3)古家に侵入
明くる日。
私は賢哉さんと、ジムニーに乗って、賢哉さんの亡きお祖父さんの家に向かった。
賢哉さんの車には、大叔父さんから借りたという電動工具や、木材が乗っていた。
これから、しばらく住み込みで修繕作業をする積もりなので、生活必需品も乗っている。
食料に鍋、フライパン、カセットコンロ、水の入ったペットボトル、タオルや洗面器や、毛布や布団類、長靴とかもあった。
その家は、大叔父さんの店から、車で30分くらい離れたところにあった。
賢哉さんは、運転しながら、家の説明をしてくれた。
「ド田舎ではあるんだけど、立地は、そんなに悪くないんだ。
なにしろ、病院と店に、歩いて行けるから。
徒歩50分くらいかな。集落まで4キロあるから。
集落にある店は、コンビニと、八百屋兼雑貨屋みたいな個人の店とか。
病院も同じ集落内にあるんだ。バス停と道の駅と・・民宿もあったな。
学校も、小学校中学校はある」
「・・それで、立地、悪くないの・・?」
「学校があるからね。
つまり、家族で暮らせる、ってことだし。
それに、病院まで歩けるから、年取って、引退したあと、暮らしやすいだろ」
「なるほど」
私は、年寄りになったら、50分も歩ける自信はないけどな。
この辺のお年寄りは、とても元気なんだろう。
50分も歩けるのに、病院は必要なんだろうか。
「だから、祖父ちゃんが、最後までひとりで暮らせたんだろーな。
まぁ、倒れて病院に担ぎ込まれたあとは、家に帰れなかったらしいけど」
賢哉さんがセットしたナビが、「目的地に到着しました」と、無機質な声で告げた。
・・ここか・・。
風光明媚なところだった・・殺風景とも云える。
人工物はアスファルトの道路と、コンクリートの電柱のみ。
隣家は遠く、畑と林野が広がっている。
賢哉さんがジムニーを止めたので様子を見ると、敷地の国道に面した辺りは樹木が邪魔して入れそうにない。
「敷地の北側に走ってる脇道から、入るようになってるんだ。
脇道は、裏向こうの防災林に通じていて、私道ではなくて、一応、公道なんだ」
「ふうん」
国道から脇道に入ると、道の両側には雑木林と雑草の群れる荒れ野が広がっていた。
お祖父さんちの敷地の裏は、森林と、森に覆われたなだらかな丘で、丘の向こうは低い山になっている。
ジムニーは、脇道から、荒れ野に分け入っていく。
まるで森を突き進むイノシシのごとく。
荒れ野の真ん中に、朽ち果てた幽霊屋敷が鎮座していた。
ジムニーは、ようやく、駐まった。
「なかなか雰囲気あるだろ・・」
と賢哉さん。
小さな和風ホーンテッドマンションみたいだ・・。
賢哉さんの話しでは、敷地は300坪あり、家の建坪は40坪くらいで、大きさとしては、普通の家並。
見たところ平屋だ。間取りは、6DKだという。
それにしても、ズタボロの家だ。
見える範囲の窓は、全て、雨戸で閉じられていて、雨戸はかなり古く、ささくれ立っている。
板壁も、そうとう朽ちてるし、屋根に雑草が生えている。凄いな。屋根にタンポポが咲いている家なんて、始めて見た。
「う、うん。
ホラー映画に使えそうだね」
と私。
「そうだな」
賢哉さんが考え込んでいる。
しばらくして、「やっぱり、けっこう、手間がかかりそうだよな」と呟いた。
「止めたくなったの?」
と尋ねると、
「いや、段取りを考えてる」
と賢哉さん。
エラいなぁ。
尊敬するよ。
私なら、火つけて1回燃やすことを考える・・周りに延焼しないように対策を立てられれば、だけど。
「賢哉さん、ひとりで工事するの?」
「ううん。旭輝叔父さんが手伝ってくれる。
旭輝叔父さんも、店があるから、メインは俺がひとりで作業することになるけどね。
週末は、うちの親父も手伝えると言ってたけど、親父は、大工仕事は苦手だから、力仕事専門だな。
屋根工事は大変だから、うちの親父にも助っ人を頼む予定だけどね」
旭輝大叔父さんのアンティークショップは、大叔父さんが仕事を引退したあと、趣味で始めた店だという。
お店の建物は、大叔父さんが自分で基礎から工事して建てたもの。
当時、中学生だった賢哉も、最初の地鎮祭から手伝いに通っていたらしい。
だから、賢哉は、この家を自分で修理することを、すんなり決めてしまった。
一度、経験があるので、出来ると思ったらしい。
とりあえず、家の中に入ろう、と賢哉さんが言う。
潜り込めそうな窓を物色するために、家の周りを歩いた。
私も、その後に付いていく。
ぐるりと回ってから、賢哉さんは、テラス窓のところで立ち止まった。
家を外から見て歩いて、窓がたくさんあることは判った。
小さい窓と、中ぐらいの窓と、それから、テラス窓。
中ぐらいの窓とテラス窓は、全て、雨戸が閉められていた。
雨戸はだいぶ古いけれど、きっちり閉じているので、こじ開けるのは面倒そうだ。
