6)こだわりの野外トイレ
本日、2話目の投稿になります。
明くる早朝。
天気は少々、曇り。
でも、雨は大丈夫そう。
賢哉がさっそくトイレ工事を始めたので、見学に行った。
おぉ・・。
さすがこだわり職人の手仕事。
なかなか、見事に出来つつある。
賢哉が苦労したという柱は、きれいに立っていた。
路盤材と束石に、柱はがっちり留め付けてある。
路盤材と束石は、地面に埋め込んだ極太の金具で固定されていた。トイレの壁が風で飛ばないようにするために。
トイレは、穴がいっぱいになったら移動させるので、柱や束石は、地面に埋めなかったという。
一応、長く使えるように考えてるらしい。
でも、家のトイレ、直すんだよね? ここは、間に合わせだよね?
柱には、まだ途中ながらも、板壁が張ってある。
壁板って、ただ、ぺたんと張るんじゃないんだな。
一番下の一枚は、ぺたんと打ち付けてあるんだけど、二枚目は、一枚目の板の上部に、少しだけ重なるように張る。つまり、二枚目以降は、わずかに傾斜になっている。
そうすると、板と板の継ぎ目が、むき出しにならないから、隙間に雨がかからないようになる。
なるほど。
4面の壁のうち、2面はすでに完成していて、賢哉は、3面目を張り始めていた。それも、あと少しで完成しそう。
電動ドライバー――この電動工具はインパクトドライバーという名前らしい――をギュンギュン鳴らせながら、どんどんビスで留め付けてる。早い早い。
私も、賢哉が板を張るのを手伝った。板を抑えたり、ビスを取って渡したり。
それほど時間もかからずに、速やかに3つ目の壁が完成した。
「最後の壁は、ドア付けるの?」
と私が尋ねると、
「うん。その予定。
ドアを造る間は、ビニールシートを出入り口に下げて置くから、もう使っていいよ」
と賢哉。
半分完成したトイレの中をのぞくと、穴にすでに板が渡してある。板は、広めの板が片側2枚ずつ、計4枚渡してあり、打ち付けて固定してあって、安定感は悪くなかった。良かった。怖くない。
自然木を使った手作りのトイレットペーパーホルダーも設置してあった。野外トイレのくせに、お洒落な親切仕様。
そばには、おが屑や籾殻や落ち葉なんかが入ったポリバケツが置いてあり、賢哉が言うには、酵母菌やらバクテリアやらが、より速やかに排泄物を分解するよう、工夫をこらした、という。
相変わらず、妙なところにまで、こだわってる・・。
そんなわけで、一応、使えるようになっている。
天井がないから、雨降ったら困りそうだけどね。
賢哉がビニールシートのカーテンを出入り口に付けてくれたので、早速、使ってみた。
まぁ、昨日の野ションに比べると、格段に、文明を感じる。
まだ、縄文時代レベルだけど。
そういえば、三内丸山遺跡のこと習ったときに、遺跡では、川の水を使った水洗トイレの痕跡があった、とか言ってたっけ。
ヤバい。縄文時代に負けてるやん。
それにしても、賢哉がやたら深く掘ったせいで、底がかなり下だ。
壁が出来たおかげで、暗いし、どこにおが屑を落とせばいいのか判りにくい。
適当に小さいスコップで撒いておいた。
さて。
賢哉がなにやら造っている間に、私は、朝ご飯の支度をすることにした。
時計を見ると、もうすぐ9時になる。
賢哉と朝早くから大工仕事してたから遅くなってしまった。
こういうとき、家事のお手伝いをしていなかったので、我ながら、段取りが悪いんだよな。
カセットコンロを台所のコンロを置く台に乗せ、食材の入った箱をのぞき、卵とベーコンを取り出した。
