7)お風呂は薪風呂
「美千留に完成予定図、見せてやるよ」
と、私は賢哉に促されて、賢哉が使っている部屋に行った。
賢哉は、ノートパソコンと大学ノートを開いた。
ノートには、この家の古い間取り図らしきものが貼り付けてあった。紙が茶色く煤けてるから、何十年も前のものなんだろう。
「何年も前から、この家、なんとかしたいと思ってたんだ。
でも、俺んちからここまで、距離あるし。
試験が終わって、免許とるまでは、足がなかっただろ。
それで、なかなか、来られなかったんだよな。
だから、机上の設計図でしかないんだけど」
と賢哉。
「試験終わってから、そんなに日にち経ってないよね。
よく免許とれたね」
「中期の試験は3月始めだろ。
それから、最短日数で取った。空いてる教習所だったおかげで、予約取り放題だったし。
車は、教習所に通う前から空き地で家の車使って練習しておいたから、楽勝」
「・・空き地で練習ですか・・」
さすが賢哉だ。
この妙な行動力。
「先輩が、ジムニーを安く売りに出す、っていう話しを聞いたのはラッキーだったな。
燃費が悪いから、というのは後で聞いて、ちょっと躊躇したけど。
でも、この荒れ地をモノともせずに走れるから、今では良かったと思ってる」
「うん。可愛いし。
いいやん」
小さいくせに、健気に頑張ってるよな。ジムニーくん。
「大学のための金が、免許の費用とジムニーで、すっかり空だから、バイトもしないといかんし、受験勉強もしないとな」
「大学の金、使い込んだんかい・・」
「大叔父さんが、分割で貸してくれるって言ってるから、いざとなったら、大学行ってからのバイトでもいいかもしれない」
賢哉って、計画性が、あるのか、ないのか、判らなくなってくる。
好きに生きてるな。
うらやま。
賢哉は、家の古い間取り図をもとに、ノートパソコンの中に製図して、床板や壁板を修繕する計画を建てていた。
屋根を葺き替えるための屋根素材とかも、資料が挟み込んである。
賢哉が、CGで描いた家の完成図は、無垢の木をふんだんに使って仕上がっていた。屋根はダークグリーン。壁は、野外トイレの壁と同じ焦げ茶色。エントランスには自然石が敷き詰めてあって、東側、玄関横に白木のバルコニー。ドアとドア枠、窓枠も白木で、焦げ茶と白の配色がお洒落だ。
「綺麗な家だね」
「だろ」
「なんか、納戸と押し入れマークが多いね」
私は間取り図を指さして言った。
「うん。この家、収納が、すごい多いんだよね。
部屋数は6部屋で、一部屋の大きさもさほど広くないけど、代わりに、一部屋にひとつ、一畳の押し入れが付いてる。
納戸も、3つもあるだろ。
使い易い家だと思うよ」
「このバルコニーに出られる部屋、サンルーム?」
「小さいけどね。
ガラスとアクリル板で採光をたっぷり取った板の間のスペース」
「ここは和室で、床の間だね」
「うん、純和室。
濡れ縁と雪見障子から、小さい日本庭園が見えるようにしたい。
あと、部屋の真ん中に囲炉裏」
「贅沢だね。
で? かまど、っつうのは?」
「勝手口の土間を広くとって、そこにかまどを作りたい」
「・・やっぱ作るんだ・・。
お風呂は、薪風呂だっけ・・」
「もともと、この家の風呂、薪風呂だから。
薪の風呂釜は、まだ使えるかもしれないけど、かなり古いし。
リフォームついでに、新しい薪風呂の釜に買い換えようかと思ってる」
「エコな家だったんだね・・」
「エコっつうか、昔ながらの家のまんまだっただけだよ。
前に、熊本で、地震があっただろう。
あのときは、ライフラインが止まって、困ったんだよな。
でも、この家だったら、困らなかっただろうな、と思う。
そもそも、繋がってるライフラインがあまりないんだからさ。
あの地震のときには、すでに、祖父ちゃんち、ボロボロだったから、使えなかったけど。
もしも、手入れして綺麗にしてあったら、避難所に使えたんじゃないかな」
「そっか・・」
ライフラインが繋がっていない家、というのは、そういうメリットがあるんだな。
水道が止まっても井戸がある。
野外トイレがある。
ガスが止まっても、かまどがある。
でも・・電気は、要るんじゃないかな・・。
「電気が止まったら、困るよね、やっぱり。
家の井戸水汲み上げてるの、電気のポンプでしょ?
