1戦目
「ーー桂木小次郎“和樹”勝元……こう名乗れと?…桂木………なんだかなぁ……」
麗らかな陽気の中、彼ーー和樹は腰掛けつつ煙管を燻らせながらメモを読んでいた。
「それにしても…こちらでは真名が通称になるとは……神聖な存在で勝手に呼ぼうモノなら頚が飛んでた大陸とは大違いだ。…そういえば…蓮華には随分と貴様呼ばわりされたなぁ…」
かつての義妹を思い出し、和樹はほくそ笑んだ。
「ブルル」
「おおっ、済まん済まん。道草を食ってる場合ではなかったな」
愛馬に急かされ、和樹は腰掛けていた“野盗の死体”から立ち上がりメモを袂へ突っ込んだ。
「ふむ……人を斬り殺したのは随分と久しいが……腕は鈍っておらんな」
10人ばかりの野盗の死体が転がっている様を見て和樹は感慨深そうに何度か頷いた。
その総ては一刀の下に斬り伏せられており、中には身体を両断された者も何人か含まれている。
「新しい太刀の切れ味も確かめられた…それに……」
チラリと和樹が先を急かして来た愛馬へ視線を向ければ、その背中の鞍には野盗の死体から剥ぎ取った武具の類いが括り付けられている。
「お粗末極まりないが…二束三文にはなるだろう。小遣いも手に入った事だしな」
袂へ手を突っ込み、死体から“頂戴”した金の入った巾着の一つを手に取って揺すればジャラジャラと音が鳴る。
「どうせ使う事がないのだから俺が有効に使ってやらねばなぁ」
そう嘯くと和樹は愛馬の手綱を握って再び山道を歩き始めた。
「ーー具足一領、太刀二振り、大身槍が一本、火縄銃が二挺……内の一挺は狭間筒か? 馬上筒一挺、手入れ道具に火薬と鉛玉、そして油紙。……金は昼間の連中から頂戴した他に金貨、銀貨や銅銭……野郎、随分と気前が良いな……当分の資金には困らん」
山中で火を焚き、程好く焼けた、皮を剥ぎ取り、骨と腸を処理して笹に刺した蛇を食べながら現状の所持品を確認する。
「取り敢えずは……煙草さえ無くならなければ俺の精神状態は安泰なんだがな」
焼いた蛇の串焼きを銜えつつ彼は油紙を鎧櫃から引き摺り出すと二挺の火縄銃へそれぞれ丁寧に巻き付けた。
それが済むと今度は少し焚き火から距離を取り、馬上筒の銃口へ発射薬である胴薬と弾丸を流し込んで槊杖を用いて銃身の奥へ押し固める。
次に火皿へ点火薬である口薬を入れ、火蓋を閉じ、あらかじめ火を点けておいた火縄を火挟に挟んだ。
そして彼は、おもむろに火蓋を切るとーーあろうことか振り向きもせず真後ろの茂みに向けて発砲した。
銃声の余韻が残る中ーードサリと何かが倒れる音が茂みから響く。
「知ってるかね?人様の食事中に背後から忍び寄るのはマナー違反だ。撃たれても文句は言えんぞ」
和樹は講釈を垂れつつもフゥと銃口から立ち昇る硝煙を吐息で吹き飛ばし、馬上筒を腰の帯へ差し込んだ。
何者であったかを一応、確認する為、立ち上がると手元へ置いていた太刀二振りも腰の帯へ差し込みつつ茂みに近寄る。
「来世があるならそこには注意して産まれて来い…よ……あん?」
茂みに大の字となって横たわっていたのは人間の形をした人間ではないモノ。
それに気付き、和樹は思案顔で無精髭の生える顎を撫でる。
「ふむ……熊……ではないな。熊はもう少し愛嬌のある面だ。……それにしても太い牙だな……」
鉛玉を喰らって穿たれた眉間の穴からは細く硝煙が昇っている。
件の人間のようなモノは既に事切れているようだが凶悪で醜悪な相貌は尚も健在していた。
この正体は何かと彼が思案しているとーー周囲から気配を感じた。
暗がりの向こうに爛々と光る双眸がいくつも浮かび上がったのを認め、和樹は腰の太刀の鯉口を切ったーー口角を吊り上げつつ。
「ーーーふぅむ……もう少し粘ってくれると思ったのだが……拍子抜けじゃないか……」
月が天頂を過ぎた頃、和樹は逃げ出した化け物を追って突入した洞窟から全身に返り血を浴びた格好で出て来た。
その入り口には醜悪な化け物共が屍となって倒れており、洞窟の中からは血と臓物の臭いが否応なく漂って来る。
「…斬ったのは…40と3匹か。……手応えがない……恋や相棒、部下共の方が遥かに手強いぞ」
懐紙を懐から取り出し、太刀にこびり付いた血糊を拭いつつ彼は洞窟を後にした。
ーー彼が撫で斬り一歩手前気味に斬殺して回った化け物は、この外史で“鬼”と呼ばれる存在であり、斬った鬼の中には“鬼子”と恐れられる化け物も数体含まれていた、と和樹が知る事になるのはもう少し後の事である。
野盗より野盗らしく、鬼より鬼らしい主人公。




