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5)野外トイレ作り


 賢哉は、作業をするための段取りを記した、計画ノートを作っていた。

 ノートパソコンと、計画ノートと、ふたつに作業日程などを記録しているようだ。

 ノートを開きながら、

「とりあえず、トイレをなんとかしておこうと思うんだ」

 と賢哉。


「うん。激賛成」

 と私。

「美千留が外に居る間におふくろに電話して確認しておいた。祖父ちゃん、外に穴掘って手作りトイレ作ってたらしい」

「マジすか・・」

「うん。

 大叔父さんも、そんなようなことは言ってたんだよな。

 なにしろ、昔のことだから。

 おふくろも、うろ覚えで、あやふやだったけどさ。とりあえず、記憶に残っていることだけでも聞いておいた。

 それで、トイレのことなんだけど。

 俺、二年くらい前に、オーストラリアに旅行に行ったことがあるんだよな。

 向こうに留学している友達の兄貴を頼って、友達と個人旅行したんだ。

 そんときに、車が故障して。

 見渡す限り、なんにもない平野が広がってる、田舎道の真ん中という、とんでもないところで車が壊れたんだ。

 そのときに、友人たちと、ずいぶん歩いて、ガレージみたいなところで家具作ってるオージーに会ってね」

「オージーって、オージービーフのオージーのことだよね」

「うん。オーストラリア人のことだよ。

 元イギリス人だった、白人系の。

 オーストラリアには、アボリジニーって元々の住民が居るけど、アボリジニーは、オーストラリアンと呼ばれるらしい。

 それで、そのオージーが、仲間と家具を作ってて。

 道路に作品を並べて、売ってるんだ。

 それも、かなり高価な家具をね。

 巨木の一枚板を使って、磨いて、足付けて仕上げたテーブルとか。

 ひとつ売れば、1年暮らせる、とか言ってた。

 それで、彼らの住んでるガレージハウスには、上下水道なんか、無いんだ。

 トイレは、穴掘って、おが屑をかけて処理してた」

「へぇ」

「祖父ちゃんのトイレも、そんな感じのやつだったらしい。

 深い穴を掘って、おが屑と切り藁、落ち葉や籾殻なんかをかけて。

 部屋にあった籾殻は、そのためのかもな。

 で、穴がいっぱいになったら埋めて、その上は、花畑にしてたってさ。

 野菜の畑にはしてなかった、っていう、おふくろの話し」


「やっぱ、自分の排泄物を栄養にした野菜は抵抗あるから?」

「抵抗がある、というか、動物の糞便は、発酵させるのに日にちがかかるから、かな」

「糞便を、発酵させる・・の?」


「野菜とか、植物は、根で栄養を吸収するだろ。

 そのときに、ちゃんと分解された栄養分でないと、問題が起こるんだ。

 生ゴミでも、糞便でも、発酵という形で、栄養素を分解させて、植物の根が吸収できる形に熟す必要があるんだ。

 そのときに、落ち葉とかよりも、動物の糞便は、分解に時間がかかる。

 昔は、肥だめってあっただろ。

 肥だめで、発酵させて、良い肥料にするんだ。

 でも、なにしろ、臭いからね」

「なるほど・・」

「で、この家のトイレは、そのうち直す予定だけど、まだ、どういう風に修理するか、決めてないんだ」

 と賢哉。

 壊れた祖父ちゃんのトイレは、汲み取り式で、簡易水洗になっていた、という。

 ただ、問題があって、水洗で汲み取り式だと、水を使うぶん、すぐに浄化槽がいっぱいになる。

 それで、頻繁に、汲み取りに来て貰わなければならなかった。

 簡易水洗トイレにしたばかりのころは、浄化槽が溢れてしまう、という悲惨な事故も起きたらしい。

 悲惨な事故・・だな、たしかに。


 それで、賢哉の祖父ちゃんは、簡易水洗が壊れたあと、直す気が起きなかったらしい。

