第55話 絶望的な闘い
国王自らが城壁に行き、戦いを見届ける、と言い出した時は、その場にいた家臣一同が全力で止めに入った。
だが、エドワードは
「我が愛する国民たちが、命を懸けて我が国を守ってくれているのだぞ!王である私は、そ結果がどうであれ、これを見届ける義務がある!」
と、言い張った。
国王の気持ちはよく分かった。
しかし、家臣達が止めたい理由は、ただただ危険だからだ。
即位したばかりの国王が、僅か6日で亡き者になってしまっては、冗談では済まされない。
それを国王に説いた所、
「お前たちが心配するのは分かる。だが、私には秘策があるから大丈夫だ!」
と、自信満々に返されてしまった。
はて、そんな秘策などこの国にあったかな?と家臣一同が首をかしげる中、
「さあ、お前達も早くエスカフィールから避難するのだ。殆どの貴族達が我先にと逃げ出した中、残ってくれているお前たちには感謝している。だが、ここに残っても何も無いぞ。今なら東門から逃げることも能うであろう。私もこれから準備をする。お前達も急げよ!」
そう言ってエドワードはこの場を離れ、私室へと向かった。
それを見た家臣一同は、きっとエドワードは避難の準備をしに行ったのだと解釈し、少し迷った後。避難する準備を始めた。
私室に入ると、そこには王家全員が揃っていた。
前国王であり父親のウィリアム。
第1王妃のアメリアとその子供、第1王女のクラリス、第1王子のフィリップ。
第2王妃のエリザベスとその子供、第2王女のヴィクトリアの6人だ。
「全員揃ってどうしたんだい?さあ、皆も王都の外に避難するんだ」
「で、お前はどうするんだ?」
家族を全員避難させようとしたら、父ウィリアムに突っ込まれてしまった。
きっと、息子の考えている事なんてお見通しなんだろう。
「私は王の責務として、あの黒龍との戦いを見届けます」
「やはりな・・・・勝算はあるのか?」
「グレンがこの異変に気付き、戻ってきてくれればあるいは、と」
「やはりスティード騎士団抜きでは厳しいか。しかしグレン達スティード家が王都を発って、もう2日だろう?そうすぐに戻って来れるものではあるまい?」
「ええ、絶望的でしょうね。しかし父上、安心してください。私にはレオが作ってくれた魔導具があります」
「たしかにそうだが、あれは暗殺を警戒したモノだろう?今回のような場合では役に立たないのではないか?」
「ええ、あれでは無理でしょうね」
「だったら・・・」
「父上、私がパレードで乗っていた物を覚えていますか?」
「確かオープンカーと言ったか?」
「あれを作ったのは誰でしょうか?」
「あんなのを作れるのは1人しかいないだろう?」
「そう、彼です」
ここでレオナルドの名を出さないのは、公式ではすでに死んでいることになっているからだ。
レオナルドの友であるフィリップにだけは、レオが生きていることを教えてあるが、他の4人の家族には秘密にしてある。
どこから漏れるか分からないから、秘密を知る者は少ない方が良いからだ。
なので、例え愛する家族の前でも、レオナルドの名前を言わないようにしている。
しかし本当の理由は、レオが帰って来た時にザカート侯爵と暗殺が成功したと思っているガロウデット男爵が、どんな顔をするのか楽しみだから、だったりする。
ああ、ガロウデットはザカート侯爵の配下の貴族として、男爵に除爵されている。
あと数年で、その地位は終わりを告げることになっているのも秘密だ。
「その彼が、王族専用に作ったあの魔導具に、何もしていない訳がないでしょう?」
「ほう、興味深いな。あ奴は一体、何を施したのだ?」
「厄災級の魔物の攻撃すらも防ぐ、防御結界です」
「何だと!?」
「なので私はオープンカーに乗り、この戦いを見届けるつもりです。最悪の場合は、オープンカーに乗って黒龍の前に出て、皆の盾となって時間を稼ぎます」
ウィリアムは暫く考え、そして決めた。
「よし、では私も一緒に行こう」
