001 魂の上書き保存
鳥が飛び方を知っているように、魚が泳ぎ方を知っているように、特別な超能力者は生まれながらにして自身の能力を知っている。
そんな特別な存在の中でも、さらに特別な存在が彼だった。
世界で唯一の存在。
彼の能力は時間移動。
とは言うものの、いつでもどこでも好きな時代へと移動できる。それは、そんな便利な能力ではなかった。
能力を使用できるのは一度きり。
一度能力を使うと自身の存在が代償となる。
どんなの超能力でも練習をすればコントロールできるようになるとされているが、彼の能力は一度使ってしまえば、それでおしまいだ。
練習のしようがなく、能力は彼のコントロール下にない。
使えたとしても、どうなるかは彼自身にもわからない。
そして、彼は生まれてからの12年間、さまざまなことを制限されて過ごしていた。自由に子どもたちと外で遊ぶことは許されなかった。
彼の所属していた組織は、彼を超能力の象徴として扱うことで協力関係にある組織からの援助を受け、敵対組織をけん制していた。彼には常に誘拐などの犯罪に巻き込まれる危険性があった。
そうでなくても、彼の生きている時代は危険な時代だった。
二百年前に二つの勢力がぶつかり合う世界戦争があった。
その戦争に勝者は生まれなかった。
一つは超能力者たちが非超能力者を支配する大帝国。
もう一つの勢力は選民思想、階級社会の超能力国家を危険視し、対抗すべく立ち上がった自由連合国家集団だった。
始めは小競り合いに過ぎなかったけれど、小さな戦争の火種は徐々に広がっていき、世界中を巻き込むものとなった。
泥沼の総力戦の結果互いに疲弊し、集団としてのまとまりが失われ、誰も戦争を終わらせることができなくなった。
そして、武力集団や民族がそれぞれを攻撃しあっていた。
彼が生きているのもそんな時代。
彼が所属しているのは、超能力国家の残党集団の一つで、彼はそこの象徴として存在を許されている。
命がけで戦うでもなく、何かを生み出すわけでもない。
ただそこにあることだけを求められている存在。
いつかきっと、自分の時間移動の能力を使う日のために今日も歴史資料という名の記録映画や再現ドラマ、歴史を題材としたマンガを読んで過ごしていた。周りの大人たちからは、ちゃんとした国家の機密情報などの片苦しい記録も勉強させられた。
「どうせ時間移動するのなら、三百年以上前の平和な時代がいいな」
そんな彼の仮初めの平和も長くは続かなかった。
連合国家自由連合の主流を勝手に主張するテロリスト集団が攻め込んできたのだ。
超能力を使い、彼の仲間たちが勇敢に立ち向かうも、戦力に大きな差があり追い込まれていく。敵の中に改造人間が一人混じっている。並みの超能力者では十人がかりでも倒すのは難しい。
ついに象徴である彼の住んでいる地下までテロリストが攻め込んできた。
血のついた足跡をつけながら、改造人間が近付いて来る。
このままでは殺されてしまう!
追いつめられた彼はついに自分の能力を発動させたのだった。
この超応力を使えば、命が助かると考えたわけではない。
「どうせ死ぬのなら、その前に使っておかないと、もったいないよね」
彼は気が付くと集団の中、椅子に座っていた。
ステージ上には偉そうな顔したおじさんが演説していた。
おじさんが読み上げた日付は彼が生まれた時代のだいたい二百年前。
世界大戦がはじまるおよそ二十年前だった。
(一生に一度しか使えない能力を失敗するなんて。平和な時代を生きたかったのに。どうして僕はこうなのだ。ああっ、過去に戻ってやり直したい!)
演説が終わって、彼がいる集団が一斉に起立する。
上官らしいのは若い眼鏡の女性。彼女の後ろをみんなで並んで歩く。
(あれ?)
そこで彼は初めて気がついた。
(なんでまわりのみんなは子供なんだ?)
そこで熟考した。
(そもそも、僕の超能力は使用したら僕の存在が消えてしまうはずだよな?
じゃあ、今ここにいる僕は何だ?)
到着した場所には小さな机といすが部屋いっぱいに並べてある。
標識に、1-1と書かれていた。
「はい、ここが今日から皆さんが学ぶ教室です。みんなさん、これから仲良くお勉強しましょうね!」
彼が混乱したまま考えていると、周囲の視線が彼に集中していることに気がついた。
「トオルくん、お名前を呼ばれたら元気にお返事してくださいね。融君」
「……はい」
戸惑いながらも彼は返事をした。
その後も担任教師らしい彼女は生徒の点呼を続けた。
(なぜか、僕は融君とやらになってしまったみたいだ)
彼は自分が眼鏡型の情報端末を身につけていることに気がついた。
脳波で操作できるタイプで、考えるだけで文章入力、情報検索、録音録画、ゲーム、他の電子機器の遠隔操作、情報分析などなど、さまざまなことができる。
コレはまだ買ったばかりの新品のようで、記録させている映像データはない。何か現状を知るヒントが無いものかと彼は操作を続けた。
アドレス帳に自分の家族の名前が並ぶ。父母弟がいるらしい。苗字の欄には転法輪と書かれていた。
転法輪 融という名前で自分が誰になってしまったのかに気がついた。
(転法輪 融。
敵味方ともに恐れられていた歴史上の人物で、戦場の死神と呼ばれていた超能力者。
自分の掲げる正義の名のもとに殺戮する狂犬。超能力者を絶対とする狂信者。邪魔する者は味方だろうが、上官だろうが、容赦なく殺す。
そして、最終決戦の前に、敵の改造人間千人を相手に一人で戦い続け、国家の危機を救う最期を迎える。一応、英雄の一人とされている。
顔写真や戦闘記録映像で見たことがあったけど、本当に、どう見ても殺人鬼でした。
僕が時間移動で過去に跳んだとしても、絶対に関わりたくないと思っていた人物、その人にまさか僕が成ってしまうなんて。
いやだ!やり直しを希望する!)
彼は、ついに自分の超能力を完全に理解した。
その能力とは、自分の人格、魂とでも呼ぶ存在を、過去の誰かに上書きすることで時間移動する能力だったのだ。
どの時代の誰が上書きされるのか? それは偶然に決まってしまうようだ。
(それに、もう僕に時間移動能力が残っていないことが分かる。一度しか使えない能力ということか)
生まれてからこれまで当たり前にあったモノが、無くなってしまったぼんやりした不安が彼にはあった。
(ないものは無いだ!気持ちを切り替えよう。
僕がこうしてここにいるってことは、未来を変えることができるかもしれないじゃないか。
まだ二十年以上の時間が残っているはず。
死神と恐れられて、戦場で散る未来を変えたい!
まだ具体的に何をしたらいいのかわからないけれど、勉強した歴史を思い出してよく考えれば、きっと何か手があるはずだ。
人生諦めが肝心って言うけれど、これからの融は、もう僕の人生なんだからそんな簡単にあきらめられるか!)