表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/20

2)熊本にて

本日、2話目の投稿になります。


 1週間後。


 私は、福岡から熊本に向かう長距離バスに乗っていた。


『今から、熊本の親戚んちに遊びに行く』

 とlineで友達の香奈に知らせた。

 バスの中で撮った画像も添付した。

 香奈は、PC操作が上手くて、私の成績表偽造を手伝ってくれた友達だった。

 私がS高校とO高校で滑ったことを知らせたとき、「T高校にしとけば良かったのに」と呆れてたっけ。


 しばらくして、

『あ~いいな、卒業旅行?』

 と返事が来た。

『そんな、めでたいもんじゃない。

 ただの逃走。

 母の顔、見たくないから』

『なる。

 髪切ったん?

 めちゃ短いやん』

『心機一転よ』

『尼寺にでも行くと?』

『親戚んちだってば。

 そこまで人生に絶望してないから』

『出発前に知らせたくれたら良かったのに。

 会いたかった』

『ごめん。

 思い切り、修羅場っててさ。

 荷造りしたり、漫画捨てたりしてて』

『漫画捨てたの?

 もったいな』

『二度と家に戻らない積もりで片付けたから。

 売って金にした』

『戻らんの?』

『母と口ききたくないもん』

『だよね。

 判る』

『でもさ、母、家出るとき、餞別くれた』

『お。

 いくら?』

『5万』

『大金やん』

『手切れ金みたいなもん?』

『娘に手切れ金かよ』

『慰謝料だと思って貰っといた』

『熊本で、なにやると?』

『大叔父の店の手伝いする予定。

 あと観光』

『ま、楽しんで来てよ』

『もし、戻ったら連絡する』

『うん。

 土産はデコポンゼリーとくまモン関係でいいよ』


 他の、幸せに高校に受かった友人たちには知らせずにおいた。

 なんか、みじめだったから。

 バスに揺られてるうちに、睡魔が襲ってくる。

 荷造りや部屋の片付けで寝不足だった。

 雑多なガラクタや古い衣類をずいぶん、捨てた。

 漫画の他にも、読み終わったラノベや参考書の類いは、父に手伝って貰って売った。

 大量にあったおかげで、8000円くらいになった。

 父からも餞別・・というか小遣いを貰ったので、けっこう、懐が温かい。

 上着の内ポケットの奥にしっかり仕舞ってある。


 うたた寝しているうちに熊本に着いた。


◇◇◇


 熊本のバスターミナルでバスから降り、茶色い革ジャンの男性を探した。

 大叔母さんから、「賢哉が迎えに行く。茶色い皮ジャンの男性」と連絡があったから。

 賢哉さんは、大叔父さんの義理の姪の息子にあたるらしい。

 うちの父は、大叔父さんの甥なんだよね。

 賢哉さんって、私にとってはなんだろ? 従兄弟みたいな感じ?