「ダメですよ」
そして速攻でエドワードに断られた。
「父上には、私に万が一のことがあった場合に備え、絶対に生き延びてもらいたいのです。私が死んだら王に戻り、フィリップが王に相応しくなるまで育てて頂きますので」
「断る!息子が死地に赴こうとしているのに、父親が逃げ出してたまるか!それに、そのオープンカーは安全なのだろう?ならば、いつ襲ってくるか分からぬドラゴンに怯えて逃げるくらいなら、オープンカーと一緒にいた方が安全ではないのか?」
「む・・・確かに・・・」
そしてエドワードがウィリアムの言葉に納得しそうになったタイミングで、それまで黙って話しを聞いているだけだった他の家族が、一斉に扉へと向けて歩き出した。
「どうしたんだいお前達?ああ、そうか、すまないね。少々長く話しすぎてしまったようだな。すまないが先に避難の準備を・・・」
「陛下、何を言っているのですか?」
「は?」
エドワードの言葉を遮ったのは、第1王妃のアメリアだった。
「私たちは確かに準備をしに行くところですが、避難の為ではありませんよ?私たちも黒龍の所に行く準備をして参ります。それでは」
そう言って、第2王妃のエリザベスと子供達を伴って部屋から出て行ってしまった。
「え~と・・・」
「ふむ、お前の負けだな。いくら王であろうと、家族全員が覚悟を決めたのだ。決して覆すことは出来んだろうな?」
「はぁ~・・・・分かりました。では父上、私達も準備をしましょう」
「ああ、そうだな」
10分後、完全武装した国王と前国王と第1王子、それと王妃と王女を乗せたオープンカーが、人が殆どいなくなった西の大通りを城壁に向かって進んで行った。
このオープンカーは王家全員が乗れるように設計されたもので、運転手を含めて11人が乗れる大型車だったりする。
そして今、この王都で唯一運転ができるのは、戴冠式の翌日にグレンから運転を習ったエドワードだけだったため、エドワードが運転している。
この車の凄い所は、各種安全装置がこれでもかと盛り込まれており、もし誰かを轢いてしまったとしても、車体はおろか、轢かれた相手ですら無傷という超安全設計となっている。
仮に、普通なら車がひっくり返ってしまうような事態に陥っても、このオープンカーは決してひっくり返ることは無い。
また、この世界の道はアスファルト舗装なんてされていないので、普通に車が走ると相当揺れる。
なので、どんな悪路でも一切揺れることがなく走れるようにされている。
揺れない、という事は、どんな衝撃を受けても、この車の中は常に平穏が保たれる、ということだ。
これらの副作用として、階段は何の問題もなく登れてしまうし、さらに崖だろうが絶壁だろうがお構いなしに登れることも出来る。
さすがは魔法がある世界。
もう、何でもありだね!
つまり、この車に乗っているだけで、城壁を登ることも可能だったりする。
というか、もうすでに登り切ってしまっている。
国王だけでなく、王族全員がこの城壁に来たため、現場は大混乱に陥っていた。
それはそうだろう。
ここで命をかけて戦っているのは、この国を守る為なのだ。
なのに、こんな所に国の象徴である国王と王族全員が来てしまった。
この時、城壁の上から長距離攻撃をしていた全員の心が1つになった。
『『『『『アンタ等何やってんの!?』』』』』
と、全員が心の中でそう叫んでいた。
しかし王族相手にそんな事言えるはずもなく、全員が言葉を飲み込んだ。
と思いきや、
「ちょっと陛下!?なんでこんな所まで来ちゃってるんですか!?しかも王族全員連れて!?先王陛下まで何やってんですか!?」
勇者はいた。
この場に集っている全員の声を代弁してくれた男が、ただ1人だけいたのだ。
もしこの勇者が不敬罪によって処罰されそうになったら、俺達が守ろう、と、全員の心が更に1つになった。
なったのだが、
「カルナバル宰相?そう言う貴方こそ、こんな所で何をしているのだ?」
まさかの宰相閣下でした!
