四回戦
5月10日の光曜日、ウェルド公国の東部の大都市、ベルトリアで、魔導格闘技大会団体戦の地区予選が開催され、バルセリア魔導高等学校の2年生の全組が、この大会に参加する事になった。
ダンバード・グラスタをリーダとする、2年C組の放課後自主講座、『星に愛されし民』は、順調に勝ち上がって、三回戦を勝利し、四回戦に進出した。
同じく、この大会に参加した、B組は、二回戦で敗退し、A組は、三回戦を、マルドリア魔導高等学校のB組と対戦し、彼等の実力は強くも無く、弱くも無く、普通だったから、余裕で勝って、A組も、四回戦に進出した。
四回戦は、3時半から開催され、『星に愛されし民』の対戦相手は、B組に勝利した、ベルトリア魔導高等学校B組、
彼等は、攻撃型のチームで、3人の攻撃者と狙撃手が、新型の魔導防護服、二人の守備者と王が、旧型の魔導防護服を着用し、
攻撃重視の配置で、攻撃に、絶対の自信を持っているチームで、強豪チームの一つであり、優勝候補のチームだ。
A組の対戦相手は、ベルトリアのクラブチーム、『青の磁雷団』、
このチームは、『雷』と『磁』の身体強化を得意とするチームだが、実力は、『ベルトリアの嵐』よりは劣るらしい。
たぶん、A組は、勝って、決勝に進出するはずだ、そうなると、A組は、予選からの本選の出場権を獲得する事になり、学校推薦枠は、C組となる、
仮にA組が負けたら、A組、C組共に、三回戦を勝ち抜いたので、学校推薦枠の権利は、もともと権利を持っているC組が獲得することになる、
つまり、C組は、これ以上、戦う理由が無かった、三回戦を勝利した段階で、学校推薦枠はC組に決まっていた。
対戦表を渡された彼等は、落ち着いていた、ある程度、この対戦をジェミは予想していたからだ、彼が言うには、たぶん大会委員会は、A組が優勝すると考えている、
そうなると、強豪チームを、弱いC組に向け、仮にC組が負ければ、決勝戦は、ベルトリアのB組と、バルセリアのA組に決まり、その方が大会は盛り上がる、
だから四回戦で、強豪チームのどちらかが敗退して欲しくない、その為、僕達の四回戦の相手は、必然的に強豪チーム、ベルトリアのB組になる、
そう、ジェミは予想し、事実、そう言う対戦になった。
試合開始、10分前、ダンが、皆に言った、
「四回戦は、勝っても、負けても、私達は、地区大会に出場する事が出来る、だから、皆、四回戦は無理する事は無い、私は、そう思う、」
オルが、落ち着いて、ダンの言葉を引き継いだ、
「・・・実力から、言っても、私達は、彼等には勝てない、逃げ回って、引き分けでも、向こうの勝ち、更に、ドーリが3ポイント取られれば、その時点で、私達の敗けだ、」
ジェミが、ダンに聞いた、
「じゃ、ダン、僕達は、負ける事を前提に、試合をするの、」
ダンは、ハルの方に向いて聞いた、
「ハル、我らはどうしたら、良いんだ、」
ハルは、ダンの問いに、天を見上げて、静かに瞳を閉じた。
3時半から開催される、四回戦の戦場は、拡張された24メータ✖24メータ、試合時間は25分、
戦場が広いから、逃げる事も、隠れる場所も多くなる、
彼等、『星に愛されし民』の『星の力』は、尽き欠けている、三回戦で、ハルを含めて、かなりの量の『星の力』を使った、
彼等の疲労は、相当深刻なはずだ、ベルトリア魔導高等学校B組は、強豪チーム、バルセリア魔導高等学校のA組に匹敵する、
そんな彼等に対して、ハル達、『星に愛されし民』は、『星の力』無しで、戦えるのか、
無理だ。
「此処まで、戦えたって事だけでも、充分、記事になるし、スグル、本当に取材させて貰って、良かった、」
ローシィは、皆の雰囲気に、勝つ見込みが無いと判断したのか、魔導本を取り出して、記事を書き出した。
「うん、良いわね、此なら余裕で、夕刊に間に合う、『落ちこぼれ、頑張る、』、そんな、タイトルね、」
俺と、メルティスト先生は顔を見合わせた、
落ちこぼれ、
そうか、彼等は、C組、
世間は、そう見ているのか、
リーンゴォーン、カァーンコォーン、
その時、試合開始5分前の鐘が成り、
ハルが、立ち上がる、
えっ、
ハルの、雰囲気が変わった!
