デッケルハイン家
「麻里香―!家具を選びに行くぞ!」
急に部屋に入って来た栃澤 海斗に私、夏鈴、彩香の女子3人は驚いて固まっていた。土曜日の朝9時過ぎ…いやいや?まだ寝ている人もいるような時間帯じゃない?
「かいにーちゃん!レディの部屋にノックも無しに入ってくるなんて失礼よ!」
「おにーちゃん痴漢ですね!」
起き抜けの彩香と御着替えの途中の夏鈴に猛攻撃されて海斗先輩は小さな声で謝罪をしながら、部屋を出て行った。
それになんだって?家具だってえ?
妹たちの着替えを済ませ階下に降りると、海斗先輩は厚かましく由佳ママの入れたココアを飲んでリビングに座っていた。あんたの家じゃないよっ!
「もうすぐ俺達の新居が内装工事に入る。そろそろ家具を揃えようかと思ってな。」
「…はあ。」
もう『俺達の新居』に突っ込む元気も湧かないわ。という訳で海斗先輩と家具屋さんに来ています。セレブレティ溢れるモダンなインテリアがいっぱい飾ってありますね。
30分後
置いてある家具を見ながら騒ぐ海斗先輩に激しいダメ出しをしている私。
「そんな実用性の無い、訳の分からないデザインのソファはいりません。それと今の所住むのは海斗先輩だけでしょう?ご自分の個人部屋にベッドと勉強机…チェスト、本棚…これくらいで事足りるのでは?」
「ええっ!嘘だろ?」
「おひとり様にはそれぐらいで十分です。どうせ食事はうちに来て食べられるのでしょうし…。」
「そうだけど…でもザックの分だっているんだ。」
「……ん?今なんて?」
「新居が出来次第、ザックにもあの家に移って来てもらうんだ。1人住まいではザックも寂しかろうと思ってな。それに今住んでいるあのマンション…老朽化で立ち退きを命じられているらしい。マンションが取り壊されても、あの土地に転移の術式を埋め込んであるので、異世界からの行き来は可能だが…もしマンションを潰した後に転移に適さない建物でも経ったら今後、拠点として使っていくことが出来ないだろう?だ・か・ら!今後の異世界との拠点は愛の巣俺達の新居の土地を利用することに決定したのだ!」
「……。」
私は海斗先輩の腕を引っ掴んだ。
「このボケッ!何故今頃そんな重要なことを言い出すんだ!」
私は大型家具店を飛び出すと、路地に入り転移魔法を発動して…今話題?の異世界との拠点、古びた近々解体予定のマンションの前に降り立った。
マンションの部屋のインターホンを押すと、家着の定番の紺色のルームウェアまたの名はスウェットを着たザックヘイム=デッケルハイン15才が出迎えてくれた。
「おはよう、ザック。今お邪魔して大丈夫かしら?」
「お、おはようございます。麻里香先輩…どうぞ。」
私と海斗先輩が室内に入ると、リューヘイム君とレオンヘイム君と…こじんまりとした女性が座っていた。金髪にエメラルド色の瞳…一発で分かった。
「リューヘイム君とレオンヘイム君のお姉さん?」
「やだああああっ?!聞いた?リュー?お姉さんですか?ですってぇ?!」
こじんまりとした金髪の可愛らしい人は体をくねらせながらレオン君の肩をバシバシ叩いている。あれ?何この溢れ出るおば様臭は…?
「イタタ…もうっ、この人俺らの母親なの。」
「カデリーナ=デッケルハインでーす♡うふふ年齢は非公開よ、宜しくね♡」
とキャピとしながら言ってきたキラキラ1号と2号のお母様。キャラが濃いな…ほら見ろやっぱり、異世界広しといえどもナジャガル皇国とカステカート王国に特に癖の強い人が多いんだって。
キャピキャピしたカデリーナママに梅昆布茶!を入れて貰って…先程唐突に聞かされた話の真偽を確かめた。
「じゃあ新築が完成したら引っ越しするのはザックもご家族もご承知のことなのね?」
「はい…海斗先輩のご厚意に甘えましてご厄介になります。」
ザックはそう言って日本式三つ指をついて頭を下げた。カデリーナさんが何故かふんぞり返って大きく頷いている。私も三つ指をついてお辞儀を返した。
「はい、こちらこそ宜しくお願いします。それは海斗先輩が良いのなら私は構わないのだけど、実は急にこちらを訪ねた訳はね、ザックのこれから住むお部屋の家具を揃えたいと思うの。ただね、海斗先輩に任せていたら変なデザインのソファとか置かれちゃうから~と思って。」
「変なデザインって何だ!」
「家具屋で流線形の、どうやって座るんだコレ?みたいなソファを買おうとしていたじゃないですかっ!それと先程も言いましたが男の子の部屋に必要なものってベッドと勉強机と本棚、チェスト、後は…姿見、ローテーブルくらいなどです!」
「さっきより数が増えている!」
「細かいことを一々あげつらうな!兎に角、海斗先輩の美的感覚の狂った目で家具を選ばれたらザックが今後使っていくのに苦痛を与えてしまうでしょう!本人や、ましてお義姉様も居るのだから、ザック達に選んでもらえばいいでしょう?!」
「美的感覚が狂っているってどういう意味だっ!」
「そのままの意味ですがっ?!」
「もぉま~た始まったよ。リュー兄、卵かけご飯食べる?」
「ああ食べる食べる。ザック兄は?」
「僕も食べようかな…。」
デッケルハイン家の子供達は皆で卵かけご飯を食べ始めている。私も他国の方の前であまり国王陛下を下げてばかりもいけないかと思い直し、居住まいを正した。
「という訳で、出来ればザック…それにカデリーナさんもご一緒に1人暮らしのザックの家具を選んで欲しいな~と。」
「あ…。」
「きゃああ!行く行く行きますよ!わ~家具選びなんて半世紀ぶりだわ~。」
何か言いかけていたザックの言葉に被せる様にカデリーナさんが歓喜の声を上げながら答えてしまい、なし崩し的にここにいるメンバーで家具を見に行くことになった。
そういえばカデリーナさんが半世紀ぶり?とか言ってた気もするけど…え?カデリーナさん何才なの?まさかのアラ還?
