2)熊本にて
本日、2話目の投稿になります。
1週間後。
私は、福岡から熊本に向かう長距離バスに乗っていた。
『今から、熊本の親戚んちに遊びに行く』
とlineで友達の香奈に知らせた。
バスの中で撮った画像も添付した。
香奈は、PC操作が上手くて、私の成績表偽造を手伝ってくれた友達だった。
私がS高校とO高校で滑ったことを知らせたとき、「T高校にしとけば良かったのに」と呆れてたっけ。
しばらくして、
『あ~いいな、卒業旅行?』
と返事が来た。
『そんな、めでたいもんじゃない。
ただの逃走。
母の顔、見たくないから』
『なる。
髪切ったん?
めちゃ短いやん』
『心機一転よ』
『尼寺にでも行くと?』
『親戚んちだってば。
そこまで人生に絶望してないから』
『出発前に知らせたくれたら良かったのに。
会いたかった』
『ごめん。
思い切り、修羅場っててさ。
荷造りしたり、漫画捨てたりしてて』
『漫画捨てたの?
もったいな』
『二度と家に戻らない積もりで片付けたから。
売って金にした』
『戻らんの?』
『母と口ききたくないもん』
『だよね。
判る』
『でもさ、母、家出るとき、餞別くれた』
『お。
いくら?』
『5万』
『大金やん』
『手切れ金みたいなもん?』
『娘に手切れ金かよ』
『慰謝料だと思って貰っといた』
『熊本で、なにやると?』
『大叔父の店の手伝いする予定。
あと観光』
『ま、楽しんで来てよ』
『もし、戻ったら連絡する』
『うん。
土産はデコポンゼリーとくまモン関係でいいよ』
他の、幸せに高校に受かった友人たちには知らせずにおいた。
なんか、みじめだったから。
バスに揺られてるうちに、睡魔が襲ってくる。
荷造りや部屋の片付けで寝不足だった。
雑多なガラクタや古い衣類をずいぶん、捨てた。
漫画の他にも、読み終わったラノベや参考書の類いは、父に手伝って貰って売った。
大量にあったおかげで、8000円くらいになった。
父からも餞別・・というか小遣いを貰ったので、けっこう、懐が温かい。
上着の内ポケットの奥にしっかり仕舞ってある。
うたた寝しているうちに熊本に着いた。
◇◇◇
熊本のバスターミナルでバスから降り、茶色い革ジャンの男性を探した。
大叔母さんから、「賢哉が迎えに行く。茶色い皮ジャンの男性」と連絡があったから。
賢哉さんは、大叔父さんの義理の姪の息子にあたるらしい。
うちの父は、大叔父さんの甥なんだよね。
賢哉さんって、私にとってはなんだろ? 従兄弟みたいな感じ?
あ、でも、姪と言っても、大叔父さん奥さんの血筋の姪で、義理の姪の息子さんだから・・。
・・あかん、図に書かないと判らない。
とにかく、私とは、血の繋がりはないよね。
件の男性は、すぐに判った。
「えっと・・、添島・・くん?」
と、年季の入った皮ジャンの男性が声をかけてくれた。
背が高くて、短い髪。精悍なお顔。
お~、爽やか系。感じ良さげな青年やん。
こういう出会いはまるっきり期待してなかったわ。
ちょっとテンション上がりそう。
「あ、はい、添島美千留です。
よろしくお願いします」
私が頭を下げると、賢哉さんは、
「行儀いいね」
と笑った。
賢哉さんの小さいジープに乗せて貰った。
「可愛いジープですね」
と私が言うと、
「ああ、ジムニーって言うんだよ。
ジープの軽自動車」
と賢哉さん。
「へぇ。
ジープみたいなのじゃないと、この辺はダメなんですか」
と、私は、自然たっぷりの周りのワイルドな景色を眺めながら言った。
車は起伏の多い道を進む。
一路、阿蘇の山方向を目指していた。
「そうだね。
冬場は、やっぱり、山は雪が残るから。四輪駆動は便利だよ。
ただ、俺がこれに乗ってるのは、先輩から買ったからだけど。
燃費の問題があって売ったらしい。
四駆は燃費が悪くてさ」
「ふぅん」
世間話をしているうちに、大叔父さんちに到着した。
『アンティーク、添島』と、お洒落な看板が出ている。
古風な木造の建物で、外装の板壁には焦げ茶色の塗料が念入りに塗ってある。
賢哉さんは、ずんずんと、お店の中に入っていく。
店の中は、アンティークというより、古物商という雰囲気。和風な小物や渋い陶磁器が多い。
「あら、いらっしゃい、美千留くん」
と、白髪に丸眼鏡の小柄な老婦人が現れた。
鶯色のスカートに白いブラウス姿で、上品なのだ。
アンティークショップにぴったり合ってる。
「初めまして、お世話になります」
私は、ぺこりとお辞儀をした。
「ようこそ熊本へ。遠いところ、大変だったわね。
旭輝兄さんは、県外に買い付けに行ってて、何日か居ないんだけどね。
残念がってたわ。
湊斗さんちの子を見たがってたから」
「あ、そうでしたか。
忙しい時期に来ちゃって、すみません」
父から、大叔父さんは留守にしてるらしい、という話しは聞いていたのだけれど、何日も居ないとは知らなかった。
まぁ、出掛けは慌ただしくしてたので、深く考えてなかった、というのもあるけど。
「いいのよ。
大歓迎だからね。
いつまででも居てちょうだい」
「ありがとうございます」
荷物を部屋に置かせてもらうと、さっそく、お手伝いをした。
