天敵……、あらわる?
多数の評価やお気に入り登録ありがとうございます。この調子で日間に……は無理ですね言いすぎました。
楽しく読んでいただけると嬉しいです。
「ごちそうさまでした。すごく美味しかった」
秀作さんお手製の鳥のささみ弁当を頂き、余韻に浸りながら感想を言うと、目を細めながら頭を撫でてくれた。
「それは良かった」
ちなみに学長室は防音設備がしっかりとしているから安心してお話もできる。
「で、今生での初めての外出はどうだったかな?」
今では既に前世話も雑談のネタ程度で気軽に話せる。まぁ、プライベートな事や嫌な記憶などは触れないでいてくれるんだけど。
「うん、凄かった。人の視点とまた違って驚きの連続だったよ。それに学校の人達もみんな優しくて、あー、ここに来る間にも色々気を使ってもらったよ?」
まだお昼時間前だったから生徒は見かけなかったけど、何人かの教員の人には挨拶してもらった。約一名、鼻息荒く私を見つめていた人がいたけど……。多分近づかない方がいいよね?
「教員への伝達も問題なかったようだね。最初は渋る方もいたけれど朝倉先生が説得してくれたおかげかな? もし会ったらお礼に可愛がらせてあげると良いよ」
にっこりと言ってくるけど、お礼が可愛がらせてあげるって……。昔の感性からするとそれで良いのかなぁ? と思ってしまう。
「それだけでいいの?」
「そうだね。彼女にとってはそれが一番のご褒美だから嬉しがると思うよ。……大変だろうけどがんばって」
微妙に視線を逸らされた……。なにか嫌な予感。
「大変って?」
「なんと言えば良いかな。
……そうだね、私に肉球の良さを教えてくれた人で一緒に寝ることの素晴らしさを伝えてくれた人?」
なぜ疑問系なんですか?
「彼女自身も猫が好きなんだけど、なかなか猫に触れさせてもらえないみたいでね、多分……、タルトとは凄く息が合うんじゃ無いかな」
そして何故目を合わせてくれないのですか?
「つまり昔の私の同類って事?」
私の問いかけに秀作さんの肩がピクリと動いた。最近見つけたやましい所がある時の癖だ。
「猫が好きすぎてかまいすぎたせいか、逆に猫から避けられるようになった感じ?」
噛み砕いて言うと秀作さんは申し訳なさそうに私に視線を合わせてくれる。
「彼女は無類の猫好きなんだけど度が過ぎるみたいでね。三度猫を飼って、……三度とも留守の隙をついて逃げられたそうなんだよ。
無理しない範囲でいいから、彼女に可愛がらせてあげてもらえないかな?」
言いづらい理由はこれかな。逃げられるほどの可愛がり方は尋常じゃないと想像できるよ? 流石に私だって逃げられた事まではなかったし。……成績がガクッと下がってすぐに里子に出された悲しい思い出はあるけど。
「気持ちは分からないでもないから、ストレスがたまらない程度に相手してみるね」
「本当かい? ありがとう助かるよ。よかった」
私が了承すると秀作さんは破顔した。その笑顔に私の胸がチクっと痛む。
もしかして朝倉先生って秀作さんの想い人?
「彼女はたった四年で学年主任を任されるほどの才女なんだけどね、猫成分を補給しないとガクッとスペックが落ちてしまうんだよ。
そろそろ前期の中間考査が始まるから彼女にはしっかりして貰わないといけない所だったんだ。タルトが彼女のモチベーションを上げてくれるなら憂慮事項の一つが解決する。本当に助かるよ」
では無かったみたいだ。ビジネスライク? ……って何ホッとしているんだろう? 私ってばもう猫なんだから人間同士の色恋とか関係無いのに。……かと言って猫と恋愛する気があるかと言われたら全力で否定させてもらうけどね。
でも朝倉先生か、他人のようには思えないけど猫の身としては天敵だね。気をつけよう。
「うん、ただ朝倉先生にはお手柔らかにって言っておいてね」
「あはは、分かったよ。
そろそろ生徒達が出て来たようだ。やりたいことがあるんだろう? 行っておいで」
中庭に面している窓を見ると、ちらほらと制服姿の男の子や女の子が楽しそうに歩いているのを見かける。
「そうだった。秀作さんと話してるのは楽しいけどそろそろ行かないとっ」
秀作さんは慌てる私を微笑ましく見ながら中庭の窓のロックを外してくれた。
「行ってらっしゃい」
静かに窓を開けてくれたので、窓枠に立って手のひらに頬をすりつける。
「うん、行って来ます」
そのまま窓枠から飛び降りて私の学園生活第一歩目が……
「きゃーっ!! タルトちゃんが飛び込んで来てくれたっ! なんっって良い日なのっ!!」
……あれ?
