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一章 英雄学校の大魔王(1)

 この世界に異変が起こったのは十年ほど前のことだった。

 突如発生した謎の次元振動を皮切りに、様々な異世界に人々が勇者として召喚されるようになった。それまで漫画やゲームといったフィクションの中だけの話が、現実として起き続けているのだ。

 一度や二度だけならともかく、世界が無限に存在することを示すかのように勇者召喚される者が続出すれば流石に政府も、国も動く。世界各地で多発している事件であるため、各国は速やかに協力体制を取って調査を進めた。

 だが、異世界などという不確かなものの調査は難航どころかすぐに停滞してしまった。なにせ当時は『異世界に召喚された』などという事実は都市伝説、デタラメの範疇だったからだ。誰もがそんな馬鹿げた妄想を信じようとはしなかった。

 最初の勇者が帰還するまでは。

 初代勇者はとても優秀だった。たった一人で各国に働きかけ、あっという間に勇者召喚の仕組みを解明し、こちら側からの制御方法をも発見したのだ。

 その間にも次々と帰還者が現れ、さらに勇者召喚に対する情報が集まった。


 召喚される勇者は十代の若者に限定されること。

 生還した者は異能の力に目覚めていることが多いこと。

 召喚先の異世界で『魔王』なる異形の怪物と戦わされること。

 一度勇者となった者は再びどこかの世界に呼ばれる確率が非常に高いこと。


 などである。

 無論、召喚先で命を落とす勇者も少なくはない。寧ろ生還できる方が稀だった。一度生還しても二度目の召喚で絶命することだって当然ある。

 国立英雄養成学校。

 そこはそんな彼らの生還率を高めるために、二十歳を超えて召喚されなくなった『元勇者』たちによって設立された学校である。

 初代勇者が発見した召喚制御法は、なにも知らない少年少女が強制召喚されることを防ぎ、学校内だけに作用するよう誘導することにも成功している。

「制御できるならもう召喚なんてさせなければいい」

 どこかの国の誰かがそう言った。

 けれど、そうしたところで勇者召喚に頼る危機に瀕した世界がなくなるわけではない。異世界だからと無視をし続ければ今後どうなるかわからないし、なによりその状況を正義感の強い『勇者』たちは許さなかった。

 そこで初代勇者は召喚術を逆探知し、相手側と交信する術を編み出した。それから救世を依頼(クエスト)として学校に通う勇者たち自らが選択できるシステムを確立させたのだ。

 こうなってしまえば『勇者』とは一種の職業だ。

 救った世界からは多額の褒賞を与えられるため、その数パーセントを国に収めたところで学校を卒業する頃には一生遊んでも使い切れない財産と名誉を得られる。入学するには勇者としての素質は当然必須になるが、命を捨てる覚悟をしてでも『ヒーロー』でありたい志願者は後を絶たないだろう。

 現在、日本にある英雄養成学校は全部で三校。そのうち最も大きい第一英雄養成学校は、十年前の災害で荒れ果てていた東京の一区を丸ごと開拓して建設されている。全校生徒は二百四十三人。つまりそれだけの『勇者』がこの学校に通っていることになる。

 そして本来一人一人が尊敬される勇者たちにも、憧れの的となる存在がいた。

 それは在学三年目の天才にして年間救世数百二十の第一位。

 史上最強の英雄とも謳われる少女。

 久遠院姫華だった。


        †


 真逆の存在として、年間救世数ゼロで最下位のダメ勇者という烙印を押された少年もいた。

「はあ、だりぃ……」

 少年――逢坂陽炎おうさかかぎろいは、本校舎から離れた演習林の中にある丘の上で寝転んでいた。雑草のベッドは思ったより寝心地がよく、時折吹く春風の解放感が窮屈で退屈な学校の日々を忘れさせてくれる。少しトラブルがあったようだが、今ごろ自分のクラスは平常通り真面目に授業を行っているだろう。

 まったくサボって正解である。

 年間救世数ゼロ。

 最下位のダメ勇者。

 そんなことは陽炎にとってどうでもいいことだ。寧ろ最下位だろうがダメだろうが『勇者』と呼ばれることに激しい抵抗感がある。勇者らしいことなど陽炎は一度たりとも行った覚えはないし、これから行うつもりも毛頭ない。