髪が靡、その瞳は、透明なコールドブルー、
俺は、直ぐに、ハルに声を掛け、
「ハル、『星具』は、駄目だ!!」
ハルは、俺に背を向けながら、一言、
『必要、無イ、』
えっ、必要無い?
皆が、ハルに合わせて、立ち上がり、ハルの後ろに付いて行く、
一人、遅れた、ドーリが慌てて、
「えっ、エエ、えっ、ち、ちょっと、待ってけれぇ、」
と、言いながら、皆を追い掛け、
そんなドーリを見ながら、ローシィは、笑っていた、
「ドーリちゃんて、慌てん坊さん、で、結構、良い感じよね、でも・・・、ハル君、何か、ちょっと、感じ変わってない、」
ローシィは、俺の厳しい表情を見て、言葉を止めた、
「一体、どうしたって、言うの、スグル、」
俺は、ローシィを無視して、ハル達、『星に愛されし民』を、競技場の控え席に集まる、彼等を凝視していた。
四回戦に進んだ私達は、最早、この試合に勝つ必要が無かった、だから、私、ダンバード・グラスタは、ハルチカ・コーデルに聞いた、
どうしたら良いのかと、
ハルは、魔導制限腕輪を着けながら、私達に言った、
『勝テバ良イ、』
勝てば良い、『星導術』も、もう殆ど使えない、私達が、か、
『大丈夫ダ、ダン、』
・・・
そうか、そうだな、
私達は、同じような状況で、皆が勝って、代表に選ばれた、あれは、奇跡じゃ無い、
私は、ハルを見詰め、頷き、そして、覚悟を決めた私達は、迷宮戦場の中に入った、
その瞬間、
私は、体中に力を感じ、直ぐに、オルを見た、オルも、その力を感じて、私に頷いた、
そうだ、この感じだ、高校での代表選出の魔導格闘技大会の時、感じた、感覚が、
再び、
私達に、訪れた。
「えっ?」
ローシィは、彼等の変化に驚いて、魔導ペンを止めた、
「あの子達、強くなってない?」
・・・
そうだ、確かに彼等は、強くなっている、
開始そうそう、攻撃者のアンリと、ダンは、相手チームの攻撃者と正面から、ぶつかり、会場全体が、アンリとダンが吹き飛ばされる、そう思った、
しかし、彼等は、飛ばされず、その場に踏み留まり、更に、『力』の連撃を繰り出し、相手チームの攻撃者に猛攻を仕掛けた、
魔導の世界の敗者、C組の生徒が、強豪チームの精鋭攻撃者と対等に、嫌、それ以上の実力で、渡り合う、
それは、正しく、奇跡、
競技場は、その奇跡の光景を目にした観客の沈黙で、静寂に包まれ、
誰しもが、この奇跡を見逃すまいと、息を止めて、この試合を見いっていた。
そして、俺は、手を握り締め、
彼等を凝視しながら、何が、彼等に起こったのかを、考え続けていた、
此は、本当にハルの力なのか?
『魔神』の力さえも、強化する事が、可能な、『星の力』なのか?
そんな、星が有るのか?
『魔神』は、神だ、神の力を、『星』は勝手に、操作出来るのか?
嫌、無理だ、其々の力は、別物だ、反発する事はあっても、互いに影響する事は無い、
では、何故、彼等は強くなったんだ?
