モテな良い人!飯田くん!
「良い人だよね!」
果たして異性から放たれたこの言葉にどれほどの価値があるのだろうか。正直言われて悪い気はしない。
しかし、こと恋愛において良い人というのは、“どうでもいい人”と訳されるという事も頭に入れて置かねばならない。
ケース1 『試験中のおなら』
カリカリカリカリッ
現在クラスはテスト中という事もあり、静まり返っている。
コツッコッコツッ ペラペラッ
緊張感すら漂う空間に響くのは試験官の足音、筆記音、それにページをめくる音のみだ。もちろん咳払いもこの仲間に加えても良いだろう。だが、この日は明らかにその場にそぐわない音が流れ込んでしまった。
プ~ッ
「おなら」
それは人間の生理現象にも関わらず、その特徴的な響きと鼻を摘まみたくなるような臭いから忌み嫌われている存在だ。また、公共の場でそういった行為を行う事も同様に良しとされていない……それが女性であれば尚更である。
教室内では少し笑い声が漏れ始めた時、飯田くんは察した。
その放屁音の主が後ろの席の相沢さんだと言うことを。彼女が誰より人見知りで真面目な女の子だという事実が彼の心を動かした。
そして、聡明な彼はクラスがザワつくその前に既にアンサーへと辿り着いていたのだった!
ブーブリブリブリブリブリ!ブチブチブチッチッ!!バチッチッベ!!!
「……先生……トイレ行ってきてもいいですか……?」
「ど、どうぞ」
テスト中にも関わらず許可を貰えたのは、サウンドとスメルが仲良く主張した賜物であろう。
大爆笑に包まれる教室では1人の少女のみが真っ赤な顔でただただ下を向いていた。
──飯田くん 18歳
彼が良い奴であることは疑いようのない事実である。同時に彼に恋愛感情を抱く女子がいない事も疑いようのない事実であった。
真後ろで屁を浴びた相沢さんは笑えない程の激臭とただ1人息を止めて格闘していた。
ケース2 『おもらし』
あれは彼が小学5年生だった時の事、クラスで学級委員を決める会議を行っていた際に起こった事件である。
学級委員などの面倒くさい事は子どもながらに誰もやりたがらず、大抵ああいった会議は押し付け合いになり、長期化する。そして、1度その場から離れてしまうと戻ってきた時にはどうなっているか分からぬ者もおらず、席を立つなど愚か者のする事だった。
しかしその中で尿意と孤独の戦いを繰り広げ、苦しむ1人の少女がいた。この戦場で飯田くんのみが美雪ちゃんの苦しみを理解していたのだ。
美雪ちゃんは家柄の良いお嬢様で、見た目はお人形さんのように可愛らしいが、潔癖症でプライドが高く、性格も少しキツかった。今はそのプライドが彼女自身を苦しめる事になっているから皮肉なモノである。
「ねーねー、じゃあ美雪ちゃんとかどー? ほら私達よりも大人っぽくてしっかりしてるし」
「……えっ?」
普段の行いにも関わらず、見た目のみで男子から絶大な支持を得る美雪ちゃんには敵が多かった。普段の彼女なら食ってかかる所だったが、如何せんコンディションがコンディションであり少し力めば解放してしまってもおかしくはなかった。
「じゃあ、美雪ちゃんが良いと思う人手ぇ上げてぇ~!」
そんな彼女を余所に学級委員は決定してしまおうとしていた。反論のため彼女が席を立とうと足に急激に力をいれたその時……
チョロチョロ……
彼女は泣きかけていた。いや、正確に言うならば頭上から降ってきた大量の泥水のせいで泣いたのかどうか分からなかった。
バシャー!
「うわぁぁあー!!!
い、飯田くんが美雪ちゃんに水かけた!!!
