ジェルダ・ルーバッハ
「転入生が六人、新規の先生が三人もですか、ジェルダ学長!」
「あぁ、教魔省からの連絡がきて、交換留学生と研修教員を受け入れてくれと言われた、彼等は明日、此の学校に来る、エル、彼等の寄宿舎の準備と受け入れ手続きを頼む。」
学校事務長のエルデシィア・ガーランドは、首を傾げながら、
「急ですね!其に9人も、一体どうしたんですか。」
「明日、殿下が此の学校に視察に来る、其に合わせて、各国の留学生を此の学校に集めれば、各国にも我が国の教育制度の素晴らしさが伝わる、そう、教魔省は考えたんだ。」
エルは頷きながら、
「・・・分かりました、学長、では、私、直ぐに準備します。」
と言って彼女は私の前から急いで立ち去った。
昨日、教魔省から留学生と研修教員を受け入れてくれと、連絡が私のもとに来た。
今日は、3月31日、明日は、4月1日、その日の入学式に殿下が出席する。
私が、その事を知ったのは3月29日の夕方、此の街と中央山脈の真ん中に有る、ゴード・バーレン大自然渓谷に有る、私の自宅でだ。
私は学校が休校になると、此のバーレーンの山々を歩きながら、私の魔導術、『嵐』の研究をしていた。
世間は、私の事を、
『嵐のジェルダ・ルーバッハ』
と呼び、私に、魔導皇の称号をくれた。
そして、その称号を貰った時から、私の人生は少しずつ狂い始めた。
嫌、もっと前からかも知れない。
私はゴード・バーレンの小さな村落、アースダコタの本当に普通の両親から生まれた。
此の村は林業で生計をたてていて、私の両親も、山を幾つも持っていた。
両親は、木々の管理、伐採、出荷と毎日が忙しく、幼い私を連れては、山々を渡り歩いていた。
私にとって、美しい自然が日常だったから、此の地に来る観光客のように、此の大自然を見ても感動する事は無く、逆に見た事も無い、大都会に憧れるのは、必然だったような気がする。
しかし、此の大自然の中で、たった一つ私が気に入った事は、
それは、嵐の日の大自然の美しさだった。
その日、私と両親は、山の天候が急に変わり、その変化から山暮らしの経験豊富な両親は嵐が来る事を予想して、無理に下山する事を諦め、山小屋で一泊する事にした。
それは、幼い子供の私にとって初めての経験で、山の頂きで見る嵐がどんな物か想像も出来ず、只、怖くて両親にしがみついて、震えていた自分を、今でも思い出す。
その当時の両親は、山小屋の重要性を理解していて、避難小屋としての山小屋を幾つも持っていた。
私達が避難した山小屋も、しっかりと管理されていて、二週間分の保存食とシャワー、魔導暖房機、其にベッドに寝具まであった。
実際、嵐が来なかったら、少しの間なら、其処に住んでも良いと思ったくらい素敵だった。
そして、その夜、嵐が私達のいる山小屋を襲い、山小屋はその突風に震え、世界は荒れ狂う雷雨により、光り輝いた。
嵐が来る前は、震えていた私も、山の嵐の壮絶な光景は、恐怖を通り越して、一つの感動を私にもたらし、
その時程、世界が美しいと思った事は無かった。
雷光が目の前の窓ガラス越しに、激しく躍り狂い、その後から来る、雷音が壮大な交響曲を奏でている、
そう言う、感覚が私に沸き起こっていた。
世界は、私、一人となり、私の廻りには、嵐しか存在しない世界となった。
私は、何時しか、嵐の声を聞き、嵐の真の姿を見ようと、意識が嵐の中へ、中へと入って行く自分に気づいた、
嵐が、私に何かを伝えようとしている!
一体、何なの!!
何を、何を私に伝えようとしてるの!!!
後で、両親が言うには、その時の私は、必死に外に出ようとしていて、止めるのに、大変だったと私に語った。
両親は、私が嵐に魅入られたんだと教えてくれた。
幼い子供の中で希にそう言う子が出て、嵐がその子を連れてってしまう、そう言う伝説が有る事を話してくれた。
嵐に魅入られる、確かにそうかも知れない、
その時の私は、嵐から浮かび上がる模様を忘れないように、必死に目で追っていた、
あれは、嵐が私に伝えようとしている言葉、私はあれを覚えなければ為らない!
