008 子供時代の狂戦士の部屋
どっかの宮殿のような大豪邸、噴水付きの庭園、一面緑の芝生と白い大きな犬。
そんな想像とはまるっきり違う場所だった。
百階以上ありそうな高層ビル。
それが転法輪融の実家だった。
おかえりなさいませと出迎えてくれたのは、一人の執事だった。
(電話越しの声である程度予想していたけど、若い女性が執事服を着ている)
「御当主様も、旦那様も現在お仕事のため留守にされております。
融さまのご帰宅はすでに伝えてあります。
長期休暇中に必ず時間を作って、会いに行くから待っているように、というお二人からの伝言をお預かりしております」
戦車がそのまま乗りこめそうな広いエレベーターに乗って自分の部屋に向かった。
(1フロア全部が子ども一人の部屋だとは驚きだ。
それにしても、自分の部屋が何階にあるのか尋ねるのはやっぱり変だったかな。
執事のお姉さんの目が冷たい。
心の距離というか、壁を感じるぞ)
エレベーターのドアが開いて、ギョッとした。
壁一面に赤で文字の様な記号が書き連ねてある。
(し?しね、かな?こっちは血まみれの人の絵?床の黒い染みも気になる!
コワっ! なにコレお化け屋敷!?)
通路を進んでいくと、今度は通路に五寸釘や鉈、斧、ナイフが刺さっている。壁にはそれらで付けた傷がビッシリだった。
(こわい、こわい、こわい! 少なくとも子供の部屋じゃない!)
扉をあけて部屋に入る。
おそらく超能力を使って壊された人形や、綿のはみ出たぬいぐるみ、頭部がめった刺しのマネキンが放置されている。ビリビリに破かれた家族写真も怖い。
(ギャーーー!
将来、死神とか狂犬とか呼ばれるだけのアレな感じが、部屋いっぱいにあふれ出ちゃってる!
たすけて!誰か、タスケテ!)
融は怖くなって、エレベーターに駆け込んだ。
(僕になる前の融はヤバい! あんなやつを普通の学校に入学させちゃまずいだろ! 両親何考えてんだ!)
出鱈目にボタンを押して、開いた階で降りた。
「ちょっといいですか?」
メイド服を着た若い女性に声をかけた。
「ひっ!と、融さま!な、何故ここに!何か御用ですか」
悲鳴を上げた彼女は、取り繕うような笑顔になった。
(前の融は一体何したんだ!涙目でおびえているぞ)
彼女に執事を呼んでもらうように頼むと、全速力で走り去る様に呼びに行った。
「何のご用でしょうか」
しばらくしてやってきた執事の彼女を、今度はじっくり冷静に観察した。
(よく見ると、彼女の膝の辺りが震えている。額にも冷や汗が浮かび上がっている。
心の壁どころか、物理的な壁で距離を取りたくなって当然な部屋だった。
冷たいんじゃない、あの眼に宿っているのは恐怖だったんだ。
ホラー映画みたいな子供の子守りなんて、僕だったら転職しているね)
「お願いがあるのだけれど」
執事の彼女がビクッとした。死刑宣告でもされそうなおびえっぷりである。
「はい、何でございましょうか」
「部屋が散らかっているから、片付けてほしい」
彼女は驚いた顔になった。
「はい?」
「リフォームでも何でもいいから、とにかく僕の部屋を普通の部屋に戻して欲しいんだ。何日かかってもいいから、それまでどこか別の部屋を使わせてくれないか」
「……お部屋には決して誰も入れるな、とのご命令でしたが?」
「え、そうだっけ?あー、もうそんな命令気にしなくていいから。中のゴミも全部捨てちゃってくれ。見たくない。知りたくない。
そうだな、学校の、普通の友達を招き入れても問題ないくらいの部屋にしてくれ。
とにかく頼んだぞ!」
(こんな感じで、偉そうに命令しないと不自然に思われちゃうかな?)
「……はい、至急手配いたします。
では、清掃作業が済むまでは、こちらのお部屋でお過ごしくださいませ。
それでは、失礼いたします」
この時、使用人たちはまだ半信半疑であった。
やがて、この日は邪悪な悪魔が祓われた日として、使用人たちの間で語り継がれることとなる。