 トイレが壊れて使わなくなってから、汲み取ってもらい、浄化槽をきれいにして、そのまま、になっている。

 祖父ちゃんは、途中まで、自分で工事までして、嫌になって放置した、という。


 なんだか、マメなんだか、いい加減なんだか、判らない祖父ちゃんだな・・。


「出来れば、水洗トイレにしたいところだけど。

 下水道工事が出来るか、それとも、簡易水洗にして、汲み取りのままにするか。

 今、調べて検討中だから、工事するまでは、祖父ちゃん方式のトイレで間に合わせようかと思ってさ」

「了解しました。

 トイレを掘るんですね」

「うん、そう」

 と賢哉がうなずく。

「やりましょう」



 賢哉の祖父ちゃんがトイレにしていた、と思しき場所は、おおよそ判った。

 20年近くも経ってるので、もう痕跡は消えているけれど。

 お花畑だったらしき場所が見つかったのだ。

 チューリップの芽が大量に出ていたので、おそらくここだろう。

 それにしても、チューリップの芽は、雑草に埋もれつつあり、よくも生き残ったな、と感心してしまう。

 賢哉もそう思ったらしく、

「チューリップって、案外強いのかな」

 などと言っている。

 後日、叔母さんに聞いたところ、植えっぱなしのチューリップは、環境が悪いと花は咲かなくなるが、球根は生き残り、葉っぱだけは生えたりするんだとか。

 とりあえず、トイレの場所だったらしきところは判った。

 賢哉は、なおも辺りを物色し、ひとしきり考え込んでから、トイレの場所を決めた。

 それから、ジムニーから、電動工具を運んできた。


「電気ハンマーを使って掘るよ」

 と賢哉。

「すごい本格的なの持ってるんだね、大叔父さん」

 なかなか大きくて立派な電動工具だ。

 重そう。

「うん。

 これは、はつり機とも言って・・まぁ、壊す機械だな。コンクリート破壊したりする。

 道路工事の現場で、これで、ガガガっとやって、アスファルト破壊してるだろ」


 賢哉は、私に、電動ハンマーを構えて地面を掘るような格好をして見せてくれた。


「あぁ、なるほど。

 見たことあるかも」


 これは・・アレだな。

 マシンガンを地面に向かって、ぶっ放している感じに似ている。


 賢哉は、電動工具のケースを持ってきて開いた。

 中から、コードや、やけに頑丈そうな分厚い、柄のないシャベルが出てきた。


「このビッチの部分をシャベルに付け替えれば、穴が掘れるんだ」

 賢哉は私に説明しながら、電動ハンマーの先をシャベルに付け替えた。

 手つきが手慣れている。


「使ったことあると?」

 と私が尋ねると、

「大叔父さんに、一通り、工具の説明とか聞いて、使い方を習った。

 美千留、コード、コンセントに差してきて」

「ラジャ」


 家の電気は、無事に使えることが判ったので、賢哉は、家のコンセントから、延長コードを引いてきていた。

 工事用のぶっとくて長い延長コードは、コードリール付きで、ハンドルでくるくる巻いてコードを片付けられるようになっている。

 コードリールの部分にコンセントが付いているので、そこに電動ハンマーのプラグをさした。


 準備完了。

 電動ハンマーが、ガガガガガと大音量で動き始めた。

 振動がけっこう凄い。

 賢哉は、さくさくと、土を掘っていく。

 文明の利器って、エラいなぁ。

 ・・と、ぼんやりと思いながら見ていると、穴は、どんどん、深くなっていく。

 たぶん、祖父ちゃんがトイレに使っていたために、一度掘ったことのある地盤は軟らかいのだろう。

 賢哉は、穴をみるみるうちに広げていく。


 マジか・・。

 こんな巨大トイレ、誰が使うのさ。

 まるで、くまモン用のトイレのような様相を呈してきた。

 それでも賢哉の電動ハンマーは止まらない。

 なぜに?