分からない、
「ねぇ、スグル、彼等、本当にC組なの、何か、間違って無い、」
ローシィが、俺に聞くんだが、だいたい、俺は、この世界、嫌、この国のクラス分けすら、理解して無い、ただ、分かっているのは、彼等が、『魔導術』については、才能が無い、って言われてる事だけだ、
この問いに、答えたのは、リアだ、
彼女は、固く手を握り絞めながら、
「本当です、ローシィさん、彼等は、C組です、」
ローシィは、不思議そうに、
「でも、『力』だけ、見たら、A組レベルに見えるんだけど、」
リアは、ローシィに、
「そうですよね、C組の皆って時にA組に見えますよね、」
リアは、言葉を続けた、
「それって、本当は、生まれる前には、其だけの才能を持ってたんだけど、その才能が、生まれた時、有る理由で失われた、実は彼等は、そう言う人達だった、としたら、貴女はどう思います、」
えっ?
才能って、『魔導術』の才能の事か、
ローシィは、首を傾げて、
「ふーん、貴方は、彼処で試合しているC組の子は、実は、本当は、才能があったんだけど、その才能が失われて、C組になったって言ってるの?」
リアは、遠い瞳で、試合をしている『星に愛されし民』を見ながら、
「ただの空想です、けど、今、見ている彼等の姿こそが、彼等の本当の姿だったとしたら、凄く、素敵な事ですよね、ローシィさん、」
と、リアは呟き、
ローシィは、考えながら、
「確かに、その設定は良いけど、・・・」
二人の会話を聞いていた、俺は、
リアは、何を言ってんだ、何故、今、空想を言う、そう思った、
リアの空想は、ハルや、ダンら『星に愛されし民』は、生まれる前は『魔導術』の才能が有った、しかし、この世に生まれた時、有る理由で、『魔導術』の才能が失われた、と言っている、
有る理由?
有る理由って、
『星に愛されし民』
に選らばれたからか、
『星に愛されし子供』
に、選らばれたからか、
そう言う事なのか?
確かに、彼等は、『星に愛されし民』だ、当然、『星の力』に対して、才能が有る、
その才能と引き換えに、彼等は『魔導』に対しての才能が失われた、そう言う事を、リアは言っているのか、
なら、今は、何故、『魔導』の才能を、彼等は発揮しているんだ、
まさか、彼等の才能を入れ換えたのか?
誰が?
ハルか、
何のために?
この試合に、勝つ為に?
その時、俺は、背筋に寒気を感じた、
勝つ為に、其処までする『星』、其が、ハルの『守護星』、
一体、どれ程、危険な星なんだ、
ワァアアアアアアアアア!!!
その時、歓声が上がり、アンリがベルトリア魔導高等学校の精鋭攻撃者から、3ポイントを奪い、3ポイントを失った彼は、迷宮戦場から退場した、
ワァアアアアアアアアア!!!
直ぐに、ダンも、続き、相手チームの精鋭攻撃者から、3ポイントを奪った、
ピィイイイイイイイイイイイ!!!
此処で、審判が一時、試合を中断し、アンリとダンを呼んだ、彼等は、二人の魔導制限腕輪をチェックし、更に、棒のような魔導機で、二人の魔導防護服をチェックした後、
主審、副審が協議し、問題無しと判定され、再び試合は再開され、
相手チームの応援団からは、もの凄い、ブーイングが起こり、其を打ち消す大声援が、バルセリア魔導高等学校の応援席から起きた。
「スグル、本当に聞くけど、彼等って、違反行為はして無い、よねぇ、記事にして、分かったら、洒落になんないし、」
ローシィは、ちょっと、困った表情で、俺に聞いてきた、
だったら、記事にすんなよ、って思ってたら、メルティスト先生が激怒して、
「あの子達は、そんな事するような子では、有りません!!!」
と、ローシィに、きつく言い、横で観戦しているブライも、
「そう、そう、ありゃ、彼等の実力、何なら、記者さん、明後日の彼等の練習、見て見れば良いんじゃね、」
バカ、ブライ、また、余計な事、言いやがって!!