灯りも電気だし」
「灯油の発電機を買っておけば、もしものときは、大丈夫だよ。
灯油の灯りも買っておこうかな。
外の井戸は、手押しポンプだし、水は確保できるよな。
あと、雨水をためられる貯水槽も作ろうと思ってるんだ」
「雨水の浄化槽・・って。雨水を利用するためのタンクみたいな?」
「コンクリート製の小さなプールを作ってさ」
・・また手間のかかりそうな代物を考えてるな、賢哉のやつ。
「とりあえず、家の方をやろうよ、賢哉。
お風呂、使えるようにしようよ・・」
「そうだな。
まずは、風呂の確保だな」
賢哉が脱線しないように見張りながら、とりあえず、住める家を目指させよう。
◇◇◇
私と賢哉は、風呂場の確認に来た。
総タイル貼りの風呂だ。
一応、風呂の形は保っているが、古いので、タイルは、あちこち割れたり剥がれたりしている。
天井を見上げると、汚れが酷い。
カビとか、煤とか、蜘蛛の巣とか。
「天井板は張り替え。
タイルも貼り替え。
それから、湯船も取り替え。
湯船は、木風呂の理想の槇の木製。
おふくろに、『あんたじゃ手入れ無理だから、ステンレスかホーローにしなさい』って言われたけど・・」
「うん。無難だね」
と私。
「こっそり、槇の木で作ろうかと思ってるんだ」
「お母さんの言うことは、聞いておくもんじゃないの」
母の「勉強しろ」の命令に背いて、受験に失敗した私が言うのもなんだが。
「家具職人として、避けて通れない道だからな」
避けようよ、そこは。
「もう、槇の木材は確保したんだ」
と、賢哉が自慢げに言う。
確保しちゃったのか・・。
もしかして、ジムニーに乗っていた材木か。
「湯船の設計はとっくにしてあったんだ。
板が届いてから、サイズ測って切断は、もう終わらせてある。
時間節約のために、ホームセンターでやってもらったから。
ホームセンターは、デカい切断機があるから、いっぺんに何枚も板の切断をやってくれてさ。
あとは、細かいはめ込みの細工を加工して、組み立てれば出来上がる」
う~ん。
簡単そうに言ってるけど、大丈夫なのかなぁ。
湯船造りなんて、ふつうはプロに任せる仕事だよね。
一抹の不安。
とりあえず、私は、畳の解体作業をやろう。
カッターナイフの扱いは、だいぶ上手になってきた。
最初は、ずいぶん、ぎこちなくて、不器用だった。
何事も慣れだね。
畳の藁を縛り付けている糸をどんどん、カッターナイフで切っていく。
畳を形作っている藁がほぐれていく。
賢哉は風呂場の工事で忙しそうにしているから、私は、ミミズの住処でも作ろうかな。
今日は、畳をさらに3枚、解体し、合わせて6枚は済んだ。
あと12枚か。
解体の手際が良くなってるから、明日か明後日には終わりそう。
賢哉の様子を見に行くと、電気ハンマーの先をノミのような金具に変えて、風呂場の古いタイルを破壊している。
マスクをして、目を保護する眼鏡もかけている。
本職の解体屋さんっぽい。
「美千留、破片が飛ぶと危ないよ」
と賢哉。
「うん、判った」
「お腹空いたか?」
「ううん。まだ大丈夫。
カレーが余ってるから、いつでも夕食にできるよ」
「そっか。
今日は、昨日の岩風呂で、温泉浸かって、うちに帰ってからカレーで夕食にするか」
「うん、そうしよう」
私は作業している部屋に戻って、さらにもう1枚、畳を解体した。
かなり疲れてきたので、座り込んで休む。
賢哉も疲れてないかな。
賢哉は、ちょっと危険な作業をしてるから、疲れてやるのは危ないよね。
麦茶でも持っていってあげようかな。
台所で、食材の入ったケースを漁って、賢哉のところに麦茶のペットボトルを持っていった。
ふたりで座り込んで麦茶タイム。
「そろそろ、温泉入って来ようか、美千留」
案の定、疲れた様子だ。
まだ2日目だけど、けっこう、働いたもんね。
カレーのためのご飯をタイマーでセットしてから、賢哉とお風呂に行った。
2話目、いつもより少し遅くなります。午後9時に、今日の2話目を投稿します。