 あ、でも、姪と言っても、大叔父さん奥さんの血筋の姪で、義理の姪の息子さんだから・・。

 ・・あかん、図に書かないと判らない。

 とにかく、私とは、血の繋がりはないよね。


 件の男性は、すぐに判った。


「えっと・・、添島・・くん?」

 と、年季の入った皮ジャンの男性が声をかけてくれた。

 背が高くて、短い髪。精悍なお顔。

 お~、爽やか系。感じ良さげな青年やん。

 こういう出会いはまるっきり期待してなかったわ。

 ちょっとテンション上がりそう。

「あ、はい、添島美千留です。

 よろしくお願いします」

 私が頭を下げると、賢哉さんは、

「行儀いいね」

 と笑った。


 賢哉さんの小さいジープに乗せて貰った。

「可愛いジープですね」

 と私が言うと、

「ああ、ジムニーって言うんだよ。

 ジープの軽自動車」

 と賢哉さん。

「へぇ。

 ジープみたいなのじゃないと、この辺はダメなんですか」

 と、私は、自然たっぷりの周りのワイルドな景色を眺めながら言った。

 車は起伏の多い道を進む。

 一路、阿蘇の山方向を目指していた。

「そうだね。

 冬場は、やっぱり、山は雪が残るから。四輪駆動は便利だよ。

 ただ、俺がこれに乗ってるのは、先輩から買ったからだけど。

 燃費の問題があって売ったらしい。

 四駆は燃費が悪くてさ」

「ふぅん」


 世間話をしているうちに、大叔父さんちに到着した。

 『アンティーク、添島』と、お洒落な看板が出ている。

 古風な木造の建物で、外装の板壁には焦げ茶色の塗料が念入りに塗ってある。

 賢哉さんは、ずんずんと、お店の中に入っていく。

 店の中は、アンティークというより、古物商という雰囲気。和風な小物や渋い陶磁器が多い。

「あら、いらっしゃい、美千留くん」

 と、白髪に丸眼鏡の小柄な老婦人が現れた。

 鶯色のスカートに白いブラウス姿で、上品なのだ。

 アンティークショップにぴったり合ってる。


「初めまして、お世話になります」

 私は、ぺこりとお辞儀をした。

「ようこそ熊本へ。遠いところ、大変だったわね。

 旭輝(あさき)兄さんは、県外に買い付けに行ってて、何日か居ないんだけどね。

 残念がってたわ。

 湊斗(みなと)さんちの子を見たがってたから」

「あ、そうでしたか。

 忙しい時期に来ちゃって、すみません」

 父から、大叔父さんは留守にしてるらしい、という話しは聞いていたのだけれど、何日も居ないとは知らなかった。

 まぁ、出掛けは慌ただしくしてたので、深く考えてなかった、というのもあるけど。


「いいのよ。

 大歓迎だからね。

 いつまででも居てちょうだい」

「ありがとうございます」


 荷物を部屋に置かせてもらうと、さっそく、お手伝いをした。

 賢哉さんと、裏庭の畑で野菜を収穫する。

 ほうれん草とか、元気いっぱい育っていた。緑が濃い。

 賢哉さんが、ブロッコリーをハサミで採りながら、

「美千留、その辺のデカいやつ、ふたつくらい採って」

 と言った。


 異性の若者に名前を呼び捨てされるなんて、生まれて始めてかも。

 苗字の方ならあるけど。

 私は、「うん」と答えて、デカく成長したブロッコリーの茎をハサミで切る。


 この辺は、気温が低い。

 3月だけれど、まだ春になりきっていない感じだ。

 夕風に、ぶるっと震えると、

「寒いかな。そろそろ、家に入るか」

 と賢哉さんが私の肩を叩いた。

 え~、賢哉さん、優しい~。スキンシップがさりげないぞ。

 ドキドキやん。


 賢哉さん、彼女居るのかな。

 私じゃダメかな。

 髪の毛、切りすぎたのはマズかったかな。

 いやいや、若い男のひとだからって、すぐに彼氏に・・とか目論むのは良くないぞ。

 落ち着け、美千留。

 ここのところ、ずっと、福岡で辛い想いしてたから、ひとの親切が身に染みすぎてる。


 それから、大叔母さんの夕食の支度も手伝った。

 大叔母さんは沙月さんというお名前で、大叔父さんの今は亡き奥様の従姉妹にあたるそう。

 旭輝大叔父さんが留守のときは、お店番係をされてる。