 象でも飼うのか。

「美千留、バケツを持ってきて土を運んで」

 と賢哉に言われ、私は、「は・・はい!」と、バケツを取りに走る。


 ランナーズハイと同様に、穴掘りハイというものがあるのかもしれない。

 賢哉の身長よりも穴が深くなったところで、ようやく、電動ハンマーの快進撃が止まった。

 私が運んだ土も、なかなかの小山になっている。


「こんくらいでいいな」

 と賢哉が額の汗をぬぐった。


 私は、答えに窮した。

 賢哉が掘った穴は、深さ2メートル、直径は1メートルはある。

 いくらなんでも、デカすぎる。

 こんなものをまたぐのか・・。

 身体は固くはない。柔らかい方だ。

 でも、全力で開脚した状態で、排泄行為をしたいと思わない。

 そんな画は、想像するのも嫌だ。


 私が、「こんなデカいトイレで用をたすの・・」と、力なく言うと、

「大丈夫、穴に板を渡すから」

 と賢哉。


「・・安定感に問題ない?」

 と私。

「板が外れないように、くさびでも打っておくか」

 と賢哉が平気な顔で言う。

 落ちたら悲惨だな。ある意味、幽霊屋敷よりも怖いトイレだ。


「トイレの壁とかは・・?」

「そっか、壁、居るかもな」

「居るよ・・」


 それから賢哉は、

「どうやって壁作ろうかな。

 柱は束石を使うか。

 それとも、柱材を穴掘って立てるだけでいいか」

 などと、巻き尺でサイズを測りながら楽しそうに構想を練っている。


 ・・なにも言うまい。


「可愛いトイレにしてやるからな、美千留」

 賢哉がご機嫌で言う。

 可愛くなくてもいいんですけど。

 私は、こんなトイレに、可愛さなど求めていない。

 でも、返事をしないと可哀想なので、「うん」と答えて置いた。


◇◇◇


 賢哉が、ホームセンターまでジムニーを走らせて、材木やペンキや、トイレ壁の基礎に使う束石なるものを買ってきたり、トイレの壁工事をやっている間に、私は、家の掃除に全力で取り組んだ。

 まず、散乱したガラクタを一カ所にかき集める。

 あとで始末しやすいように、燃えるゴミと燃えないゴミに分類しておく。

 それから、畳に取りかかった。

 賢哉が、畳は、藁部分を取り出して、藁を再利用したい、と言う。

 ゴミを少なくして、使えるものを再利用するのは良いことだよね。まぁ、時間がかかりそうだから面倒っちゃ面倒だけど。


 畳は、何十年も放置されていたから、ダニなどの虫が湧いている可能性があり、その上で寝るのは避けたいので、一カ所に積み上げておく。


 6部屋のうち、和室は3部屋で、畳は18枚あった。

 野ネズミの家族が住んでいた部屋に、18枚の畳を積み上げた。

 畳の下の床は、見たところ、問題はなさそう。

 ただの板敷きの床だ。塗装などの加工がしてないので、みすぼらしいけど。

 私は、箒で家中を掃き清め、ぞうきんで拭きまくる。

 ぞうきんは、一瞬で真っ黒になるのだが、繰り返し拭き掃除をしているうちに、見違えるように綺麗になった。

 それから、ついでに、割れてない窓ガラスも拭いて置いた。

 けっこう、時間がかかった。


 家の改装工事をするのだから、床も張り替えなんだろうけど、とにかく、今夜だけでも、ホコリのないところで寝たいから頑張った。

 ジムニーから、ビニールシートを運んできて、きれいにした床の上に敷き、布団も運んだ。

 シーツや毛布類も運んでいたら、賢哉がトイレ工事から帰ってきた。

「美千留、温泉で汗流してこよう」

 と言う。


 ふたりでジムニーに乗り込むと、賢哉が工事の進捗状況を話してくれた。

「トイレの四隅に柱を建てたんだ。

 路盤材を置いてから、束石を乗せて、束石の金具に柱材を留め付けて。

 水平を取るのに時間かかってさ。

 柱に板壁を打ち付ける作業の途中で、今日は仕舞いにした。

 本当は、仕上げたかったけどな。

 あまり遅くなると、温泉で汗流したり、食事しに行くのが遅くなるから止めといた。

 明日の午前中には出来上がるよ」


「『水平を取る』・・って?」

「四隅の柱を、でこぼこに設置すると、屋根や壁が作れないだろう。

 だから、4カ所の束石を水平に置くよう、計りながら工事したってこと」

「なるほど・・。

 ずいぶん、本格的なトイレになってるね・・」


 家のトイレ工事が完了するまでの、間に合わせじゃなかったんかい・・?


