一つの運命と結末
読んでくださって。
それは。唐突に現れた。
破裂寸前まで茹でられた蛸のような胴体に、犬の頭をグチャグチャに砕いた様な顔面。
口のような穴からは、強酸性であろう液体がだらだらとたれ流され、アスファルトを溶かしている。
化け物だ。そうとしか形容しようの無いそれは。少しずつ、だが確実にこちらへと向かってきている。
いや、正確には、'陽菜'の方へ。だ。
なんだ。なんだこれは。どうなってんだ。現実なのか?それとも白昼夢ってやつなのか。
俺と陽菜はさっきまで、普通に通学路を歩いていただけなのに、いつの間にか周囲一体が血まみれで、虫が這いずっている、気味の悪い場所へ来ていた。
もちろん。俺達が住んでいる町にこんな場所は無い。17年間暮らしてきて、こんな場所を見たことは一度も無いし、見たならば忘れるはずがない。
「お、おい陽菜、逃げよう。」
少しずつ近寄ってくる「化け物」を横目に、震えた喉から発する事が出来た言葉は、それだけであった。
そんな俺を尻目に、妙に落ち着いた声で、陽菜こう言った。
「いいえ。紅兎くん。逃げないよ。これは運命だから。紅兎くんは隠れていて。わたしは、これと向き合わなければいけない。」
見知らぬ、未聞かぬ声に一瞬、思考が止まった。
こいつはだれだ?いや、こいつは本当に陽菜なのか?
いつもの陽菜ならば、猫の死体ですらビビって近ずけないほどのビビりなのに、
陽菜の風貌をしたそいつから発せられた声は間違いなく陽菜本人であった。
運命?向き合う?何を言っているんだ。このままだと、お前はあの「化け物」に…
想像しただけで嗚咽するような展開を想像しながら問いかける。
「お、おい。運命ってなんだ?今はふざけてる場合じゃないだろ?早く、ここから離れねーとさ…あれ、だんだん寄ってきてるじゃねえか…」
もう20m程近くまで這いずるようにして近寄ってきたそれは、陽菜に近づくごとに、びちゃびちゃという音を大きくして来ている。
ふと、陽菜に目をやると、どういう訳か、俺の方を向き、微笑んでいる。
この狂った状況で、微笑みかけるその表情は、間違いなく陽菜のものだった。
「紅兎くん。今まで本当にありがとう。まさかこんなに早いとは思って無かったけど、君と出会ったあの時から、私の人生は、毎日輝いてた。すごく、すごく楽しかったんだ…。本当に、本当にありがとう。」
さようなら。
そう、言い残して、陽菜は。
ありがとうございます。
これにてプロローグ終了です。