その恰好は宰相ではなく、ただの騎士にしか見えない。
というか、金鹿騎士団の格好をしていた。
そして再び1つになった全員の心が、
『『『『『アンタ等ホントに何やってんの!?』』』』』
と、叫んでいた。
「私はこの国の宰相として、この戦いの結果がどうあれ、見届ける義務があるのです!なので、ここから指揮を執っていたんですよ。そんな事より、陛下こそ何で来ちゃったんですか!?」
「私か?私も国王として、この戦いを見届けようと思って来たのだ。家族全員は避難させようとしたのだが、全員付いてくると言って聞かなくてな」
「いや、だからって・・・」
「それにこれはレオの作った魔導具だよ。厄災級の攻撃すら防ぐ結界が張られているんだ。だから危険はないよ」
更に抗議しようとしたカルナ宰相に耳打ちし、安全であることをアピールした。
当然、カルナバル宰相もレオナルドの作った魔導具の性能が常識外れであることは理解しているため、納得してしまった。
「はぁ、それならば仕方がないですね。でも良いですか?見ているだけですよ?間違ってもあの黒龍に立ち向かおうなんて思わないでくださいね?」
そして、カルナ宰相の許可も得て、ここで黒龍との戦いを見続けていた。
「それにしてもカルナよ。ここにいる貴族はお前だけか?」
それまで黙ってやり取りを聞いていたウィリアムが口を挟んで来た。
「ええ、もちろんいますよ。この城壁の上ではエウロペア子爵とサマトディス伯爵が私と一緒にここから全体を把握し、指揮を執っています。下ではカトラス男爵とナルニアス男爵、ライネック子爵とミーシャリア伯爵、それとノーマン伯爵は息子2人と一緒に黒龍に立ち向かっていますし、強力な回復魔法が使えるユタキア侯爵家とその家族に、アイゼン侯爵とその使用人全員が、負傷者の救護に当たっています。後は・・・」
どうやら予想以上に多くの貴族が、この戦いに参加しているようだ。
聞いた家名の殆どが、全く黒い噂を聞かない貴族だった。
逆に、ザカート侯爵を筆頭とした、腹黒い連中は総じて避難しているみたいで、ここにはいない。
おそらく、そういった連中は、我先にと逃げ出したに違いない。
まあ、避難しろと言った以上、それらを糾弾することはしないが、この場に残っている者には何かしらの褒賞を与えなければ、と、エドワードとウィリアムは考えていた。
だがそれを成すには、この絶望的な状況を覆さなければならない訳ではあるが。
すでに黒龍との戦闘が始まって2時間が経過していた。
戦の素人であるエドワードから見ても、かなり旗色が悪いのが分かる。
まだまだ戦える者はいくらでもいるが、このままではいつか全滅してしまうかもしれない。
見ている限り、黒龍には大したダメージを与えることが出来ずにいて、体力の消耗も感じられない。
おそらく、時折近くにいた者達や騎馬を食べているから、それでエネルギーを補給しているのだろう。
さらにドラゴンとは、魔法も使い、強力なブレスも吐くはずだが、これまでただの1度も使用していない。
ずっと爪や牙で攻撃しているだけなのだ。
遊んでいるのかも知れないが、こちらにとってそれは好都合だった。
油断しているなら、いつか付け入るスキが生まれるかもしれない。
だが、もし空に上がられてしまったら、もう成す術が無くなってしまう。
主力であった宮廷魔術師団の多くがMP切れを起こしていて、もう使い物にならない。
最初はMPを温存しながら魔法を放っていたが、被害が拡大する一方の現状を打破すべく、宮廷魔導師団序列1位であり、宮廷魔導師団団長のエランテルを筆頭とした序列10位までの魔導士による、全力の一斉攻撃を行った。
アステリア王国最強の魔導士10人の、全MPを込めた最大威力の攻撃だ。
黒龍と戦っていた全員を非難させ、土魔法で壁を作って黒龍を囲み、孤立させる。
そして各々の得意分野の魔法を、同系統ごとに分かれて一斉に放つ。
爆炎が、氷塊が、真空の刃が、光線が、順に黒龍に撃ち込まれた。
その威力は凄まじく、黒龍の周りの地面は破壊され、抉れ、原形を留めてはいなかった。
だが、その破壊の中心にいた黒龍は、今まで受けた中では最大のダメージを負ったものの、動きを止めることは無く、それどころかお返しとばかりに、今までよりも苛烈に攻撃をしてくるようになった。
腕の1本程度は奪いたかったが、残念ながら5体満足の状態だった。
対してこちらは、頼みの綱であった王国最強の10人の魔導士が、MP切れで倒れてしまった。