賢哉さんと、裏庭の畑で野菜を収穫する。
ほうれん草とか、元気いっぱい育っていた。緑が濃い。
賢哉さんが、ブロッコリーをハサミで採りながら、
「美千留、その辺のデカいやつ、ふたつくらい採って」
と言った。
異性の若者に名前を呼び捨てされるなんて、生まれて始めてかも。
苗字の方ならあるけど。
私は、「うん」と答えて、デカく成長したブロッコリーの茎をハサミで切る。
この辺は、気温が低い。
3月だけれど、まだ春になりきっていない感じだ。
夕風に、ぶるっと震えると、
「寒いかな。そろそろ、家に入るか」
と賢哉さんが私の肩を叩いた。
え~、賢哉さん、優しい~。スキンシップがさりげないぞ。
ドキドキやん。
賢哉さん、彼女居るのかな。
私じゃダメかな。
髪の毛、切りすぎたのはマズかったかな。
いやいや、若い男のひとだからって、すぐに彼氏に・・とか目論むのは良くないぞ。
落ち着け、美千留。
ここのところ、ずっと、福岡で辛い想いしてたから、ひとの親切が身に染みすぎてる。
それから、大叔母さんの夕食の支度も手伝った。
大叔母さんは沙月さんというお名前で、大叔父さんの今は亡き奥様の従姉妹にあたるそう。
旭輝大叔父さんが留守のときは、お店番係をされてる。
ホントは私にとっては大叔母さんじゃなかった。旭輝大叔父さんのことを兄さんと呼ばれるので、大叔母さんかと思ってた。
沙月叔母さんが、手際よく、温野菜のサラダと、炊き込みご飯を作っていく。
教育ママゴンの母のおかげと、私の怠惰な性格のせいで、あまり家の手伝いをしていないんだよね・・。でも、家庭科の実習で料理はやってる。
叔母さんがわかりやすく指示を出してくれたので、それなりに手伝えた。
賢哉さんと叔母さんと、3人で夕食を食べながら、お店のことや、賢哉さんのことを聞いた。
賢哉さんは、今年、大学受験だった。
でも、センター試験のころにインフルエンザで体調を崩し、試験で記述ミスをして落ちてしまった。
滑り止めの私大は受かっていたけれど、来年、再度、受験することにしたらしい。
「本調子で受けて落ちたんなら、第二希望の私大でいいかと思えたんだけどな。
どうしても、諦められなくなってさ」
と賢哉さん。
私と同じで受験失敗なんだろうけど、私とはまるきり違う失敗の仕方だ。
落ち込む・・。
「そういえば、賢哉。
M町の家の鍵、見つかったの?」
と叔母さん。
「いや、ダメだった。
でも、鍵なんかなくったって、開けられるってさ。
窓のガラスが割れてるらしいから」
「あらま」
叔母さんが眉をひそめる。
私が、ふたりの不可解な会話を聞いていると、賢哉さんが、
「うちで改装工事があって、ゴタゴタしたあと、預かってた家の鍵を、なくしちゃってさ」
と苦笑いしながら説明してくれた。
叔母さんも、私の方に向き直り、
「あのね、美千留くんに、相談なんだけど・・」と言う。
「はい、なんでしょうか」
私は箸をとめて、首をかしげた。
「美千留くん、うちの手伝い、してくれるって言ってたでしょ」
「あ、はい」
私はうなずいて答えた。
「実は、旭輝兄さんが、賢哉がもらう予定の古い家の修繕を、面倒見る積もりでいたのね。
でも、旭輝兄さんも、なにかと忙しくしててね。
だから、旭輝兄さんの代わりに、美千留くんが、賢哉の手伝いをしてくれないかしら」
「え、あ、はい、私で出来ることでしたら。
やります。
でも、家の修繕とか、出来るかな・・」
猫の手くらいにはなるかもしれないが。
そもそも、猫の手は、使い物にならないという意味だったっけ・・。
「簡単なことだけでも、手を貸してくれればいいんだけどな。
祖父ちゃんの古い家を住めるようにすれば、くれるって言われててね。
浪人生だから、期限を切って、夏期講習が始まるまで、家に時間をかけようかと思ってるんだ。
旭輝叔父さんが手伝ってくれる予定なんだけど、叔父さんも、歳だし、店あるし、悪いから、なるべく俺ひとりでやろうと思ってたんだ。
美千留が手伝ってくれたら、助かる」
と賢哉さんが言う。
「住めるようにすれば・・と言うと、住めないくらい酷い家なの?」
「うん。
祖父ちゃんが住まなくなって、もう何十年も経つから。
やっぱ、ひとが住まないと、家はダメになるよな。
だんだん、幽霊屋敷みたいになってってさ」
・・聞きたくなかった・・。
でも、手伝うって、すでに言ってしまったからなぁ。
私が渋い顔をしていると、
「その代わり、食と住は、面倒見るわよ。
いい経験になると思うけどなぁ」
と叔母さん。
私は、叔母さんの言葉を聞いて考えた。
私は、3年の間、怠惰な生活をしていた。
母から逃げ、勉強から逃げ、あげく、受験に失敗した。
このままじゃいかんと思う。
人間を変えよう。
添島美千留は、生まれ変わるんだ。
髪を切ったのも、心機一転するためじゃないか。
幽霊屋敷ごときに負けてはいかんと!
「・・えっと、やります、もちろん。
大叔父さんち、手伝う気まんまんで来たんですから。
大叔父さんの代わりになるくらい、手伝います」
「頼むよ」
賢哉さんが嬉しそうに頬笑んだ。
また明日、午後6時に投稿いたします。