エルデシィア・ガーランド
私の名前はエルデシィア・ガーランド、バルセリア魔導高等学校の学校事務員をしている。
私は、旧市街で生まれた、黒い髪に青い瞳が特徴の生粋のバルセリア人、
バルセリアの街はウェルドの民が住む西の新市街 とバルセリアの民が住む東の旧市街に別れている。
バルセリアは三百年前、バルセリア王国と呼ばれた、独立国家だった。
ロートスが、大型魔導機の開発に成功した時、隣のウェルド公国は大型魔導機による、軍艦を世界に先駆けて開発し、その魔導軍艦の力で周辺諸国を吸収合併して出来たのが、現在のウェルド公国。
かってのバルセリア王国は、三国に囲まれ、貿易と流通の拠点として、そして広大な牧草地帯だから放牧が盛んな、とても豊かな国だった。
だから、ウェルド公国は此の地を喉から手が出る程欲しがったのだが、中央山脈に仕切られた立地が邪魔をしていたのが三百年前。
しかし、魔導軍艦の登場で、世界は大きく変わり、地の利が無くなった事により、ウェルド公国は危険な周辺諸国、豊かな周辺諸国を次次に吸収し、ウェルド公国は西の大国になった。
ウェルド公国に対抗する為に、北の共和国は連合して、北方共和国連合が出来た。
南の都市群は、同盟を結び、自由都市同盟を宣言した。
東のポワジューレ共和国も、ウェルド公国に対抗して、魔導軍艦を開発し、ウェルド公国の侵略を牽制した。
其が、二百年前、
世界が均衡し、平和と秩序が生まれると、軍艦は要らなくなる。
でも、ウェルド公国は軍艦を作り続けなくてはならないから、国費の60パーセントが国防費と言う歪な国家になってしまった。
更に、お金が掛かる教育も国有化した為、国の予算は火の車と成った。
国の財政がそんな状況だから、巨大な軍艦の開発に異を唱えたのが、ルーナ殿下だ、殿下は防魔大学時の論文で巨艦巨砲主義を否定し、防魔省と真っ向から対立した。
この対立に頭を痛めた公王は、殿下を、もう一つの時代遅れの魔導省に配属して、鞘を納めようとしたのだが、
殿下は、魔導省で、最新鋭の高速戦艦を、防魔省の軍艦の十分の一のコストで開発して、大きな戦果を上げてしまった。
だから、国民のルーナ殿下の人気は物凄く、その人気に防魔省以外の省庁が乗って、次期の、防魔省の予算を少しでも削り取ろうと必死になった。
そして、教魔省は休暇中のルーナ殿下に、バルセリアの学校を視察して貰い、教育の大切さ、重要性を全公民に訴えて貰う事にした。
と、殆ど、不眠不休で教魔省に提出する書類を作成していて、頭がはっきりしていない私に、教魔省の知り合いから、魔導通信で連絡がきた、
・・・
えっ?
ルーナ殿下が視察?
忙しいルーナ殿下が何故、こんな東の片田舎に来るの!!
『何、言ってるのよ、エル、ルーナ殿下そっちにいるじゃない。』
えっ!
殿下が北じゃなく、此方にいるって
嘘!!
『エル、あんた、魔導新聞呼んでないの、殿下の高速戦艦が連戦による魔導機関の故障で、そっちに不時着したの知らないの?』
・・・知らない!
『修理する間、ルーナ殿下が一月の休暇取るから、各省庁、殿下の奪い合い、うちもやっとの事で押さえたんだから。』
押さえたって、
『で、視察する高校、あんたの所に決まったから、視察する日は入学式、出席するのは、私と、私の上司と殿下。』
・・・
ええええええええええええ!!!
「キャリー!駄目!!駄目!!うちは絶対駄目!!!視察するなら、隣の農牧高等学校にして!!!」
『何言ってんのよ、エル、牛と一緒の殿下を見ても、公民に受けないし、あんたんとこは、魔導皇、嵐のジェルダ・ルーバッハがいるじゃない。』
・・・学長!!!
とっても、駄目駄目な学長!!
