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1)プロローグ


 高校受験で全て落ちる、ということほど人生における悲惨な失敗はあるだろうか。


 その問いの答えは、「ある」だろう。


 でも、そのときの私には、これ以上の悲惨など、世界中探してもないような気がした。


 ただ、その割に、私は、あまりショックを受けてはいなかった。


 なぜなら、最初から結果が目に見えていたからだ。


 私の母は、教育ママゴンだった。


 私は、幼稚園のころから、進学校に行くことが決まっていた。

 勝手に決めるなよ、と私が思ったのは小学校高学年のころだ。

 それまでは、母の言うことを大人しく聞く、良い子だった。

 他の家庭をよく知らなかったので、どこの母親も、うちの母親みたいなものだと思っていたからだ。


 小学校のうちから進学校やら大学受験やらで血眼になる親なんて、少数派だと知ったときの私の衝撃たるや。目からウロコとはこのことを言うのかと、私は「目からウロコ」の匠になれそうなくらい悟った。

 それから私は、母の「勉強しろ」という命令に背き、サボりまくった。


 とはいえ、鬼のように怒る母に面と向かって背くことが出来なかったために、密かにサボった。

 塾を仮病で休み、自室では勉強しているフリをして漫画やライトノベルに読みふける。当然ながら、成績は坂を転げるように落ちていったので、試験結果は切り刻んで捨てた。

 中学に入り、PC操作の上手い器用な友人が出来ると、彼女に頼んで成績表の偽造を行った。

 本物の成績表には、適当に三文判を押して保護者通信欄に感想なんぞを書き、学校に提出する。もちろん、親には見せない。

 親に見せるのは、偽物の成績表のほうだ。

 あまり成績が良すぎてもバレやすいので、現実味のある――つまり、天才秀才とまではいかない程度の――上げ底にしておいた。


 さて、そのようなワケで、私は、小学校高学年から、中学3年までの3年ほどの間、怠惰な楽園で暮らした。

 中3になり、そろそろ進学だ、受験だ、という頃になり、楽園は消えた。


 成績は、三流高校がやっとという有様なのだが、親はそのことを知らない。

 母の夢は、はた迷惑なことに、娘を進学校に入れ、国立大に合格させることだ。

 正直、母の夢など、知ったことじゃない。

 そんな夢、粉みじんにしてやる、と私は意気込んでいた。



 三者面談で、母が、とんでもない高偏差値の学校名を希望校にあげ、我がクラスの担任は、呆けたような顔になった。

 なに言ってんだ、このオバサン、と表情で物語っているイケメン担任教師の顔は、なかなか見物だった。

 出来れば、無関係な赤の他人の立場で見たかった。

 渦中の主人公ではなく。


 三者面談は、おかげさまで、泥沼化した。

 私は、泥沼に浸ったまま、ほとんどなにも言えないままに時間が過ぎ、最後に、

「美千留さんの希望は・・?」

 と、疲れ切った担任に聞かれた。

 そうだよ、それが一番大事だろーが。と思いながら、私は、

「T高校を希望しています」

 と、私の真実の成績でもいけそうな三流私立高校の名を挙げた。

 担任は、疲れた顔に安堵の頬笑みを浮かべ、

「そうか。そうだな、うん。

 T高校は、良い高校だと思うよ。

 先生方が熱心でね。校風の厳しい割に生徒の自主性を尊重してくれるし」

 と、まるでT高校の営業マンのようにすらすらと述べた。

 私と担任のふたりの中では、すでに、願書はT高校に提出だな、と決まりつつあった。


 でも、我が家では絶対的な権力を持つ母の意見は違っていた。


「とんでもありませんっ、T高校なんて! T高校に入学させるくらいなら、美千留は高校浪人させますからっ」


 三者面談は、こうして紛糾したまま終わった。


 それから、我が家は、修羅場となった。

 修羅場としか言い様がない。


 私は、母に見張られ、サボりは決して許されない状態で、受験までの数ヶ月を過ごした。

 願書は、イケメン担任を呆れさせたS高校。

 滑り止めの私立も、到底ダメに決まってるO高校。


 ムリだって言ってんのに。


 それでも、奇跡を信じて勉強に励んだ自分を褒めてやりたい。

 結果は、全滅、撃沈だったけど。


 桜が散りまくった3月。


 私は母と最低最悪なケンカをした。


「なんで滑り止めのO高校まで落ちるのよっ」

 と母が叫んだ。

 それが、合戦の始まりだった。


「だって、滑り止めになってなかったんだもん」

 と私は正直に答えた。


 本来、滑り止めとは、本命が滑ったときに、谷底まで滑り落ちないよう、確固とした地盤に杭を打ち込んで置くべきものだ。

 でもO高校は違った。

 私は、母が、「O高校は滑り止め」と、ほざくたびに、砂地に打ち込まれた錆びて朽ちかけた杭と「触るな危険」の立て看板が思い浮かんでならなかった。


「あんた、バカなのっ」

「うん」

 と私は正直に答えた。


 私は、正直ついでに、「母に似て」と、つい言ってしまった。

 母は、顔を真っ赤にして、一瞬、押し黙った。

 それから、

「あんたは、もう、うちの子じゃない」

 と、地鳴りのような低音で言った。


「・・へ・・?」


「出て行きなさいっ」


 私は大人しく自室に戻り、荷造りを始めた。


◇◇◇


 荷造りをしながら、どこに行こうか、と考えていると、ドアをノックする音がして、私が返事をする前に父が部屋に入ってきた。


