そこにあるもの
鬱展開の話になります。
浮かれているクリぼっち、アルクリーダ=ロクナ=シュテイントハラル王弟殿下は痛い大人と化していた。今日は平日なので、泣く泣く異世界の自分のお国に戻って公務をこなしているらしい。そして週末には浮かれてこちらの世界にやって来て、鈴鹿 怜愛さんとデートをする…最近はこのルーチンだ。
鈴鹿 怜愛さんにはそろそろアルクリーダ殿下の正体を話した方が良いのでは?と思い始めたこの頃…。
海斗先輩の家のリビングで私は異世界の訪問者の来襲を受けていた。因みに海斗先輩、ザック、レナードは男3人で洋服の買い物に出かけている。
「良い年したおっさんが恋に狂うとああなるのかな…。」
「拗らせ中年の典型例ですね。知ってます?ああいうおじさんがフラれたりしたら若いお嬢さんに対して拗らせストーカーに変貌しちゃうですって!」
「あの…。」
「なあに?マリちゃん?」
「麻里香ちゃん何でしょう?」
ナジャガル皇国の皇后妃、葵妃とカデリーナ=デッケルハイン夫人のマダーーム2人がクルンと私を顧みた。
お茶はタンポポ茶をカデリーナさんに、葵妃にはアッサムティーにしました。甘さ控えめのキャロットタルトをお出しすると、マダーーム達は大喜びだった。
「お二方ともアルクリーダ殿下を下げる為に…ゴホン、え〜と物申す為にわざわざお越しに?」
私がそう尋ねてる葵妃とカデリーナさんは顔を見合わせた後に、同時に微笑みを浮かべた。
「いえいえ~?まさかまさか!確かにおもし…んんっ、けどちゃんとした用事よね?ね、カデちゃん。」
「そうですよ~あんなクリぼっちをわざわざ煽りにきたり…ゴホン…もっと大切な用事がありますよ。」
ホントかなぁ~?さっきからアルクリーダ殿下を下げに下げて…説得力がなさすぎる。
「マリちゃんのお父様…亮暢さんでしたっけ?その方の魔質を確認したいのですよね?容態があまり良くないと聞いたけど?」
カデリーナさんの言葉に息を飲んだ。そうか…ちんまくてもカデリーナさんはあちらの世界じゃ世界最高峰の治療術師…亮暢の病状を見て頂いて、判断してもらおうか…。私1人では難しいし、怖い。
その後、買い物から帰って来た海斗先輩は私が亮暢の所に行くことに難色を示した。
「どうして会ってはいけないのですか?私、いつでも迎え撃つ覚悟はありますよ?」
海斗先輩は顔を歪めた。どうしてそんな表情をするの?海斗先輩は暫く考え込んでいたが、ゆっくりと顔を上げると苦しそうに呟いた。
「会ってショックを与えるより先に伝えておいた方がいいだろう。」
私は海斗先輩の言葉に体が震えた?ショック…?もしかしてパパ…。
「亮暢氏は先月から入院している。呼びかけに応じない虚ろな状態が続いている。予想通り、心臓の持病があり手術は家族の同意が無いと行えない為保留している。」
「手術…!あ、あの家族の同意って…多部優樹菜さんじゃない…別の女の人は…。」
「あれはもういない。」
「いない…?」
もう別れたの?いや今はそれどころではない。怖いけど、亮暢の状態を自分の目で確かよう。
「私、行きます。やっぱり娘ですから…。」
私達は海斗先輩の案内で某総合病院に向かった。
「すまんな、俺の伝手を使ってこの病院に入れている。いつ魔人化するかもしれないので…暴れた時に隔離しやすい所を選んでいる。」
隔離…。そうか魔人化したら、以前見た呪いの指輪の山田姉のようになってしまうのか…。
自然と体が強張っていた。海斗先輩に肩を抱かれて顔を上げると心配そうな顔した海斗先輩が私を見ていた。
「病室に入らなくて外で待っているか?」
私は首を横に振った。怖くても向き合わなくては…私はあの人の子供だもの、本人は否定していたけど…。
最上階の個室に亮暢はいた。腕に点滴を付けられている。顔色が悪い…亮暢は病室に入って来た私達をチラッと見たけど…すぐに視線を外した。
「やはり…麻里香でもダメか。自分が誰かの認識も最近あやふやらしい…自身が子供の時の話はするらしいが…。」
「それ…何の病気なんですか?」
心臓が悪いんじゃないかとは思っていたけど…記憶障害?
「取り敢えず診た事をお伝えしていいかしら?」
カデリーナさんの声にハッ…としてカデリーナさんを見た。カデリーナさんはいつもの穏やかな表情ではなく、厳しめの顔をしている。もうそれだけで、亮暢の病状は分かってしまった…。
「皆様がご想像していた通り…亮暢さんは『魔人化』しています。ただ、私としても初めての症例なのですが…魔人と言えば自我を忘れ狂暴化するものと思っていましたが、どうやら外に向けられるものがご自身の内に向かっているということです。つまり…黒い魔質が外に漏れずに体内を巡っていると言いますか…そういう状態なのです。」
魔質が体の外に出ない?