『いい、エル、ジェルダと殿下のツーショットのシーンが必要なの、準備しといてね、魔導新聞の記者も沢山来るわよ、宜しくね。』
・・・
・・・
此の学校は、
・・・
終わった。
私は、汚れと落書きだらけの学校を見詰めながら、呆然として座りこんでいた、
ルーナ殿下が此の学校の惨状を見たら、教魔省の役人が、キャリーが見たら、
・・・
激怒する筈だ、
・・・
・・・
そしたら、
・・・・
此の、学校は潰される。
私は、此の学校の卒業生だ、此の学校で、多くの事を学び、多くの友達が出来た。
だから、私は此の学校を愛していた。
魔導術の才能も、魔導工学の才能も無い私は、此の学校の学校事務員に採用が決まった時、私は、本当に嬉しく、幸せだった。
そして、私の上司も、先輩も優しく、立派な学校作業員がきっちりと学校を守ってくれていた。
そして、其が変わったのは、二年前、世間では、魔導皇、『嵐のジェルダ・ルーバッハ』と呼ばれる人が、此の学校の学長になった時からだ、
彼女は、此の学校を愛していなかった。
子供達が好きでは無かった。
そして、
「えっ、ベーゼルさんを解雇、」
「そうだ、彼は学校作業員としては給料が高すぎる、エル、今の此の学校の状況では彼を雇い続けるのは無理だ。」
私は、愕然とした、
「私は、前の学長のように奉仕では働け無い、研究にも金が掛かる、更に、先生の給料、君達の給料、だったら誰かが犠牲になって貰う。」
学長のジェルダは、私達に冷たく言い放った。
「私も、一年間は我慢してきた、だが、もう限界だ、彼とは話し合い、了解して貰った、学校作業員は新しく募集する。」
その時から、学校は変わった。
上に立つ人の、心が、気持ちが、思いが、その組織に、その集団に反映される。
学校は、荒み、荒れだした。
消しても消しても、書き込まれる落書き、汚れていても気にしない生徒達、
全てに無関心で、自分の事にしか興味を持たない先生達、
私の上司も、二人の先輩も此の学校を嫌になり、去って行った。
私は、一人になり、其でも、此の学校を守ろうとして来た。
新しい学校作業員は、一年たっても応募する人は無く、
・・・
もう限界だ。
・・・
私は、校庭に一人、満天の夜空で泣いた。
助けて、
助けてと星に願って、
泣き続けた。
泣きはらして疲れた私は、事務室の机でうたた寝をしていた、そんな私に、魔導通信で、仕事紹介場から連絡がきた、
学校作業員の希望者が、来ると!
・・・
奇跡が起きた!
兎に角、その人、そのお爺さんに、少しでも、此の学校を綺麗にして貰おう!!
・・・
扉を開けた、その時、
私の、時間は止まった。
・・・
「俺の顔に何か着いてますか?」
はっ!!!
私は、彼に見とれてた!
「すっ、すみますん!てっ、てっきり、お年寄りが、学校作業員に応募して来たと思って!」
私は、慌てて、分けの分かんない事をしゃべって、彼に自分の事を紹介する事も、忘れてしまった!
彼の名前は、
『スグル・オオエ』
異国の人だ。
歳は、私と同じ二十前半に見える、背は百八十を越えて高く、蒼みがかった短い黒髪は、此の国では珍しい清潔感のある緩いパーマに、固めていないサラサラとした艶の有る髪、瞳は濃い群青色、少しふっくらとしているが、とても、とても魅力的な人だった。
私は、憧れた、此の人なら、私を助けてくれる、絶対助けてくれる!!
彼は、私に聞いてきた、
「其って、採用って事ですか?」
採用? 私は思わず、
「採用!採用!即採用!!、記録板出して下さい!」
と叫んでしまった!
彼は、少し考えて、
「申し出は、嬉しいんですけど、まず、仕事の説明とかしてくれませんか。」
と冷静に私に問い掛ける。
・・・
私は、恥ずかしくて、顔が赤くなる事が分かった。
そうだ、
私は、何を浮かれていたんだろう、確かに、彼に何も説明していない、彼は、此の学校の、学校作業員に興味を持っただけかも知れない。
彼は、此の学校の惨状を見たら、此の学校の、学校作業員を止めるかも知れないのに。
そして、私は、彼に此の学校の惨状を見せて、全てを説明した。
そして、彼は理解してくれた、
「じゃ、私の仕事は、此の学校の掃除なんですね。」
と彼は私に言い。
私は、はっきりと彼に、お願いした。
「はい、其も、新学期に間に合うように、綺麗にして下さい!」
彼は呆れた顔で、
「此のデカイ学校を俺、一人で? 其も一週間で?」
私は、自分の声が小さくなる事が分かった、
「はぃ・・・」
彼は、私に厳しく言う
「もっと人を雇うとかは?」
断られる!
私の声は、更に小さくなった、
「此の学校、・・・お金無いんです。」
彼は、呆れて、此の仕事を断る!!
私は、彼に必死に話した!
学校を、学校を綺麗にしないと、此の学校が、私の愛した学校が失われてしまう事を、
彼は、不思議な顔で、
「終わるって、学校が?」
信じて下さい、本当に終わりなんです!