同じく主力の国家騎士団も、何とか騎士団長達は生きてはいるが、殆どが重傷で、騎士達の半分近くが黒龍によって動けなくされてしまっている。
騎士達は当初、一斉に騎馬に乗っての突撃攻撃をしようとしたが、殆どの騎馬が黒龍に怯えてしまい、使い物にならなかった為、100騎に満たない数での突撃攻撃をしていた。
充分な加速がされ、勢いの付いた突撃攻撃は黒龍の硬い鱗を貫くことに成功したが、1撃を入れただけでそれ以上の攻撃が出来なくなっていた。
突撃した相手は、巨大で頑丈な黒龍だ。
つまり騎馬隊は、固い壁に向かって全力で突っ込んでいったことになる。
騎馬は頭からぶつかり、首の骨が折れてしまって動けなくなる。
ランスを突き立てた騎士も、その衝撃に腕が耐え切れず、良くて脱臼、悪くて腕がちぎれてしまった者までいた。
そして傷を付けられた黒龍は怒り、自身を攻撃した相手を見逃す理由はない。
馬から放り出され、地面落ちた騎士を黒龍が潰していく。
そうして騎馬に乗った騎士、つまり騎兵が全滅した。
決して騎士団が弱いわけではない。
黒龍が強すぎるのだ。
近衛騎士団である金鹿騎士団団長のディアレスは、乾坤一擲の攻撃で剣を突き刺し、鱗鱗を貫き、刃を肉まで達せることに成功したが、それまでだった。
黒龍から反撃の尻尾を受け吹き飛ばされ、骨が砕けてしまい、動けなくなったからだ。
黒龍に瞑られる前に、慌てて周りにいた近衛騎士団の団員が回収し、急いでユタキア侯爵の所まで運ぶことができた。
何とか傷は治るだろうが、失った体力までは戻らないだろう。
ディアレスが戦線に復帰するには、しばらく時間がかかりそうだ。
主力であった騎士団や魔導士団が倒れていく中、冒険者達も上級の冒険者を筆頭にも頑張って攻撃してくれているが、1人、また1人と脱落していく。
それでも皆は良く戦ってくれていた。
少しずつではあるが、黒龍に傷が増え、明らかにダメージを与えられているのが分かる。
ん?今、黒龍に傷を与えた2人は子供か?
まだ小さいのに大した度胸と力だ。
いや、あれはノーマン伯爵家の息子たちではないか?
確かダラシィードとオーガストだったか。
この子達の働きは、しっかり覚えておこう。
なぜ、1km先の戦闘の様子を、誰が何をしたかまで分かるかと言うと、オープンカーの付与の中に、『望遠』みたいなのが入っていたからだ。
これを発動し、目の前の空間に1km先の戦闘の様子がはっきりと映し出されている。
はっきり言って、『望遠』よりも高性能だったりする。
術者本人だけでなく、周りにもその映像を見せることが出来るからだ。
このおかげで、王族全員が黒龍との戦闘をハッキリと見ることが出来ていた。
この凄惨の蹂躙の様子を、だ。
だが、王家の誰一人、この映像から目を背ける者はいなかった。
なぜなら、ここで闘っているのはアステリア王国の民で、自分達はアステリア王国の王族だからだ。
決して目を背けてはいけないと、まだ幼い王子や王女は理解しているのだ。
そしてさらに30分が経った時、最悪の変化が訪れた。
それまでずっと地面に降りて戦っていたドラゴンが、急に空へと浮かび、ホバリングを始めたのだ。
そして口を開き、そこに光りが集まっていく。
ドラゴンが使う中でも最強の攻撃、ブレスだ。
それを見た、今まで黒龍と闘っていた全員が、死を覚悟した。
それは、1km離れた城壁の上から見ていたエドワードにも分かった。
「いかん!全員逃げるんだ!逃げろーーー!」
ありったけの声を振り絞り、叫んだ。
だが、その声は恐怖に支配された戦士達に届くはずもなく、仮に届いたとしても、もう間に合わないことは分かり切っていた。
それでもエドワードは叫ばずにはいられなかった。
そして、今まさに黒龍がブレスを吐こうとしたその時、大量の矢が凄まじい速度で飛来し、黒龍の体に降り注いだ。
そして驚くべきことに、僅か2本だけだが、黒龍の体に刺さっていた。
アステリア王国が誇る騎士団ですら、大したダメージを与えることができず、矢など無数に浴びせたにも関わらず、1本も刺さらなかった黒龍に、だ。
その突然のダメージに驚いた黒龍は、ブレスを放つのをキャンセルし、矢が放たれた方向、南側を向いた。
同じく、城壁の上にいたエドワード達王家の面々も、同じく南側を見ていた。
そこには、500名ほどの騎士達が土煙を上げながら、常識では考えられない速度で黒龍に迫っていた。
誤字、脱字など、お気付きの点が御座いましたらご指摘をお願いいたします。
もし、この作品を読んで面白い、と思って頂けたら幸いです。