テーブルが無いので、段ボール箱を台にして、皿を並べる。
フライパンにサラダ油をたらし・・あ、ベーコンから油が出るから、要らないのかな。
判らん・・。
お手伝いは、やっとかないと、ダメだよな。
とりあえず、少しだけ油をたらしたフライパンをカセットコンロの火に乗せて、卵を割り入れた・・あれ、ジュァという音がしない。
母が作っていたときには、音がしてたのに。
フライパンを温めてから卵入れなきゃいけなかったのかな。
しばらくしてジュアァと良い音がし始めた。
そこに、ベーコンも乗せる。
自分で作ったことはないけれど、母が作った出来上がりは食べてるので、完成図は脳裏に収まっている。
あれを目指す。
目指すほどのものでもないんだろうけど。
・・フライパンに蓋、するのかな。
した方が早く出来るよね。
火、強すぎないかな。
ちょっと弱める。
これじゃぁ、賢哉に、女だと思われなくても、仕方ないよ。
精神的に挫けそうになる。
とりあえず、見た目は、問題のないベーコンエッグが完成した。
ご飯はないけど、バターロールの袋があったので、それを段ボールのテーブルに乗せる。
あとは・・スープか、サラダが欲しいところだけど。
食材の袋には、レタスはなかった・・あ、トマトがあった。
トマトを切ろう。
えーと、包丁と、まな板と・・インスタント味噌汁とポタージュの素、発見。
カセットコンロでお湯を沸かそう。
もたもたやってるうちに、「旨そうな匂い」と言いながら、賢哉が家に入ってきた。
「あと、ポタージュスープを作る予定」
と私が言うと、
「いい嫁さんになれそうだね」
と賢哉。
こんなんで、いい嫁さんなの・・。
賢哉、チョロすぎる。
ただの世辞かもしれんが。
まぁ、ベーコンエッグは、問題なく美味しく出来てたけどね。
◇◇◇
朝ご飯を食べ終わると、賢哉は、屋根に上って、雨漏りしていそうなところに、ビニールシートを張り始めた。
屋根工事は、旭輝大叔父さんや、賢哉のお父さんにも手伝ってもらう予定らしい。だから、それまでの間は、ビニールシートで間に合わせる。
私は、賢哉が屋根に上ってる間に、畳の解体をした。
道具は、カッターナイフと、丈夫な作業用手袋。
賢哉が、畳の解体の仕方をネットで調べて、ノーパソの画面に出してくれたので、それをじっくり見ながら、カッターナイフを取り上げた。
賢哉が、「カッターナイフで手を切るなよ」と、カッターナイフを動かす方向に手を置かないように、としつこく言われた。
最初は、慣れない上に慎重にカッターナイフを取り扱っていたので時間がかかったけど、二枚目からは、けっこう、手早く出来るようになってきた。
でも、それなりに肉体労働なので、疲れる。
二枚目の畳の解体が終わったところで、座り込んで休んだ。
「美千留、無理しなくていいよ」
と賢哉が様子を見に来た。
「うん。
一休みしたら、またやる。
この藁、なんに使うの?」
畳を解体すると、中身は、藁だった。
畳が藁で出来てるなんて、知らなかったよ。
それも、ぎっしり圧縮した藁。
糸で、ぎゅうぎゅうに縛った藁で、畳は作られていた。
だから、解体して、縫い縛っていた糸を外すと、それなりの量の藁になった。
「この藁で、ミミズを飼う予定」
藁を手に取りながら賢哉が言う。
「・・ミミズって、あの、赤くてにょろにょろした奴?」
「それ」
賢哉が重々しくうなずく。
「・・ミミズを飼って、どうすんの?」
「ミミズの糞は、良い肥料になるんだ」
「マジっすか・・」
「適当な箱に、藁を入れ、ミミズを入れて、生ゴミとかを入れておくと、ミミズが野菜屑とかの生ゴミを食べて、繁殖するんだ。
