010 パーティと二人の女の子
融の父親が帰って来た。それは長期休暇終了間近になった時だった。
(転法輪家の当主は母親で、父親は婿養子らしい。
母親の職業は軍人で、父親の職業は料理人。
母親は多忙で滅多に家に帰って来ることは無い。父親も仕事が忙しい人物ではあるけれど、普段はもっとまめに家に帰って来ると執事の穂積さんは言っていた。
おそらく、原因は僕だ。
穂積さんはとても言いにくそうにしていたけれど、あの眼が語っていた。
ホラーで悪魔な前の融と、ほとんど会話が無かったようだ)
融が気を利かせて玄関で出迎えた時も、息子に対する警戒心が隠しきれていなかった。
駆けよって抱きつきでもしたら、恐怖のあまり心臓が止まってしまいそうな蒼い顔をしていた。
(使用人たちとの関係も悪くはないようだ。
隠れて様子を見ていたけど、使用人たちにはちゃんと尊敬されているみたいだ。普段はおとなしくて優しそうな人柄と、この家を支えようとする堂々とした態度。
料理人としての経歴も調べてみたけれど、数々のコンクールを優勝した一流の料理人みたいだ。人の上に立つ資質もその経験から磨かれたものだろう。
弟も懐いている。眉の感じ、優しい目元もそっくりだ。
融の顔はたぶん母親似だろう。あんまり似てない)
しかし、父親は融が近くにいるだけで、落ち着きがなくなる。
(あの部屋を見たせいだろうか?それとも前の融が何かやらかしたのか。
原因はわからないけど、関係改善は簡単にいきそうにない)
それなのに、父親が家に帰って来た理由は何か。
それは明日、代表会議の家族パーティーがあるためだった。
(代表会議というこの国の代表二十人の家族間の交流を目的としたパーティー。年に数回行われているらしい。
今回は当主である母親が参加できないから、代理として父と息子である僕が参加する。
弟はまだ幼いから参加しない。
具体的に何かする訳ではない、本当にただの交流会。
父親に、すがり付くような眼で「頼むから大人しくしていてくれ、何も問題を起こさないでくれ」と会うたびに言われる。
はいはい、何もしませんよ)
服の着方がわからないで融が戸惑っていると、執事の穂積さんが着せてくれた。
「ありがとう」
そう言って融が笑いかけると、目を逸らされた。
(まだまだ警戒は解かれていないようだな。着付けに来ないあたり、メイドさんたちにも警戒され続けているな。
何が悪かったんだろう。
穂積さんで雪村鏡子を鍛える練習をしたことか?
いたずら目的で定期的にコースを変えて散歩したことか?
いやいや、ただ微笑んで近づくだけで、悲鳴を上げて騒ぐそっちも悪いって。お化け屋敷の脅かす役の気分で、こっちを楽しくさせるから!
君たちと違って素直な弟の衣寅は、もうお兄ちゃんのことが大好きですよ)
パーティー会場までの車も父親とは別々だった。
(一緒の車に乗ろうとしたら泣き出しそうになるんだもの。
大丈夫、怖くないよー)
会場は庭のあるホテルのホールだった。すでに日は落ちて、庭はライトアップされていた。室内もシャンデリアが光り輝いている。
(会場は立食形式のバイキングか!
父親はすでに俺から遠く離れて、ほかの関係者と歓談中。
食べて、大人しくしていれば問題ないよな。
好きな料理の皿を食べきってしまうのは、ほかの客に悪い気がする。
少しずつ、いろんな料理を食べよう)
滅多に人前に現れなかった転法輪家の長男に、あいさつしたいと思っている人はその会場にもいたけれど、幸せそうに食事に集中する姿は人を寄せ付けなかった。
(あっちにも、食べ物がある!)
皿とフォークを持って、庭へと向かう。
「ふん、私に気易く話しかけるなんて、何様のつもり!」
庭の木の影、大人たちから見えない場所で女の子が、ほかの子供をいじめていた。
よく見ると、ドレスを着て髪も飾り立ててあるけど、いじめっ子は美涼だった。
融はビシッと美涼にチョップした。
「いたい!」
美涼は頭を押さえて涙目になっている。
「だれよ!なにするの!って、あ!」
「お前、またいじめていたな。反省したんじゃなかったのか?おいこら」
いじめられていた子供は、この隙に逃げてしまった。
融は、自分も逃げようとした美鈴を追いかけ回した。
涙目でごめんなさいと叫びながら庭中を逃げ回る美涼。
それを見た融の父親は青い顔をしていた。
(美涼が女子トイレに逃げ込んでしまった。おいかけっこでは反則だ!
「説教の続きは学校でな!」
って言ったら、ひーーごめんなさいって泣き声が聞こえた。
まあ反省するだろう。
問題は僕だな。会場で騒ぎを起こしてしまった。
父親はまだ帰るつもりがないようだから、ここに隠れて時間を潰していよう)
会場の広い庭の隅、ライトアップの光が届かない薄暗い場所。
そこには小さな池があり、そばに木が植えられていた。
融が今隠れている場所は、その木の上である。木登りをして器用に枝に寝ころんでいた。
「みつけた!」
しばらくして、女の子の声が聞こえた。
「あなた、女の子を追いかけまわして、泣かせていたそうじゃない。隠れても無駄よ。そこで待ってなさい!」
女の子は月城晶だった。誰かから融の話を聞いた彼女の正義感が炸裂したと推測される。
(また、やばーい!)
月城晶は融が登っている木の、隣の木に登り始めた。
「待った、その木は」
融が止めようとするのを無視してグングン登る。そちらの木の方が凹凸があって登りやすいのだ。
(確かに、そっちの木の方が登りやすい。でも)
融と同じ高さまで登り、枝を伝ってこちらに跳び移ろうとした時だった。
ボキッと音を立てて枝が折れ、晶が下の池に落ちた。
(折れやすいんだよ)
するすると木を降りて、融は池に落ちた晶を引き上げた。
会場の中心部ではダンスをしているのか、音楽が流れているため、先ほどの水音には気付かないみたいだ。
ドレスは水浸しで、落ちた拍子に手のひらを擦りむいて血が出ている。
(将来は僕の天敵でも、今はまだ子供だもんな)
目が濡れているのは、水なのか涙なのかどうかわからない。口をぎゅっと結び我慢している。
ポケットから白いハンカチを取り出して、傷口をやさしく縛ってあげた。
「折れた木の枝は知らんふりで誤魔化す。傷はこれでいいとして、ドレスはどうしようか?係員を呼ぼうか?」
晶はブンブンと首を振る。
「これぐらい!平気!」
彼女は眼を閉じて念じ始めると、彼女の周りの空気が暖まりだした。
(これは、熱の超能力!もう使いこなせるのか)
ずぶ濡れのドレスは、三分もしないうちに乾いた。
それから、じっと融の目を見つめた後、何も言わずに走り去ってしまった。




