか、君は山に居たから知らないのか、殿下は今、バルセリアにいる、殿下の船がバルセリアの近郊の牧場に落下したんだ。」
落下!最新鋭の魔導船が!何故!
「魔導省は故障と言ってるが、防魔省も動いてるから、只の故障じゃ無いなぁ、外国の工作員の仕業かも、今回は我々にも情報が降りてこないんだ、只、ルーナ殿下は一月の休暇を取って船を動かさないから、問題は無いと思うよ、ジェル。」
マーク!その話を断ってくれ!!
「無理だ!ジェル!此は我が省の面子も掛かってる、其にキャリーが君の処のエル君に準備するように既に伝えて有る、君は何も心配する事は無いと思うし、エル君は優秀だよ。」
マーク、
違うんだ、今の学校を見たら、君は絶対、私に失望する、
と、マークには言えなかった。
「其に、当日はキャリーと彼女の上司のクレイドが君をバックアップする、安心してくれ。」
そう言うと、マークは通信を切った。
次の日、私は始発の魔導汽車に乗ってバルセリアに向かった、此処からだと着くのは翌日の早朝になる、
確かに、エルはマークが言うように優秀だ、教魔省に提出する書類をたった一人で作成しているし、
其に、彼女は、あの魔導高等学校を愛している、
私は、
いったい、
・・・私の何が悪かったのだろう、
・・・
分からない。
早朝の薄暗い天界に星は美しく輝き、私は星達に問い掛けた。
私は、私は此の二年間、給与を貰って無い、全て学校の経費に振替てきた、
あの、荒れた学校にそれだけの価値があったのだろうか、
私には、
分からない、
だから、星よ、私に教えてくれ、
・・・
星は、私の問いに答えず、只、美しく輝いていた、日が上り、その姿を消す迄、
・・・
・・・そうだな、残った貯金を使って、出来る処だけでも綺麗にしよう、
其が私に出来る、此の学校での最後の仕事かも知れない。
其が、私に出来る精一杯だ、許してくれ、マーク。
翌日の朝、私は急いでバルセリア魔導高等学校に向かい、事務棟にいるエルに、直ぐに人を雇って綺麗にしようと言うつもりだったのだが、
彼女は居なかった。
校舎か、一人で掃除をしているのか、
私は、急いで校舎に向かった、
校舎の扉を開け、エルに向かって、
「エル!大変だ、ルーナ殿下が、此の学校を視察に来る!えっ!!」
私は気が付いた、
学校が、
学校が綺麗になっている、
綺麗だけじゃない、
私の故郷の大自然の美しさがそこにあった。
私は、その景色に見とれた。
「ジェルダ学長!!!」
私は、エルの大声で我に帰り、エルの横に見知らぬ男性がいる事に気が付いた。
私は、彼とエルに私の部屋で話を聞いた。
彼の名前は『スグル・オオエ』、少しふっくらとしているが、とても魅力的な男性で、どうやらエルは彼にゾッコンのようだ。
分かる気がする。
私も、彼に見とれて、自分の名前を言うのを忘れてしまった。
悪い人では無い事は、一目見れば分かる、しかし、一応、経歴は確認する必要が有るから、私は、彼に就労記録板を見せてくれと言った。
・・・彼の経歴は、何も記載が無かった、特記に異国人と記載されている以外は、
異国人で有る事は、彼の見た目から直ぐに分かる、バルセリアは三方が国境だから、簡単な手続きで入国出来るし、第三種労働なら異国人の採用も可能だ。
そして、学校作業員は第三種労働だ。
彼が採用された日が3月24日、そして今日が3月30日、
6日前、
「済まない、この記録では、君の雇用は六日前になっているんだが?」
と私は彼に聞いたら、
彼の代わりにエルが、
「はい、スグルさんとは六日前に雇用契約を結びました。」
と嬉そうに答えた、
やはり六日前、
なら彼以外にもエルは人を雇って、此の学校を綺麗にしたのか、
その費用は幾ら掛かったんだろう、
私の貯金で足りるのだろうか、
「そっ、そうか、じゃ、エル、彼以外に、何人雇ったんだ?」
エルは、?と言う顔をした、
「はい?学校作業員は彼一人です、彼以外、学校作業員の申し出は有りませんけど、」
私は、そんな事を聞いてない、
「そうじゃ無くて、此の学校を綺麗にするのに、臨時で何人、人を雇ったかを聞いてるんだ。」
エルは驚いて、
「一人も雇っていませんけど、」
私の聞きたい事が伝わらない、
あの荒れた学校を、六日で、これ程綺麗にしたんだ、大勢の人を入れて綺麗にした筈だ、たぶん、其を指示して実行させたのが、彼か、彼が雇ったのか?