それで、ミミズたちは、糞をする」
「・・うん」
「ミミズが、下の方の餌から食べ始めて、上の方へ移動するように、生ゴミを入れる工夫をしておくと、やがてミミズの巣箱の下の方に、糞がたまる。
それを、畑や花壇に撒く」
「・・なるほど。
畑と花壇のために、わざわざミミズを飼う・・の?」
「この家、ゴミ捨て場が遠いんだ。
歩いていけない距離。
車で10分くらいかな。
面倒だから、ゴミは極力少なくしようと思ってさ。
うちの母親がコンポストでミミズ飼ってるんだ。
それを参考にする」
「ゴミ捨て場が車で10分・・」
まぁ、近辺に人が住んでないんだから、そうなるかな・・。
かなり不便だ。
特に生ゴミは、ただ溜めとくと腐るし、置いておけないよね。
でも、なるべくゴミの出ない生活してれば、ゴミ捨て場が遠くても、なんとかなるのかな。
「ミミズの住まいも作らないとな」
と賢哉。
・・こりゃぁ、夏までに終わるのかい・・。
こだわり職人の賢哉は、脱線が多そうだし。
心配になってきた。
◇◇◇
3枚目の畳を、ようやく解体し終えると、私は、昼ご飯の支度に取りかかった。
賢哉のノーパソで、「カレーの作り方」を調べる。
朝ご飯を作ったときに、カレールーは見つけておいた。
賢哉が、「クーラーボックスの肉を、傷まないうちに早めに食べ終えたい」と言っていたので、残った肉を全て使った肉たっぷりカレーにする予定。
賢哉は、屋根のビニールシート張りを終えて、野外トイレのドアと屋根造りに取りかかっている。
まだ二日目とは言え、家の中は、ほとんど手付かず状態。
焦るなぁ。いいのか、このペース配分で・・。
なんで賢哉より私の方が焦ってるんだろ。
とにかく、出来ることをやるしかないよな。
カレーは、中学のころの自然教室で、作ったことがある。
あのときは、ご飯を飯盒で炊いたんだよな。
家の電気が無事に使えて、炊飯器も賢哉が持ってきたので、ご飯は炊ける。
私は、ご飯の炊き方も、ネットで調べた。
ご飯の炊き方くらい、なんとなく判るんだけど、失敗したくないから、きっちり調べた。米も、正確に計った。
家の井戸水も、無事に出る。
綺麗な水が出るまで、井戸水を流してから使ってる。
赤さびみたいな色の水が最初に出て焦ったけど、今は清爽な水が出てる。
かなり深く掘った井戸水という話しだけれど、あの赤さびの水を見ちゃうと、ちょっと怖くて飲めない。
賢哉も、「水を、保健所に調べてもらって確かめてから、飲料にする」と言ってたし。
でも、今は、見た目、綺麗に澄んでるので、お米を洗うのに使ってしまった。
慣れない手つきで、ようやく、米とぎ完了。
ペットボトルの水を炊飯器の内釜の目盛りを見ながら入れる。
こういう作業を、結婚前にしっかり身につけとくのは、必要だよな。
愛する旦那様に、無様なところは見せたくない。
賢哉ならかまわんが。
炊飯器のスイッチを入れた。
さて、カレーだ。
カレールーの箱の裏にも作り方が書いてあるけど、超初心者だから。写真付きの作り方をノーパソの画面に出してじっくりと見る。
ふむ。
まずは、野菜の下ごしらえ。皮をむいたり、切ったり。
皮むきがあったので、なんとか出来た。皮むきの使い方が、いまいち判らなくてネットで調べたのは極秘だ。
鍋に油をたらし、タマネギとジャガイモ、にんじんと肉を炒めるのか。
肉の生煮えはよくないから、しっかり炒めよう。
ネットの画像と見比べながら、炒める。
カセットコンロの火って、調整がいまいち、むずいな。
あぁっ、焦げる!