魔質とは呼吸と一緒で体内から生成されて余剰の魔質、魔力は吐き出されるという。そしてその吐き出されるのが上手くいかなくなる病が『魔術凝り』といわれる魔力持ちに特有の病だ。
あちらの世界では魔力系不調も病気の一種と認識されているから、カデリーナさんのような治療術師の方が『魔術凝り』や腹に黒い魔質が溜まる『腐黒病』なども兆候が見えたらすぐに治療される。
そう本来あちらの世界なら重篤化するのは治療を受けれなかった者…何かしらの環境により病を放置された場合など…。普通の人は魔人化した後…ましてや魔人を直接見るなんてことは先ずは無い。人が魔人化した後どうなるか…私の知識では分からない。
「お力に沿えず申し訳御座いません…。」
「ありがとうございます。」
海斗先輩がそう言ってカデリーナさんに頭を下げた。私も慌てて頭を下げた。下げたと同時に目に溜まっていた涙が床に落ちた。
私は海斗先輩と一緒にここの病院の先生方にもお会いした。心臓外科と精神科の先生、2人に会った。
心臓の方はすぐに手術が必要だということだった。祖父母にすぐ連絡をするとお伝えした。
精神科の先生は時々首を捻りながら病状を説明してくれた。
「症状として認知症の兆候が現れていると思います。ですが、あれほど外的刺激に反応しないのも珍しい事だと思います。」
認知症?!亮暢まだ40代だよ?そんな早くからお年寄りみたいな病気になっちゃうの?
病院の先生の話を聞いてから、一度病室に戻ったけど亮暢の方を見ることが出来ない…。どうしたらいいのか…。海斗先輩は家に帰るまで泣きじゃくる私の肩をずっと抱きしめてくれていた。
私は亮暢の容態をまず真史お父さんに話すことにした。大人に丸投げにした形だが、私には亮暢のことを家族に教えない…という選択肢はなかった。後で、真史お父さんと気まずくなるかもしれないけれど…どんな形であれ、わざと知らされないのは…隠されるのは辛い。
海斗先輩が真史お父さんに話す時に付き添ってくれた。告白会場は篠崎家のリビングだった。海斗先輩が独断に亮暢の身辺調査を行ったこと。そして亮暢が体調を崩して入院していることを真史お父さんに説明した。
真史お父さんは話を聞きながら顔面蒼白だった。
「病気…なのか?」
「心臓も悪くてすぐにも手術が必要なんだって…それにね認知症も患っているみたい。私を見ても無反応だったよ…。だからお父さんやばあちゃま達と会って別の刺激を与える方がいいかも…だって。」
「認知症…麻里香が誰か分からないのか?」
「うん……。」
真史お父さんは篠崎全員に話すことに決めたようだ。家族会議が開催された…海斗先輩も一緒だった。
ばあちゃまとじいちゃまも話を聞いて茫然としていたが、すぐに入院先の病院に連絡を入れていた。手術の同意と入院の準備の確認をする為だ。
由佳ママは泣いていた。流石に翔真は事情を飲み込めたが悠真、夏鈴と彩香はキョトンとしていた。
翔真と悠真は病床の亮暢に会うのは酷なのでは?と思っていたがじいちゃまが静かに翔真達に話してくれた。
「お前達には恐ろしいと感じるかもしれないが、いずれはじいちゃんもばあちゃんもお前達より先に逝く。誰もがそうなりたいけど、綺麗に死ねるかなんて分からない。翔真達が目を背けたくなるような死に様を晒すかもしれない。でもいずれ人は皆死ぬ。恐ろしいものでは無いよ…よく理解して受け止めて欲しい。」
普段寡黙なじいちゃまの言葉だから、ズシンと心に堪えた。
結果、大人達が先ず先に面会して亮暢の容態を見て判断して、後日子供達が休みの日に面会することになった。
心臓の方の手術は二週間後ということになったらしい。認知症に関しては、ばあちゃまとじいちゃまと真史お父さんは憶えているようで、亮暢はまるで子供に帰ったみたいな態度だった。
由佳ママはずっと落ち込んでいた。由佳ママの事を忘れているのは構わないそうだ。だが、私達子供の事を全く覚えていないことが相当ショックだったみたいだ。恐らくだが、亮暢の認知症の度合いが酷いのも黒い魔質の影響かもしれない。
その後祖父母が手術の同意書にサインをして、亮暢は心臓の手術をなんとか無事に終えた。だが、状況は深刻なようだった。
人の死に際は決して綺麗なものでは無い。綺麗な死に際って何だろうか?結局は死は死だ。
死に美しいも醜いも無いのだろうか。先に死んだ私を見送ったナキート殿下はその当時、私を見てどう思ったのだろうか。
病院のICUで治療中の亮暢を見舞った帰りに、海斗先輩に聞いてみた。産後に亡くなってしまったマリアティナの顔は苦しんでいましたか?と…。
「マリアティナは眠っているみたいだった。それでな、俺の…ナキートのジジイになった時の死に際何だが…此方で言うところの誤嚥性肺炎だと思うんだ。それはそれは息が苦しくてな。耄碌するもんじゃないな~と思いながら、もう少し肉を小さく切って口に入れていればとか考えながら死んでいた…結構格好悪い死に様だな。」
肉が喉に…年寄りなのにお肉食べたの?と、不謹慎だが笑ってしまった。
「此方でも、お正月にお餅を喉に詰まらせてしまう事故がありますものね。」
「あれは失態だった。結局は人は些細なことで亡くなるし、死に際はこちらで選べないということだな。死は貴賤問わずだ。」
そうか眠っているみたいだったのか…。死に際にナキート殿下に見苦しいお顔を見せてなくて良かったかもしれないけれど…やはり綺麗な死に際とはどういうものかは分からなかった。