必死だった。
時が立つのも忘れる程、必死だった、
そして、其が、『嵐の魔導回路』で有った事は、
後で知った。
そして、嵐が去った時、両親は私が泣いていたと言う、私は、その時の自分を覚えていない、
只、理解出来た事は、その日から、私の世界は、今までとは違った世界に変わっていた、と言う事であり、
私は、魔導術が使えるようになっていた。
アースダコタの地元の小学校、中学校に進学した私は、地元では魔導術の天才とちやほやされながら、十五歳になった。
そして、当然、私は公都の魔導高等学校に進学する予定だったのだが、両親は地元から魔導汽車で2日掛かる公都より、1日のバルセリアの魔導高等学校を薦めて、
私は、東のバルセリアの魔導高等学校に寄宿する事になった。
そして、其処で私は、世間の大きさを知った、地元では天才でも、魔導術が出来る子供が沢山集まれば違う、此処では私は天才では無く、只の凡人だった。
たぶん、両親は知ってたのかも知れない、公都の魔導高等学校には、本当の天才達が集まり、私がもっと傷付く事を、
其処で、私が如何に、無知で有る事を知った。
その年のバルセリアの魔導高等学校には天才が集まって来ていた。
幼い頃、両親を違法魔導士に殺され、その時、髪が白髪となった、目の赤い、ルーフェンス・ガイアード。
彼は当時から、魔導5元素、力、磁、雷、炎、光の天才で、格闘魔導術に於いて、彼に敵う人はいなかった。
噂では、彼は『心』も使え、人の心が覗けると恐れられていた。
魔導回線の発明者、ラーンドル・リーガイス、彼は在学中から極小の魔導回路を研究していて、卒業後、その技術で作られた魔導回線を各家庭に引く事業を立ち上げ、大成功した。
その天才達の中で、私は、嵐が好きで、天候の魔導術を研究している、パッとしない女の子だった。
取り分け、目立たない、三年間が過ぎると、私は両親の援助で、公都の魔導大学に進学し、本格的に天候の研究をするようになった。
魔導術で天候を操作する事は複雑で膨大な魔導回路を同時処理する事であり、其は正しく神の御業に挑戦する事であった。
『嵐の魔導回路』に魅入られた私は、その美しい回路を思い出す度に、其を再現しようと試みるも、上手くいかず、その度に、一体、何が悪かったのだろうと自問自答を繰り返し続けた。
自問自答の繰り返しで10年の歳月が過ぎ、私は二十二才になっていた。
大学時代に研究し、作成した、『風雷雨の魔導論』は、学界で高い評価を受け、特に、雨を操作する魔導回路の発見は、世界の農業の在り方を一変させた程だった。
『雨の魔導論』は、『炎』の応用による、大気の温度差から生じる雨の魔導術で、規模は小雨程度の物であったが、
『練』で作成する水と違い僅かな魔素で、雨が降り、雨から水を得る事が出来るのは、魔素の少ない場所でも農業が出来る事を意味していた。
其は、食糧難の解決への答えである事に気付いた人々は、其の魔導論が引き金に世界中で本格的な降雨の研究が始まった。
此の時点で、私はある程度の名声を得ていたのかも知れない、けど、其は、私にとっては、私が追い続けている『嵐』の副産物にしか過ぎず。
私は、納得してはいなかった。
大学を卒業した、私は、農魔省の強い勧誘を断って、教魔省の環境魔導研究所に入った。
環境魔導研究所は上級魔導士グラフスタ翁が所長の、所員が四人だけの小さな組織で、大気の魔素の量と其に対する、自然と環境の影響を研究する組織だった。
私は、其処で、『嵐の魔導回路』を起動する為の、必要な魔素の量を来る日も、来る日も計算していた。
そして、私が二十四才の時、同じ教魔省の職員である、
マークス・トレントン
と出会った。
私は、彼からの申し出から、彼と付き合うようになり、
その関係は二年間続いた後、其処で終わった。
彼が、最後に言った言葉は、私の心は、あの幼い日に見た、『嵐』に連れ去られている、其だけだった。
その言葉で、私は初めて知った、私は、自分が、あの日、あの嵐に、
連れ去られていた事を、
彼は、正しかった。
そして、更に、私が研究所に来て十年の歳月が過ぎた。