私は、エルに単刀直入に聞いてみた、
「一人もって、此の学校を六日で、綺麗にするのに、一人の筈が無い!」
その時、彼が口を開いた、
「すみませんが、ジェルダ学長、エルさんは正しい、此の学校は、俺が、一人、六日間で綺麗にしました!!」
・・・
えっ!
「君が、」
嘘!
「・・・一人で」
バカな!
「・・・六日で、此の学校を・・・綺麗にしたのか!」
彼は、エルに目配せをしながら、
「まぁ、魔導機、使いましたけどね。」
とさらりと言った。
魔導機?
どんな魔導機を使えば、たった一人で此の学校の校舎を六日で綺麗に出来るんだ!
私は、彼に聞いた、
「その、魔導機とは?」
彼は、少し困ったような表情で、
「まぁ、たいした魔導機じゃ有りませんよ、家庭用のペンキ缶とシャワーを改良して貰った、掃除道具です。」
えっ!
ペンキ缶って、
色が五色しか作れない、安物!
あれで、どうやったら、あんな、大自然を表現した色が出せるんだ!
彼は、改良したと言った、
一体、どんな改良をしたんだ!
その、改良に彼はどれだけの費用を掛けたんだ!!
私は、少し落ち着いて、彼に、
「その改良に幾ら掛かったんだ!」
と聞いてみた。
彼は、ちょっと慌てながら、
「まぁ、全部で二十万RGかな、」
えっ!
・・・
二十万RGって、
バカな、
安すぎだ!!!
少なくとも、あの色、光沢、貴賓、見ているだけで吸い込まれるような色合い、本当に風が吹いているような錯覚を起こす程の色彩が、
たった、 二十万RGだと!!!
魔導機で複雑な色を作成するのに、作成出来る色数を増やせば増やす程、魔導回路は複雑になり、魔導回路の量も多くなる、
あの色彩は、一千色以上は有る、もし其を全て魔導機で作ったなら、
回路作成費用だけで、二千万RGはする!!
さらに、三階建ての校舎が4棟、壁一面を塗るのと訳が違う!!!
其を、六日間で、彼は、
一体、彼は、
何者なんだ、
彼は、何を勘違いしたのか、慌てて、
「あっ、大丈夫ですよ、学校には請求しません、私物ですから、二十万ぐらいは、俺、持ってましたから。」
えっ、
請求、私物って、
違う!
「いや、そう言う事じゃ無くて、」
私が言いたいのは、その魔導機の価値だ!
君は、その魔導機の価値を知ってるのか!!
私が、その事を言おうとした時、私の前の椅子に座っていた彼は立ち上がって、
「あっ、学長、すみません、俺、今日中に宿舎、綺麗にしないと、寝るとこ無いので、失礼します!」
えっ!
ちょっと、
彼の横に座っていたエルも、立ち上がって、
「すみません、学長、教魔省に提出する書類は、出来たんですけど、今日、発送しなくちゃいけないんで、失礼します!」
バタン!
・・・
二人は出て行ってしまった。
私は、一人、部屋で今の話を何度も繰り返し考えてみた。
学校を、輝くような美しくした、『魔導機』
・・・
其は、
完全に世紀の発明だ。
彼は、一体、何者なんだ。
翌日、先生達が学校に戻って来た。
勿論、綺麗になった学校を見て、先生達は愕然とし、エルは先生達の質問責めにあった。
騒ぎを静める為に、私は彼を早く先生達に紹介する事にし、
先生達と私は、中庭に集まり、エルは、彼を呼びに行った。
先生達は、此の学校を六日間で綺麗にした、エルが熱く語る、素敵な学校作業員に期待し、興奮していた。
しかし、
エルが連れて来た彼は、
昨日の彼では無かった。
本当に、普通の異国人?
「えーと、・・・スグル君、何か・・・昨日と印象が違うんだが?」
彼は、慌てて、
「学長!気のせいです!!此が、俺です!昨日は学校が余りにも綺麗になったんで、学長の目には、全ての物が、全ての人が綺麗に見えたんです!!!」
?
・・・そうなのか?
錯覚?
取り合えず私は、昨日とは別人の彼、『スグル・オオエ』氏を先生達に紹介し、先生達は現れた、彼が、本当に普通の異国人だったので、完全に興味を失い、其々の研究室、教室、に戻って行った。
私は、一人、中庭に残って考えていた、
何故、彼の印象が、たった一日で激変したんだ。
確かに、有れが彼の本質なのかも知れない、
では、昨日の彼は、『心』を使って見た目を操作していたのか?
嫌、見た目は変わっていない、
・・・
何かが消えている、
そんな、違和感だ。
何が、彼から失われたんだ?
『スグル・オオエ』
君は、一体、何者なんだ?
私は、何時迄も、
彼の事を考え続けていた。