 勇者のためのくだらない授業などふけて当然。こうして風にあたりながら春の陽気を満喫していた方が何億倍もマシだった。

「本当に、だりぃ」

 だが、陽炎は澄み渡る青空を眺めつつ、憂鬱そうに大きく溜息を吐いた。


「――ったく、最強の勇者様が討ち漏らして・・・・・・んじゃねえよ」


 平和だった青空の一点に黒い霧が出現する。

 霧は次第に質量を増し、やがて巨大な人型へと姿を変える。右手に禍々しい巨剣を握った牛頭爛眼の巨人。それはつい先ほど久遠院姫華によって呆気なく討滅されたと思われた魔王だった。

「なんだ……なんなんだこの世界は!? 俺の……魔王軍が一瞬で……ッ!?」

 息は荒く乱れ、ふらつきながらも二本の太い足で着地する。まさに這々の体で逃げてきた様子の魔王は、大きく空気を吸い込むと――

「クソッタレがッ!? ふざけるなッ!?」

 溜まりに溜まった鬱憤を晴らすように大声で喚き散らした。

「ふざけるなふざけるなふざけるなふざけるなふざけるなふざけるなふざけるなふざけるなふざけるなふざけるなッ!? ガキ共が集ってなにが勇者だ!? こんなことがあってたまるか!? 俺は大魔王アンゴルモアだぞ!?」

黙れ雑魚・・・・

「がぶほあぁあッ!?」

 心身ともにかなり疲弊していたらしい魔王は、陽炎の存在に気づかずあっさり蹴り飛ばされてしまった。

 丘の斜面を三メートル強の巨体が丸めた紙くずのように転がり落ち、演習林の木々を数本薙ぎ倒してようやく停止する。

「よう、大魔王アンなんとか様よぉ。よくも人がせっかく静かに平和にのんびりサボタージュを満喫してたところをぶち壊しやがったな。吠えるなら俺の耳に届かないように気を遣って遠くで吠えて死ね」

「んな!? な、何者だ貴様!?」

 苛立たしげにポキポキと手を鳴らしながら丘を下る陽炎に、大魔王アンゴルモアはあからさまな怯えを見せて誰何した。

「貴様も勇者か!?」

「ああ?」

 陽炎は一瞬ゴミ虫を見るような目でアンゴルモアを見下し――

「あー、そうですそうです。この学校においては年間救世数ゼロの最下位ダメ勇者ですがなにか?」

 若干自虐を交えて大変わざとらしくおどけてみせた。

 すると――ニヤリ。

 アンゴルモアの牛頭の口元が嫌らしく歪んだ。

「最下位。ククク、そうか最下位か! よくわからんが、俺の軍勢を滅ぼした化け物どもは一位やら三位やらと言われていたな!」

「いや化け物はお前だろ」

 陽炎のツッコミなど耳に入っていないようで、アンゴルモアはくつくつと嗤いながらのっしりと立ち上がる。それから血色の爛眼をより怪しく光らせて陽炎を指差した。

「つまり貴様は勇者の中でも最弱。この大魔王アンゴルモアの敵ではないわ!」

 そこには先程までの怯えは消え、強者の余裕を取り戻した大魔王がいた。

「最弱でも勇者は勇者。見せしめに貴様の首を取り、この世界侵略の足がかかりとさせてもらうぞ!」

 右手の巨剣が豪快に振り下ろされる。禍々しい魔力を纏い、大地を簡単に砕き割りそうな力の込められた剛剣は、非力で最弱な勇者の肉体など足下の地面と一緒に跡形もなく斬り潰す――ことにはならなかった。

 魔王が振るう巨剣の刃は、陽炎が翳した片手で易々と受け止められていた。衝撃だけが地面に流れ、ボゴン! と陽炎の周囲を円形に陥没させる。

「なん……」

 驚愕に爛眼を見開くアンゴルモア。最弱だと思い込んだ相手が自分の攻撃をいとも簡単に受け止めてしまえば当然の反応だろう。

「まず一つ勘違いを正しておこうか。この学校での順位はあくまで年間救世数による格づけだ。戦闘能力じゃねえ」

 救世数とは文字通り、かつてどれだけの世界を救ったかのカウントだ。

 英雄学校は一般校のような授業もやっていて期末テストなんて面倒なものもあるが、勇者としての順位は専らその救世数で決まる。そこには学年という壁は存在しない。年間でどれだけ世界を救ったかが勇者として評価される。