「あ、理事先生こんにちわ。お昼時間中失礼いたします。
でも窓際で張っていたらタルトちゃんから飛び込んで来てくれるなんて♪ 理事先生の言ったとおり最高に可愛い子ですねっ」
肩で切りそろえたセミロングの黒髪に"出来る女性"と言わんばかりにキリッとしたスーツ姿。そして特徴的な泣きぼくろとチャーミングな丸メガネ。間違いない、ヒロインの学年主任でサブキャラの一人、朝倉早苗さんだ。
幾つかのイベントで活躍するしフルネームで挨拶してたはずなんだけど、どことなくお姉さん的な雰囲気からヒロインや学園の生徒からは早苗さんと呼ばれていたんだよね。
ただ、なんでそんな人が窓の下で体育座りをして壁に耳を当てていたんだろう?
「朝倉先生、そちらにいらっしゃったのですか。何度かお話しさせていただいたと思いますがその子がうちのタルトです。よろしくお願いしますね。
タルト、彼女は君が学園を歩けるよう骨を折ってくれた人なんだよ。お礼しなさい」
秀作さんが声を聞いて駆けつけてくれたんだろう。窓から顔を出して笑顔で紹介してくれた。でも、笑顔が若干引きつってる……。
「にゃおん」
うん、細かい疑問は置いておくとして猫の仕草と鳴き声で頬をすりつける。これで喜んでくれるはず?
「きゃーっ!! 理事先生っ! 見てくださいました⁉ タルトちゃんが挨拶してくれましたっ!!
可愛いっ。ご飯終わったんですよね? 連れて行っていいですか?」
ちょっ!? 痛いっ、力任せにぐりぐりしないでっ。痛い痛い!! 抜けるっ!! はぁーげーるぅー。
ぐえぇ、のどっ!! しぃーまーるうー。これ、喉をゴロゴロしてるんじゃなくて喉を潰そうとしてるよぉ。
秀作さん、助けてぇ。
私の視線に気づいたのか、秀作さんが静止させようと声をかけてくれる。
「えぇと……」
「いいですよねっ!! 大丈夫です。ちゃんと可愛がってあげた後はグルーミングをして、ブラッシングをしてしっかりおめかしした後お家に送り届けますからっ!!」
凄い、秀作さんが全く口を挟むことが出来ない……。じゃない、早苗さんってこんな性格だったっけ? もっと年上のお姉さんって感じの頼れる人だったと思っただけど。
って、痛い痛い痛いっ。私のらぶりぃでプリティな肉球が潰れるぅー。力いっぱい潰さないでぇー。
もがく私を見て 困った顔で秀作さんは私と早苗ちゃんを見比べた後、口撃の合間ぬって助け舟を出してくれた。
「朝倉先生、お仕事の方は大丈夫なのですか?」
「はい、急ぎの仕事はありませんし緊急時のマニュアルも完璧です。家もここから近いので万が一があった時もすぐに帰って来れます。なので午後から有給をくださいっ!! お願いします」
ちょっ!? それで良いの高校教師っ!?
「お忘れかもしれませんが午後五時から職員会議もあるのですよ……」
「そちらも問題ありません。元々副主任の長野先生に実績を作って頂く為欠席の予定でしたし、事前に想定される質問は全て網羅し、質問の出ようがない完璧な資料を用意しておりますので。私がいなくとも問題ありません」
柔らかく微笑みながら反論する隙を与えない言動で相手を一蹴する。間違いなく早苗さんがヒロインを手助けする時に何度も見せてくれた芸当だ。……となるとやっぱり早苗さんで間違い無いんだよなぁ。
「……そうですか」
原作通り無駄に高いスペック、流石だなぁ。……って、感心してる場合じゃ無いんですけどっ!? 秀作さん頑張って!!
「それよりも理事先生、お教えしたブラッシング方法をは毎日実践しているようですね。この完璧な毛並みさすとしか言いようがありません」
「そうですか? ありがとうございます。タルトも大人しくしてくれるからブラッシングしやすくて、つい毎日してあげちゃうんですよ」
いや、そこ露骨に話題を変えられましたよ? 嬉しそうにしないで話題を戻してくださいっ。
「そうですかぁ~、タルトちゃんはブラッシングが好きなんでちゅね。じゃ、お姉さんもお家に行ったらいっぱいブラッシングしてあげまちゅね」
ちょっ!? 早苗さん? そんな口調一度も聞いたことないですよっ!? と言うか持ち上げて何するんですか? ちょっ!? いやぁっ、私のファーストキスー!?
「あ、朝倉先生……」
んーっ!! んーっ!!
必死で振りほどこうとするけどがっちりホールドされて動けない。こうなったら爪で引っ掻いてっ!! ……は秀作さんと人を怪我させないって約束してるから出来ないっ。秀作さん助けて〜。
「っぷはっ。ああっ、猫ちゃんとちゅーできるなんて最高っ!!
