マスターと利用規約
かなり間を開けてしまい申し訳ございません。
冒頭の規約云々の訂正&手直しに時間がかかってしまいました。
それと整合性を合わせるのにちょっと苦労しました……
前回までのあらすじ
この地下の最奥にある、行き止まりから次の通路に入ったところの続きです。
その目的は、マヤメのマスターの工房にある、その遺体を回収する事です。
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~引き継がれた"縺溘∪縺励>”と新たな"蜀帝匱”~
①『リバースワールド・リキャプチャーズオンライン』(通称RRO)に於いて、365日以上ログインが確認できないアカウントに関しては、自動で削除されますので予めご承知下さい。
②その際、保有していた全ての"蜩∫岼”は、【思い出の欠片】へと変換され、既存のワールドの全域にランダムで配置されます。
③尚、②の欠片は、通常では視認できませんが、"蜩∫岼を入手した際の(MM/DD/HH/SS/MM)になると可視化され、パーティーメンバーのみが回収可能となっております。
④作成されたアバターについては、①のログを全て辿る事で、【軌跡の欠片】と変換され、③の欠片と合成することで、【凛とした無垢で深い愛】が可能となっております。
⑤但し、場所・時間、ワールドの指定はできず、全てランダムとなっております。
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『…………これ、ちょっとだけ話題になってたっけ』
メニュー画面に映る、利用規約にあった、謎の文面。
規約なんて回りくどく長文なので、普通は飛ばしてしまうもの。
それでも一時期ウワサになっていた。
これを発見した、ごく一部の数名の中だけで。
どうして、わかりにくい場所にあったのか?
何故、あちこち文字化けしているのか?
いつからこの文面があったのか? って。
それはそうだ。
重要な要項なら、規約の中に埋もれるような真似はしないし、ましてや解読が難解な文面にもしない。それに、新たに増えたのならば、その時にインフォがあってもおかしくはない。
『それで、運営に問い合わせたって人がいたけど、運営側からの返答は「その様な文面は記載していないし、確認もできなかった」だった。なにせその文面は、たった数時間で消えたからね……』
今、私が見ているのは、その内容をスクショしたものだ。
あらゆる世界線からいなくなった、実の妹、清美の命日の日に。
『あの時の私は、藁にも縋る思い―― いや、蜘蛛の糸を掴む、だったかもしれない。目的の為には、敵も味方も区別なく葬ってきた。立ち塞がるもの全てが、私の敵だと錯覚してたから。それもあの文面にあった、全ての"欠片”を集めるために……』
そう。私は集め続けた。
あの謎の文面を解読し、5年近くの年月を費やして。
ワールド中に飛び散った、数百、数千を超える、清美の欠片を――――
あの文面を要約すると、②の【思い出の欠片】と、③の【軌跡の欠片】があり、その全て集める事で、④の【凛とした無垢で深い愛】が合成可能になると言う。
②の【思い出の欠片】とは、ワールド中に散らばった、清美のアイテムの事。
それを入手した際の、何月何日何時何分何秒にのみ出現し、回収できるもの。
③の【軌跡の欠片】は、プレイログの事。
要は、ワールド内を移動した、清美の足跡の事だ。
そして、最も不可解で、どこか意味深な、④の【凛とした無垢で深い愛】は――――
『――――恐らくこれは、二つの単語を足したものだと思う。まず"無垢で深い愛”は、カーネーションの花言葉の由来。それに前半の"凜”を足して【リンカーネーション】になる。そして、その単語の意味と言えば……』
【転生】=生まれ変わる事。
【輪廻】=生きかわり死にかわりする事。
【輪廻転生】=生き物の魂が生まれ変わる事。
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「どうしたの? スミカちゃん」
「ん、澄香?」
「……え? ああ、ゴメンゴメン。ちょっとこの前の世界の事を思い出しちゃっただけ」
「前の世界って?」
「ん」
「そこまで気にしないでいいよ。夢の世界みたいなものだから」
トテラとマヤメに答えて、急いで二人の背中を追う。