「まあ、順位が高い奴ほど強いってのは間違いじゃない。それだけの世界で魔王と戦って生き残っている猛者だからな。だがな、必ずしも一位より百位の方が戦闘能力が低いってわけじゃない。百位の奴がクエストをサボったか制限してりゃ、実力以下の順位になっていてもおかしくはねえわけだ」

 入学したての一年生だろうが、上級生同伴でランクの低いクエストを一度は経験する。異世界に召喚されなければ能力も開花しないし、世界を救わなければ本当の勇者として認められないからだ。

 故に救世数ゼロは能力的に一般人と変わらない――要するに一度も依頼を受けてないということなのだ。

 臆病者。チキン勇者。ダメ勇者。

 勇者たちは馬鹿にする目的でその言葉は使わないが、暗黙の了解として心の内に留めているだろう。

「もっとも、普通なら救世数ゼロはお前の言う通り最弱だ。なんの力も持ってないからな」

「で、ではなぜ貴様は俺の剣を受け止められる!? 俺は恐怖の大魔王アンゴルモアだぞ!?」

「恐怖の大魔王(笑)だろ」

「大魔王(笑)!?」

「あー、なぜ俺は世界も救ってないのに力があるのか、だったか? んなもん決まってんだろ?」

 陽炎はくだらなそうに、頭の悪い子供に言い聞かせるように、言葉を紡ぐ。


「俺は勇者じゃねえんだよ!」


 バキン!

 魔王の巨剣が片手の握力だけで粉砕された。

「……まさか」

 一気に得体の知れなくなった陽炎にアンゴルモアはカタカタと震え始める。巨剣の破片を投げ捨てた陽炎が一歩、また一歩と近づくに連れてアンゴルモアも怯えたように後ずさる。

「もう一つ教えておく。俺はお前みたいな弱いくせに自分より弱い奴を見つけて威張り散らすような屑が超絶嫌いなんだ」

「ひぃ!?」

 恐怖の大魔王が、最弱の勇者に恐怖した。

 いや違う。陽炎の内側から解放された『その力』を、アンゴルモアは正確に理解したために震えているのだ。

「まさか、貴様も、俺とおな――」

「おっと時間切れだ。わざわざ俺の前に現れたんだ。勇者に殺されるより、俺に喰われろ。魔王アンゴルモア!」

「くっそがぁああああああああああああああああああっ!?」

 アンゴルモアが全魔力を振り絞って右手の掌に収斂させ、特大の光線として撃ち放つ。先程は第一位の勇者にバリアのようなもので防がれたが、あの時よりも威力は格段に上がっているし、これほどの至近距離では防御など行う暇はない。

 相手が逢坂陽炎でなければ、もしかすると危なかったかもしれないだろう。

「くだらねえ!」

 ゴッ! と。

 陽炎は山をも吹き飛ばす威力の光線を、素手で殴って・・・・・・打ち上げた。

「馬鹿な!?」

「魔王の魔力砲がそんなものか? 手本を見せてやるよ」

 光線を殴り飛ばした手を、今度はアンゴルモアに向けて翳す。開かれた掌にアンゴルモアのものとは比べ物にならない魔力・・が一瞬で集中する。

 アンゴルモアと陽炎との間に黒紫色に輝く円形の幾何学模様が幾重にも展開される。それはさながら弾を撃ち出す砲台のようにも見えた。

「おぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおううううう!?」

 敵に背を見せ脱兎のごとく逃げ出す大魔王だったが、陽炎の掌から放たれた紫光に呆気なく飲み込まれた。

 断末魔もなく、アンゴルモアは黒い霧と化して飛散する。だが、終わりではない。あの霧はアンゴルモアが逃げるために自分の意思で変化したものだ。

 学校の勇者たちから逃走した時のように。

「逃がさねえよ」

 それを理解している陽炎はさらに魔力を高めた。すると陽炎の背中の肩甲骨辺りから、二本の巨大な腕の形をした魔力のオーラが出現する。

 紫色をした半透明のオーラの腕が伸び、霧と化したアンゴルモアを挟み込むように掴んだ。

「ぐおっ!? なんだこれは!?」

 オーラの腕に掴まれたことで霧化が解除されたアンゴルモアは、酷く狼狽した様子で振り解こうと必死にもがいた。しかし抜け出すことは叶わず、アンゴルモアはギシギシとオーラの腕に絞め上げられていく。