私は、二十年の歳月を賭けても、あの日に見た『嵐』の魔導回路を発見する事は出来なかった。
私が、三十四才の時、
その年、前公王、
オーゥル・ウェルド
が崩御し、
現公王、
ダブレスト・ウェルド
が公王になった。
彼は、国の財政の建て直しに真剣に取組、防衛費以外の全ての国の予算を見直した。
その時、国の役所、及び、研究機関は統廃合が行われ、環境魔導研究所もその対象になり、私達は、若き公王に呼び出され、
私を含めて、研究所の所長と所員は公都の公邸の執務室に伺った。
其処には、ダブレスト公王を中心に議会の重鎮、財魔省の幹部、執政官等が、私達の前の、書類が山積みの大きなテーブルの椅子に座り、財政削減に向け、熱く議論をしていた。
その時、私達の正面に座っている若き公王、ダブレスト・ウェルドは機嫌が悪く、私を見るなり、
「ジェルダ・ルーバッハ!! 貴方は、一体、何を今までしてきたんだ!!」
私を怒鳴る彼に、私は、彼は一体何が言いたいんだろう?そう思った。
私は、彼の真意が分からず、
「公王、私は『嵐』の研究をしています。」
と素直に答えた。
私の答えを聞いた、ダブレスト公王は呆れて、
「嵐?嵐だと!そんな下らない事に十年以上も、貴方は分かっているのか!貴方程の人がもっと、公民の事を思った、そう言う事を研究していてくれたなら、今の公国はもっと豊かになった筈だ!!」
私は、彼の言葉に衝撃を受けた、私の、私の、『嵐』の研究が下らない!
・・・下らない!!
「嵐等、神が作る奇跡!人の手でどうにか出来る物じゃ無い事を、貴方は十年たっても気付かないのか!!ジェルダ!!!」
彼は、何を私に言っているんだ、・・・そうか、彼は、私の研究成果を見たいのか。
そうか、公王は、『嵐』が見たいのか。
私は、彼に言った、
「公王、貴方に『嵐』をお見せしましょう!」
其は、私の人生を否定した、公王に対する、静かな怒り。
私は、『嵐の魔導回路』を起動した。
その瞬間、公都の上空に巨大な魔導回路が出現し、公都は騒然となった。
私は、その魔導回路を高速になぞり、魔導回路は赤く発行しては消え、次々に、魔導回路が生まれては消えていった、
私の上司であり、所長であるグラフスタ翁が叫んだ、
「止めるんだ!ジェルダ!!」
だが、私は確信した、今なら出来る、今なら出来るんだと、
私の『嵐』が!!!
その瞬間、
ガラガラガラガラガラガラドシャーン!!!
公都の上空に黒い渦巻く黒雲が発生し、豪速の暴風雨が公都を中心に直撃した!
ドガガガガガガガガガガガ!!!
その時、公邸の窓硝子は全て砕け散り、暴風と雨が執務室に吹き荒れた!!
舞い上がる書類、
床の絨毯は、雨でずぶ濡れとなり、
私は、その黒い暴風雨、黒い嵐の中心に立ち、恐怖で震えている官吏達を、冷たい瞳で見詰めていた。
失敗だった。
私の『嵐』は、こんなにも、醜い嵐じゃない、
私が、求めていた物は、こんな嵐じゃない。
もっと、美しく気高い物だ。
「止めろ!!ジェルダ!!」
グラフスタ翁が、私を揺さぶりながら、耳元で怒鳴り、
その怒鳴り声で、初めて、私は正気に戻った。
直ぐに『嵐の魔導回路』の折り畳みを開始し、回路が一つ、また一つ折り畳まれる度に、嵐は徐々に小さくなり、全ての回路が折り畳まれた瞬間、黒い嵐も大気の中に消えた。
残ったのは、私を恐怖の目で見ている、ずぶ濡れになった同僚の研究者と、目の前の椅子にしがみつきながら、寒さと恐怖で震えている、やはりずぶ濡れになった官僚達、
公王は、椅子に深く腰掛けて、悲しい瞳で私を見詰めた後、
「・・・もう下がってよし、『嵐のジェルダ』」
と、一言だけ、私に声を掛けた後、私達を残して執務室から退出した。
その時より、私は、『嵐のジェルダ・ルーバッハ』、と呼ばれるようになった。
そして、魔導協会は私を『魔導皇』に認定した。
しかし、その七年後、グラフスタ翁が研究所を退任した後、環境魔導研究所は閉鎖が決まり、
私は、失業した。
教魔省で次官まで出世したマークス・トレントンから、私に魔導通信で連絡が来たのも、私の失業が決まった、その日だった。