「せっかく作り始めたから、こだわらないとな。

 家の修繕の練習になるし」

「・・そう・・」

 さすが、デザインだの、設計だのを仕事にしようと考えるだけのことはあるな。

 私とは違う次元に生きてる人間だわ。


 賢哉は、岩風呂に入れる温泉に連れて行ってくれた。

 入浴とお食事付きで、2000円コース。

 ふたりで、1時間後に待ち合わせをして、男湯と女湯に別れて入った。

 木の香りが心地よい脱衣所。

 お客さんは、お母さんと娘たちという家族連れが多い。

 若い女ひとりなんて、私だけだ。

 香奈と来たら、楽しいだろうな、などと思いながら服を脱ぐ。

 湯気でほわほわした温泉場の床は、天然石が敷いてあった。

 髪と身体を洗い、さっぱりしてから、岩風呂の温泉に浸かる。

 あぁ~。思わず声が出そうになった。

 温泉成分が、適温の湯の熱エネルギーとともに、体中に染み渡る。

 一日、掃除したり、外でバーベキューをしたりして、疲れてヨレヨレの身体が温泉で癒やされていった。

 極楽、極楽。


 1時間後、しっかり髪を拭いて乾かしたりしていたら、待ち合わせギリギリだった。

 賢哉は、温泉に浸かって、すっきり爽やかな様子で、先に待っていてくれてた。

 細身まっちょな身体にトレーナー姿。浪人生なんだけど、大学生っぽい。ま、年齢は大学生だし。

 なんだかんだ言って、見かけは爽やか青年なんだよな、賢哉って。中身に残念な部分がありすぎだけど。

 そう言えば、年齢だけ大学生とか言っちゃうと、私も、年齢だけ高校生だった。実際は、中卒状態だけどね。


 畳敷きの広間で、お食事をいただく。

 小鉢がたくさん付いてて、量が多い。ご飯は、山菜飯が小さなお櫃で出されていて、2,3杯、お代わり出来そう。


 お腹がペコペコだったので、最初は、無言でせっせと食べていたけれど、人心地つくと、

「美味しいね」

 と、自然と言葉が出てきた。

「うん。

 旨いな」

 と賢哉。


「ご飯、全部は食べられそうにないから、賢哉、食べていいよ」

 私がお櫃に残った山菜飯を薦めると、

「ありがと、遠慮なく貰うわ」

 賢哉が嬉しそうにする。

 一日中、肉体労働で、お腹空いたんだろうなぁ。

 ちょっと気の毒になるけど、楽しそうにしてるから、いっか。


「あのさ、賢哉が家具デザインの仕事しようと思ったのって、昼間に話してたオーストラリアの家具職人のひとと出会ったから?」

 と、私は尋ねた。


「家具の仕事がしたいと思ったのは、小学校の図画工作で、棚を作らされてからだよ。

 それが面白かったから。

 かなり上手く出来てさ。

 俺、才能あるのかな、とか思って。

 それ以来、夏休みの自由課題とか、ひとりで家具作ってたんだよな」

「へぇ」

「最近は、上手く出来たのは、旭輝叔父さんの店に置いて貰ってたんだ。

 何個か売れた」

「すごいね」

「小さい飾り棚とか、くらいだけどね。

 オーストラリアの家具職人は、楽しそうだな、とは思ったけど。

 年にひとつ売るだけじゃ、ちょっと物足りないかな。

 まぁ、大作だと、そのくらいになるのかもしれないけど。

 日本人だから、もっと働きたい、って思ってしまうよな」


 ・・やっぱ、私とは別次元の人間だわ。

 もっと働きたい・・かぁ。

 それはないな。

 やりがいのある仕事が見つかれば、そう思えるのかな。


 デザートの抹茶アイスが空になったころ、

「そろそろ、帰ろっか」

 と賢哉が言い、私たちは食堂を出た。


 エントランスの方に向かって歩きながら、

「美千留、トイレ済ませとけよ」

 と賢哉。


 女の子に、そういう露骨なこと言わんで欲しいなぁ・・。

 せっかく、温泉と美味しい食事でご機嫌だったのに。

 まぁ、賢哉にデリカシーとか求める方が間違ってるのかもしれない。

 家のトイレに難があるから、まともなトイレに行けるチャンスは逃さないようにするのは仕方ないとしても。


 私は、力なく、

「・・ラジャ」

 と応え、トイレに行く。


 賢哉は、若い異性とは思っちゃいけないよな。

 中身はデリカシーのない爺だよな。


 家に帰ると、賢哉が、工事用ライトを、私と賢哉が寝る部屋、それぞれに設置した。

 電気ストーブも置いてもらった。

 日が落ちてから寒くなったので、電気ストーブは有り難い。

 阿蘇の冬は寒くて春は遅いって、賢哉は言ってた。

 この家、けっこう隙間風があるんだよね、賢哉が割れた窓にテープを貼ったので、だいぶマシになったとはいえ。

 でも、今日は、日中は、日が照って暖かい日だった。

 この家は、日当たりが良好なので、晴れの日は温かいらしい。

 賢哉は、適当な柱に金具を取り付けて、クリップで留められる工事用ライトを付けた。

 なかなか、明るい。

 こんなんでも、ひとって、暮らせるんだな、としみじみ思った。


今日は2話、投稿いたします。

2話目は、午後8時に投稿します。

よろしくお願いいたします。

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