「お母さんとケンカしたんだって?」

 と父がのんきに言う。

「うん。

 もう、この家は出て行く」


 父は、はぁ、とため息をついた。


 私は、

「なんで、あんな母と結婚したの」

 と、父を責めるように言った。


「しっかり者で、面倒見の良いひとだったのでね」

 と父。


 若いころ、かっこ良かった父に、母が惚れて、半ば無理矢理、押しかけて結婚したという、親戚中では有名な話しを私は知っていた。

 今も父は、けっこうナイスガイだ。

 あんな女を選ばなきゃ良かったのに。

 ・・でも父と母の遺伝子があってこそ、私が生まれたんだよな。

 嫌だなぁ。

 母の遺伝子だけ取り除きたい。


「しっかり者は認めるけど、面倒見は良くないよ。

 受験で失敗した娘に出てけって言ったんだから」


 すると、父は、いぶかしげな顔をした。


「お母さんがそんなことを言ったのかい?」

「言った」

「お母さんは、美千留が、お母さんをバカと罵ったと言ってたけどな」

「あのね、お母さんの言うことは信じるけど、私の言うことは信じてくれないの?」

「信じるよ」

「じゃぁ、信じてよ!」

「お母さんも頭に血が上ってたんだろうね。

 でも、ここはお父さんの家でもあるんだ。お父さんは、美千留を出て行かせる気はないよ。

 それに、受験で失敗したのは、可哀想だと思ってるよ」

「本当だったら、失敗しなかったのに。

 私はT高校を希望してたのに、お母さんが、S高校とか、到底ムリな高校ゴリ押しして決めたんだから」

「そうなのかい?」

「そうよっ。担任の先生に聞いてもいいよ。

 加山先生は、T高校がいいって言ってくれてたんだから。

 S高校は、私の成績を見れば、不可能だって、判ってたんだから。

 O高校だってそうよ。

 だから、T高校にすれば良かったのに」

「お母さんの説得で、美千留は納得してたんじゃなかったのかい?」

「納得なんか、するわけないよ。

 奇跡でも起こらなきゃ、合格するわけなかったんだから」

「そうか・・。

 お父さんにも、相談して欲しかったな・・」

 父がぽつりと言った。

 私は、気まずくなって、黙った。


 そうだ・・。

 私は、父に相談すべきだった。

 母は、話しが通じない。

 教育ママゴンだから。

 ママゴン語しか喋れない女なんだから。

 母になにを言っても無駄だ。

 でも、父に言えば、ちゃんと、理解してもらえたはずだ。


 父の仕事は、出張が多い。

 父は技術者で、工場を回って、機械のチェックや技術指導をする仕事だから、家を留守にすることが多い。

 でも、家に帰って来たときは、私と話しをしようとしてくれてた。

 私の部屋のドアをノックして、

「元気か? 学校は楽しいか?」

 とか、聞きに来るのだ。

 だから、そのときに、話せば良かった。

 でも、話さなかった。

 ちょうど、親父と距離を置きたくなるお年頃だった、というのもあるけど。

 でも、たいてい、ライトノベルや漫画やネットや、友達とのスカイプに夢中になっていて、親父を無視し、「元気、大丈夫、楽しくやってるっ!」と追い出した。


 それに、成績表を偽造していたのは私だ。

 だから、母は、私の成績を把握していなかった。

 中一、中二の三者面談の通知に、勝手に、「親は不参加」として学校に返事していたのも私だ。

 進路の三者面談で、いきなり、本当の成績を知らされても、母は納得出来なかったのだ。


 全てが母のせいではなかった・・。

 だから、余計に、親のせいにしたくなる。

 真実を振り返ると辛くなるから。


 私が黙り込むと、父は、私の頭を、ぽんぽんと叩いた。


「人生は長いんだから、たった1回、つまづいたって、いくらでも挽回できるよ、美千留。

 そう、気にしなさんな。

 お父さんから見れば、大したことじゃないけどな。

 美千留は健康で、良い娘に育ってくれてるからね。

 ゆっくり考えて、また挑戦すればいい。

 今度は、ちゃんと、お父さんに相談して欲しいな」


「・・うん」

 涙がポロリとこぼれた。

 父がティッシュで拭いてくれた。


「しばらく、親戚の家にでも、遊びに行くかい?

 気晴らしになるだろ」

 と、父が私の荷造りの様子を見回して言う。

「親戚の家? どこ?

 真希ちゃんちとか?」

 私は、一歳年上の従姉妹の家を思い浮かべた。

 一番、行き来のある親戚だ。

 でも、出来の良い従姉妹の家には、今は、行く気がしないな、と思った。

 私と真希ちゃんは、のび太とデキスギくんみたいなもんだった。

「そうだな。

 もう少し遠くの親類に都合を聞いてあげてもいいよ。

 熊本の大叔父さんちとか。

 阿蘇のそばでね、良いところだよ。

 大叔父さんの家は商売してるから、手伝いながら、しばらく観光させてもらってもいいだろう。

 仕事の出張で熊本まで行ったときに店に寄ったら、叔父さん、美千留に遊びにおいで、と言ってたんだよな」

「商売って?」

「アンティークの店をやってる」

「あ、かっこいい」

「ハハ。

 まぁ、どんな商売でも、裏方は大変だろうけどね」

「うん」

「じゃぁ、聞いておいてあげようか?」

「うん、お願い、お父さん」

「判ったよ」

 父は頬笑んでうなずいた。


本日、2話、投稿いたします。

また、午後8時に2話目を投稿いたします。

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