 ホントは私にとっては大叔母さんじゃなかった。旭輝大叔父さんのことを兄さんと呼ばれるので、大叔母さんかと思ってた。

 沙月叔母さんが、手際よく、温野菜のサラダと、炊き込みご飯を作っていく。

 教育ママゴンの母のおかげと、私の怠惰な性格のせいで、あまり家の手伝いをしていないんだよね・・。でも、家庭科の実習で料理はやってる。

 叔母さんがわかりやすく指示を出してくれたので、それなりに手伝えた。

 賢哉さんと叔母さんと、3人で夕食を食べながら、お店のことや、賢哉さんのことを聞いた。

 賢哉さんは、今年、大学受験だった。

 でも、センター試験のころにインフルエンザで体調を崩し、試験で記述ミスをして落ちてしまった。

 滑り止めの私大は受かっていたけれど、来年、再度、受験することにしたらしい。


「本調子で受けて落ちたんなら、第二希望の私大でいいかと思えたんだけどな。

 どうしても、諦められなくなってさ」

 と賢哉さん。


 私と同じで受験失敗なんだろうけど、私とはまるきり違う失敗の仕方だ。

 落ち込む・・。


「そういえば、賢哉。

 M町の家の鍵、見つかったの?」

 と叔母さん。

「いや、ダメだった。

 でも、鍵なんかなくったって、開けられるってさ。

 窓のガラスが割れてるらしいから」

「あらま」

 叔母さんが眉をひそめる。

 私が、ふたりの不可解な会話を聞いていると、賢哉さんが、

「うちで改装工事があって、ゴタゴタしたあと、預かってた家の鍵を、なくしちゃってさ」

 と苦笑いしながら説明してくれた。

 叔母さんも、私の方に向き直り、

「あのね、美千留くんに、相談なんだけど・・」と言う。

「はい、なんでしょうか」

 私は箸をとめて、首をかしげた。


「美千留くん、うちの手伝い、してくれるって言ってたでしょ」

「あ、はい」

 私はうなずいて答えた。

「実は、旭輝兄さんが、賢哉がもらう予定の古い家の修繕を、面倒見る積もりでいたのね。

 でも、旭輝兄さんも、なにかと忙しくしててね。

 だから、旭輝兄さんの代わりに、美千留くんが、賢哉の手伝いをしてくれないかしら」

「え、あ、はい、私で出来ることでしたら。

 やります。

 でも、家の修繕とか、出来るかな・・」


 猫の手くらいにはなるかもしれないが。

 そもそも、猫の手は、使い物にならないという意味だったっけ・・。


「簡単なことだけでも、手を貸してくれればいいんだけどな。

 祖父ちゃんの古い家を住めるようにすれば、くれるって言われててね。

 浪人生だから、期限を切って、夏期講習が始まるまで、家に時間をかけようかと思ってるんだ。

 旭輝叔父さんが手伝ってくれる予定なんだけど、叔父さんも、歳だし、店あるし、悪いから、なるべく俺ひとりでやろうと思ってたんだ。

 美千留が手伝ってくれたら、助かる」

 と賢哉さんが言う。


「住めるようにすれば・・と言うと、住めないくらい酷い家なの?」

「うん。

 祖父ちゃんが住まなくなって、もう何十年も経つから。

 やっぱ、ひとが住まないと、家はダメになるよな。

 だんだん、幽霊屋敷みたいになってってさ」


 ・・聞きたくなかった・・。

 でも、手伝うって、すでに言ってしまったからなぁ。

 私が渋い顔をしていると、


「その代わり、食と住は、面倒見るわよ。

 いい経験になると思うけどなぁ」

 と叔母さん。


 私は、叔母さんの言葉を聞いて考えた。

 私は、3年の間、怠惰な生活をしていた。

 母から逃げ、勉強から逃げ、あげく、受験に失敗した。

 このままじゃいかんと思う。

 人間を変えよう。

 添島美千留は、生まれ変わるんだ。

 髪を切ったのも、心機一転するためじゃないか。

 幽霊屋敷ごときに負けてはいかんと!


「・・えっと、やります、もちろん。

 大叔父さんち、手伝う気まんまんで来たんですから。

 大叔父さんの代わりになるくらい、手伝います」

「頼むよ」

 賢哉さんが嬉しそうに頬笑んだ。


また明日、午後6時に投稿いたします。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