私は彼に言った、もうお仕舞いだと思っていた時に、貴方が来てくれた事を、
彼は、少し考えて、
「エルさん、エルさんはもしかして、助けてって、星に願いませんでした?」
と言った!!!
なんで、なんで、彼は其の事を知っているの!!!
私の顔は、みるみる赤くなり、私は、叫んでいた!
なんで知っているんですか!!!と、
・・・
そして、彼は優しい瞳で、その美しい瞳で、私を見詰めながら、
「分かりました、此の仕事を引き受けましょう。」
そう言ってくれた!
そして、彼は契約を結んでくれた。
彼は、荒れた宿舎を見て呆れていたが、怒らなかった。
彼は少ない食事に驚いていたが、美味しいとボーゲンさんを誉めて、ボーゲンさん迄、魅力的な彼の言葉に照れていた。
私は、仕事をして貰う彼に、規則だからと、ベーゼルさんの制服を着て貰った、少しきつそうだった。
新学期が始まったら、彼のサイズを聞いて、彼に似合う制服を用意しなくちゃ。
彼が、ペンキを売ってる店を聞いてきたので、私は、魔導機屋を紹介した、
彼は、ペンキを何に使うのだろう。
彼が、学校作業員になって、二日がたった。
「学校、変わりませんねぇ。」
私の補助をして貰っている、ローラが呟く。
「奴、何もしてねえから。」
もう一人の補助の、マーキが吐き捨てる。
学校は、変わらない、そして彼は何もしない、何故!
昼に彼と一緒に食事した時、私は、その事を聞こうと思った、でも、彼の疲れた、其でいて、自信に溢れた瞳を見ると、何も聞けなかった。
そして次の日も、学校は変わらなかった。
「変な魔導機をかってに買って、後で、金よこせって言う、集り屋じゃねぇの、奴!」
マーキが怒っていた。
彼は、また高価そうな魔導機を買って来た。
此で、二つ目の魔導機。
昼に、彼と会った、私は、彼に言いたかった、何をしているんですか!何故、学校を綺麗にしてくれないんですか!!
・・・
言えなかった。
・・・
泣きたくなった。
彼は、其の後の三日間、不規則に食事を取り、学校に籠って私達と顔を会わせなかった。
そして、
其の、三日間、
・・・
学校は、何も変わらなかった。
・・・
明日は、先生達が学校に戻って来る。
明後日は、子供達が学校に来る。
・・・
そして、学校は終わる。
・・・
私の願いは叶わなかった。
その前の日、私は、教魔省に提出する、最後の書類を徹夜で作成した、
私の全ての仕事が終わったその日の朝、私は、彼に、彼に、会うために事務棟から、彼が居る校舎に向かった。
朝日の中、彼は、私が来る事を知っていたのか、校舎の前で、私の事を待っていた。
私は、彼を恨まない。
・・・
私は、
頬に涙が伝わる。
彼は、逸んな私の肩を優しく抱き締めながら、私を校舎の中に案内し、
言った。
「エルさん、此れが、貴方の愛した学校だ。」
その瞬間、
奇跡が起きた!
埃だらけの薄汚れた天井は、薄いパステル調の蒼色で、その壮大な蒼宮に白い雲海が流れ、雲海が動く度に爽やかな風を、私に送り届ける、天井に変わった。
落書きで、黒く汚れていた壁は、美しく上品な白い壁を基調に薄いパステル調の翠が、まるで無限に広がる白い空間に流れるように動く森のようで、その森が、森林が風に揺れると、新鮮で、清々しい空気を、私に届ける。
泥と落書きで汚れていた腰壁は、 美しく、木目がはっきりと浮かび上がった、上品で貴賓の有る、黒い光沢の腰壁になっていた。
泥だらけで、傷だらけの床そして汚かった机や椅子は、まるで生まれ変わったように磨き上がり、その床から、机や椅子の木々から香る、大地の香りが此の世界の力強さと、全てを護る、悠久の美しくさを、私に訴えかけていた。
世界で、一番、汚く汚れていた学校が、
大自然の、その美しくさの全てを取り込んだ、世界で最も、美しい学校に生まれ変わった。
其は、本当に、奇跡の瞬間だった、
私の瞳には、涙が溢れ続け、私は、口を手で押さえて、必死で堪えようとしたけど、
我慢出来ず、彼の、スグルさんの胸で声を出して、泣いた。
スグルさんは、
スグルさんは、
約束を守ってくれた、
私の、私の、願いを叶えてくれた、
私は、
私は、
有難う、と言いながら、
彼の胸で泣いた。
「エル!大変だ、ルーナ殿下が、此の学校を視察に来る!えっ!!」
泣いてる、私の後ろから、
ジェルダ学長の声が、