夢じゃ……、無いよね。
「ずっと君のそばにいたい。結婚しよう」
画面から流れる言葉に思わず頬が緩んでしまう。
ヒロインが俯きながら頷き、2人の唇が近づいて行って……、画面が暗転してエンディングに繋がる。
「……ほぅ。
確かにこれはみっちゃんが勧めるのも判るわぁ。
『白銀のタルト』かぁ。うん、私の初乙女ゲームに相応しい良い名前だ」
攻略対象の数と同じ、4種類目のエンディングを見たところで一息つく。
パッケージを再度眺めていたところで、ケータイのアラームが鳴っているのに気づいた。
「あっちゃぁ、もうこんな時間か。
ここまで面白いんだったらギリギリまで積んどかないで、もっと早く遊べば良かったなぁ」
時計を見ると時刻は8時。みっちゃんとの待ち合わせは9時だから後1時間か、危なかった……。
普段は温厚なんだけど、怒らせるとすっごい怖いからな。
うん、ギリギリ全員のエンディングを見ることができたから良かったけど、もう少しくらいは余韻に浸りたい。
準備しながらオープニングムービーくらいは見れるよね?
このゲーム、オープニングムービーもすっごく綺麗なんだけど、ある程度話を進めないと見れないのだけが難点なんだよね。
ゲームを再起動し、スキップ機能でオープニングムービーまでゲームを進ませつつ着替えっと……。
始まらないな?
着替えを終え、朝ごはんにパンをかじりながら画面を見る。
スキップがいつの間にか止まっていて、初めて見る選択肢が追加されていた。
場面はヒロインがアドバイスをくれる同居人の猫、タルトと初めて出会ったシーン。
今まではヒロインが「可愛いっ、こんにちはタルトちゃん」と言っていたけど、新しく「私、猫嫌いだなぁ」と言う選択肢が追加されていた。……なんだろう?
"ピピピッ、ピピピッ"
携帯のアラームが待ち合わせまで後30分を知らせてくる。
そろそろ出ないと遅刻してしまう。
新しい選択肢には惹かれるけど、泣く泣くゲーム機からソフトを取り出しパッケージにしまうとバックに入れる。
そのままバックを担ぐと玄関で運動靴を履き家を出る。
「いってきまーす」
多分寝ているだろう弟へ聞こえるように言ってから玄関を閉じ、鍵をかける。
愛用の自転車にまたがって、徹夜明けの眠気を飛ばすように頭を振ってから漕ぎ出す。
そうだなぁ……。さっきの選択肢の事も気になるし、みっちゃんと合流したら聞いてみよう。あ、でも以前何か言っていた気も……。
"ファンファンファン……"
徹夜明けの頭でそんなことを考えていると、パトカーのサイレンが後ろの方から聞こえた。
「なんだろ?」
自転車を止めて後ろを眺めると、視界の中に赤い何かが迫って来るのが見えた。
……あれ?
その赤い何かは、凄い勢いで私の方に向かって来て……。
あ、あれってスポーツカーって奴だ。
あの馬のエンブレムは見た記憶が……。
ぼうっとそんなことを考えていたら、私の身体からすごく鈍い音と衝撃がして視界が真っ暗になった。
ーーーー
ーーん? あれっ?
意識はあるけど身体が動かない? いや、動くけど凄く重い……。
確か私は……。そうだ、多分轢かれた……、んだよね? あのスピードにあの衝撃……。身体が動かないのはもしかして後遺症?
うそっ!? やだよ? この年で後遺症持ちとか困るっ!!
「あら? あなたは……? そうね、こっちにおいで」
女性の声がした?
わっ!? この感覚っ、持ち上げられてる?
身体全体が何か柔らかくて温かい物に包まれて、浮遊感を感じる。
この感覚は……、そう、遊園地のフリーフォールみたいな感じだ。
どうしようっ、どうなってるのっ? ……って目を開ければ良いのか。
「秀作さん、この子が貴方の求めている子だと思うわ。はい、抱いて御覧なさい」
っとわっ、また浮遊感が……。
「では失礼して。
ほう、可愛い子ですね」
「ええ。さ、御覧なさい」
ふう、落ち着いたみたいだ。声からすると女性と男性が1人づつ? お医者様と看護師さんかな? 会話の内容は把握できないけどどんな状況なんだろう?
