011 愛情をもって接する
長期休暇が終わり、今日から通常授業が始まった。
その日最後の授業は国語だった。
「今日の授業は作文です。
テーマは家族についてです。
夏休み家族で過ごした思い出や、一緒に旅行に行った感想などを原稿用紙三枚以上使って書きあげてください」
勉強机に内蔵されている、学習用ソフトが起動する。
作文の画面が表示された。
(弟のことしか書けないな。
父親が怖がって話しかけてきませんでした。
母親の顔すら覚えていません。
執事をおびえさせました。
うん、無理だな。お題は恐怖小説じゃない。
よし、
キャッチボールをして遊びました。
お兄さんとして、しつけを・・・・・・)
融は授業時間中に、弟についての作文を完成させた。
暇になったから、キョロキョロと周りを見回すと、担任教師が怒りを抑えた小さな声で生徒の一人を叱っていた。
叱られた生徒は目に涙をためてうつむいている。
(あ!)
叱られていた生徒は雪村鏡子だった。
融が会話に聞き耳を立てると、全く作文が書けていない彼女は放課後の居残りを命じられていた。
(雪村鏡子を精神的に追い詰める存在は、いじめっ子や意地悪な親戚だけじゃないな。無神経な教師もそうだとは思わなかった。
雪村鏡子の両親は戦死、記録上は事故死している。
夏休みは独りで過ごすか、親戚にいじめられていたはずだ。
もちろん旅行なんて連れて行ってもらえるはずもなく、家族との思い出が出来るわけがない)
放課後、生徒たちが帰った教室に一人居残りをさせられていた。
こっそり後ろから近づいて、画面をのぞき見ると、彼女の死んでしまった両親とのわずかな思い出が書かれていた。
しかし、それは曖昧な点が多い。
(歴史上、彼女の両親が亡くなったのは彼女が物心ついたばかりの頃だったはず。
両親のことなんてぼんやりとしか覚えていないだろう。
あっ!)
彼女は書きかけの文章を全部消してしまった。
ついには机に突っ伏して、声を殺して泣き始めた。
(悲しすぎるだろう!歴史的英雄の過去!
こんな歴史、黙って見過ごすわけにはいかない。
そうだよ、僕は雪村鏡子を英雄として育てると決めたじゃないか。
待ってろよ、雪村鏡子!お兄さんが何とかしてやるぞ!)
融は教室を出て、職員室へと向かった。
「せんせー!」
「はい、何ですか融君。先生に何かごようですか?」
担任教師は、のんびりお茶でも飲みながら同僚と会話していた。
「クラスメイトの雪村さんのことなのですが」
「ああ、雪村鏡子さんね。心配いりませんよ。彼女は授業をちゃんと聞いていなかったから、居残りで作文の課題をやっているんですよ」
担任教師は、不真面目な生徒に厳しく接しているだけだ、と思っているようだ。
「先生、雪村さんのご両親は事故でなくなっていますよ」
「えっ」
担任教師は、生徒の個人データを開き確認し始めた。
「本当だ。あっ、でも親戚のご家庭に引き取られていると……」
「その親戚は、雪村さんだけを残して家族旅行をするような人たちですよ」
担任教師の笑顔が固まった。
作文の課題をどうするか同僚に相談し始めた。同僚の若い教師も驚いているみたいだ。少し経って、話し合いの結論が出たようだ。
「では、融君。雪村さんにはテーマの変更を伝えてもらいませんか。
新しいテーマは、お友達についてです」
担任も、その同僚もこれで問題が片付いたと思い、ホッとしていた。
「先生、そのテーマでは、また書けなくて泣いてしまいますよ。
雪村さんにお友だちはいません。教室でも、寮でもずっと独りです」
若い二人の教師は、融からそんな発言が返って来るとは想定してはいなかった。
担任たちは、さらに上のベテラン教師の所へと相談しに向かった。
おばちゃんって感じのベテラン教師が融の所までやって来て、さっきの融が言ったことを確認し、その場で会議を始めた。
教師たちの話が長くなりそうだったので、融は話を遮って雪村鏡子がまだ教室に残っていることを伝えた。
ベテラン教師が時間を確認し、とりあえず今日は、融と雪村鏡子を寮へと帰すことになった。
そのことを教室で泣いている雪村鏡子にベテラン教師があったかい表情で伝えると、彼女はどうしたらいいのかわからないような顔をしていた。
次の日、雪村鏡子は担任とベテラン教師から謝罪された。
彼女は、何を謝られているのか、よくわかっていないようだった。
それから、作文のテーマが変更された。
「どれにするんだ?」
「まだ、わかんないよ。もうちょっと、待って」
ある日の放課後、融と鏡子は図書室で絵本のデータを検索していた。
(課題は読書感想文。原稿用紙三枚以上。
あのベテランのおばちゃん先生、僕に「お手伝いしてあげてねぇ」だって。
まあ、これも英雄育成の第一歩だと思って、がんばりますか。
そう、お兄さんとして!)
絵本を読み始めていた雪村鏡子の方を見ると、偶然視線が合った。
彼女はにこっと笑った。