「無駄だ。この腕はお前ら魔王を無力化するための力だからな。霧になって逃げることもできねえぞ。そのまま大人しく俺に喰われろ」

「喰うだと!? まさか、まさか貴様はあの『魔王喰いサタンイーター』か!?」

「知ってんなら黙ってお前の魔力を俺に寄越せ!」

 陽炎が叫び、自分の腕の動きとリンクさせたオーラの腕を操作する。絞めつけがより強くなり、アンゴルモアの体から嫌な音が断続的に響き始める。

 そして――

「ぐおあぁあああああああああああああああああああああああああああああああッ!?」

 今度こそ断末魔の叫びが上がり、オーラの腕はアンゴルモアの巨体を完全に握り潰した。

「……チッ。無駄に手こずったな」

 オーラの腕を放すと、そこには黒く鈍く輝く怪しい球体が浮かんでいた。それは魔王の本体とも言うべき魔力を圧縮した核である。

 陽炎はオーラの腕を消すと球体まで歩み寄り、素手で直接鷲掴みにすると――

 一口で、文字通り飲み込んだ。

「――うっぷ。ごちそうさま。想像以上に不味かったぜ」

 軽く感想を言って、陽炎は口元を制服の袖で拭いた。


「いつ見ても、品のない食べ方ね」


 と、背後から声をかけられた。

「あなたの『それ』はもう諦めることにしてるけど、もう少しまともな感じにできないの?」

 呆れた口調は女性のもの。聞き覚えがあり過ぎて嫌な顔をしてしまうのを隠そうともせず、陽炎は背後を振り向いた。

 そこには長く艶やかな漆黒の髪を流した少女が、ムスッとした表情で腰に手を当てて立っていた。

 整った輪郭に大きな瞳が黒曜石のように煌めき、白磁のように白い肌は実に健康的で染みも雀斑も見当たらない。百戦錬磨の勇者とは思えない傷一つない体はスラリとしていてプロポーションもよく、そこいらのファッションモデルを学校の制服姿で打ち倒せそうな『美』を持っていた。

「遅かったな、勇者様。獲物はとっくに俺の力の一部になったぞ」

 嘲笑うように陽炎は言うと、第一英雄養成学校最強の勇者――久遠院姫華は、そんな陽炎に対しやさぐれた弟に接するような笑顔を見せた。

「あなたがいるってわかったから、わざわざ私が急ぐ必要もないかなって思ったのよ」

「救世数に響くんじゃないか?」

「そんな数字なんてどうでもいいのよ」

「そうだな。あの魔王は俺が倒したが、学校の連中はお前が倒したと思っているだろうからな。公式の救世数は心配しなくても一カウントだ」

「そういう意味じゃないわよ。本当にどうでもいいだけ。だから、できれば今回の件はあなたの功績だって伝えたいのだけれど」

 姫華は悲しそうに目を伏せた。それは無理な相談なのだ。救世数ゼロのダメ勇者――つまり一般人だと学校に認識されている陽炎がこの世界に現れた魔王を倒したなど、誰も信じやしない。それがたとえ第一位の言であってもだ。

 仮に信じたとしても、今度は陽炎の正体が学校側に知られてしまう。それはどちらにとっても非常に都合の悪い事態だ。

「――ったく、例の件があるのは仕方ねえが、あまり俺に関わるな。俺だって本当はお前ら勇者なんかに関わりたくねえんだ。放っとけよ」

「そうはいかないわね」

「なんでだよ」

 乱れた黒髪を整えるように手で払ってから、久遠院姫華は陽炎を指差して力強く告げた。


「逢坂陽炎。あなたは、この私が唯一討ち損じた魔王・・だからよ」


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