…どうやらそうだったみたいだ。異世界転生…こちらの世界でアラ還まで生きて、あちらの世界で年齢非公開まで生きているから、足せばかなりのおばーちゃんだ。本人を前に決して口に出してはいけない。
「きゃあ!可愛い!」
「カデリーナさん、確かに可愛いけどハート型のタンスはザックの部屋にはおけませんから…。」
「マリちゃん相手にしない方がいいよ。ザック兄ぃこのタンス格好いい。」
「本当だな…。ベッドと同じ意匠か…。」
男の子達で勝手に家具を選んでいるので、私はカデリーナさんのお守りをしていた。お金を出すのは海斗先輩なので、デザインはデッケルハイン家に任せて最終的にクレジットカードを切っておけ…と海斗先輩に言い含めておいた。
「一応、部屋が出来てから見に来ることも出来るから…今日無理して決めなくてもいいからね。」
「そうそう、家に置いて思っていたのと違う…なんてこともあるからね。」
カデリーナさんも私の意見に同調してくれる。
「どうしても必要なものってお布団くらいじゃない?」
「そうですよね、カデリーナさん!」
結局わちゃわちゃしただけでまだ時期尚早だ…との意見に収まった。その後、海斗先輩が回転寿司に行きたい!と言ったので、外国人御一行様と回転寿司を食べて出かけた。
「一度食べてみたかったんだ!」
という海斗先輩の言葉に、ああこれ嫁と死ぬまでにやりたいこと100選に書いてあることかな~としみじみと思っていた。
そして回転寿司を食べて、異世界に帰るカデリーナさん達を冷蔵庫の前で見送っていると
「あ~っそういえばヴェル君が『マリカにおはぎを頼んでいる、出来たら取りに行く』とか呟いていたけど、私も作れるよ?って言ったんだけど、マリカのが良いとか言ってたわ。ゴメンねぇ甘味には並々ならぬ執着があってね。あんなでかいおっさんに執着されて怖いけどお願いね。」
と笑顔で言われた。
「は…はい。」
奥様にもボロカスに言われる魔王ヴェルヘイム様。
デッケルハイン家のヒエラルキー構造が目に見えるようだ。底辺にいるのはヴェルヘイム様に間違いない。
そして4月…入学式の2日前
今は春休みなので学校は休みだ。バイトに行こうと駅の方に足を向けるとどこかで見たことある光景が…スラーッと背の高い究極の八頭身。キャップは被っておらず、隣の新築の新居を見詰めている男の人がいる。
その人は私の方を見た。び、美形様だー!しかも…
「ザックヘイムのお兄さんですか?!」
「ぶほっ!」
そう問いかけた途端吹き出された…どういうことだ。クックッ…笑いながら近づいて来るザックヘイムとヴェルヘイム様のご兄弟かご親戚と思しきお兄さん。(推定20代)
「なるほど~あなたがモッテガタードの前国王妃なのか~。いやぁ可愛らしいね。うんうん、魔力も中々持っている。」
なんだこのお兄さん…間違いなくザックのご親戚なんだろうけど、怪しい…。
「怪しくないよぉ~初めましてだね!アポカリウス=カイエンデルトだよ☆」
ん?
何だかちょっと引っ掛かる物言いをしていたような………まあいいか。
「初めまして篠崎 麻里香と申します。」
「ところでさ、この工事いつ終わるの?」
と親戚のお兄様は新築を指差している。確か海斗先輩に聞いた限りでは…
「予定では4月上旬…もうすぐですよ。確か一週間後に鍵の引き渡しだとか…。」
「イッシュウカン…7日ぐらいか。もうそろそろ始めようかな?」
何が?と思う前にフワッ…とお兄様は空中を飛んで屋根の上に乗ってしまった。
「…!え?ちょ…!」
こらこらっ!屋根の上に登ってるなんてご近所さんに見られたら~!
「マリカ何してるの?」
うちの駐車場から出て来た弟、悠真に声をかけられてアタフタしてしまった。
「ねぇ…さっきからずっと独り言喋ってたけど…大丈夫?」
うそーーーっ!私……ゆ、ゆっ幽霊と会話なんかしちゃってたのぉぉ?!
ん?よく考えれば…魔法じゃないかな?
慌てて損した…すると大きな魔力の気配を感じ、屋根の上を見ると大きな魔法陣が描かれている。その上に立ってこちらに手を振るえ~と………アポカさん。笑うとザックに似てますね。
「屋根の上に何かあるの?」
悠真に聞かれて曖昧に笑い返した。悠真には見えてないのか~どういう魔法何だろう?透過ではない気もするし…あ、バイト遅れちゃう。私は悠真と見えないアポカさんに見送られながら駅に向かって駆け出した。