006 おこづかい
入学して、一か月過ぎた頃。
(メガネ型情報端末に、大量の電子マネーが振り込まれていたから、てっきり一年分の授業料+生活費だと思っていたのだけど、今月も振り込まれている)
おそるおそる、転法輪の実家に電話をかけてみた。
「はい、現在御当主様は長期出張中です」
執事を名乗る人間が出た。とりあえず家族が電話に出て、自分の正体を見破られる心配はしなくてすんだ。
「あの、電子マネーの件なんですけど」
「申し訳ございません。
やはり不足して、お困りのことと思います。あれしきの額では融様の一ケ月分のおこづかいとしては、少々問題があるのではないかと御当主様にも申し上げました。
けれども、旦那様は融さまには相応の苦労をさせるべきだと申されました。
御不便は重々承知ですが、おこずかいの追加は断る様に言い付かっております」
「……はい、わかりました」
それでは失礼します、と言われて通信が切れた。
(全然苦労してねーよ。
おこづかいもらい過ぎだろう。
何考えてんだ転法輪家。前の融もどんだけ浪費してんだ)
これまでの一ケ月で融が使用した額は、一ケ月分と渡されたおこづかいの十分の一にも満たない。それでも、融は豪華学食やメガネ型情報端末の補助部品購入代などで使いすぎたかなと反省しているぐらいだった。
「なあ、お前らはおこづかいどれくらいもらっているんだ?」
進馬、杏菜、美涼の三人と一緒に寮の談話室にいる時に思い切って聞いてみた。
「僕は……」
「私は……」
進馬や杏菜の二人が言うおこづかいの額も、今月融が使用した額の倍はあった。
「学校に入学してから増えたんだ」
とうれしそうに話す。
「私はおこづかい、もらったことが無いわ」
美涼が言うには、ブレスレット型の情報端末で会計をすると、家が代わりに支払いをしてくれる仕組みらしい。
杏菜たちはへーすごいねー、とか言っていた。
「ところで君はどれくらいもらっているの」
「僕も二人と同じくらいだよ」
と言って融は誤魔化した。
(昔の俺の金銭感覚ではありえない。
物価の違いを差し引いても普通じゃない。
どうやらこの学校は結構な金持ちが通う学校みたいだな)
融は、これをきっかけに代表会議に所属する人間の生活について、美涼に聞いてみた。夏休みの長期休暇に、転法輪家の実家に帰った時の参考にするためだ。
一緒に生活している家族は父、母、兄で、ほかにもたくさんの親戚がいること。
自分専用の非超能力者の使用人の子が同い年で、妹のように思っていること。
住んでいる家が広くて、今でもたまに迷子になること。
融は、スケールの違いに驚いていたけど、後の二人はそこまで驚いていなかった。
(やはり、二人の家も金持ちらしい)
美涼は、家族仲は良いけれど困ったことがあると言いだした。
「お父様とお母様が、絶対に月城家にだけは負けるなってうるさいの。
何処からか、能力測定の結果を調べたみたい。
それで今まで以上にうるさくなって、この間はつい八つ当たりしちゃった」
美涼は十分反省しているようだ。
(波川家と月城家は仲が悪いというのは、この時代の常識らしい)
「でも、これからも月城晶さんとは仲良くできないと思うから、迷惑をかけるかもしれない。先に謝っておくわ。ごめんなさい」
(仲良くしようぜ!将来、敵になった時プチっとされちゃうぜ!ヤバいぜ!)
「ああ、でも、あなたは月城さんに少なからず思うところがあるみたいだから、私が謝るまでもなく、対立してくれるわよね。
別に、私が自分の手で倒さなきゃ納得しないわけじゃないから、遠慮なくやっちゃっていいわよ」
美涼が、首を斬るジェスチャーを笑顔でやった。
(やらないよ!命を大事にしようぜ!)
美涼の期待のこもった視線から逃れるように、席を外して飲み物を買いに行く。
談話室にある飲み物の自動販売機の前に、この間のいじめられっ子が突っ立っていた。何やら悩んでいた。
「どうした」
「次のお小遣いまであと三日なんだけど、今残りが少ないから悩んでるの」
「ちなみに、どれくらいもらっているんだ」
「えっとね……」
この女の子がもらっている金額こそ、子供のおこづかいという感じがする額だった。
(これが正しい『普通』だよな。この学校は金持ち家庭が多すぎる)
答えてくれたお礼にジュースをおごってあげた。
どうせ今の融の金銭感覚では、あのおこづかいを一ケ月で使い切る心配は無いだろう。
「ありがとう」
女の子はにこにこしていた。