しかもくっさ!! 池の水じゃん! これ!! おぇえええー!!」
「飯田くん! 何してるんですか!!」
クラスも先生もパニックになっていた。
美雪ちゃんも呆然としていた。
その後、美雪ちゃんに最低な意地悪をした飯田くんが満場一致で学級委員長に決まった。潔癖症だった彼女とその両親からはこっぴどく怒られた。
母親に、何でそんなことしたの?と聞かれた飯田くんは悪びれる様子もなく
だって臭いがして、すぐに汲みに行ける水じゃないといけなかったから
と答えたらしい。
ケース3 『下校』
飯田くんにも女友達はいる。そしてその吉田さんとちょっと良い感じだった時に起こった事件だ。
2人で並んで帰っていると、横に車が通った。ぶつかるかと思った飯田くんは慌てて自分の方に引き寄せた。
ベチャッ
運悪く彼女はポケットに入れていたケータイをドブの中に落としてしまって、故障させてしまった。
「あんなに遅い車にぶつかる訳ないじゃん!! バカッ!!」
怒った彼女とはあの1件さえなければいい関係になれたかもしれない。それでも飯田くんに後悔はなかった。
吉田さんが車に乗った父親の浮気現場をその目にする事がなかったのだから。
ケース4 『忘れ物』
我が校で教科書等の忘れ物をした生徒は隣の席の人から見せて貰うのが一般的になっている。
「あ、あれ~、確かに持ってきたのに~」
飯田くんの隣の席の佐藤さんも教科書を忘れたらしい。もちろん快く彼女には教科書を見せる事にした。
「ありがとー、飯田くんって優しいんだね!」
授業中既に予習済みだった飯田くんは彼女の分かっていないところも丁寧に解説してあげた。勉強が出来て優しい、そんな隣の青年に惚れる女子も珍しくはない。すっかり魅せられた佐藤さんの頬はほんのりピンク色に染まっていた。
だが、飯田くんに限ってそんな王道はないのだ。
「そういえば前回の授業中説明出来なかった所の解説するぞー」
「……!?!?」
飯田くんがページをめくる。
ページをめくった彼女を待っていたのは下の方に小さく書かれたポエムであった。気付かず彼は解説を続けるが、気を取られた彼女にもはや説明など眼中になかった。ページをめくれば現れるポエム、ポエム、ポエム。それらを赤面しながら静かに読み進めていった。
不思議に思った飯田くんは家に帰って予習をしている時にその解答を得る。
その日をもって“飯田ポエム”が教科書から消えたのは想像に難くない。
ケース5 『探しモノ』
飯田くんはモテたいと思っていた。その為、恋愛指南書も少しは読んだ。だが、そこに書かれているのは割と自分のやってきた事であり、殊更彼がモテないという疑問を膨れ上がらせただけだった。
「飯田! お前今日も残念だったな!
くぅー、オレだったらあの子お持ち帰りしてたのに」
あの子というのは恐らく先程怒らせてしまった堺さんの事だろう。先日彼女が大切にしていたおばあちゃんの形見のハンカチを落としてしまったらしいと噂に聞いた。一日中探したのだが、犬の巨大なフンを支える風呂敷となっていたので家で綺麗に洗濯して届ける事にしたのだ。そして今日、堺さんの友達の女の子がバッグに入っていたハンカチを偶然発見し、窃盗の疑いをかけられたといった流れである。
弁明はちゃんとしたので、彼女を救えた事で株は少しは上がっているに違いない。
堺さんは相変わらず冷ややかな目をしていたが、あれも照れ隠しか何かかもしれない。
これは彼女が出来る日も遠くはないのかも……
「まぁ、オレは美雪さん一筋だから
マジで可愛い過ぎだろ
ほら、アレがお前と正反対な、性格はクソだがモテる女だよ」
指された方角には大勢のイケメンから今日も今日とて迫られている美少女の姿があった。あしらう様は人を人とも思っておらず、まさに女王といったものだった。
「あんだけ性格悪くてもモテるって……オレとかお前みたいな優しい男には世知辛い世の中ですこと」
飯田くん達は一緒に笑い合い励まし合いながら、これからモテる為の作戦会議をして帰路へとついた。
遠ざかる彼の背中を見送ると、私も烏合の衆へ別れを告げる。
見た目が全てなのかもしれない、そう思っていた時期もあった。愛など顔の皮1枚剥がせば崩れる表面的で繊細なモノに過ぎないと。だから、綺麗な愛を手に入れる為に私の皮には誰も触れさせなかった。
でも、泥水を被って初めて気付いた。愛は初めから醜いモノなのだと。
これは素直になれない私の日記。
私の王子様にいつまでたってもモテて欲しくない話だ。
お読み頂き、ありがとうございましたm(_ _)m
本当は長編で書きたかったモノなので、要望がありましたら続きか別の形で書かせて頂こうと思ってます(・ω・)!