メルティスト先生も、一緒に、
「そうですよ!是非、見て下さい!!」
俺は、慌てて、
「ローシィ、やっぱ、彼等の事、記事にすんの無理なんじゃない、其に、忙しいんだろ、ほら、ルーナさんと、外国に行ったり、だから、明後日の練習、見なくていいから、」
俺は、見なくていい、を強調した、
ローシィは、目を細めて、
「ふぅーん、まぁ、ルーナ殿下の取材は、確かに仕事だけど、スグル、貴方の態度で、なんだか、余計、取材したくなった、」
えっ、
ちょっと待て、ローシィ!!
俺は、駄目って、言ってんの!
分かって、ローシィ!!
ローシィは、少し考えて、
「そうだ、ルーナ殿下が、明後日、バルセリア魔導高等学校の、貴方達の放課後自主講座の視察に来れば、良いじゃない、」
えっ?
何、言ってんの、ローシィ、
ルーナちゃんんて、軍人で、この国の偉い人の娘だよ、そんなに、簡単に、予定が変えられないだろうがぁ、
ブライも、驚いて、
「ルーナ殿下って、あの人気の、魔導省のルーナ殿下ですか?」
ローシィは、にっこり、笑って、
「そう、私、ちょっと、教魔省に、知り合いがいるから、その人から、言えるし、」
彼女は、俺を見ながら、
「其に、ルーナ殿下とは、この一月、ある事で、仲良くなったから、たぶん、来るんじゃない、」
・・・
俺は、自分が、藪から蛇を出した事に気付き、
絶対、駄目だと、言おうとした時、
ワァアアアアアアアアアア!!!
競技場は、再び大歓声に包まれ、C組は、オルの狙撃が、相手の王から、3ポイントを奪い、試合はC組の勝ちで終了し、
また、同時に、隣の迷宮戦場で戦っていた、A組も、『青の磁雷団』の王から、3ポイントを奪い、同じくA組の勝ちで終了した。
「じゃ、私、記事を魔導新聞社に送らなくちゃなんないから、また、火曜日ね、」
と、言いながら、立ち上がり、さっさと、競技場の観覧席から出口に向かって行った、
俺は、また慌てて、
「ちょっと、待て、ローシィ!」
ローシィは俺に、背を向けながら、手を振って、人混みの中に消え、
俺は、
眉間を押さえて、立ち尽くしていた。
決勝戦は、普通ではあり得ない、バルセリア魔導高等学校のA組とC組の対戦になる筈であった、のだが、
同じ高校の高校生どうしが戦う場合、公正な勝ち負けが判定出来ない、
ようは、八百長するかもしれない、って判断で、決勝戦は審判判定になり、総合ポイント数の高い、A組が、優勝と言う事になった。
結果、C組は準優勝になり、バルセリア魔導高等学校は、来月の地区大会に推薦枠と地区予選枠の二枠を確保し、
そして、地区予選の残り一枠は、審判判定で、ベルトリア魔導高等学校のB組が3位に決まり、地区予選枠は、彼等に譲渡される事になった。
この判定に、たぶん、学長が一番、安堵したと、後日、ジェミから聞いたんだが、A組とC組が両方、四回戦を勝利した時、A組とC組の決勝戦が行われれば、応援席にいる生徒達が、二つに引き裂かれる、そう思い、だいぶ、学長は心配していたらしい、
魔導格闘技大会で、学校が一つになり、皆が学校の代表を応援してきて、最後に、両方を応援する事が出来ない場合、どちらかを選ぶ踏み絵をするのは、確かに、後で、しこりを残したかも知れない、
大会委員会は、もしかして、魔導皇である、学長に気を使って、この判断をしたのかも、知れない、
だが、A組との戦いが、回避された事は、ハルも、ダンも、実際は、喜んでいた、やはり、彼等も、同じ学校どうしが、無意味に争う事は避けたかったし、
もし、A組に勝ったら、勝ったら勝ったで、また、A組のプライドを折る事になり、学校での立場が微妙な事になる、
其を、一番、理解しているのがダンだ、だから、ダンが、一番、決勝戦が無くなって、安堵していた。
こうして、バルセリア魔導高等学校の全生徒が注目していた、東部地区の魔導格闘技大会、団体戦の予選大会は、終った。