あっ、理事先生みてください。毎日ブラッシングしているからお腹の毛なんてふかふかのふわっふわっですよ」
うあぁ……、キスされたキスされた初めてだったのにしかも女の人相手にキスされた。
「あぁ、この柔らかな感触とお日様の匂い……、もう最高ですっ」
せめて始めては好きな人としたかったのに通りすがりでしかも女の人ってそんなの無いよぉ……。
「朝倉先生っ!! タルトがぐったりして目も虚ろなのでその辺で……」
「ぷはっ。いいえっ!! これは猫ちゃんも喜んでいるんですっ。ほぅらぐりぐりー、ぐりぐりー」
私はノンケなのにノンケなのにノンケなのにノンケなのにノンケなのに……。
「朝倉先生!! おやめくださいっ」
「「え?」」
初めて聞いた秀作さんの怒鳴り声に思わず我に返って言葉を漏らしてしまった。後で考えると早苗さんも驚いたようで気づかれなかったのは幸運だったかもしれない。
「朝倉先生、タルトは猫かもしれませんが私の家族でもあります。家族が嫌がることを続けるのであれば私としても見過ごすことは出来ません」
初めて聞いた秀作さんの厳しい声は私の為に怒ってくれた声で……、素直に嬉しいと思ってしまった。
反対に早苗さんは改めて私を見て、自分が何をしていたのか気づくと慌てて私を秀作さんに差し出した。
「わっ、私っ。またやってしまったんですね。久しぶりに猫ちゃんを触れることが出来て嬉しくてつい気持ちが昂ぶってしまって……」
瞳を潤ませ、まるで捨てられた子猫のような表情で秀作さん……、ううん私を見ている。
「本当にごめんなさい。私っ……、私っ……」
そんな早苗さんを見ると秀作さんは軽く息を吐くと今度は優しく諭し始めた。
「いいですか? 朝倉先生が猫が好きなことは悪いことではありません。むしろ動物にも愛情を向けられるというのは素晴らしいことでしょう。
ですが何事にも限度というものはあります。今回だってタルトがぐったりしているのに気づきながら、喜んでいるから大丈夫と言って離そうとしなかったではないですか。自分でもお気づきかもしれませんが独りよがりにそう考えてしまい、猫の感情をないがしろにするから猫に嫌われてしまうのですよ」
「それは……」
うわっ何気にキツイ、秀作さん本気で怒っているのかな?
「私に肉球の良さや添い寝の素晴らしさを語ってくださった朝倉先生と先程の朝倉先生とでは天と地程の差があります。
撫で方も無理やりに撫でて居ましたし、喉をくすぐる手もタルトが苦しそうで見ていられませんでした。もう少し興奮を自制することができれば、猫に嫌われなくなるのも夢では無いのではないでしょうか?」
「理事先生……」
落としておいて持ち上げる。秀作さんやるなぁ。これなら早苗さんも?
「つまり自制する訓練の為に、タルトちゃんを一日レンタルですね!!」
「違います」
うん、反省してないようだ……。
「取り敢えず、朝倉先生は私がOKを出すまでタルトに接触禁止ですからね」
「ええーっ!? そんなの生殺しですぅー」
あ、早苗さんが号泣した。
「遠くから眺めるのは許可します。幸いタルトは賢い子ですから朝倉先生と距離を取ることはないでしょう。
私のOKが出ればまた触れますよ。そうなるように頑張ってください」
秀作さんは早苗さんにそう言うとこっそり私に耳打ちした。
「タルト、申し訳ないけどお願いできるかな?」
正直私も距離を取りたいけどここは秀作さんの為……。清水の舞台から飛び降りる覚悟で、了承とばかりに一声鳴いて秀作さんの頬に頬をこすり合わせた。
「にゃおん」
私の意図を察してくれたんだろう。秀作さんが早苗さんに向き直る。
「タルトも頑張れと言っています。ですので、まずはお仕事からがんばってくださいね」
秀作さんに言われた早苗さんは、すっくと立ち上がるとポケットからハンカチを取り出し、涙をふくと決意の表情で秀作さんに向き直った。
「はいっ!! タルトちゃんの為にも学校のお仕事がんばって来ます。なので立派になったら絶対にタルトちゃんを迎えに来ますねっ!!」
早苗さんはそれだけ言うと一礼して校舎の入り口へと駆けて行った。
完全に早苗さんが見えなくなってから秀作さんがゆっくりと窓を閉め、柔らかく頭を撫でてくれながらポツリと呟いた。
「あれさえなければ彼とゴールイン出来そうなのにね」
早苗さん彼氏居たのっ!? と驚きはするものの、色々な意味で既にグロッキーな私は秀作さんに一言だけ言って目を閉じる。
「ごめんなさい。あれはむ……り……」
眠りに落ちる感覚の中、必死に「あれはノーカン、女の子同士なんだからノーカンでいこう」と叫び続ける自分がいるのを感じた。
作者注:早苗さんの行動、性格に作者の実体験や悲しい思い出は含まれておりません。
ここから更新は不定期になる予定です。気長に続きをお待ちください。