2戦目
「儲かった儲かった……あの露天の煙草は少し高かったがな……」
「ブルルッ」
仕方ないですよ、と愛馬が慰めるように鞍に跨がる主人へ嘶いた。
立ち寄った村に偶然、来ていた行商人へ剥ぎ取った武具類を買い取ってもらい身軽になった一人と一頭は宛のない旅路を再び歩き出していた。
「しかし……本当にここで生きて行くなら職を見付けなければなぁ……特技は……人殺し…しかないな…」
馬上で買ったばかりの刻み煙草を丸め、それを煙管に詰め込んで一服を始めた和樹は仕事をどうするか考え出す。
「何処かに仕官でもするか?」
「…ブルッ?」
ボソリと呟いた和樹に黒馗が“貴方がですか?”とでも言うように耳を向けた。
「…100万以上の兵を率いたが……初心に帰るのも悪くなかろう?それに俺は前線で暴れるのが性に合っておるようだしな」
苦笑しながら紫煙を燻らせる。
「覚えておるか黒馗。北方の長城で五胡の軍勢に騎兵連隊の先頭を駆けて斬り込んだのを。あれは興奮したモノだ」
「ヒヒンッ!」
「応、そうだ黒馗。あの時の事だ。…いや…若かったなぁ……まぁ若返った訳なんだがなーーむっ?」
昔語りをしていたら雲の流れが可笑しい事に彼は気付いた。
「一雨来そうだ……梅雨もあるだろうが…山の天気はなんとやらだな。走るぞ黒馗」
青毛の軍馬の腹を軽く蹴って合図を出してやれば、最愛の愛馬は彼の意思通りに山道を駆け出した。
「ーーいやはや間に合った間に合った」
雨が本降りになる寸前に大木の真下へ駆け込んだ彼は安堵の溜め息を吐き出す。
愛馬の鞍から飛び降り、背負った鎧櫃や手にした槍を太い幹へ立て掛けると携帯の火入れを用いて煙管に火を点けた。
「少し休むとするか。その内、雨も止むだろう」
二振りの太刀を鞘ごと抜き、地面へ腰を降ろすと幹に背中を預けつつ太刀を抱える。
「ーーそれにしても……激しく降って来たな…」
片手で太刀を抱きかかえながら空いている手で煙管の羅宇を摘まみ紫煙を燻らせる。
「ーー少し寝るか。黒馗、なにかあったら起こしてくれ」
「ブルッ」
お任せを、と嘶いた愛馬の返答を聞いた彼は吸い終わった刻み煙草を叩き出し、煙管を腰の帯へ差し込むと瞼を閉じた。
ーーー…ーーーーー……ーー
ーーーーーー…っ…ーー…ー
ーーーーっーー…………っー
黒馗の押し付けられた鼻先で起きるのと自発的に目を醒ますのどちらが早かったか。
目が覚めた和樹は胸に押し付けられた愛馬の鼻先を軽く撫でると立ち上がる。
「……剣戟の音がするな……随分と多い……戦か?」
黒馗へ待っているよう告げた彼は剣戟の音が聞こえる方角へ向けて駆け出した。
辿り着いたのは崖の上。
そこから眼下を睥睨すればーー
「……やはり戦か。…足利二つ引両の旗指……ふむ……混乱しているようだーーあん?…梅雨…豪雨…兵の混乱…そして足利二つ引両………まさか……」
ーー桶狭間の戦いか?ーー
戦役の名前を思い出した途端、和樹は元来た道を駆け出していた。
主人が大急ぎで戻って来たのを認めた黒馗は和樹へ視線を向けていたが、当の本人はその視線に気付かず戦仕度を始めている始末。
「良い就職先を見付けたぞ。尾張の織田だ。取り敢えず、兜首を二つ三つは獲ろう。仕官さえ叶えば安定した収入が得られる。なにより織田は実力主義者だ。結果さえ出せば、多少出自が曖昧でも傭ってもらえるだろうしな。鎧なんぞ着なくても十二分に殺れるが、流石に着ないと胡散臭いだろうから着ておこう」
「……ブルル…?」
そんなモノですか?と黒馗は小さく嘶くが当の主人は鎧櫃から具足を取り出して着込み始めている。
袴と足袋を履き、甲懸を付けて草履を履いて脛当てを付ける。
腰へ佩楯を付け、両手へ弓掛、両腕に籠手を通してから満智羅を着込む。
黒漆で塗られた桶側胴の黒糸縅二枚胴へ袖を付けて着込み、緒を締めて固定させ、腰に上帯を締めるとそれへ太刀を差し込んだ。
長手拭いで頭部を覆い、黒漆で塗られた面頬を口元に付ける。
仕上げに黒漆塗の日根野頭形兜を被り、緒を締めた。
「……さぁて……殺るか……。黒馗、また共に戦場を駆けるぞ」
槍を携え、鞍に跨がると愛馬が高々と嘶いた。