殺しの話
随分と洒落た喫茶店だ。
喫茶店『夢想郷』とは、まさしく、今夢を見ている僕にピッタリのお店だ。
「えっとね、まず最初に質問なんだけど………あ、私チョコパフェで」
死体の山を食べてたのに、よくもまあ食べれるね。
甘いものは別腹と言うけれど、それにしても度を越してるよ、量じゃなくて、食べた物、だけど。
「僕も同じもので」
「貴方も食べるんじゃない」
だってしょうがない、店の中でパフェを食べるのって、一人じゃまず無理だよ。
こうして女子と一緒なら、羞恥心は紛れるから。
「ふーん、男の子って面倒ね、それで質問なんだけど、何で逸崎くんは、死体を見ても驚かなかったの」
ジャズが流れる喫茶店で、そんな話をしないで欲しい。
幸い人が居なくて、マスターも店員も店の奥に引っ込んでたから良いものの。
でも、そうだな、死体を見ても驚かなかった、と。
「よく分からないけど、死んだら肉塊になるから、じゃ駄目かな?」
「………いいよ、凄い理由だね、次に質問なんだけどさ、逸崎くんって人を殺したい、って思った事ある?」
それは――――――――――
「それは思うよ、きっと皆そう、殺したいと思わない人間なんて居ないよ、だってさ、人間は蚊とか虫とか、自分に関係なくて、関わりが無いものには無関心でしょ? 蚊を潰す時にかわいそうだなんて思わないよ、きっと僕はそれと同じなんだ、人を殺したとしても、殺しただけ、としか思わない」
「ふーん…………」
一瞬だけ夢見さんの瞳が赤く光った様な気がした。
口元を歪ませて、小悪魔のように笑う夢見さんは、何だか性欲を刺激してくる。
「………ねぇ、逸崎くん、守護霊って知ってる?」
急にファンタジーじみた質問だと思いながら、バイトの女の子がチョコパフェを二つ持ってくる。
夢見さんは僕の回答を待つ様な素振りを見せずチョコパフェをスプーンで掬って口に頬張った。
僕はスプーンを持つけど、先に守護霊とは何か、を回答しなければならない。
「守護霊、守護霊、か。人を守る、人間に憑く幽霊、かな?」
スプーンを構えて、パフェの一角を削る。
食べれば甘い、それでいて冷たい。
「うん、大体あってるよ、守護霊、言うなれば生前死んだ人間を、神様が次に生まれてくる子供に憑けさせる、て云うのが私の考え」
パフェを頬張る、冷たいせいか、少し目を細める。
「それは所謂"内部武装"って呼んでね、そちらの世界だと有名な話なんだ」
チョコパフェの三文の一を平らげた所で、夢見さんはスプーンに付いたクリームを舐めて飲んだ。
「そちらの世界、まあ言うなれば魔術、と言うべきかな? 逸崎くん、本当に、魔術とか言ってるけど、にわか信じがたいかな?」
"魔術"この単語が出てきても驚かないのはこれで何度目だ。
勿論僕は魔術だろうが魔法だろうが、そういう部類は信じない方の人間だ。
しかし、夢見さんが人を殺す時に使った黒い槍や、死体の山を隠蔽した時の血の影を見ているため、否定する事が難しい。
だけど何故今は守護霊の話をしていたのに、今は魔術、と言う部類の話をするのだろう。
「魔術って云うのは、自己の欲望を実現させる為の装置でもあり願望の塊なの、そして、その魔術を扱う為の魔力は、誰もが持っている部位に隠されている」
誰もが持っている?
夢見さんは胸元を指先で円を描くようになぞって、
「それはね、"心"の内にあるの、さっきも言ったように、魔術って云うのは己の欲望を実現させるものでもあって、願望の塊でもあるの、でも、その欲を刺激したり、欲を作り出す部位は何処か分かる?そう云う欲望とかを思考させる脳にあるの?それとも心臓?正解はどちらも同じ、"心"は両方に分離されていて、脳が死んでも、心が死んでも、どちらが一方が健在ならば"心"は生きる事が出来る、話が逸れたけど、そういう欲や願いを想い留める場所は、"心"しかないんだよ」
「つまる所、魔力と云うのは人の心で出来ているって訳?」
「結論からして言えばね、で、ここからが本題なんだけど」
既に食い終わったチョコレートパフェの器の淵を指先でなぞりながら、夢見さんは笑っていった。
「君はね、魔術の才能がある、それも、驚くほどまでのセンスをね」
夢見さんは笑って愛しそうに僕を見つめる。
僕は。
僕はそんな彼女を見て、つい恋しく想ってしまった。