この思いは殺人欲
そうだ、人を殺してみよう。
そんな事を思ったのは、僕がまだ高校生の頃の話。
授業中、ノートを取っていた際急に沸いてきたこの感情。
食欲でも性欲でも、睡眠欲でも無いこの欲求は、放課後の路地裏で、同学年の夢見芽李衣さんが黒い槍で中年男性を切り殺している所を見て、これが『殺人欲』だと云う事を理解した。
同学年、夢見芽李衣さん。
同じクラスで隣の席の、なんだかよく分からない、不思議系女子、と言えばいいのだろうか。
とりあえず、人間観察が趣味である僕でさえも、彼女の感情を読むことが出来ない位、夢見さんは顔を感情に出さない。
けれど、今日の放課後で、夢見さんが初めて見せた恍惚とした表情。
それは冷徹でもあり笑顔でもある、人を助けて、お礼を言われた様な笑顔。
まさに今、助ける所か殺している最中なのだが、彼女の感情を表すのなら、それでいいと思っている。
「あら、貴方は隣の席の………」
しまった、と言うよりかは見つかったな、というごく当たり前の感情。
夢見さんは黒い槍の矛先を此方に向けて、満面の笑みで挨拶をする。
「こんにちは、隣の席の逸崎くん、悪いのだけれど、私は今取り込み中なのその後に誘うとしても、用事が出来たからやっぱり駄目」
そりゃあそうだよね、槍を持って人を殺したら取り込み中になる訳だよ。
「うん、そうだよね、一応、馬鹿みたいな質問するけどさ、その死体の山、全部夢見さんがやったの?」
これまで饒舌な言葉は後にも先にもこれだけだ。
人の死体、肉の破片、剥き出しの骨、悪臭を放つ臓器。
これら一つでも見れば気絶コースではあるのに、僕はそれ以上におとなしい。
それはきっと僕が彼女と同類だと云う事、僕と彼女が同じ『殺人欲』を持つと云う事。
以外にも夢見さんは驚いた顔をしている、それこそ、人を間違って殺した位の驚愕さ。
「意外ね、逸崎くん、貴方、怖くないの?」
僕は疑問を浮かべる、どうして? たかが人の肉がそこにあるだけなのに。
そんな事を思って、僕は狂っている事に気が付く。
間違っても、普通の人間は『たかが』で人の肉とは思わない。
狂っているんだ、いや違う、これが普通なんだ、僕にとっては。
「………ふうん、私、この状況で、そう言える人、好きよ」
好かれてもしょうがないんだけど。
夢見さんは、いつのまにか黒い槍を消して僕の方へと向かってくる。
後ずさりはせず、僕はただ棒、と突っ立ってるだけ。
「ねぇ、逸崎くん、お茶しない? コンビニでに寄って、ここでお茶会をするのもアリだけど」
別にそれでもいいけど、ただ山のような死体がある以上、迂闊に離れたら駄目なんじゃないの?
「平気、だってこれ、私のご飯だから」
日陰になっている筈なのに、夢見さんの影だけは、ハッキリと地面に写っている。
と、思えばその影は蠢いて、死体の積まれた山に向かいだす。
影が死体の山と同化して、その山を包み込んで、影が実体化する。
僕は影かと思ってたけど違った。
あれは影じゃなくて、血だ、血液だ。
肉食獣が噛み砕く様に死体の山を飲み込むと、夢見さんは舌舐めずりをして満腹そうにお腹をさする。
「食べ過ぎたみたい、逸崎くん、私のバックを持ってくれない?」
それは構わないけど、夢見さん、用事が出来たんじゃないの?
「えぇ、大丈夫、その用事って、逸崎くんを殺す事だもの」
………それって笑っていい話?
「うーん……もう関係ないから笑って良いんじゃないかしら、逸崎くんに興味が出たから、今は殺さないわ」
彼女はそう云って笑う。
僕も笑う。
笑う事しか出来ない。