007 いじめられっ子の正体
今日から学校は長期休暇に入る。
最終日は、特に授業もない。長期休暇中の課題や成績表が渡された。
融は、友達とお別れの挨拶をすませて、実家の住所や帰宅方法を調べ始めた。とりあえず、帰省すると前もって連絡をしておいた方がいいだろうと思い実家に連絡した。すると執事が出てこう言った。
「今から三十分後に玄関で御持ちしております」
三十分後、どこかの大統領でも乗っていそうな黒塗りの高級車が玄関前に横付けして待っていた。
融が荷づくりした小さな荷物を運転手が受け取る。後部席のドアは自動で開いた。
運転席とは仕切りがある。広い車内にポツンと座る。
(調べてみたら、学校から実家のある町まで一時間ぐらいかな。映画でもダウンロードして時間を潰そうかな。それとも宿題を終わらせてしまうか)
メガネの情報端末を操作していると、画像や動画のデータが目に入った。
(三ヶ月くらいだったけど、いろいろあったよな)
いじめられっこの映像データが表示された。
(そういえば、まだこの子の名前を知らないな。一応検索しておくか)
雪村 鏡子という名前が表示される。
彼女の両親は事故で死亡し、現在は親戚の家に引き取られ養育されているらしい。
「ええっ!」
思わず叫んで飛び上がってしまった。広い車内でなければ、融は天井で頭をぶつけていただろう。
雪村鏡子。
歴史では、月城晶が帝国を裏切った後、この国で英雄と呼ばれる人物だ。
能力値が低いため、それを補うように補助武器の使用や、罠を使う戦略的で、敵を追い込むような戦闘を得意とした。敵からはその戦い方から、猟犬と呼ばれた。また、格闘戦のエキスパートでもある。
見た目の美しさもあって、彼女は市民たちに支持される存在となる。
彼女が戦果を上げ出世していくと、ある国家機密情報が開示される。
それは彼女の両親が、国家特殊部隊作戦群に所属していたという情報だ。
エリート中のエリート、最も困難で、最も重要な国家の存亡にさえ関わるような任務をこなす存在である。
そのため任務中の彼女の両親の死は機密とされ、家族にも事故死として報告された。
両親の死後、雪村鏡子は親戚に引き取られて育てられた。
彼女の有名なエピソードの中には、いじめに関するものが多い。
国からは、残された彼女に補助金が支給されていたのだけれど、親戚がそれを使いこんでいて、彼女には自分の部屋すら与えられず召使のように扱われたいた。
学校でも、両親がいないことや能力値が低いことなどでいじめの標的となる。いつも孤独で、逆境にさらされていた。
のちに彼女は、いじめに堪えて、戦い続けたことで今の強靭な精神力を身につけたと語った。
(雪村鏡子をいじめから救ってしまった!
このままでは、強靭な精神力が身に付かない!
歴史が変わって、英雄が生まれなくなってしまう!
猟犬も死神と同じ時代に活躍した英雄。
僕の生存率を上げるために必要不可欠な人物!
僕がすべきだったのは、ケーキをおごってやることではなくて、むしろ顔面にケーキをぶつけることだった。
まずいぞ。これから長期休暇で接触すらできない。
こうなったら、彼女の親戚が彼女をいじめて、いじめ抜いてくれることに期待するしかない。
ドンドンやれ!ビシバシやれ!出来るだけ苦しませろ!
そうじゃないと僕の未来が終わる!)
そして、邪悪な願望を抱えて祈っているうちに、初めての実家に到着した。