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3戦目

「ーー単騎が本陣の後ろから駆けて参ります!!」


「ーー旗指物は!?」


「ーーありませぬ!!」


「ーー旗指物が無ければ織田方じゃ!!討ち取れぃ!!」


「馬廻衆!本陣を固めぃ!!」


後方から出現し単騎駆けで向かって来る騎馬武者を認めた今川軍の馬廻衆は本陣を固める為、動き出した。


本陣へ近付けさせまいと今川軍の騎馬武者ーー前立が付いたーーが馬を駆り、本陣へ駆けて来る織田方と思しき騎馬武者に近付く。


「ーー我は長谷川 伊賀守 元長!お屋形様には近付けさせんぞ!!いざ尋常に勝ーーー」


一瞬の事だった。


今川軍の騎馬武者ーー長谷川伊賀守が名乗りを上げつつ槍を振るおうとした刹那、彼の頚は兜ごと宙を舞い、頚を失った身体は力が抜け、そのまま落馬した。


大身槍の穂先で頚を刎ねた騎馬武者は兜頚が落ちている所で愛馬を止めて鞍から飛び降りると、いまだピクピクと頬の筋肉が痙攣している頚を拾い上げる。


「勝ち名乗りした方が良いのか?……桂木小次郎勝元、今川軍 長谷川伊賀守を討ち取った!!」


兜頚を掲げながら大声で勝ち名乗りを喧伝する武者ーー和樹だが、相手の名乗りの最中に討ち取るのは誉められたモノではない。


「は、長谷川様が討ち取られたぁぁぁ!!」


「下郎推参じゃ!!者共、掛かれ掛かれぃ!!」


長槍を持った足軽達が組頭の下知で和樹の下へ殺到するのを認めつつ、彼は獲った兜頚の緒を腰の帯へ縛着しながら敵情を観察する。


(他に兜頚は……出来るなら前立を付けてる武者が良いな……ふむ…二つは確認出来る)


本陣の回りに前立付きの兜を被った武者の姿を視認した和樹は面頬の奥で口角を吊り上げながら、ゆっくりと歩き出す。


「叩き潰せぇぇぇぇっ!!」


足軽組頭が下知した瞬間、足軽達が振り上げた長槍が和樹を叩き潰そうと勢い良く振り下ろされた。


素早く手に持っている全長が10尺6分余(約320cm)の大身槍を真横に保持しながら掲げ、10数本余りの長槍の打撃を受け止めると膂力で弾き上げる。


踏鞴を踏んだ足軽達の胴がガラ空きとなったのを見て、大身槍を横薙ぎに払った。


1尺5寸(約45cm)の穂先は鉄の胴鎧を面白いように斬り裂き、足軽達は深く裂かれた腹から血を吹き出しつつ倒れ伏す。


そのまま足軽組頭の頚をポンッと穂先で刎ね飛ばすと先程の前立を付けた武者の下へ駆け出す。


「見事な手並み!敵ながら天晴れじゃ!!儂は今川治部大輔が臣 三浦左馬助!!槍合わせ願おう!!」


「桂木小次郎勝元。推して参る」


後腐れがないよう彼は短いながらも名乗りを上げた。


互いの名乗りが終わり、敵将が槍を和樹に向けて鋭い刺突を繰り出す。


摺り足で半身ほど身体を動かして刺突を避けた彼は、敵将に隙が出来た瞬間、槍の穂先で足を払い、敵将を地面へ倒した。


素早く敵の槍を自身の足で踏み、槍を短く持ち直すと敵将の喉笛へ穂先を突き刺す。


血のあぶくを吐き出す敵将へ止めを刺す為、和樹は腰の太刀を鞘から払い、刃を首元に宛がうと足で太刀の峰を踏んで頚を斬り落とした。


「ふぅ……今川軍 三浦左馬助、桂木小次郎が討ち取った!!」


勝ち名乗りを再び上げた後、和樹が兜頚を同じく腰の帯へ縛着していると確認出来る最後の武者が将兵を纏め上げて退却の号令を出しているのが見えた。


兜頚を縛着する間、地面へ突き刺していた槍を抜くとそれを逆手に持ちーー敵将目掛けて投擲する。


敵将の胴に突き刺さった槍は勢いを弱める事なく、甲冑を纏った敵ごと飛んで行き、本陣の陣幕を破った所でやっと地面に落ちた。


太刀を肩に預けながら本陣の中へ入り、まず彼は転がっている敵将に突き刺さったままの槍を引き抜き、次いで血振りを済ませた太刀を鞘へ納めると本陣の床机に腰掛ける甲冑を纏った武者に視線を向ける。


「ーー今川治部大輔義元公とお見受けするが、如何に?」


「ーー如何にも…わらわが今川治部大輔じゃ。そなたの名は?」


ーー彼の耳朶を打ったのは高い声。


またか、と和樹は思いつつも態度には出さず眼前の敵将へ名乗りを上げた。


「桂木小次郎勝元」


「そうか……良き名じゃのぅ」


「勿体無き御言葉」


和樹が軽く頭を下げると眼前の敵将はおもむろに自身が被る兜を脱ぎ、素顔を晒す。


兜から黒髪がサラリと流れ落ち、薄化粧を施した美女が現れた。


「これから殺し合うのじゃ。お互いの顔を見合うというのも一興ではないかの?」


「…変わった趣向ですな?」


そう言いつつも和樹も兜を片手で脱ぎ、面頬も外して素顔を晒す。


「…良き面構えじゃ……思わず見惚れてしまう…」


互いに口角を緩く吊り上げると話は終わりとばかりに兜や面頬を被り直した。


「ーーそなたに勝てる気がせんが…今川の棟梁として一所懸命抵抗させてもらうぞ」


「流石は海道一の弓取りでございます」


義元が腰に佩いた太刀ーー名刀 宗三左文字そうざさもんじを抜いたのを見て、和樹は槍を捨てて腰から太刀を払った。


それを合図にしたかのように義元が一気に距離を詰めつつ太刀を上段に構え、振り下ろす。


唐竹を避けると和樹は太刀を胴目掛けて横薙ぎに払う。


容赦の無い剛剣を辛うじて受け止めた義元だが、余りの衝撃で身体を仰け反らせてしまう。


その隙を彼が見逃す筈が無かったーー


「ーーがはっ…!!」


刀線刃筋乱れる事なき袈裟掛けは義元の身体を深々と甲冑ごと斬り裂いた。


ガクリと膝を突いた彼女が顔を上げると和樹が太刀を構え直しているのが写った。


もはやこれまでと悟った義元は瞑目し、最期の瞬間を待つ。


ーー慢心から織田の奇襲を予期しなかった事が敗因だった。


ーー戦の勝敗は兵家の常と言うが悔やんでも悔やみ切れぬ痛恨の悪手。


思う事は尽きない。だがーー


「ーー討たれるのが……そなたで良かった……この頚を功名とせよ」


そう眼前の敵へ告げた瞬間、太刀が振るわれたーー







「ーー桂木小次郎勝元、今川軍総大将 今川治部大輔義元公を討ち取った!!」


和樹が声高に勝ち名乗りを喧伝した瞬間ーー空が光った。



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