ちょっと怖いけど目を開けてみよう……。
「お、目が開いた。
起こしてしまったかな? ごめんね。……でも、素敵な瞳だ」
目の前で優しそうな瞳の男性が私を覗き込んでいた。
カッコ良い……。思わず魅入ってしまった。ここまでの美形は私の人生で始めて見たかもしれない。
「聖羅さん、この子が?」
男性が確認するように言って視線をずらす。視線を追って見るとこれまた妙齢の美女が居た。
「ええ。秀作さんにはこの子が必要と思ったの」
女性が柔らかく微笑む。女性はクラシックなドレスを着ているけどどう言うことなんだろう? 周りを見ても高級そうな調度品が多く、病院の一室には見えない。
そして男性の名前は秀作さん、女性の名前は聖羅さんってと言うんだね。秀作さんに聖羅さん……。よし、覚えた。
まずは状況を確認しないといけないよね? あれからどうなったのか聞かないとっ!!
「あ……」
「始めまして、子猫ちゃん。
今日から君と一緒に暮らすことになる葉桜秀作といいます。
宜しくね」
ええっ!? 何っ!? 一体どうなってるの?
何でいきなりこんなカッコイイ人と一緒に暮らすことになってるの!?
しかも子猫ちゃんとかっ!! 少女マンガくらいしかそんな呼び方する人、見たこと無いよっ!? それなのに妙に決まってるしすっごくかっこいいっ!!
「そうだ、聖羅さんこの子の名前はなんですか?」
もしかしてあれ?
あの車の持ち主がこの人で、轢いてしまった責任を取ってお世話するとかそう言うこと?
「ふふ、ミルクの時期は終わったけど、まだつけてないのよ。
この子は秀作さんの元に行くって判っていましたからね。丁度良いタイミングだったのは驚きましたけど……。
名前は秀作さんがつけてあげて」
えーっ、どうしよう? もしかしてうちの親に「責任を持ってお世話させていただきます」とか言ったのかな?
あのお馬の車ってかなり高いはずだし、きっとお金持ちなんだろうなぁ。後遺症が残っちゃったのは悲しいけど、結果的にはそれほど悪くなかった?
「そうですね……。
金と赤のオッドアイは太陽のように輝くエッグタルトに、情熱のように真っ赤に燃えるストロベリータルト。そして白銀のように輝く毛並みは雪原のように白いレアチーズタルトを思い浮かべる。
よし、決めた。この子の名前はタルトだ」
あっ!! そうだった。まず自分の身体を確認しておかないと……。いくらかっこいい人にお世話して貰える事になったとしても、元々良く無かった見た目が更に酷いことになって居たら目も当てられないっ。
鏡とかあるかな?
「うふふ、秀作さんは本当にタルトが好きですからね。タルトちゃん、良かったわね。
(ぼそっ)鏡は目の前にあるわよ」
えっ!? あ、そうなんだ? 全く話を聞いてなかったけど、鏡が目の前ね? まずは鏡、鏡っと……。
「鏡ですか? 鏡がどうかしましたか?」
うん、目の前にかがみ……。がっ!?
「いえ、こちらのお話ですわ。
そうそう、秀作さんの為に銀座の美味しいタルトを用意していましたの。今取って来ますね」
「ええ、ありがとうございます」
…………………………。
見たことをありのままに言います……。
まず目、ちょっと茶色かかった腫れぼったい一重まぶただったのが、くっきりまんまるお目目で金と赤のオッドアイになってます。正直可愛い。
次に身体……。ちょっと気になっていたお腹のお肉がかなりスッキリしました。手足も細くてスラリとしてるね。モデル体型とか夢だったんだぁ。
体毛は結構薄めだったから処理が楽だったんだけど、もさもさになってます。しかも白髪?
そして最後に……。今まで無かった物が付いてます。猫耳に尻尾? らぶりぃな6本の髭……。
目の前に手をかざしてみる。うん、あるね……。何よりも愛してやまなかった至高のあれ……。ええ……、肉球ですよ。肉球。
ぷにっぷにっで、何時間モミモミしていても飽きることの無いあれ。何度か揉みすぎたせいで、近所の猫が未だに私に寄り付かなくなっているけど……。
何よりも愛してやまないあれが私の両手についてるっ!!
うん、これは間違いなく……。あれだよね?
……夢……、って言うオチは……、無いよね?
「なんで私、猫になってるのー!!」
短編では飛ばしたあれこれを細かく書き直したいと思ってこのような形にしてみました。
このような形で続けていっていいか、もしくは短編部分はサクッと飛ばして続きを書いた方がいいか、ご意見頂けると嬉しいです。