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二章 帝都侵攻(3)

 オーレリア・アズールは千人の魔術師の部下と共に詠唱を行っていた。

 場所は王宮で最も高い塔の最上階。地下から昇降機で運ばれた収束魔力砲。その核となる巨大クリスタルに千人分の魔力を流し込み貯蓄していく。

「魔力充填率三十二パーセント…………三十三パーセント…………」

 詠唱に参加できない一般兵士が状況を逐一報告してくれる。発射するために百パーセントまで溜める必要性はないが、恐らく連射することになるためできる限り多くの魔力を貯めておきたい。

 ――勇者様、もう少し……もう少し時間を稼いでください。

 詠唱しながら心の中で祈る。魔王軍襲来から既にどれだけの時間が経過しただろうか。未だ王宮に巨人巨獣が到達していないことを考えると、三人の勇者たちが上手く足止めしてくれているのだろう。

 ――最低でも六十パーセントは欲しいところです。

 オーレリアの計算では三十パーセント分の魔力で敵の半数を殲滅できると踏んでいる。だが計算とは狂うもの。計算とは別の予想では六十だと絶対に足りない。

 ――お願いします、勇者様。

 今のオーレリアには彼らができるだけ多くの時間を稼いでくれるように祈ることしかできなかった。


        †


 王宮の周囲は深く広い堀で覆われている。

 とはいえ、それが防衛に役立つかと問われたら今回に限り無意味だった。広いと言っても人間から見た場合であり、巨人巨獣には一跨ぎで超えられてしまうからだ。

 だが、実際にその堀を超えられた巨人巨獣は一体も存在しなかった。

 王宮の南側。

「はぁあああああああああああああああッ!!」

 裂帛の気合いと共に一閃された極光色の大剣が、押し寄せて来る巨体の群れを一撃で薙ぎ払った。

 極光の剣閃に斬断された巨人たちが蒸発するように瘴気となって消えていくのを眺めながら、久遠院姫華は一息ついて大剣を地面に突き立てた。

「見た目通り力任せに捻じ伏せるだけの戦略みたいね。ほとんどただ闇雲に突っ込んで来てるだけだわ」

 頭の悪い戦法に思えるが、相手との実力差がかけ離れていた場合は手っ取り早い。巨人と渡り合える人間など普通は存在しないのだから、寧ろこの魔王軍にとっては最適な戦法とも言える。

 これなら収束魔力砲を待つ必要もなかったかもしれない。

 だが、こちらから打って出るには敵の波状攻撃が著しい。姫華や夢優が王宮を離れてしまえば瞬く間に制圧されてしまうことは目に見えている。

「陽炎が魔王を倒してくれればいいのだけれど……まあ、たぶん無理ね」

 遠くから攻めて来る新たな巨影を確認し、姫華は大剣を構え直した。


        †


 逢坂陽炎は立ち止まっていた。

 目の前に聳える、他の雑魚とは一線を画した巨体が進路を塞いでいたからだ。

「おまえ、暴れすぎだど。お頭のとこ行がせねえ。おでがぶっ殺してやるど」

 肥え太ってだらしなく腹が出ている、牛のような角を頭部から生やした巨人だった。呂律の微妙に回っていない知能が残念そうな口調だが、感じる魔力は別格だ。

「てめえがゴライアス……いや、幹部ってとこか?」

「おで、ゴライアス軍三連峰、ネピリム」

 睨み上げる陽炎に重低音で名乗りが降ってきた。やかましいから耳を塞いだ陽炎に巨大な棍棒が振り下ろされる。だが陽炎は動かない。耳を塞いだ手はそのままに、魔力のオーラだけで棍棒を防いだ。

「づぶれろ! じね! じね!」

 連続で畳みかけるネピリム。ガッ! ガッ! という打撃音が断続的に戦場に響き渡る。とてつもないパワーで打ちつけられる度に足が地面に減り込んでいく。

 このまま防戦一方だとやがてオーラも破られて陽炎の小さな体など簡単に圧死させられるだろう。

 まあ、反撃すればいいのだが。

「鬱陶しい!」

 ネピリムが棍棒を振り下ろしたタイミングで耳を塞いでいた腕を振るう。腕の形に整えられたオーラが同じ動作で棍棒を振り弾いた。

「おごっ……?」

 バランスを崩したネピリムは背中から転倒した。軽く一区画の面積はあろう背中が帝都の街を押し潰す。生き残っていた誰かがいたかもしれないが、陽炎は勇者と違ってそういう心配をしない。運が悪かったと思ってもらうしかない。

 無論、敵相手にはもっと慈悲はない。

「ハッ、腕力しか取り柄がないのは雑魚と一緒だな」

 起き上がろうとするネピリムの頭上に魔法陣が幾重にも展開される。紫色の輝きが溢れ、魔王の魔力砲が下向きに射出された。

「おぼばばばばばがががぁああああああああああああああああッ!?」

 汚い断末魔が上がる。

「喰ってもいいが、馬鹿になりそうだからやめといてやるよ」

 雑魚の魔力の味は吐き気がするほど不味かった。だからネピリムが美味いとも思えない。だいたいどこの魔王軍もそうなのだが、メインディッシュまでの前菜はもう少しどうにかならないのだろうか? シェフがいるなら訴えたい。

 さっさと先へ進もうとする陽炎の進路を塞ぐように棍棒が刺さった。

「待で……おで、おまえ、許ざないど」

 振り向けば魔力砲で頭部を消し飛ばしたはずのネピリムが死にかけた様子で立っていた。

「……ああ、悪い」

 冷めた目で陽炎はネピリムを見上げた。右手を翳し、再び魔法陣を何重にも出現させる。今度は確実に仕留められるように魔力を高める。

「その無駄なタフさも、取り柄だったな」

「じね!」

 陽炎が魔力砲を撃つ前にネピリムが建物の残骸を投げつけてきた。陽炎は魔法陣を消すことなくバックステップで投擲をかわす。

「当たるかよ。――ん?」

 トドメを刺そうとした陽炎だったが、ふと足下に違和感を覚えた。見ると、陽炎の体が爪先から光となって消えていた。それも物凄い速度で。

「チッ、もう圏外・・か」

 あっという間に胸の辺りまで消失した陽炎は、なにが起こっているのかわからない様子のネピリムに言う。

「てめえのボスに伝えとけ。『もう少し近くに来い。喰ってやるからよ』ってな」

 それだけ言い残すと、陽炎の体は完全に光となって消え去った。


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