小さい窓のいくつかは、ガラスがひび割れたり、割れたりしていた。
長い年月の間に、風で枯れ枝でも当たったのかもしれない。
出入り口は、玄関の他に、勝手口と、裏口があった。
勝手口の鍵は、旭輝大叔父さんが持っていて、今は熊本に居ない。
裏口は、頑丈そうな南京錠で施錠されていた。
南京錠の鍵も、とっくの昔に紛失してる、という話しだ。
さて、潜り込むのは、どうすればいいか。
賢哉さんも、そう思ったらしく、
「雨戸を壊すのと、ドアを蹴破るのと、どっちがいいかな。
それとも、美千留に小さい窓から潜り込んでもらうか・・」
独り言のように言う。
「窓から潜り込むのは良いけれど、幽霊屋敷にひとりで潜入するのはヤダ」
と私。
「幽霊なんか、出ないって。
誰もこの家で死んでないから」
「ホント?」
「うん。聞いた限りでは・・」
「でもさ、誰も居ない間に、浮浪者とかが入り込んで死んでたら、どうする?」
「わざわざ、こんなド田舎の空き家に潜り込む浮浪者なんか、居ないよ」
「そ、そうかな・・」
「そうだよ」
「わ、わかった。
窓から侵入してみる」
私たちは、再度、窓を物色し、ちょうどよく、窓の鍵の近くが割れている窓を見つけた。
ジムニーから、脚立を運んできて窓の下に設置。
賢哉さんが、スパナで割れ穴を広げて、軍手をはめた手を入れて鍵を開ける。
窓が開くと、今度は、私の出番だ。
上着を脱いで、ボテっとしたトレーナー姿になった私は、脚立に立ち、上半身だけ、窓から家の中に潜り込ませた。
家の中は暗かった。
半身を家に入れた状態で、辺りを見回した。
4畳半くらいの、小さな洋間だった。
「大丈夫か? 足場、あるか?」
と賢哉さん。
「う・・ん、なんとかなる、かな・・」
それほど高い位置の窓じゃないので、体勢を整えられれば飛び降りられそうだ。
私の運動神経は、並の上、抜群ではないけど、悪くもない。
体育祭では、リレーの選手に選ばれたこともある。といっても、うちの中学は、陸上部は体育祭のリレーに出られない、というルールがあったからだけれど。
私は、上半身を家の中に潜り込ませた格好で、窓枠の上の方を手で掴み、なんとか、右足を家の中に入れ、窓にまたがるような姿勢になる。
それから、ようやく、左足も家の中に入れると、窓に座った体勢から、えいやっと、家の中に飛び降りた。
「おーい、大丈夫か?」
と賢哉さん。
「うん。なんともない。
玄関を開けてくるね」
「ほら、懐中電灯」
窓から懐中電灯をもらうと、玄関に向かって歩き始めた。
懐中電灯で幽霊屋敷状態の家の中を照らすと、なんとも、おどろおどろしい雰囲気になった。
こえぇ・・。
もっと玄関のそばの窓から入れば良かった・・。
賢哉さんの足音が外からかすかに聞こえる。
玄関の方に向かってる。
私も、急いで玄関に向かおう。
廊下にゴミ箱とか空き瓶が落ちてて、気をつけながら歩く。
少し慣れてきた。
まだ昼間だし、そこまで怖くない・・かな。
部屋の中ものぞいて見る。
・・と、薄暗い部屋の中に、袋? みたいなモノが置いてあった。
なんだろ・・?
窓から差す陽でぼんやり浮かび上がっている袋状のモノは、米袋みたいに見えた。10キロ・・よりも大きいから、20キロ米袋くらいか。
20年前の米袋?
・・ん・・? 動いた・・? まさか・・。
いや・・気のせいじゃない・・。
うご・・動い・・てる・・。
きゃあぁぁぁあぁ・・。
私は気がついたら凄まじい悲鳴を上げていた。
「美千留っ、どうしたっ」
バンっと、ドアを蹴破ったような音がして、賢哉さんが、すごい勢いで駆けつけてきてくれた。
私は、ホコリだらけの廊下に座り込んで、ズタ袋を指さした。
「あ、あの・・、あれ、うご、動いてる・・」
「え?」
賢哉さんは、ごくりとつばを飲み込むと、落ちていた箒の柄で袋をつついた。
とたんに、チチチと音がして、小さいネズミが数匹、駈けだしてきた。
「ひっ」
私は、尻餅をついたまま、後ずさった。
「野ネズミだ・・」
と賢哉さん。
賢哉さんが、さらに袋をつつくと、古い袋はもろくなっていたらしく、すぐに破けて、中から籾殻があふれ出てきた。
賢哉さんは、部屋に入って袋を調べると、
「部屋に置きっぱなしだった籾殻の袋に、野ネズミが巣を作ってたみたいだ」
と言った。
「び、びっくりした・・」
「こっちこそびっくりしたよ。
心臓が止まるかと思った」
「ごめんなさい・・」
けっきょく、賢哉さんが体当たりしたおかげで、ドアの鍵は壊れてしまったけど、
「どうせ、鍵なくしてるし、鍵は付け替えだもんな」
と苦笑していた。
こんなボロ家に泥棒も来ないだろうし。
当分、鍵なしでいいや。
と賢哉さん。
なんだかなぁ。
大らかだな、この辺のひと。
本日、2話、投稿いたします。
2話目は、午後8時に投稿いたします。