疎界の腕輪
だれかが叫んでいる。狼の雄叫びのような、辺り一帯に響き渡る轟音で、それでいてどこか哀しさを孕んだ声で。
うるさいな。俺は今そんなのを聞かされてる程穏やかな気持ちじゃないんだ。少し静かにしてくれ。頼むよ。
「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!!!!!!!!!!!!!!!!!」
違う。俺だ。
叫んでいるのは俺だ。
どうして俺は叫んでいる?
涙がとめどなく溢れてくる。
何故こんなに悲しいのか自分でも分からない
何故。
何故。
何故。
何故か。
本当は分かっている。
受け入れたく無いだけだ。
大事な物が、本当に無くしたくない物が、今、無くなった。
消失した。
もう二度と会えない。話せない。触れ合うこともない。共に登校することも。笑顔を見ることも、ふざけて笑い合うことも。
陽菜、陽菜。どうしてだ。
目の前に腕が落ちている。細く、白い。女性の腕だ。
切断面は、グチャグチャに融解しており、泡がぶくぶくと立っている。
手首のあたりに、俺が誕生日プレゼントとしてあげた十字架模様のブレスレットが付いている。
「なんでだよ…」
ずっと叫んでいたらしく、喉は水分を失い、まともに発声が出来ずに掠れた声が漏れ出た。
当たりは暗く、どうやら森の中に居るらしい。さっきまで昼間、しかも血みどろの場所にいた事を思うと、その差異に気づいて少しの冷静さを持つことが出来た。
「…」
夢だったのだろうか。
あの化物も、陽菜の死も
いや違う。
現実だ。目の前に横たわる腕を見つめながら考える。
大きすぎる悲しみを誤魔化すためなのか、思考は陽菜の死から遠ざかろうとしている。
俺はそれに逆らわず、全てを無意識に預けることにした。
そうしないと、心が壊れてしまいそうだからだ。
「とりあえず…ブレスレット、回収しておくか、ははっ陽菜てめえ3日しか付けてないじゃねーか。この野郎。」
ブレスレットをあげた時の表情を思い出しながら、ブレスレットを外し、自分の右手に付けた。
今日からこれが形見になるんだろうな。なんて逃避しながら、付け心地を確かめる
「ん?」
違和感がある。
ブレスレットと腕の接点に何か硬い感触があった。
「…なんだこれ。」
紙切れだ。
ブレスレットを腕にはめないと絶対に気づかない様な、小さくて自己主張の弱いものだが、震えていても何故か感じ取れる違和感があった。
「ノート紙か?」
その紙は、尋常ではない力で折りたたまれており、およそ人間技では無い小ささになっていた。
疑念を抱きながらもそれを開くと、1枚のノート紙だった。
裏返すと、文字が書いてある。
とりあえず読んでみるか。