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002 裏切り者



人一人の人格を上書きして、人生を乗っ取ってしまったという罪悪感は彼にはなかった。


(いくら英雄とは言っても、どう見ても極悪人だったからな。倒した敵の数より、虐殺した味方や非戦闘員の方が多いなんて。

むしろぼくみたいな平和大好き人間として生きた方が、みんな感謝するに決まっている)


彼は融として生きる決意をした。


お名前を呼ばれたら、お元気に返事する。



若い女性の担任の先生は、詳しい学校や授業の説明は明日にするということだった。

今日からは寮に入って集団生活することになると言っていた。

初等科は一年から六年生までいて、寮は学年ごとに分かれている。


超能力者は子供のころからの訓練が必要とされている。

そして、将来は軍隊で活躍することを求められる。

早いうちから集団生活に慣れさせておく訓練ということだ。


(着ている制服や学校の設備を見て思っていたけど、寮もすごく立派だな。

部屋は鍵付きの個室で、中に風呂やトイレまである。壁が分厚くて防音設備もばっちり。冷暖房も自動管理で常に快適、洗濯は汚れた衣服を機械に放り込むだけの完全全自動、ロボット掃除機が勝手に掃除までしてくれる。

ここまで楽だと、いったい集団生活の何を学ぶのかって感じだな)


壁の一部がピカッと光った。情報端末になっているらしい。タッチパネルの様な操作も、音声認識もできるらしい。人工知能が搭載され簡単な質問にも答えてくれる。

機械で合成された女性の声で、食堂での食事の時間を告げる。


(冷蔵庫が無いと思っていたけど、情報端末に食べ物の注文の項目があるぞ。頼めば出前してくれるってことか?

いや、でも食堂で食事しておくか)


制服以外の格好をした生徒もいる。寮のクローゼットに入っていたジャージっぽい部屋着。寮内での活動や寝間着として使用する。

食堂では入り口でタッチパネルもしくは音声で注文する仕組みになっている。あとは指定された席で待っていると勝手にロボットが配ぜんしてくれる。


融は感動していた。

(僕みたいな象徴がいなければ存続すらできないような、未来の弱小組織の食生活なんて、酷いものですよ。ええ、まったく。


社会が戦争で崩壊して、流通がまともに機能していなから、調味料は簡単に手に入らず、味は単調。土地はやせ衰えて、まともな作物は育たない。

蛋白源は狩猟で入手するのだけど、そんな毎日獲物が獲れるはずもない。象徴として戦闘はさせてもらえなかったけど、狩猟採取は手伝わされましたよ。食わなきゃ死にますよ。

酷い時は闇市で買ってくる横流し品のマズイ栄養食を無理矢理飲み込むか、雑草のフルコースの二択。

飢えはしなかったけど、辛くないと言えば嘘になる毎日でしたとも)


融が注文したのはとんこつラーメンだった。

メニューを見たとたん迷わず注文した。

(人類の舌の永遠の恋人、ラーメン。その中でも特別に味が濃厚とされている豚骨をまさか味わえる日が来ようとは思わなかった!!)

こってり豚骨のスープに、細いストレート麺。チャーシュー、メンマ、ノリ、紅ショウガ、焦がしネギ、半熟ゆで卵がトッピングされている。

一口食べて、すべてがわかった。

(これは合成食材ではない!本物だ!

化学調味料や合成タンパクではなく、本物の豚骨によって味付けされている。麺も本物の小麦だ。

この時代はまだ食料事情が豊かな頃だと知識として知っていたけど、まさかここまでとは思っていなかった!素晴らしい!)


彼は好物をとっておいて、最後に食べる派だった。

二枚のっているチャーシューのうち一枚を残しておいて、最後に食べようと考えていた。

その時だった。


「嫌いなの?じゃあ私が食べてあげるね!」


横から箸が伸びて、大事に取っておいた一枚を奪った。

横を向くと金髪の女の子がパクリとそれを食べてしまった。

「じゃあね!バイバイ」

女の子は親切なことをしてあげたという笑顔でにこやかに去って行った。


融はしばらく固まって、その目から一筋の涙がこぼれた。



デザートにケーキを追加注文することでどうにか気持ちを落ち着かせて、融は自室へと帰った。

とっさにメガネ型の情報端末に記録しておいた悪魔のような女の子の画像データを検索する。

月城晶(つきしろ あきら)という名前がヒットした。


月城家は代表会議という帝国の支配している二十名家のうちの一つだ。

代表会議に所属するほとんど家が、自分たちの血脈を重要視する中、月城家だけが唯一能力だけで跡継ぎを決める。

優秀な能力を持つ多くの養子たちを競わせて、その中で最も優秀な者を跡取りとして選ぶのだ。

実力こそすべてである月城家で、子供のころから圧倒的な才能を見せつけていたのが末っ子の月城 晶。

炎を操る能力、人を引き付ける人柄。

年上の兄や姉たちを押しのけて入学した当初から跡取りはこの子以外にはいないと言われていた。


(しかし、歴史上ではそうならなかった。

彼女は帝国を裏切るのだ。

高等科一年になったある日、秘密裏に国内に侵入していた敵軍とともに破壊活動をする。ついには代表会議を襲撃。半数を殺害もしくは再起不能の傷を負わせて、敵国へ亡命する。

何故彼女がそのようなことを行ったのか?

複雑な家庭環境、優れた才能ゆえの孤独、退屈を持てあまして、更なる強さを求めて、好奇心、欲望、復讐など様々な理由が挙げられたが真相は不明。

彼女が敵国に渡ることで、改造人間の研究が進み、やがては転法輪 融が死亡する原因にもつながる)


融は笑顔のかわいい女の子の画像を見つめる。

(やっぱり人が大切に取っておいた食べ物を、横からかすめ取るようなやつはロクな大人にならないな!

まさしく僕の天敵!

月城晶が帝国を裏切らないようにすれば、必ず僕が生き残る未来につながるはずだ。具体的にどうしたらいいのか今は思いつかない。よく考えてみよう。まだ時間はあるのだ。


とりあえず、食い物の恨みは忘れない。絶対に)


フカフカのベッドで眠りながら明日のことを考えていた。




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