今、私たちは、1本の薄暗い通路の中を歩いている。
行き止まりの壁の奥に隠された、マヤメのマスターの工房に向かって。
『はぁ、なんでこのタイミングで、あの時の事を思い出しちゃったんだろ? きっとRROを連想させる、タチアカやマカスって奴に会ったからだろうな……』
脳裏に浮かぶのは、あの懐かしくも、暖かい情景。
軌跡を奇跡に変えた、夢現のような出来事。
あの時、あの謎の文面だけを頼りに、全ての欠片を集め終えた。
その瞬間、目の前に光と共に現れた。
生きる意味を失い、世界に絶望していた、私の前に、あの妹の清美が。
――――いつも助けてくれてありがとう。澄香お姉ちゃん――――
そう言い残し、清美の姿は掻き消えた。
私の腰に抱き着き、無邪気な笑顔を浮かべたままで。
『……あれは、まぼろしだったってわかってる。精神も疲労も限界だった、私の中にあった大切な記憶なんだって…… でも奇跡は起きた。今でも温もりを感じるから』
助けてくれてありがとう、と、あの時の清美は言っていた。
そう言われたが、本当に救えたかどうかはわからない。
でもあの時の笑顔は、別れの笑顔ではなく、いつものそれに見えた。
また助けられ、また助けてもらうつもりの、甘えっ子のような。
その笑顔を見たくて、つい助けてしまう、そんな私の心を見透かしたような。
『でも助けられたのは、私だった。あれからちょっとだけ前向きになれたし、心の整理もついた。これもあのまぼろしと、この世界でユーアに会ったから……』
心残りがないとは言えない。
完全に立ち直ったとも思えない。
だって、失くした者の存在が、私の中で大き過ぎたから。
『……そう言えば、あの文面のタイトルって、解読すると――――』
ガチャ
「ん、やっと着いた。良かった……」
「ほぇ~、なんか見た事ない物ばっかりだね?」
最後の扉をくぐり、ホッとするマヤメと室内を見渡すトテラ。
私も慌てて二人の後を追って室内に入った。
そこは、如何にも工房の名に相応しい、見た事もないような怪しげな機械や器具が立ち並んで…… はなく。どちらかと言うと、この部屋のイメージは―――
「子供、部屋?…………」
にしか見えなかった。
室内の大きさは6畳くらい。
部屋の奥には、何かのキャラクターが描かれた、ピンクの枕と布団が乗った小さなベッドがあり、その隣には、色とりどりのネコのぬいぐるみがたくさん置かれた、背の低いチェストがあった。
そして、真っ白な部屋の壁と、そのベッドの隣には――――
「これって、時間割? と学習机?」
更にその机の脇には、赤色のランドセルと、黄色いメトロ帽子がかかっていた。
「な、なに、ここ?……」
「あ、これ可愛いねっ!」
「ん、ありがとう。澄香とトテラ。ここまで連れて来てくれて、本当にありがとう……」
目を瞑り、深々と頭を下げたマヤメは、ベッドの下から一つの箱を取り出す。
その大きさは、凡そ30センチ程。
表面は黒く着色されており、中は完全に見えないが、
「それは?」
「ん、これがマヤの一番大切なもの。守りたかったもの」
「え? そうなの? でもその大きさって……」
どう考えても、人一人が入れる大きさではない。
もし仮に、この中に入れる大きさだとすると、
それは――――
パカッ
「ん」
「…………は?」
「え?」
「ん、遅くなってごめんなさい……」
そっとそれを箱の中から取り出し、その中身を大事そうに抱き寄せるマヤメ。
目を閉じ、片方の頬を付け、薄っすらと涙を浮かべている。
その姿を見れば、それがマヤメのマスターだとわかる。
こんな幸せそうな表情で、涙を流すマヤメを見たことはない。
「……そうか、そういう事か」
抱いているものを見て、あの人物の話を思い出す。
クロの村のジーアが、マヤメを視て言っていたことを。
それは、マヤメの中には、『黒猫』が視えていたって、事を。
今回のお話にあった『欠片』については、
140話付近の『SS 澄香のゲームオーバー』の、その1と2と、
450話付近の『初夏の空と桃ちゃんと』で語られている内容でした。
それと文字化けについては『文字化けテスター』で変換したもので、
規約の冒頭の『引き継がれた"縺溘∪縺励>”と新たな"蜀帝匱”』を解読すると、
『引き継がれた"たましい”と新たな"冒険”』となっています。
それでは次回も遅くなると思いますが、今後ともよろしくお願いいたします。