あわてて、火から下ろして鍋をかき回す。
カセットコンロと戦いながら、なんとか炒め終え、水を投入。
ぐつぐついってきたらアクを取る。
カレールー、投入。
大汗かいた。
カレーって、初心者向けメニューの定番じゃなかったっけ。
香ばしいカレーの匂いが漂う。
匂いだけはいいな。
あー、なんか、ドロドロしすぎてないか。
もしかして、アクを取るときに、一緒に汁を取り過ぎたからか。
アク取りの網みたいなのがなかったから、お玉で取ったんだよね。
水、投入。
ふと、カレーの香ばしい香りに、かすかな焦げ臭さが混じっていることに気付いた。
「うわ、カレー、焦げ始めてるっ」
慌てて、カセットコンロの火を消す。
まだ大丈夫だよね・・。
焦げ臭いっていっても、ほんの少しだし。
鍋をかき混ぜてみた。
底の方に、じゃっかん、焦げ茶色の部分が垣間見える。
大丈夫。
このくらいなら、食べられる。
とりあえず、味見・・
うん、カレーの味だ。
よ、良かった・・。
・・料理って、大変だわ・・。
◇◇◇
カレーは大好評だった。と言っても、食べたのは私と賢哉だけだけど。
普通に、カレーだった。ルーは市販だし。
食品メーカーさんが、良い仕事してくれてました。
午後は、賢哉のトイレ作りを手伝った。
ドアの蝶番を付けるのに、手を貸して欲しい、と言われたから。
「蝶番って、なかなか難しいんだぜ」
と賢哉。
少しでも取り付け方が歪んだりすると、開け閉めがスムーズにいかないんだとか。
賢哉が手作りしたドアを見て驚いた。
「これ、竹?」
竹で出来た筏みたいなドアだった。
「うん。外の物置に竹が束になって入ってたから。
それを並べて切りそろえて、横木で繋げて、ビスで留めてドアにした」
「へぇ」
竹は、少しずつ、太さに差があるけれど、それも良い味になっている。
横木を5本くらいも留め付けてしっかり作ってあるので、丈夫そうだ。
なかなか趣がある。
――トイレのドアなんかには、もったいないなぁ。
間に合わせじゃなかったっけ・・この野外トイレは・・。
もう、使い捨てじゃ、惜しいレベルのトイレになってるやん。
賢哉は、トイレの屋根にも竹を使っていた。
合板に、屋根用防水紙を載せ、タッカーという、ホチキスのデカいやつみたいなので貼り付け、その上に竹を並べて屋根用のビスで留め、お洒落な屋根にしてた。
マジか・・。
こんなお洒落なトイレ、使い捨てなの。
こだわるところ、間違ってない?
頭の中に色んな邪念が浮かびながらも、賢哉のドアの取り付け作業を手伝った。
蝶番は、無事に取り付けられ、竹ドアの完成。
かんぬきで鍵が閉められるようになっている。
かんぬきは、内側と外側と、両方に付けてある。
外からも鍵が閉められるようになってないと、風が強いときにドアが飛ぶからだとか。
それから、二人で、トイレの板壁のペンキ塗りをした。
焦げ茶色の、塗料を染み込ませるタイプの「浸透型塗料」だった。
ペンキの種類なんか、始めて知った。
塗る、というより、染み込ませる感じに塗っていく。
自然な風合いに仕上がった。
竹がアクセントになってて、トイレに見えない。
もったいない・・。
トイレじゃなくて、東屋とか、物置とか、作業小屋にすれば良かったのに・・。
賢哉は、「あとは、トイレに灯りを付けなきゃな」とか言ってる。
「夜は、懐中電灯、持って入るからいいよ」
と私。
また無駄なこだわりをしてたら、肝心の家の中が後回しになってしまう。
「うーん。そうだな。
照明のパーツを買ってないから、しばらくは懐中電灯でいいか」
ようやく、妥協してくれた。
・・賢哉に家の方に集中してもらうには、どうすればいいのかな。
はっきり言って、ミミズの住処も後にすべきだと思う。
ミミズの家くらい、私が作ってもいいし。
どんな家か知らんけど。
野外トイレの工事を先にさせたのは、私のせいでもある。
これからは、余計なことは言わないようにしなきゃ。
でも、トイレは必要だったから、しょうがないか。
「家の屋根の方は、大叔父さんたちに来て貰うまでは手を付けられないんでしょ?
家の床とか、お風呂とか、工事しないの?」
と私。
「風呂は欲しいよな。
いちいち、温泉行くのも面倒だし」
「そうだよ、お金もかかるし。
お風呂工事、やろうよ」
「だな。他は後回しで、次は風呂工事するか。
新しい薪風呂にする予定なんだ」
「えー? マキ風呂? マキって、あの、暖炉で燃えてるやつ?」
「うん」
「プロパンガスとかじゃないの?」
「台所は、さすがに、プロパンガスにするよ。
かまども作る予定だけど」
「かまど・・」
また、なにやら、こだわる積もりらしい・・。
また明日、午後6時に投稿いたします。